第二百三十条 公然と事実を摘示し、人の名誉を毀損した者は、その事実の有無にかかわらず、三年以下の懲役若しくは禁錮又は五十万円以下の罰金に処する。
2 死者の名誉を毀損した者は、虚偽の事実を摘示することによってした場合でなければ、罰しない。
名誉毀損は民法上の不法行為にもあたるが、民事での扱いについては記事の最後で触れる。
概要
本罪は公然と事実を摘示して人の名誉を毀損することによって成立する。
つまり、人の社会的評価を低下させるような具体的事実を不特定多数の人々が認識できるような状態にすると本罪にあたるわけである。
摘示の手段は問われないので、それが新聞記事であろうと街宣車による演説だろうとインターネットでの書き込みであろうともアウトになる。
人の「社会的評価を低下させるに足りる具体的事実を摘示する」内容の記事をネット上の掲示板に転載する行為も名誉毀損にあたるとする判決[1]があるので、記事のコピペも慎んだほうが無難。
「公然」とは、不特定又は多数が、問題となる摘示を見たり聞いたりする「ことができる」状態のことで、実際に見たり聞いたりしたかどうかは関係ない。また、よしんば相手方が特定・少数人であっても、それを聞いた相手方によってそれが不特定・多数に拡散されていく可能性があれば公然性を認めるという立場(伝播性の理論)を判例[2]や多数説はとっている。
似たような犯罪に侮辱罪がある(231条[3])。名誉毀損罪との区別は、事実の摘示があるか否かでなされる。例えば「あいつは変態!」なら侮辱罪、「あいつは○○の下着を盗んだ!」なら名誉毀損罪の話になる。
保護法益
本罪で保護される「名誉」とは、判例[4]・通説によると「人に対する社会的評価(外部的名誉)」のことである。
経済的信用に対する評価に関しては信用毀損罪(233条[5]前段)によって保護されているので本罪にはあたらない。
客体
客体は「人の名誉」である。ここでいう「人」とは、自然人(=個人)のほかに法人などの団体も指す。
その他
抽象的危険犯
本罪は抽象的危険犯であるところ、公然と被害者の社会的評価を低下させるに足る事実を摘示するだけで既遂に達するので、現実に被害者の社会的評価が害されたことを要しない。[6]
つまり条文には「名誉を毀損した」とあるが、現実に社会的評価が低下したか否かは関係ないのである。これは実際に社会的評価が低下したかを立証するのは非常に困難であるためだ。
免責
ここまで読まれた方は「おいおい、悪党の悪事を暴いたら、たとえ事実でもそいつのメーヨを傷つけたってことになって、牢屋に入れられたり罰金取られるのかよ。報道の自由とか正義とかはどうなるんだよ!」と思われるかもしれない。
大丈夫、国民の知る権利・メディアの報道の自由とのバランスをとるために、かなりしっかりとした免責条項が刑法には用意されている。
第二百三十条の二 前条第一項の行為が公共の利害に関する事実に係り、かつ、その目的が専ら公益を図ることにあったと認める場合には、事実の真否を判断し、真実であることの証明があったときは、これを罰しない。
2 前項の規定の適用については、公訴が提起されるに至っていない人の犯罪行為に関する事実は、公共の利害に関する事実とみなす。
3 前条第一項の行為が公務員又は公選による公務員の候補者に関する事実に係る場合には、事実の真否を判断し、真実であることの証明があったときは、これを罰しない。
問題となる事実が社会的な関心事で(公共性)、主に(自分のためでなく)社会のみんなのためにその事実を公にした(公益性)場合に、その事実が本当にあったことを被告人の側が証明できたなら[7](真実性)処罰されない。[8]
性生活や身体的・精神的障害などのプライバシーに属する事実の場合に公共性の有無が問題となる。例えば某大規模宗教団体会長の女性関係に関する事実は公共性が肯定された。詳しい経緯などは判例[9]を参照されたし。
本条文には「真実であることの証明があったとき」とある。では行為者が、その時は真実だと確信していたが、結局のところ真実ではなかったという場合にはどうなるだろうか。判例[10]は「確実な資料,根拠に照らして相当の理由があるときは,犯罪の故意がなく,名誉毀損の罪は成立しない」としている。(真実相当性)
民法上の名誉毀損
名誉毀損は民法上の不法行為(民法709条)にあたり、民事上の損害賠償請求の対象になる。このほか、名誉棄損の不法行為に限り特別な救済措置があり、裁判所によって「名誉を回復するのに適当な処分」が命じられうる。謝罪広告がこれにあたる。
第七百二十三条 他人の名誉を毀損した者に対しては、裁判所は、被害者の請求により、損害賠償に代えて、又は損害賠償とともに、名誉を回復するのに適当な処分を命ずることができる。
関連項目
脚注
- *東京高判平25年9月6日 発信者情報開示請求控訴事件
- *代表例として最判昭和34年5月7日
- *なお、こちらの刑は拘留又は科料と非常に軽い。
- *代表例として大判大正15年7月5日 刑集5巻
303頁。本件は侮辱罪適用の事件だが、名誉毀損罪にも言及しており、保護法益は共通だという。「(中略)名誉毀損罪は他人の社会的地位を害するに足るべき具体的事実を公然告知するに因りて成立するものとす」(現代仮名遣い、常用漢字化)
- *偽計業務妨害罪と同じ条文内にある。
- *大判昭和13年2月28日 刑集17巻
141頁
- *「疑わしきは被告人の利益に」の刑事訴訟の原則の下、ほぼ全ての事実関係の証明が検察側に求められている中で、被告人の側に証明を求めている、数少ない例外である。
- *判例によりこの規定は民事の場合にも類推適用される。(最判昭和41年6月23日 署名狂やら殺人前科事件
)
- *最判昭和56年4月16日 月刊ペン事件
- *最判昭和44年6月25日 夕刊和歌山時事事件
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