概要
定義
ここでいう政治とは、「国家の統治」の全般を指す概念であり、行政・立法・司法の全てを含む。
日本における政治参加の3方法
日本において人が政治に参加する方法は、直接的参政権の行使と間接的参政権の行使とインフォーマルな政治参加の3通りがあるとされる[1]。
直接的参政権とは、地方首長へ条例案の提出をする権利や、憲法改正の成否を決める国民投票に参加する権利や、選挙に立候補して当選し国会議員・地方議員・地方首長になる権利や、公務員試験を受けて合格し公務員になる権利や、裁判員制度における裁判員になる権利である。
間接的参政権とは、選挙権や解職請求権など公職者を任免する権利である。
インフォーマルな政治参加とは、日本国憲法第16条に基づく請願や、「行政や立法や司法に影響を与える目的で行う表現」のことである。
直接的参政権の行使の大部分と間接的参政権の行使の全ては、日本国籍を持つ者が定められた手続きに従って行う[2]。一方で、インフォーマルな政治参加は、日本国籍を持つ者と外国人の両方が、定められた手続きにさほど縛られず自由に行う[3]。
直接的参政権の行使と間接的参政権の行使によって示された提案は、決定権的な意味を持つものであり、日本政府はそうした提案を尊重してそうした提案に従う義務がある。
一方でインフォーマルな政治参加によって示された提案は、決定権的な意味を持つものではない。インフォーマルな政治参加の代表例である請願に対して、日本政府は、真面目に受け取るように請願法第5条によって義務づけられているが[4]、従う義務がない。インフォーマルな政治参加の例である「行政や立法や司法に影響を与える目的で行う表現」に対して、日本政府は、自由に行われることを保障するように日本国憲法第21条によって義務づけられているが、従う義務がない。
ここまでのことをまとめると次のようになる。
直接的参政権 | 間接的参政権 | インフォーマルな政治参加 | |
典型例 | 地方首長への条例案の提出、憲法改正のための国民投票、公職に就く権利の行使、裁判員になる権利の行使 | 選挙権や解職請求権など公職者を任免する権利の行使 | 請願、行政や立法や司法に影響を与える目的で行う表現 |
行う人 | 日本人(一部の公務員採用試験は外国人も受験できる) | 日本人 | 国籍を問わない。外国人も行うことができる |
手続きの厳重さ | 厳重なものが多い | あまり厳重でなく、自由に行うことができる | |
決定権的な意味 | 決定権的な意味があり、政府や国会や裁判所は提案に従わねばならない | 決定権的な意味がなく、政府や国会や裁判所は従う義務がない |
直接的参政権
定義
直接的参政権とは、法整備を受けて組織制度化された権利[5]のなかで、人が国家意思の形成・決定に直接的に関与する権利[6]を指すものである。
日本における直接的参政権
日本における直接的参政権は、国民発案(イニシアチブ)と、国民表決(レファレンダム)と、被選挙権を行使して公職に就く権利と、公務員試験に合格して公職に就く権利と、裁判員制度の裁判員になる権利である。
国民発案(イニシアチブ)と国民表決(レファレンダム)
行政府に対して法律案を提出して法律の制定を求めたり法律の改正・廃止を求めたりすることを「法律に関する国民発案(イニシアチブ)」という。日本の国政ではこの制度が存在しない。
地方行政府に対して条例案を提出して条例の制定を求めたり条例の改正・廃止を求めたりすることを「条例に関する国民発案(イニシアチブ)」という。日本の地方自治では地方自治法第74条に基づきこの制度が存在し、ある地方公共団体において地方議会議員や地方首長の選挙権を持つ者の2%の連署があれば、地方首長に対し条例の制定や改正・廃止の請求をすることができる。
