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L・O・T・T・E! おおおお、ロッテ!
千葉ロッテマリーンズとは、日本のプロ野球パシフィック・リーグに加盟している球団である。現在の監督はサブロー(2026年~)。
一軍の本拠地は千葉県千葉市美浜区の千葉マリンスタジアム(ネーミングライツにより2011年から2016年はQVCマリンフィールド、2017年からはZOZOマリンスタジアム)、二軍の本拠地は埼玉県さいたま市南区のロッテ浦和球場である。ファンからは主に千葉ロッテ、ロッテ、マリーンズなどと呼ばれている。
概要
| パシフィック・リーグ | |
|---|---|
| 千葉ロッテマリーンズ | |
| 基本情報 | |
| 創設 | 1949年 |
| 本拠地 | ZOZOマリンスタジアム |
| 一般略称 | ロッテ |
| アルファベット | M |
| 優勝回数 | |
| リーグ優勝 | 5回 |
| 日本一 | 4回 |
| セ・パ交流戦 | 2回 |
| アジアチャンピオン | 1回 |
| 永久欠番 | |
| 経歴 | |
| 球団組織 | |
| 運営母体 | ロッテホールディングス |
| オーナー | 重光武雄 |
| 球団社長 | 高坂俊介 |
| プロ野球球団テンプレート | |
1949年9月、毎日新聞を親会社とする毎日オリオンズとして結成される。東京を保護地域とし本拠地は後楽園球場だった(この時点でプロが使用出来る球場が都内には他になかった)。しかし、毎日新聞の球界参入に同業者の読売ジャイアンツ(読売新聞)と中日ドラゴンズ(中日新聞)が猛反発し、毎日の加盟に反対した球団がセントラル・リーグ、賛成した球団がパシフィック・リーグに分裂して2リーグ制となる球界再編騒動に繋がった。
初年度の1950年は、土壇場でパからセへ鞍替えした大阪タイガースの主力を大量に引き抜いたこともあって(監督の若林忠志以下、別当薫、土井垣武ら計6人)、2リーグ制での初代日本一になった。しかし翌年からは古豪南海ホークスの後塵を拝するようになり、1954年からは三原脩監督率いる西鉄ライオンズにまで遅れを取るようになった。
1957年、開幕前にパ・リーグが7球団となって対戦カードを組むにも苦慮したため(高橋ユニオンズが球団合併で消滅)、最下位を独走する大映ユニオンズを吸収合併して現在と同じ6球団制とすることとなった。毎日大映オリオンズ(大毎オリオンズ)の誕生である。存続会社は毎日球団とされたが、当時の毎日本社はすでにプロ野球への意欲を失っており、実質的なオーナーは大映球団の永田雅一が務める逆さ合併となった。
1960年に西本幸雄監督の下で10年ぶりの優勝を果たすものの、日本シリーズでは大洋ホエールズに敗れた。采配を巡って永田と対立した西本は解任された。毎日新聞社も球団経営には関わらないようになり、事実上永田の率いる球団となった。
1962年に南千住に永田の私財を投じて東京スタジアムを完成させ、後楽園球場からようやく移転した。内野には日本で初めて天然芝を敷き、水まきは自動。外野フェンスにはラバーを張り、バリアフリーの誘導路まであった。当時としては珍しい室内ブルペンを備え、ロッカーは一、三塁側に2つずつあり、選手食堂は「銀座の一流店のよう」と称されたという。下町の雰囲気漂う庶民的な球場でありながらも、設備は後楽園よりも整っていた。ただし外野のふくらみがなく、ホームラン量産球場とも呼ばれた。
1964年には「チーム名に東京を冠する唯一のチーム」であるとして東京オリオンズに改称した。ただ、このことに不快感を示した毎日新聞社は翌年には球団より資本を完全に引き上げた。
1969年のシーズンより、岸信介の仲介によりロッテをスポンサーに迎えてロッテオリオンズに改称した。経営権は引き続き永田が握った。
