吊り掛け(Nose-suspension drive)とは、電車の動力である電動機の搭載方法の名称で有り、独特の走行音を発するため、鉄ヲタのハートを鷲づかみして止まない機構の一つである。<=>カルダン駆動
概要
電動車へモーターを搭載する方法としては、最も古典的で、簡易、確実な方法である。発祥はアメリカ、「スプレーグ式」と呼ばれる、空中架線式電車が初。1890年に日本ではじめて走行したと思われる電車も、この方式で有り、1895年に営業運転を始めた京都市市電にも採用される。
構造
一般的に、電動車のモーター出力軸は車輪を支える車軸と平行に搭載され、平ギヤを介して車軸に動力を伝えるが、車輪は通常、回転方向だけで無く、衝撃吸収や走行性能の確保のため、緩衝器(バネやダンパー)で特定方向へ動くようになっている。それに対し、モーター本体はどこかを車体や台車に固定しなければ適正に動力を発生する事が出来ない。
走行時は線路の継ぎ目や車体が受ける遠心力などにより複雑な力を受けて常に揺すられている車軸に対し、モーターをいい加減に固定し、モーターと車軸が好き勝手な方向へ動くような構造にしてしまえば、当然、歯のかみ合わせが狂ったりギヤそのものが浮いてしまい、最悪はギヤが損傷して走行できなくなってしまう。
それを防ぐため、モーターのマウント部分の一つは車体(台枠、またはボギー車の場合は台車)に取り付け、特定方向(上下動と多少のよじれ方向)にだけモーター本体が動くように関節(ノーズ部)を設け、もう一つのマウント部はベアリングを持つ車軸受けとしてしまい、車輪/車軸にモーターを固定させる役目を分担させると同時に、モーター本体と車輪/車軸が一体に動くようにし、車輪が動いても車軸とモーター出力軸の平行度合いや軸間距離が絶対に変わらないような構造となっている。
(地面と平行に棒を持ち、肘を伸ばし、肩の位置を固定して棒を上下に動かせば理解しやすい。)
特徴
長所
- 部品点数が極端に少なく低コスト。
- 省スペースで、台車/車体の大きさや軌道間距離の割にモーターを大きく出来る。
- 確実な動作。
- 構造上の必要から、適切な整備を行えば、相当の期間使う事が出来る耐久性を持つ。車体より長いのは当たり前。
欠点
- 車軸の振動をまともに受けるモーターを頑丈に作る必要があり、重量が重くなる。
- モーターの重量を支えている車輪への負担が大きい。同時に線路への負担も考えられる。
- モーターの重量の半分程度が直接車輪にのしかかる形となり、バネ下重量が重くなる。車輪の重量が重いと、線路の凸凹に対する追従性が悪くなり、乗り心地が落ちる(線路の継ぎ目などを強く叩いてしまう、力を受けた車輪が慣性の法則に従って細かく跳ねてしまう)。
- 平ギアによる噛み合い騒音が大きい(誤解されがちだが、吊り掛け駆動車特有の騒音は、モーターそのものではなく平ギアの噛み合い音である)。
- 客扱い車両の場合、保守のための点検口を車体に多数開ける必要があり、余計に騒音に対し不利となる。
- 整備回数が多く必要。給脂箇所が多い上、可動部分の消耗が激しい。特にモーターを支える車軸側メタルベアリングと、密閉が出来ないギヤボックス内の歯車。軸受け類の消耗交換で技術が必要。
- 高速走行に関しては、モーターの直径や耐久性の制約からギヤ比を小さく出来なかったり、バネ下重量の件もあり不利な点が多い。(改良によりその限りでは無い場合がある。)
- ギヤ比が小さく出来ないため、高速走行するためにはモーターを高速回転させる必要があるが、整流子(ブラシ)が存在する直流直巻電動機を使用した際は、フラッシュオーバー(高速回転でモーター内のブラシが浮いてしまい、火花が飛んで最悪火災になる)現象が起きやすい。
- 車軸は外力を受けてある程度左右に動くので、それを許すためにギヤボックス内ではスパーギヤ(平歯車)を使う必要がある。スパーギヤは動作抵抗が少なく加工やメンテナンスが簡易であるが、歯の間の隙間が大きく動作時に盛大な唸り音が生じる(バックラッシュ音)。