法律を可決したり否決するための国民投票のことを「法律に関する国民表決(レファレンダム)」という。日本においては日本国憲法第41条や日本国憲法第59条によって国会が唯一の立法機関と定められている。ゆえに日本の国政において「法律に関する国民表決(レファレンダム)」が存在しない。
条例を可決したり否決するための住民投票のことを「条例に関する国民表決(レファレンダム)」という。日本の地方自治において「条例に関する国民表決(レファレンダム)」が存在しない。
憲法改正案を可決したり否決するための国民投票のことを「憲法改正に関する国民表決(レファレンダム)」という。日本においては日本国憲法第96条や2007年に制定された憲法改正国民投票法によって整備されている制度である。
日本における国民発案(イニシアチブ)と国民表決(レファレンダム)をまとめると次のようになる。
日本での採用 | 関連法規 | |
法律に関する国民発案(イニシアチブ) | × | |
条例に関する国民発案(イニシアチブ) | ○ | 地方自治法第74条 |
法律に関する国民表決(レファレンダム) | × | 憲法第41条や憲法第59条で否定されている |
条例に関する国民表決(レファレンダム) | × | |
憲法改正に関する国民表決(レファレンダム) | ○ | 憲法第96条、憲法改正国民投票法 |
「条例に関する国民発案(イニシアチブ)」に参加できるのは、その地方公共団体の地方議会議員や地方首長の選挙権を持つ者であり、公職選挙法第9条に基づいて満18歳以上の日本人に限られている。
「憲法改正に関する国民表決(レファレンダム)」に参加できるのは、憲法改正国民投票法第3条に基づいて満18歳以上の日本人に限られている。
被選挙権を行使して公職に就く権利
日本では選挙の制度が整っている。国会議員の衆議院議員、国会議員の参議院議員、都道府県議会の地方議員、市町村並びに特別区の地方議員、都道府県の地方首長、市町村並びに特別区の地方首長、これら6種類の選挙が行われる。
選挙に立候補する権利を被選挙権という。公職選挙法の第10条で被選挙権を日本人に限定している。
日本の6つの選挙に関する被選挙権について、公職選挙法第10条の規定をまとめると次のようになる。
年齢 | 国籍 | 住所 | |
国会議員の衆議院議員 | 満25歳以上 | 日本人 | |
国会議員の参議院議員 | 満30歳以上 | 日本人 | |
都道府県議会の地方議員 | 満25歳以上 | 日本人 | その都道府県が包括するなかの市町村・特別区にかつて3ヶ月以上住み続けたことがあり、その都道府県が包括するなかの市町村・特別区に住んでいる |
市町村並びに特別区の地方議員 | 満25歳以上 | 日本人 | その市町村並びに特別区に3ヶ月以上住み続けている |
都道府県の地方首長 | 満30歳以上 | 日本人 | その都道府県に住んでいなくてもよい |
市町村並びに特別区の地方首長 | 満25歳以上 | 日本人 | その市町村・特別区に住んでいなくてもよい |
都道府県議会の地方議員に立候補するための住所制限はやや複雑である。
「東京都千代田区に3ヶ月間住み続け、それから東京都台東区に引っ越した者」は、引っ越したばかりであっても即座に東京都議会議員の選挙に立候補できる。
「東京都千代田区に2ヶ月間住み続け、それから東京都台東区に引っ越して2ヶ月が経った者」は、東京都に合計で4ヶ月住んでいた実績があるが、しかし、東京都議会議員の選挙に立候補できない。
公務員試験に合格して公職に就く権利
日本では国家公務員や地方公務員を試験で選抜する公務員試験の制度が整っている。
日本人のみに受験資格を与えることを法律で定めていることで有名なのは外務公務員(外交官)である[7]。
国家公務員法の第38条でも、地方公務員法の第16条でも、日本人のみに受験資格を限定しているわけではない。
