名誉白人とは、「白人ではないけれど民度、国益、経済力や先進国かどうかなどを考慮して白人扱いするよ」ってことで白人扱いされる有色人種のことである。
概要
ここでの名誉とは、地位をあらわす言葉の前に被せて、功績を考慮してその地位を与えるという意味で使われている。
この言葉と同じ用法の言葉として、例えば、名誉教授や名誉市民という言葉がある。
教授とは大学における教職の最上位にあたる役職であり、通常、大学で教授になるには長年の勤務と多大な研究成果を上げなくてはならない。しかし、役職である以上、定年退職などで大学を退職した場合、その人は教授の役職を失うことになる。そこで大学から称号として与えられるのが「名誉教授」となる。
名誉市民とは、市の発展に対して大きな貢献をした人物に対して贈られる称号である。通常、その市から転出すれば市民ではなくなるが、名誉市民はあくまで称号であるため、世界中どこに住んでいようが名誉市民のままである。また、授与対象として外国人が選ばれることもあるが、やはりあくまで称号であるため、通常は市民ならば当然持っているはずの選挙権などとは切り離されている。
要は、あなたは正確には○○じゃないが、称号として名誉○○をあげるよ、というのが主な扱いである。
名誉白人の場合、上記のものとは違って、「白人ではないけど白人と同等として扱うよ!」ということである。ただの称号ではなく、様々な面で白人に準ずる扱いがなされていた。この言葉が大体的に使われたのは、南アフリカ共和国という国で、アパルトヘイトという有色人種が差別的に扱われていた頃である。
南アフリカ共和国とアパルトヘイト
強硬な人種隔離政策であるアパルトヘイトを実施していた南アフリカ共和国は、白人と他人種の扱いに大きな差をつけていた。特に黒人に対してはよりひどい待遇を与えていた。
第二次世界大戦後の世界はこの政策を批判し続けて、経済制裁やオリンピックの参加資格停止などの対応がされていたが、それでも南アフリカの態度は変わることはなかった。
戦後、復興を果たした日本は今度は経済力を武器に世界に打って出ていた。1960年代には南アフリカ共和国にも商社などが出向くようになっており、世界から非難され続けていた南アフリカ共和国にとっては取引相手となってくれた日本人は非常にありがたい存在であった。そのため、日本人は南アフリカから1960年代に「名誉白人」の地位を与えられることになる。この辺りは国立国会図書館デジタルコレクションなどで「名誉白人」と検索してみれば、その時代の書籍や雑誌などが確認できる。1962年の朝日ジャーナルにはすでに「名誉白人」のワードが確認できる
。1980年代には日本は最大の貿易相手国となった。
また、日本人以外にもアジア人の中で「名誉白人」扱いされた人たちがいる。台湾人がそれで、中華人民共和国が成立し、中国本土を奪われ、各国から正式な国交を断絶され苦しい地位に置かれた中華民国(台湾)は南アフリカと国交を結び続けていたため、台湾国籍者は名誉白人として扱われていた。
なお、国際政治学者藤本義彦が学生時代に南アフリカ共和国に留学後に際に書いたレポート
によれば、台湾人が呼ばれるようになったのは1986年からであり、その他に韓国人も「名誉白人」と呼ばれるようになったと記録されている。
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