1970年に10年ぶりのリーグ優勝を果たした。観客は名物オーナーであった永田を真っ先の胴上げしたという。しかし大映本社の経営不振は深刻であり、翌年永田は球団を正式にロッテに譲渡した。オーナーには岸の秘書を務めた中村長芳が就任した。
1971年7月13日、西宮球場での対阪急戦で放棄試合を引き起こした。オーナーの中村の指示とされている。この責任を取る形で、10日後の3日に一軍監督の濃人渉が二軍監督に降格、代わって二軍監督の大沢啓二が一軍監督に昇格する人事が行われた。大沢監督の指揮でチームは上昇気流に乗り、3位に大差をつける2位でシーズンを終えた。だが翌年は主砲の江藤慎一らを放出するチーム改革が大失敗に終わり、大沢は複数年契約を反故にされて解任された。
球団は引き続き東京スタジアムを本拠地としていたが、永田は1972年に球場を小佐野賢治に売却する。小佐野はロッテ球団に球場の買い取りを求めたが、翌1973年より監督となった金田正一の反対もあって球団は拒否し、オリオンズは本拠地を失う事態となる(ジプシー・ロッテ)。1973年は後楽園球場など首都圏の球場を借用する計画であったが、日程的に無理があったため暫定的に25試合程度を宮城球場で開催することとなった。
翌1974年からは正式に本拠地を宮城球場に移し、保護地域も宮城県とした。開幕戦も宮城球場で開催されたが、相変わらず首都圏での開催試合も多く組まれ、宮城球場での試合は27試合に留まった。チームは後期優勝を果たし(前年よりパ・リーグは前期後期制)、プレーオフで阪急ブレーブスを破って日本シリーズに進出したが、宮城球場が日本シリーズ開催の要件を満たしていないという理由から後楽園球場で開催されることになった。日本シリーズでは中日ドラゴンズを下し、1950年以来の日本一となった。
横浜スタジアムの建設が決定し、大洋ホエールズが移転の意向を示すと、ロッテも球場の共用を大洋に申し入れた。だが交渉はまとまらず、結局1978年より空き家となった川崎球場を本拠地とすることとなり、保護地域も神奈川県に変更された。大洋が離れていった直後だったため地元ファンの反応も当初こそ良かったものの、既に著しい老朽化が進んでいた球場は開場以来30年以上そのままになった設備もあるほどでオンボロであった。徐々に観客動員は低迷し、1980年代の川崎球場時代の観客の少なさは珍プレー・好プレーなどでもよくネタにされていた。
1984年に球団は平和台球場への移転構想があることを発表し、そのための足がかりとして西鉄ライオンズOBの稲尾和久が監督に就任した。しかしこの移転計画は頓挫し、1986年シーズン終了をもって稲尾はチームを去ることになる。さらに稲尾を慕っていた落合博満がトレード志願ともとれる発言をしたのを機に、中日ドラゴンズとの大型トレードが成立し落合を放出するに至った。[1]
落合の退団でチーム力は急低下し、金田監督再登板も不発に終わった折、球団の移転案と千葉県から受けた開場間もない球場への誘致案が合致し1992年に保護地域を千葉県へ移転、専用球場を千葉マリンスタジアムへ変更し球団名は千葉ロッテマリーンズとなる。
2004年に勃発したプロ野球再編問題では、福岡ダイエーホークスとの合併が取り沙汰される事態となる。結局ソフトバンクグループによる球団買収が成立して福岡ソフトバンクホークスが誕生したため、福岡ロッテホークスは幻に終わった。
移転後は2005年、2010年に日本一を経験している(2005年は勝率2位ながらプレーオフで勝利したためパ・リーグ優勝。2010年はクライマックスシリーズとなりルールが改定されたため、パ・リーグ3位で、史上最大の下剋上と呼ばれている)。
ロッテは40年以上球団を保有しており、現在のパ・リーグ6球団では最長。また現在のパ・リーグで同一のチーム名やエンブレム、シンボル、ホームユニフォームを使用し続けているのもロッテが最長で、パ・リーグで1990年代の名残をそのまま残している唯一の球団となっている。