しかし1948年(昭和23年)8月17日に「外国人が日本国政府の警察官になることができるかについての照会」に対して法務省調査意見長官は「公権力を行使する公務員は日本国籍を必要とする。公権力を行使せず学術的・技術的事務を提供したり機械的労務を提供したりする公務員は日本国籍を必要としない」と回答した。
また1953年(昭和28年)3月25日に「わが国の公務員が日本国籍を喪失した場合にその者は公務員たる地位を失うかについての照会」に対して内閣法制局は「公務員に関する当然の法理」という言葉を使いつつ「公権力の行使又は国家意思の形成への参画にたずさわる公務員となるためには日本国籍を必要とする。それ以外の公務員は日本国籍を必要としない」と回答した[8]。
1982年(昭和57年)に施行された国立又は公立の大学における外国人教員の任用等に関する特別措置法を受けて、日本国籍を持たない者も大学教授などの公務員に就任できるようになった。
日本国籍を持たない者を地方公務員に採用するかどうかについては、「当然の法理」を適用するか、あるいは「当然の法理」を無視するか、それぞれの地方公共団体の裁量に任されている。
裁判員制度の裁判員になる権利
裁判員法第13条により、衆議院議員の選挙権を有する人の中から抽選して裁判員候補者名簿が作られる。公職選挙法第9条により、衆議院選挙の選挙権は日本人のみに与えられる。ゆえに裁判員になるのは日本人のみである。
間接的参政権
定義
間接的参政権とは、法整備を受けて組織制度化された権利のなかで、人が「国家意思の形成・決定に携(たずさ)わる人」の選任に関与する権利を指すものである。
日本における間接的参政権
日本における間接的参政権は、選挙権と解職請求権の2つである。
日本国憲法第15条第1条で「公務員を選定し、及びこれを罷免することは、国民固有の権利である。」とあり、これが選挙権と解職請求権の根拠となっている。
選挙権
日本では選挙の制度が整っている。国会議員の衆議院議員、国会議員の参議院議員、都道府県議会の地方議員、市町村並びに特別区の地方議員、都道府県の地方首長、市町村並びに特別区の地方首長、これら6種類の選挙が行われる。
選挙に参加して立候補者の中から選ぶ権利を選挙権という。日本国憲法第15条第1項において「公務員を選定し、及びこれを罷免することは、国民固有の権利である。」と書いてあり、それを受けて公職選挙法の第9条で選挙権を満18歳以上の日本人に限定している。
その一方で、日本国憲法第93条第2項において「地方公共団体の長、その議会の議員及び法律の定めるその他の吏員は、その地方公共団体の住民が、直接これを選挙する。」とあり、定住外国人にも選挙権を与えることが可能ではないかという議論が起こるようになった。これを外国人参政権という。
日本の6つの選挙に関する被選挙権について、公職選挙法第9条の規定をまとめると次のようになる。
年齢 | 国籍 | 住所 | |
国会議員の衆議院議員 | 満18歳以上 | 日本人 | |
国会議員の参議院議員 | 満18歳以上 | 日本人 | |
都道府県議会の地方議員 | 満18歳以上 | 日本人 | その都道府県が包括するなかの市町村・特別区にかつて3ヶ月以上住み続けたことがあり、その都道府県が包括するなかの市町村・特別区に住んでいる |
市町村並びに特別区の地方議員 | 満18歳以上 | 日本人 | その市町村並びに特別区に3ヶ月以上住み続けている |
都道府県の地方首長 | 満18歳以上 | 日本人 | その都道府県が包括するなかの市町村・特別区にかつて3ヶ月以上住み続けたことがあり、その都道府県が包括するなかの市町村・特別区に住んでいる |
市町村並びに特別区の地方首長 | 満18歳以上 | 日本人 | その市町村並びに特別区に3ヶ月以上住み続けている |
都道府県知事や都道府県議会議員に対する選挙権の住所制限はやや複雑である。
「東京都千代田区に3ヶ月間住み続け、それから東京都台東区に引っ越した者」は、引っ越したばかりであっても即座に東京都知事選挙や東京都議会議員の選挙に参加できる。
