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「言葉の幹と根は、沈黙である。」
吉本隆明
（ヨシモトタカアキ，ヨシモトリュウメイ，1924~2012）とは、
下町に生きて下町に死んだ詩人である。
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1924年、東京府東京市京橋区は月島に生れる。船大工の家であった。
戦争によって同年代の若者が戦死してゆく米沢高等工業学校時代より、宮沢賢治、高村光太郎、小林秀雄、横光利一、保田与重郎 、仏典等の影響下に本格的な詩作をはじめる。
終戦後の1945年、旧制東京工業大学の化学科に入学。在学中、数学者の遠山啓や、卒業後に吉本と『現代批評』を創刊し、文芸批評家・化学者となる奥野健男らに出会う。また終戦直後、遠山の自主講座「量子論の数学的基礎」に決定的な影響を受ける。卒業後は終戦の混乱から、職を転々とする厳しい生活の中で詩作を続ける。労働組合を組織し、運動するも挫折の連続であった。
1949年には東京工業大学大学院特別研究生試験に合格。給与を受けながら東京工業大学無機化学教室での研究にもどる。同時期、評論を発表し始める。
修了後は東洋インキ製造に入社。染料の研究誌「色材協会誌」に、同社の身分で研究論文『Phenomenon of Bronze in Surface Coatings』を発表する。
1952年、詩集『固有時との対話』を自家版として発行し、翌年には、詩集『転位のための十篇』も発行。これらの労働組合活動を背景とする詩集は、吉本自身が左翼的な詩と解説するも左翼からは評価が得られず、むしろ現代詩の『荒地』派同人から評価された。
1954年、「荒地新人賞」を受賞。同年、マタイ福音書を通じて、原始キリスト教を論じた『マチウ書試論』を発表する。56年には労働組合活動で左遷され、東洋インキ製造を退職。
ほか、戦前知識人の転向・不転向を厳しく論じた『転向論』（58年）、共同幻想という、いわば神話的な視点から国家や諸制度の成立を論じた『共同幻想論』（68年）、「沈黙」、あるいは「自己表出」「指示表出」といったタームで言語文化を探求した『言語にとって美とは何か』（65年）、青年期に影響を受けた作家たちの悲劇を読み解く『悲劇の解読』（79年）、あるいは真宗の祖である「親鸞」にかんする著作を意欲的に発表。
50年代から60年代にかけておこなわれた、前衛（アヴァンギャルド）の文芸批評家・花田清輝（花田十輝の祖父）など、戦後日本を代表する知性との激烈な論争でもひろく知られる。
1960年には、いわゆる60年安保闘争に加わり、詩人の谷川雁らと六月行動委員会を組織。共産党と対立する左派学生たち（ブント）に同伴する。品川駅にて、6・4 スト支援すわりこみデモに参加。また、のちに国民運動として歴史に残る日米安保反対の大規模デモで、国会構内に突入し、国会構内抗議集会で演説 。これにより多くの参加者らと共に建造物侵入で現行犯逮捕される。（当時の左派学生の中心メンバーのひとりであった西部邁は、この事件について個人的な恩義があると語っている。）
逮捕・取り調べの後に近代文学賞を受賞。のち、18日に釈放された。
62年には安保闘争の総括として『擬制の終焉』を発表する。また、雑誌『試行』を自主出版し、90年代後半に至るまで、大手メディアに依存しない、その「自立思想」を実践した。
1980年代には消費社会の進行にともない、サブカルチャーなどの大衆文化を評価。それまで低俗とされてきた漫画（まんが）やロック（忌野清志郎）、ファッションなどを肯定的に論じ、女性誌『an・an』上に川久保怜率いるコム・デ・ギャルソンの服を着て登場するなどして、埴谷雄高などから「資本主義のぼったくり商品を着ている」などと批判を受け、論争になった。しかし、吉本は終生、埴谷雄高を評価し続けた。
また彼は、現代の子どもたちが置かれた状況をもって「ひきこもれ」と発言。晩年においてもその知的好奇心、思想的徹底さは衰えることがなかった。
「市井に生まれ、そだち、生活し、老いて死ぬといった生涯をくりかえした無数の人物は、千年に一度しかこの世にあらわれない人物の価値とまったく同じである。」
吉本隆明の自立思想
吉本隆明の「自立思想」は、党派や権力にたいする依拠を否定し、「大衆の原像」に基づいて考える思想である。
その批判対象は多岐にわたるが、共通するのは大衆に対してみずからを高位に置き、大衆を思い通りに支配してしまおうという考えなのだという。吉本はそれらをスターリニストと呼び徹底的に批判する。
かれもこれもすてた