落合博満退団後は、本塁打30本以上を記録した日本人選手が出ていない。飛ぶボール時代に福浦和也や大松尚逸、サブローが20本台を記録したことはあるが、統一球が導入された2010年にはチーム本塁打数がわずか46本に留まり、本塁打王の中村剛也の48本を下回るという赤っ恥を晒してしまった。2013年に井口資仁が本塁打23本、2018年に井上晴哉が24本を記録したことで、ようやく悪い流れを断ち切った。
1986年の落合博満を最後に30年以上本塁打王が出てこなかったことでも知られる。2019年からはZOZOマリンスタジアムに「ホームランラグーン」というラッキーゾーンが設置されたことで、千葉ロッテ初の本塁打王の誕生が期待される。開幕前は「被本塁打が増えるだけでマイナスの方が大きのではないか」と言われていたが、防御率はむしろ良化し、移籍のブランドン・レアードの活躍などで本塁打数が増え得点力が増すというプラス面しか出ない結果となった。そして2023年に移籍のグレゴリー・ポランコが26本塁打を打ち、浅村栄斗・近藤健介と同数ながら37年ぶりに(千葉移転後では初めて)ロッテ選手として本塁打王を獲得した。
チームカラー
白、黒、灰色、赤でユニフォームにも取り入れられている(ペットマークである鴎のマークに使用されている配色)。過去にはオリオンズ時代に青、千葉移転初期の94年まではピンクが採用されていた時期もある。
この内、黒は、山本功児政権の2000年以降ビジター用の上着が黒になったのを発端とし、数年後のボビー政権での優勝時、超満員で大声援を送り続けるファンの印象から黒の軍団などと呼ばれている。現在も本拠地でのビジターユニフォーム使用を行う試合を一試合開催しており、ブラックナイトと呼ばれる。
逆に赤は他に比べ印象が薄く、ボビー政権の2004年サンデーユニフォームに使用される事を発端に同監督退任の2009年までユニフォームに採用されて以降採用されなくなったが、2014年にビジター用として復活した。2016年からはサードユニ(CHIBAユニ)のメインカラーとして赤が採用された。
公式マスコット
応援スタイル
オリオンズ時代や千葉移転初期はメガホンが存在し、他球団と変わらない応援スタイルだったが90年代後半より、所謂MVP(マリーンズ私設応援団)(Marines Victory Productions)により、メガホンは一切使用しない(手拍子)、タオル・個人用フラッグ・指笛・ジャンプを他球団に先駆けて取り入れるなど、一風変わった応援が浸透していき、現在に至る。
鳴り物にはオリオンズ時代から行われていた小太鼓、トランペットの他、指笛を多用する傾向が強い。これに加えMVP時代の2009年頃までは、バルサホーンによる重圧な音色も多用されていたが、球場規制が厳しくなったこと、応援団以外の使用が禁止されているため、近年は見られなくなった。
応援歌は日本野球、サッカー(ジェフユナイテッド千葉など)、韓国野球、台湾野球などさまざまなところから影響を受けている。外国人選手の場合その選手の出身国の言語を用いた作詞も多い。オリジナル曲もあるが、ほとんど既存の曲のアレンジが採用されており、スポーツ関連にとどまらず民謡、新幹線の車内チャイムなどが原曲のものも存在する。ゲーム曲やアニメソングも多く、『Lovesong探して(ドラゴンクエスト)』、『ワンダーモモーイ』、『スペランカー』、『キラメキラリ(アイドルマスター)』、『ロマンシングサ・ガ』、『四六時夢中シンケンジャー(特撮)』、果ては『U.N.オーエンは彼女なのか?(東方Project)』のような同人作品など、多岐に及ぶ。
2009年には脱バレンタインを目指したフロントとファンによる対立が発生。ボビー・バレンタインが退任することはシーズン開幕前から発表されていたが、さらに千葉からの本拠地移転論(という名の怪文書)が出たために、これを聴いた過激派の応援団(Marines Victory Productions)がフロントと対立。千葉マリンスタジアムのライトスタンドのファンは『球団に残る迷フロントよ千葉を去れ!』などと書かれた横断幕を張った。横断幕があまりに過激的すぎるため、西岡剛がヒーローインタビューで「子供達の夢を壊さないで欲しい」と呼びかけている(詳細については西岡剛の項目を参照)。これに対しMVPは西岡の応援をボイコットしたりアウトコールを鳴らすだけでなく、西岡を中傷する横断幕を挙げるようになる。一般ファンはMVPの行動に反発し、自発的に西岡に「ツヨシコール」を向けた。MVPは一連の騒動により応援団から退くことになった。