「東京都千代田区に2ヶ月間住み続け、それから東京都台東区に引っ越して2ヶ月が経った者」は、東京都に合計で4ヶ月住んでいた実績があるが、しかし、東京都知事選挙や東京都議会議員の選挙に参加できない。
ちなみに余談ながら、選挙と投票は異なる概念である。定員が2人のみで立候補者が2人のみなら無投票で選挙が終わる。これを無投票当選という。
行政に携わる国務大臣・内閣総理大臣に対する任命と解職
内閣総理大臣を指名するのは国会であり、国会議員の中から選ぶ(日本国憲法第67条第1項)。国会の指名に基づき、天皇が内閣総理大臣を任命する(日本国憲法第6条第1項)。
内閣総理大臣は国務大臣を任命し、罷免する(日本国憲法第68条)。アメリカ合衆国ではアメリカ合衆国上院の同意をもらってからアメリカ合衆国大統領が長官を任命するのだが、日本の総理大臣はそのような同意など必要としない。
内閣総理大臣や国務大臣に対して国民が解職を請求する制度は存在しない。
地方行政に携わる地方首長に対する任命と解職
地方行政に携わる地方首長に対して、日本国民は選挙という形態で指名権を持っている。
地方議会は、地方首長に対して不信任決議を突きつけることができる。地方首長は「私の方が人気者だ。選挙をすれば私に敵対する議員たちが落選する」という確信を持てない場合、不信任決議のあとの10日間で地方議会に対して解散を命ずることができず、不信任決議から10日以上が経った後に失職する(地方自治法第178条)。
地方議会は、地方首長に対して不信任決議を突きつけることができる。地方首長は地方議会に解散を命ずることができるが、解散後の選挙で地方首長を批判する勢力が多数選ばれ、選挙後に不信任決議を再び突きつけられることがある。こうなると地方首長は失職する(地方自治法第178条)。
地方首長に対して住民が解職を請求するためには、「地方議会の首長に対する選挙権を持つ者」の総数の3分の1以上の連署があれば[9]、地方首長の解職の請求が可能になる。その請求を受けて地方首長解職の賛否を問う住民投票が行われる。その住民投票で解職が決まったら、またすぐに選挙が行われる。
ただ、大都市で「地方首長の選挙権を持つ者」の3分の1の連署を集めるのは現実にはきわめて難しいだろう、とされる[10]。
立法に携わる国会議員に対する任命と解職
立法に関わる議員に対して、日本国民は選挙という形態で指名権を持っている。
選挙で選ばれた議員には任期というものがあり、任期を終えると自動的に失職する。しかし任期の途中で解職させることができる。
国会の衆議院に対して、内閣は日本国憲法第7条第3項に基づき解散権を持っているとされる。つまり内閣は衆議院議員に対して任期途中で失職させることができる。一方で内閣は参議院に対して解散権を持っていない。
国会の衆議院や参議院に対して国民が解散を請求する制度は存在しない。衆議院議員1人や参議院議員1人に対して解職を請求する制度も存在しない。
地方立法に携わる地方議員に対する任命と解職
立法に関わる議員に対して、日本国民は選挙という形態で指名権を持っている。
選挙で選ばれた議員には任期というものがあり、任期を終えると自動的に失職する。しかし任期の途中で解職させることができる。
地方議会が地方首長に対して不信任決議を突きつけたあとの10日間のみ、地方首長は地方議会に対して解散を命ずることができる(地方自治法第178条)。
地方議会に対して住民が解散を請求したり、地方議員1人の解職を請求したりするためには、「地方議会の議員に対する選挙権を持つ者」の総数の3分の1以上の連署があれば[11]、地方議会の解散や地方議員1人の解職の請求が可能になる。その請求を受けて「地方議会解散の賛否を問う住民投票」かまたは「地方議員1人の解職の賛否を問う住民投票」が行われる。その住民投票で解散や解職が決まったら、またすぐに選挙が行われる。