吉本隆明「反祈祷歌」より
吉本隆明のことば
詩とはなにか。
それは、現実の社会で口に出せば全世界を凍らせるかもしれないほんとのことを、
かくいう行為で口に出すことである。
（「詩とはなにか」）
全世界は休止せよ ぼくの休暇はもう数刻でおわる ぼくはそれを考えている 明日は不眠のまま労働にでかける ぼくはぼくのこころがいないあいだに 世界のほうぼうで起ることがゆるせないのだ
（「廃人の歌」）
かしこい唯物論の立場からは、福田恆存と江藤淳のほうが似非左翼よりずっと増しである
「情況とはなにかⅣ」
ぼくはでてゆく
冬の圧力の真むかうへ
ひとりつきりで耐えられないから
たくさんのひとと手をつなぐといふのは嘘だから
ひとりつきりで抗争できないから
たくさんのひとと手をつなぐといふのは卑怯だから
ぼくはでてゆく（「ちいさな群への挨拶」）
詩は必要だ。詩にほんとうのことをかいたとて、世界は凍りはしないし、あるときは気づきさえしないが、しかしわたしはたしかにほんとのことを口にしたのだといえるから。そのとき、わたしのこころが詩によって充たされることはうたがいない。
（「詩とはなにか」）
行きたまえ
きみはその人のためにおくれ
その人のために全てのものより先にいそぐ
戦われるものがすべてだ
希望からは涙が
肉体からは緊張がつたえられ きみは力のかぎり
救いのない世界から立ち上がる（「恋唄」）
現在の多層的に重なった文化と観念の様態に対して、どこかに重心を置くことを否定して、層ごとに同じ重量で非決定的に対応するということ。「資本論」と「窓際のトットちゃん」を同じ水準で、まったく同じ文体と言語で論ずべき（「重層的な非決定へ」）
わたしこそすべてのひとびとのうちもつとも寂寥の底にあつたものだ
いまわたしの頭冠にあらゆる名称をつけることをやめよ
（「固有時との対話」）
ぼくはまだ生きてゐるのだ
救ひのない春
ちひさな春
ぼくはまだ生きてゐるのだ（「救ひのない春」）
ぼくが真実を口にするとほとんど全世界を凍らせるだろうという妄想によって
ぼくは廃人であるそうだ
（「廃人の歌」）
太宰治について
学生時代に一度、彼の戯曲を上演するため了解を得る口実で会いに行ったんですけど、その時、あまりに軽く振る舞っているのを見て、『太宰さんは、重たい時ってなかったんですか』と聞きました。そしたら、キッとなって『いや、おれはいつでも重いよ』と答えました。そして『男の本質は何だか知ってるか』と聞いてきました。いい加減なことは言えないと思ったので、『いや、分かりません』と答えると、太宰は『男の本質はマザーシップ（母性）ということだ』と言ったんです。その反応から、いつも本質的なことを考えていて即座に言える人だと分かりました。世間が考えているような人じゃないなあ、と。相手が誰であっても、すぐ切り返す反問の仕方は太宰の特色です。
動画
吉本隆明に関係する人物たち
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糸井重里（コピーライター・作家・ゲームデザイナー）言わずと知れたコピーライター。法政大学在学中は中核派全学連の活動家だったが、活動家としての未来に疑問を感じ大学を中退する。ニコニコではゲームの「MOTHER」シリーズで有名。吉本隆明晩年の活動に同伴する。吉本を「本駒込の富士山」と呼んで敬愛。その対談である「悪人正機」は入門によいといわれることも。
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宮台真司（社会学者・首都大学東京教授）「私の同世代で私ほど吉本にハマッた人間はいない」「ただの大衆じゃねえか、大衆から遊離しやがって、という二重の倫理的批判は実存的意味を持つ」「原理的であることによって内在せよという吉本的な定言命令は今でも私を拘束している」。『権力の予期理論』『サブカルチャー神話解体』など。麻布中学・高校時代に、中学高校闘争を経験したらしい。
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江藤淳（文学者・文芸批評家・東京工業大学名誉教授・慶應義塾大学名誉教授）吉本に対して右派の論陣をきった、もうひとりの「戦後最大の文学者」。多くの対談も行なっている。60年安保闘争時は「若い日本の会」（作家時代の石原慎太郎，大江健三郎，谷川俊太郎，寺山修司，永六輔など）に参加し、日米安保に反対。また後述の柄谷行人に多大な影響を与えている。『成熟と喪失』など。