2010年以降は、新たに球団主導の応援団が発足した。その際、応援歌が一部を除き一新された(旧応援歌はオリオンズ時代から存在する「L・O・TTE」コール、出塁テーマといったものと、西武戦専用テーマのみとなっていた)。
2010年以降の現在の応援団(千葉ロッテマリーンズ応援団)は2004年まで応援団員だったジントシオ氏が復帰し応援団長に就任することで発足。新応援歌は鳴り物と被らない発声のみのパートを行う『声を届ける』というコンセプトにしており、ジン氏自らが作曲を手掛けていた。
2010年はレギュラーシーズン3位ながら日本シリーズに出場して日本一(下剋上)を達成。日本シリーズ最終戦試合終了後、ファンのいるレフトスタンドの前で、監督、コーチ、スタッフ、選手たちがチャンピオンフラッグを掲げ、ファンと一緒に肩を組んで高らかに勝利の歌を歌った。
”マリーンズが本当に好きだから みんなでこの喜びを分かち合おう”
2010年、西村徳文監督の掲げる”和”というスローガンが結実した瞬間だった。
2014年にはホーム開幕戦の4月1日より、応援団監修の応援歌メドレーCD「2014マリーンズスーパーベストヒットメドレー」も 発売されている。
その一方で、かつてのMVPのメンバーも球団と和解・現応援団との協議の末、2015年以降外野応援団に復帰し、現応援団の構成員として合流している。
また未だにファンからの支持も根強い、旧応援歌の復活も示唆
していた。
2015年シーズン終了後、ジントシオ氏が退団。応援団長も交代となった。そしてそれが影響なのか定かではないが、2016年以降は旧応援歌が復活し、一部の選手応援歌(サブロー、福浦)も復活することになっていたが、2016年8月22日に応援団より旧応援歌を再び廃止している。
関係者
首脳陣
※就任、退団などでの異動は球団の正式発表があるまで編集しないでください。
| 一軍 | 二軍 |
|---|---|
| コーディネーター | |
所属選手
※トレード、自由契約などの異動については、NPB公示
があるまで編集しないでください。
※※ドラフト指名を受けた新入団選手は入団発表後に追加してください。
| 支配下選手 | |||
|---|---|---|---|
| 投手 | 捕手 | 内野手 | 外野手 |
|
|||
| 育成選手 | |||
| 投手 | 捕手 | 内野手 | 外野手 |
球団スタッフ
- 上野大樹(ファンサービスグループおもてなし担当)
- (105)川崎雄介(一軍打撃投手)
- 黒沢翔太(MD・コンセッション部ZOZOマリンスタジアム飲食担当)
- (107)関谷亮太(二軍サブマネージャー兼打撃投手)
- 高木晃次(二軍スコアラー)
- 谷保恵美(スタジアムアナウンサー(ウグイス嬢))
- (103)中郷大樹(一軍打撃投手兼用具係)
- 古谷拓哉(球団職員)
ベースボールアカデミー
OB
近年の戦跡
2005年~2009年
詳細
2005年(84勝49敗3分、2位、優勝、日本一) 監督:ボビー・バレンタイン
開幕から好スタートをきり、この年から導入されたセ・パ交流戦で初代チャンピオンとなる。レギュラーシーズンは2位で終えたが、プレーオフで西武ライオンズ、福岡ソフトバンクホークスを下し、31年ぶりのリーグ優勝を果たす。
日本シリーズでは阪神タイガースに対して4連勝。31年ぶり3度目の日本一に輝き、こちらもこの年から始まったアジアシリーズでも全戦で勝ち、アジアチャンピオンに輝いた。
ボビー・バレンタインの変則的に打線が入れ替わる日替わりオーダー制による采配がことごとく当たったため、ボビーマジックと呼ばれた。