司法に携わる裁判官に対する任命と解職
最高裁判所の長官は、内閣の指名に基づいて天皇が任命する(日本国憲法第6条第2項)。最高裁判所の「長官以外の14名の裁判官」は、内閣が任命して天皇が認証する(日本国憲法第79条第1項)。
最高裁判所以外の裁判所は高等裁判所、地方裁判所、家庭裁判所、簡易裁判所があり、これらをまとめて下級裁判所という。下級裁判所の裁判官は、最高裁判所の指名した者の名簿によって、内閣がこれを任命する(日本国憲法第80条第1項)。
最高裁判所の長官とそれ以外の14名の裁判官の合計15人は、日本国民によって解職される可能性がある。これを最高裁判所裁判官国民審査という(日本国憲法第79条第2項、第3項)。ただしこの制度は形骸化していると指摘されている[12]。
最高裁判所や下級裁判所に含まれる全ての裁判官は、国会が設置する弾劾裁判所で弾劾されて解職される可能性がある。これを公の弾劾という(日本国憲法第78条第1項)。公の弾劾を行ってよいのは、裁判官が怠けたときや非行を行ったときだけで(裁判官弾劾法第2条)、「あの裁判官が気に入らない判決を下した」という理由で公の弾劾をすることができない[13]。
弾劾裁判所は両議院の議員で構成され(日本国憲法第64条第1項)、衆議院で選ばれた7名の衆議院議員と参議院で選ばれた7名の参議院議員の合計14名で構成される(国会法第125条第1項、裁判官弾劾法第16条第1項)。弾劾裁判所の裁判官が3分の2の賛成をすると公の弾劾が成立し、裁判官が失職する(裁判官弾劾法第31条)。
弾劾裁判は訴追されてから行われるが、訴追を行うのは訴追委員会で、衆議院で選ばれた10名の衆議院議員と参議院で選ばれた10名の参議院議員の合計20名で構成される(国会法第126条第1項、裁判官弾劾法第5条第1項)。弾劾裁判所の裁判員と、訴追委員会の裁判員は、兼任できない(国会法第127条)。
まとめ
国民が直接的に、議会の解散や、内閣総理大臣・国務大臣・首長・議員・裁判官の解職を請求することを解職請求権とかリコール権という。
立法や行政や司法に対して、国民が直接的に選挙したり解職・解散請求したりできるかどうかについてまとめると、次のようになる。
選挙 | 国民の直接的な解散・解職の請求 | |
国政の立法(国会議員) | ○ | × |
国政の行政(内閣総理大臣) | × | × |
地方の立法(地方議員) | ○ | ○(有権者の3分の1の連署。かなり難しい) |
地方の行政(地方首長) | ○ | ○(有権者の3分の1の連署。かなり難しい) |
最高裁判所裁判官 | × | ○(形骸化している) |
下級裁判所裁判官 | × | × |
インフォーマルな政治参加
定義
インフォーマルな政治参加とは、法整備を受けて組織制度化された権利の恩恵を受けないにもかかわらず、人が国家意思の形成・決定に影響を与える目的で行う表現を指すものである。
請願
「何人(なんぴと)も、損害の救済、公務員の罷免、法律、命令又は規則の制定、廃止又は改正その他の事項に関し、平穏に請願する権利を有し、何人も、かかる請願をしたためにいかなる差別待遇も受けない。」と日本国憲法第16条に書かれていて、日本人であろうと外国人であろうと請願をすることが可能であることが示されている。また、未成年者も請願をすることができる(衆議院ウェブサイト)。
請願に対して政府は受理し誠実に処理しなければならない(請願法第5条)。
国会法第79条~第82条や地方自治法第124条~第125条に請願に関する条文があり、国会や地方議会が請願を受け付けるときの手順を定めている。
「請願を受理した官公署は、請願者に対し、その処理の経過や結果を告知する義務までを負うものではない」と内閣総理大臣が質問主意書に答弁したことがある(質問主意書、答弁)。