ただ、これらは、バネ下重量の一件を除けば改良の余地がある。
また、高速走行を必要としない鉄道では利点で帳消しとなる場合がある。(例:路面電車、低速大出力の機関車)特にコスト面では、条件により保守が比較的簡易なカルダン式を下回る可能性が出る。
音と振動に関しては、趣味の目で見た場合欠点とは言い切れず、吊り掛け駆動を採用する電車が産業遺産並みの古典的車両(路面電車や明治大正時代の生き残り)であったり、男の子の大好きな「でんききかんしゃ」であったり、窓ガラスをビリビリ言わせる地を這うような音が郷愁を誘ったりするため、駅を出る度コブシを回すのが得意な演歌歌手張りに「うんぐうぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅおおおおぉぉぉぉおおぅおおおおおおおおおおぁあああああああああああ~」と唸ったり、ドタドタボヨンボヨンな乗り心地で網棚から荷物が落ちたりしたとしても、それが鉄ヲタを強く引きつける愛され要素となったりする。
現状
現在の日本で新造される客扱いする電車の殆どが、構造は複雑ながら高速対応が簡易に出来て、音が軽快、軽量、乗り心地を高めやすいカルダン駆動式を採用する。その為、吊り掛け駆動の電車の新造はJRでは数十年来皆無、私鉄鉄道線では1983年江ノ電を最後に、車体更新車以外はストップしている。
車両の廃車も進んでおり、JRは事業用も含め現在通常運用は無く、ことでんのような旧型車両を動態保存し、さらに観光資源として通常の営業運転で使う事業者を除いて、吊り掛け式を主力で使う事業者は、思うように新造車を導入できない路面電車(軌道線)と、線路設備の要求から吊り掛けにせざるを得ない三岐鉄道北勢線くらいである。さらに近年では部品確保の困難さもあって路面電車でも新造車を導入するケースも出てきているので乗車できるチャンスはますます減っている。
対して、電気機関車は走行速度がおおむね110km/h以下(営業最高速度)と低く乗り心地は関係ない上、大出力モーターの搭載が容易な吊り掛け式が主流であり、2012年時点で最新の機関車、EF510も吊り掛けである。騒音の大きさこそ低減されているものの、周波数の低い独特の吊り掛けモーター音はそのままで、発進時などにはVVVFインバータ制御音との新旧世代を超えたハーモニーを聴くことができる。
欧州の一部の国の近郊電車では未だに吊掛式が主流であり、現在でもVVVF制御と吊り掛け駆動を併用した新造車両が作られていたりする。
現存する吊り掛け駆動の旅客電車
2015年7月現在。路面電車は除く(宇都宮ライトレール・東急世田谷線・富山ライトレール・福井鉄道を除く全ての路面電車に吊り掛け車が在籍)。
鉄道会社 | 形式 | 在籍数 | 備考 |
---|---|---|---|
上毛電鉄 | デハ100型(デハ101号) | 1両 | 定期運用なし(イベント用) 年に数回本線走行 |
江ノ電 | 1000形・1100形・1200形 | 4編成8両 | |
三岐鉄道(北勢線) | 270系・140形・200系・130形 | 7編成24両 | ナローゲージ |
四日市あすなろう鉄道 | 260系・ク110形・サ120形 | 5編成14両 | ナローゲージ |
高松琴平電鉄 | 1000形120号・3000形300号 |
2両 | 定期運用なし(イベント用) 事業用車に転身 |
筑豊電鉄 | 3000形 | 9編成18両 | 路面電車型車両(連接車) |
この他にも、近江鉄道220形、一畑電車デハニ50形、JR西日本クモハ42形、JR東日本クモハ12形など、旅客運用は終了したものの、事業用車や留置車として車籍が残されているものもある。
関連動画
関連項目
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