ちなみに、かの有名な「33-4」は、この年の日本シリーズである。
2006年(65勝70敗1分、4位) 監督:ボビー・バレンタイン
前年の優勝に貢献した選手10名をWBC日本代表に送り込んだ。主力だった小坂誠、李承燁が読売ジャイアンツへ、ダン・セラフィニがオリックス・バファローズへ移籍し、戦力が低下。セ・パ交流戦は二連覇したものの、これ以降チームは失速し、プレーオフ出場はならなかった。
2007年(76勝61敗7分、2位) 監督:ボビー・バレンタイン
開幕二連戦で引き分けという異例の事態から始まった。
打撃陣が故障離脱・不振に陥ったが、渡辺俊介、小林宏之、成瀬善久が活躍し、レギュラーシーズンを2位で終える。
クライマックスシリーズではファーストステージでソフトバンクを下したが、ファイナルステージで北海道日本ハムファイターズに敗れた。
2008年(73勝70敗1分、4位) 監督:ボビー・バレンタイン
先発投手陣の不調、開幕後に捕手の里崎智也、橋本将、田中雅彦が揃って故障。野手陣の度重なる故障もあり、前半戦では(勝率は5割だったが)一時期最下位になり、最終的にBクラス(4位)に沈んだ。
2009年(62勝77敗5分、5位) 監督:ボビー・バレンタイン
開幕前に球団が異例となる監督の退任を発表。バレンタインの5億という年俸がネックになっていただけでなく、球団が赤字を抱えていたことなどがきっかけである。
騒動が背景にあったためか順位も上がり切れず、チーム防御率5位、チーム打率最下位と低迷。優勝した日本ハムには6勝18敗と負け越し、最終的に5位に終わった。
2010年代
詳細
2010年(75勝67敗2分、3位、日本一) 監督:西村徳文
監督には前年までコーチを務めていた西村徳文が昇格。日替わりオーダー制を廃止し、選手に打順ごとの役割を説いて固定していくオーソドックスな戦術へ転換した。
補強としては、開幕前に主砲候補として韓国から金泰均を、トライアウトで今岡誠、川越英隆、的場直樹らを、さらにシーズン開幕後、横浜ベイスターズとのトレードで吉見祐治を獲得。ドラフト会議では、1位で荻野貴司、4位で清田育宏と、社会人屈指の快足外野手を指名。さらにメジャーリーグへFA移籍した薮田安彦が復帰している。
そして迎えた2010年シーズン。荻野と金が前評判どおりの活躍を見せ、開幕ダッシュに成功。当時最下位だった北海道日本ハムファイターズに10ゲーム差をつけて首位に立った時期もあった。
しかし、荻野、里崎智也、唐川侑己ら、主力選手に故障が相次ぎ、6月から徐々に勢いが落ちていく。ほぼ同時期に主砲として四番に座っていた金が不振に陥り、井口資仁や福浦和也などに四番を譲る機会が増え、日本ハム、オリックス・バファローズとの3位争いに巻き込まれる形となった。
それでも、9月20日に1年以上白星から見放されていたクリネックススタジアム宮城での楽天イーグルス戦で勝利すると、負けたら終わりの9月28日、29日、10月1日の最後の3試合を3連勝しなんとか3位に滑り込む。4位日本ハムとのゲーム差はわずか0.5だった。
クライマックスシリーズ
ファーストステージでは埼玉西武ライオンズとの対戦。初戦は涌井秀章と成瀬善久の息詰まる投手戦が繰り広げられたが、1-1の同点で迎えた8回裏に中継ぎの内竜也が乱れ4失点。これで決まりかと思われたが、9回表に4点を返し再び同点にすると、延長11回表に福浦和也のホームランで勝ち越し、見事初戦をものにする。
2戦目は先発のマーフィーが初回に3点を失い、3回にも追加点を取られ降板。しかし替わった渡辺俊介が好投。打線もそれに応えるように、9回表に里崎の同点ホームランが飛び出し再びゲームは延長戦に。 そして延長11回表に井口のタイムリーヒットで勝ち越し、2日連続土壇場での延長劇を制しファイナルステージへと駒を進めることになった。