「請願とは政府・地方公共団体に対して希望を述べることを保障する制度であって、その内容が所管の官公署に伝わることにより、ひとまず請願の目的は達成される」と内閣総理大臣が質問主意書に答弁したことがある(質問主意書、答弁)。
請願を受けた機関は、請願内容に応じた措置をとるべき義務を負うわけではない。このことから、請願権は、「請願を受理するという国務」を請求する権利であるとされる。言い換えると、請願権は、決定権的意味をもつような権利ではない[14]。
行政や立法や司法に影響を与える目的で行う表現
日本国憲法第21条では「集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。」と書かれており、思想・表現の自由を保障するように政府・国会・裁判所に義務づけている。
「何人(なんぴと)も」という表現がないが、日本人のみならず外国人にも思想・表現の自由を認めるのが定説となっている[15]。
行政や立法や司法に影響を与える目的で行う表現に対して、政府や国会や裁判所がどのように対応すべきかを規定するような憲法の条文や法律は見当たらない。とはいえ、日本国憲法第16条の請願権と同じように「自由に行うのを妨害せず、真面目に受け取るが、従う義務がない」といった対応で十分であろうかと思われる。
「日本国籍を持たない人は日本での選挙権がない。だから日本国籍を持たない人は日本の政治について口出しをするな」といったり「米国籍を持たない人は米国での選挙権がない。だから米国籍を持たない人は米国政治に口出しするな」といったりする人がたまに見られるが、そうした考えは、思想・表現の自由を尊重する考えに適合しない考え方である。
インフォーマルな政治参加を認めることが為政者にとって利益になる
日本の江戸時代では、民衆のインフォーマルな政治参加が盛んに行われてきたことが知られている(記事)。民衆の激しい口出しを受け取り、民衆のもつ民意を吸収し、政治に役立てようという意図があったとされる。
インフォーマルな政治参加を認めることで、為政者は情報収集を円滑に行えるようになり、行政・立法・司法の発展の材料にすることができる。
司法権の独立のため日本の裁判所はインフォーマルな政治参加に従わない傾向が強い
日本において、行政府の政府や、立法府の国会や、司法府の裁判所は、いずれも、インフォーマルな政治参加に対して真面目な態度で受け取る義務があるだけで従う義務がない。
そして日本において、「インフォーマルな政治参加に対して真面目な態度で受け取る義務があるだけで従う義務がない」という傾向が最も強いのは、司法府の裁判所である。
日本国憲法は司法権の独立を重視しており、第76条第3項で「すべて裁判官は、その良心[16]に従ひ独立してその職権を行ひ、この憲法及び法律にのみ拘束される。」と規定している。
つまり、日本の裁判官は、民意や「民意を吸収した国会議員・国会」の影響を受けず、自らの個人的良心または「裁判官という法律専門職に求められる職務遂行上求められる良心」に従って司法をすることを義務づけられている。このため日本の裁判所はインフォーマルな政治参加に対して軽々しく従わない傾向が強い[17]。
「日本の裁判所はインフォーマルな政治参加に軽々しく従わない傾向が強い」ということはよく知られているので、日本の裁判所に対して請願をしたり日本の司法に影響を与える目的で表現を行ったりする人の数はそんなに多くない、という傾向がある。
とはいえ、日本の裁判所に請願をしたり日本の司法に影響を与える目的で表現を行ったりすること自体は、自由に行うことができる。
世界史における参政権の拡大
人類の歴史では、参政権が次第に拡大していく現象がいくつかの国で見られてきた。
古代ギリシャ・アテナでの参政権拡大
高校で習う世界史では、古代ギリシャ・アテナにおける参政権の拡大が教えられる。