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猪瀬直樹（作家・東京都知事）学生時代には信州大学全共闘議長を経験し、学校を離れた間なども共同幻想論の研究会などをしていたという。明治大学大学院では橋川文三の薫陶を受ける。いっかんして天皇制や日本にかんする考察をおこなっている。『ミカドの肖像』『土地の神話』など。
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押井守（アニメーション監督）作中でしばしば吉本のことばを引用する。高校時代より羽田闘争を契機に学生運動家として活動したものの、公安警察に身元がわれて親から軟禁されたという経歴を持つ。
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坂本龍一（音楽家）共著『音楽機械論』などを上梓。父親は三島由紀夫や高橋和巳など多くの大作家を担当したことで有名な編集者の坂本一亀。高校時代、都立新宿高校をバリケード封鎖。校長室に立て篭ったのち、「芸大を解体する」として東京藝術大学音楽学部に進学したという。
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柄谷行人（文芸批評家・哲学者・元法政大学教授）吉本には蓮實重彦や浅田彰と並び「三馬鹿スノッブ」と揶揄されつつも「期待している」と言わしめた。柄谷はかつて、吉本の自宅近くにわざわざ住んでいたほどの読者だったという。60安保闘争時はブントで活動した。『意味という病』『畏怖する人間』『マルクスその可能性の中心』『日本近代文学の起源』『隠喩としての建築』『探求』『トランスクリティークーーカントとマルクス』『哲学の起源』など。
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大塚英志（まんが原作者・編集者・批評家・神戸芸術工科大学教授）十代の頃に柳田國男の民俗学を吉本の『共同幻想論』で知り、筑波大学の民俗学専攻へ進学。新世紀エヴァンゲリオンなどについての対談もある。編集者として多くの漫画家を世に送り出すとともに、自身もまんが原作者として『多重人格探偵サイコ』などのヒット作を手がける。批評家としては『おたくの精神史』『物語消費論』など。
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渋谷陽一（音楽評論家・ロッキング・オン代表取締役社長）「吉本がいなければロッキング・オンはなかった」。吉本隆明「自著を語る」をロッキング・オンから刊行している。
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中沢新一（思想家・宗教人類学者・多摩美術大学名誉教授）『チベットのモーツァルト』『カイエ・ソバージュ』『アースダイバー』『緑の資本論』など。
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西部邁（評論家・元東京大学教授）60年安保闘争時、ブントの中心メンバーとして闘争に参加。その際、吉本に個人的な恩義を感じているとのこと。80年代以後は反米保守の立場に転向する。上記の中沢新一を東大助教授に推薦したものの、それにまつわる「東大駒場騒動」で東大を辞職。『ソシオ・エコノミックス』『新・学問論』など。
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高橋源一郎（作家）学生運動のさなかに逮捕され、横浜国立大学を中退後、失語症に陥り、肉体労働に従事するなどして、社会との関わりを絶った後、吉本を「たったひとりの想定読者」として小説を書き始める。「「この人がほんものでないなら、この世界にほんものなんか一つもない」とぼくは思った。」
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他、多数
本
『吉本隆明代表詩選』
『固有時との対話』『転位のための十篇』『恋唄』などを収録した選集。
《関係の絶対性》で有名な『マチウ書試論』
『転向論』ほかを収録。
『言語にとって美とはなにか』
《沈黙》《自己表出》《指示表出》
『共同幻想論』
「国家は共同の幻想である。風俗や宗教や法もまた共同の幻想である。」
『重層的な非決定へ』
《重層的非決定》という概念はルイ・アルチュセールの「重層的決定」を転倒させたもの。
『初期歌謡論』
「歌の発生の起源から和歌の成立までをたどる」
東浩紀が気に入ってるらしい。
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