ファイナルステージの福岡ソフトバンクホークス戦では、初戦こそ成瀬が杉内俊哉との投げ合いを制したが、その後2連敗して王手をかけられる。しかし第4戦では渡辺俊介が好投しなんとか踏みとどまると、第5戦では先発の大嶺祐太が2回で降板したが、後続の小野晋吾、そして西武戦で打たれた内がきっちり抑え、逆王手をかける。
第6戦は再び杉内と成瀬の投げ合い。成瀬はまたもエース対決を制し完封勝利。ここでも負けたら終わりの土壇場からの勝負強さでCS導入後初めてシーズン3位からの日本シリーズ進出を決めた。
日本シリーズ
セ・リーグ優勝の中日ドラゴンズとの熱戦が繰り広げられた。3勝2敗で名古屋へ乗り込んだ第6戦でチェン・ウェインと成瀬の投手戦が繰り広げられ、8回表にサブローのタイムリーヒットで同点に追いつくとそのまま試合は延長戦へ。その後、延長15回まで両者全く譲らず、日本シリーズ史上最長の5時間43分の熱戦を演じ、シリーズでは実に24年ぶりの引き分けとなった。
そして迎えた第7戦では、序盤に6点を失う苦しい展開ながらも打線が奮起し、7回表に金泰均のタイムリーヒットでついに勝ち越し、マリーンズの日本一が決まるかと思われた。しかし9回裏に登板した小林宏之が打たれ同点に。なんと今シリーズ三度目となる延長戦に突入した。そして延長12回表、それまで好投していた浅尾拓也から、育成枠から這い上がってきた岡田幸文が決勝タイムリーヒットを放ち死闘の幕をおろした。シリーズMVPは今江敏晃、2005年に続き2度目、名実ともにシリーズ男となった。
日本シリーズ4勝2敗1分け、5年ぶり4度目の日本一を達成し、史上最大の下克上を成し遂げた。
2011年(54勝79敗11分、最下位) 監督:西村徳文
- この年より導入された統一球に打者が対応出来ず打撃陣が結果を残せず、さらに主力に故障が相次ぎ、最下位に低迷。パシフィック・リーグの日本一チームが次の年に最下位に低迷したのは史上初。
- 石川球団本部長がチームに変化を与えるという目的でサブローを巨人へ放出。ファンの反発を買った。
- ドラフト会議では3位で鈴木大地を獲得した。
詳細はプロ野球2011を参照
2012年(62勝67敗15分、5位) 監督:西村徳文
- スローガンは「和のもと ともに戦おう」。
- サブローの出来事を受けてフロントを刷新。
- 二軍は2位に10.5ゲーム差を優勝し、ファーム日本選手権を制覇。
- 角中勝也が首位打者を獲得、益田直也が新人王を受賞した。
- オフに伊東勤の監督就任が発表された。
詳細はプロ野球2012を参照
2013年(74勝68敗2分、3位) 監督:伊東勤
- シーズン通算54犠飛の日本新記録を達成。またチーム総合126ホールドは12球団トップだった。
- 益田直也が最多セーブのタイトルを獲得。
- クライマックスシリーズでは西武を2勝1敗で下したが、ファイナルステージで東北楽天ゴールデンイーグルスに1勝4敗で敗退となった。
- このシーズンを以て小野晋吾、薮田安彦が現役引退を表明。日本シリーズ終了後には渡辺俊介が、メジャーリーグベースボールに挑戦するためチームを退団することになった。
- オフに西武からFA宣言した涌井秀章、ルイス・クルーズ、チャッド・ハフマンを獲得した。
詳細はプロ野球2013を参照
2014年(66勝76敗2分、4位) 監督:伊東勤
- 投打共に不振に陥り、後半戦からはキューバからアルフレド・デスパイネを補強。
- 里崎智也が現役を引退。長い間エースを担ってきた成瀬善久がFAで東京ヤクルトスワローズに移籍し、補償は金銭となった。
詳細はプロ野球2014を参照
2015年(73勝69敗1分、3位) 監督:伊東勤
詳細はプロ野球2015を参照
2016年 (72勝68敗3分、3位) 監督:伊東勤
詳細はプロ野球2016を参照
2017年 (54勝87敗2分、6位) 監督:伊東勤
詳細はプロ野球2017を参照
2018年 (59勝81敗3分、5位) 監督:井口資仁
詳細はプロ野球2018を参照
2019年 (69勝70敗4分、4位) 監督:井口資仁