アテナでは軍役を果たす者に参政権を与えることが習わしだった。最初のうちは高価な武具を調達できる貴族だけが軍役を果たしており、貴族だけが参政権を得ていた。次第に経済が発展し、平民階級の一部も裕福になり、平民階級の一部も武具を買って軍役を果たすようになり、平民階級の一部も参政権を得た。ペルシア帝国とのペルシア戦争で、武具を買えない無産階級が三段櫂船という軍船の漕ぎ手に駆り出され、船を漕いで軍役を果たしたので、ペルシア戦争のあとに無産階級にも参政権が広がった。しかし、最後まで戦争に参加しなかった女性には参政権が与えられなかった。
※この項の資料・・・NHK高校講座 世界史 第3回 ギリシアと都市国家
第一次世界大戦や第二次世界大戦の総力戦の後の女性参政権拡大
女性参政権を認めない国が19世紀まで非常に多かった。ところが1914年から1918年まで総力戦の形態で行われた第一次世界大戦を終えると、急に女性参政権を認める国が増えた。1939年から1945年まで総力戦の形態で行われた第二次世界大戦を終えると、さらに女性参政権を認める国が増えた。
女性参政権のWikipedia記事では各国で初めて女性参政権が認められた年代を列記しているが、やはり第一次世界大戦のあとに女性参政権を認める国が急増したことがよく分かる。
第一次世界大戦や第二次世界大戦は総力戦の形態で行われ、男子が片っ端から徴兵されて戦地へ送られて、国内の軍需工場に女性が大量に動員された。
女性にとって軍需工場で働くことが軍役となり、世の中の男性は「女性が軍需工場で作る砲弾がないと、戦争を遂行できない」という現実と直面することになった。そうした体験がそのまま女性参政権の後押しとなった。
関連リンク
Wikipedia記事
その他
関連項目
脚注
- *日本国憲法論 法学叢書7 2011年4月20日初版(成文堂)佐藤幸治 194~195ページ、380~383ページ
- *外国籍を持つ者も、公務員試験の一部を受けることができる。
- *憲法第16条で「何人も、損害の救済、公務員の罷免、法律、命令又は規則の制定、廃止又は改正その他の事項に関し、平穏に請願する権利を有し、何人も、かかる請願をしたためにいかなる差別待遇も受けない。」と書かれているように、外国人も請願することができる。また請願は、選挙や公務員試験ほどの手続が定められているわけではない。
- *請願法第5条には「この法律に適合する請願は、官公署において、これを受理し誠実に処理しなければならない。」と書かれており、請願を真面目に受け取ることを政府に義務づけている。
- *日本国憲法論 法学叢書7 2011年4月20日初版(成文堂)佐藤幸治 380ページでは「直接的参政権と間接的参政権はフォーマルな国政参加である」と論じ、続いて次のように述べている。
・・・なお、ここに「フォーマル」とは、組織制度化を前提に国政上何らかの法的意味をもつことに着目してのことである。・・・
その記述を参考にして、ニコニコ大百科の本記事では「直接的参政権とは、法整備を受けて組織制度化された権利」と記述した。 - *日本国憲法論 法学叢書7 2011年4月20日初版(成文堂)佐藤幸治 381ページでは「3 間接的参加方法(間接的参政権)」という題名の直後に次のように述べている。
・・・この方法は、国民が国家意思の形成・決定に直接参与するというものではなく、それに携わる者の選任に関与することを通じて、いわば間接的に国政のあり方に影響を及ぼそうというものである。・・・
その記述を参考にして、ニコニコ大百科の本記事では「直接的参政権とは、人が国家意思の形成・決定に直接的に関与する権利」と記述した。 - *外務公務員法第7条第1項で「国籍を有しない者又は外国の国籍を有する者は、外務公務員となることができない」と定められており、日本国籍のみを持つ人だけが日本の外務公務員に就任できる。日本国籍と外国籍の二重国籍者は外務公務員に就任できない。
- *『外国人の公務就任をめぐる法的問題』高乗智之
- *人口が40万以下なら「地方議会議員の選挙権を持つ者」の3分の1の連署である。人口が40万を超えて80万以下の場合と、人口が80万を超える場合は、すこし条件が変わる。詳細は地方自治法第76条を参照のこと。
- *日本国憲法論 法学叢書7 2011年4月20日初版(成文堂)佐藤幸治 561ページ
- *人口が40万以下なら「地方議会議員の選挙権を持つ者」の3分の1の連署である。人口が40万を超えて80万以下の場合と、人口が80万を超える場合は、すこし条件が変わる。詳細は地方自治法第76条を参照のこと。
- *『これまで罷免ゼロ 国民審査の意義とは何か』2021年10月24日産経新聞 原川真太郎
- *弾劾事由は、裁判の内容評価にわたるものであってはならないと解され、裁判官弾劾法も、裁判官の行状や職務執行の態様に限定している(2条参考)。 日本国憲法論 法学叢書7 2011年4月20日初版(成文堂)佐藤幸治 617ページ
- *日本国憲法論 法学叢書7 2011年4月20日初版(成文堂)佐藤幸治 382~383ページ
- *日本国憲法論 法学叢書7 2011年4月20日初版(成文堂)佐藤幸治 142ページには次のような文章がある。・・・憲法第3章の標題が「国民の権利および義務」となっていることや、憲法は元来国民に対する国権発動の基準を示すところに本質があるとの考えから、外国人は憲法の定める基本的人権の享有主体ではないとの説(A説)もあった(佐々木惣一)が、基本的人権の前国家的権利性や憲法のよって立つ国際協和主義を指摘して外国人の享有主体性を肯定する説(B説)が支配的になった。A説も、政治道義上は外国人にも基本的人権保障の趣旨を及ぼすべきであるとしているが、基本的人権の本質はまさに「個人として尊重される」(13条前段)ことの帰結であるから、考え方の筋道としては、B説をもって妥当としよう。最高裁判所も、幾多の事件で、外国人が憲法上の主張を行う適格性を問題とすることなく判断を行ってきている。・・・
また日本国憲法論 法学叢書7 2011年4月20日初版(成文堂)佐藤幸治 144ページでは、「何人も」という文言が入っている条文だけ外国人の基本的人権を認める考えを「文言説」、基本的人権の性質に応じて個別的に判断すべきという考えを「権利性質説」と紹介しており、その上で「文言説は妥当ではなく権利性質説が妥当である」と結論を下している。
さらに日本国憲法論 法学叢書7 2011年4月20日初版(成文堂)佐藤幸治 149ページでは、「特に経済活動の領域では、外国人は、日本国民とは違った特別の規制対象とされることが少なくない」と指摘しつつ、「これに対して、精神活動の領域では、原則として日本国民と同程度の保障を受けるとされる」と指摘し、思想・表現の自由が外国人にも日本人と同じ程度保障されるとの説を述べている。 - *ここでの「良心」には「主観的・個人的良心」という解釈と「裁判官という法律専門職に職務遂行上求められる良心」という解釈がある。前者は主観的良心説といい、平野龍一が支持している。後者は客観的良心説といい、芦部信喜と佐藤幸治が支持している。日本国憲法論 法学叢書7 2011年4月20日初版(成文堂)佐藤幸治 616ページ
- *日本国憲法論 法学叢書7 2011年4月20日初版(成文堂)佐藤幸治 575ページには次の文章がある。・・・裁判所の活動には、一般世論がストレートに作用することがむしろ忌避され、国民代表による指揮や監督が排されるが、裁判所が解釈・適用する法は国民代表機関によって定立されるものであることから、国民主権と矛盾しないとされる。・・・
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- ページ番号: 5641644
- リビジョン番号: 2990789
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