- ホームランラグーンの設置、ブランドン・レアードの加入でチーム本塁打数が倍増(78本→158本)。
- 日本一になったソフトバンクを17勝8敗と圧倒。終盤、楽天とCS争いを繰り広げたが4位に終わった。
- 福浦和也が引退、鈴木大地がFAで退団、涌井秀章をトレードで放出。美馬学と福田秀平をFAで獲得。
詳細はプロ野球2019を参照
2020年代
2020年 (60勝57敗3分、2位) 監督:井口資仁
- 3月に阪神を戦力外となっていた鳥谷敬を獲得した。
- 開幕直後のオリックス6タテで波に乗り、10月上旬までソフトバンクと熾烈な首位争いを繰り広げる。
- しかし10月6日の新型コロナ集団感染から大失速。深刻な貧打に陥り優勝を逃した。
詳細はプロ野球2020を参照
2021年 (67勝59敗19分、2位) 監督:井口資仁
- オリックスと首位争いを繰り広げ、1985年以来の2年連続2位以上を確定させる。
- しかし10月27日の楽天戦で敗れたことで優勝を逃した。
- 二軍は7年ぶり11回目のリーグ優勝を達成したが、ファーム日本選手権で阪神に敗れた。
- この年を以て鳥谷敬が現役を引退した。
- ドラフト会議では1位で松川虎生を獲得した。
詳細はプロ野球2021を参照
2022年 (69勝73敗1分、5位) 監督:井口資仁
詳細はプロ野球2022を参照
2023年 (70勝68敗5分、2位) 監督:吉井理人
詳細はプロ野球2023を参照
2024年 (71勝66敗6分、3位) 監督:吉井理人
- 楽天とクライマックスシリーズ進出を競い、10月1日に直接対決で勝利したことにより3位が確定した。
クライマックスシリーズでは2位の日本ハムと対戦したが、1勝2敗で敗退した。
詳細はプロ野球2024を参照
2025年 (71勝66敗6分、6位) 監督:吉井理人
詳細はプロ野球2025を参照
2026年 (??勝??敗?分、?位) 監督:サブロー
詳細はプロ野球2026を参照
年度別球団成績
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順位シーズン最高記録(チーム)シーズン最低記録(チーム)シーズン選手最高記録(野手) |
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関連項目
外部リンク
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|---|---|---|---|
| 読売ジャイアンツ | 東京ヤクルトスワローズ | 北海道日本ハムファイターズ | 東北楽天ゴールデンイーグルス |
| 横浜DeNAベイスターズ | 中日ドラゴンズ | 千葉ロッテマリーンズ | 埼玉西武ライオンズ |
| 阪神タイガース | 広島東洋カープ | オリックス・バファローズ | 福岡ソフトバンクホークス |
脚注
- *落合によると
、問題の発言以前に「球団側が次期監督に有藤通世を起用するにあたり、ミスターロッテの座を有藤に戻すために落合を放出したがっていた」という話を又聞きで聞いたとのこと。ただし落合と有藤の関係は決して悪くなく、有藤もまた「会社に監督引き受けたときに”オチは出せない、絶対必要やから”とお願いしてある」「落合のトレードに関しては、僕はいっさいタッチしていない」と関与を否定していることから、2年連続三冠王となり高額年俸が決定的な落合を放出して財政を安定させる目的を隠すために、有藤が利用された説が挙がっている。
親記事
子記事
- なし
兄弟記事
- 大阪近鉄バファローズ
- オリックス・バファローズ
- オリックス・ブルーウェーブ
- 埼玉西武ライオンズ
- 高橋ユニオンズ
- 東北楽天ゴールデンイーグルス
- 南海ホークス
- 西鉄ライオンズ
- 阪急ブレーブス
- 福岡ソフトバンクホークス
- 北海道日本ハムファイターズ
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