ここでは地球防衛軍3の兵器のうち「特殊武器」について記述する。
・他の兵器については「地球防衛軍3の兵器(ネタ記事)」の総目録を参照とする。
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この記事は高濃度のフィクション成分を含んでいます! この記事は編集者の妄想の塊です。ネタなので本気にしないでください。 |
目次
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- 概要
なぜEDFに勤めているのかと、未だに訊かれることがある。
企業の方が環境も報酬もいいだろうと、面と向かって言われたことさえあった。
「同じ技術なら、平和利用された方がいいと思うがね」
その様に揶揄を含んだ問いも少なくはなかった。戦後だから、ではない。大戦の前から、そうだった。
EDFは西暦2015年に“宇宙規模の有事”に備えて結成されたが、当時から世間の風当りは厳しいものだった。
あの頃は大手メディアが――有象無象の商業主義者どもが、やがてやって来るフォーリナーを「思慮と博愛にあふれた賢者である」と根拠もなく宣伝し、それに沿った内容である「未知との遭遇」や「E.T.」といった20世紀のSF映画をリメイクし、商売に明け暮れていた。
大衆もそれに流され、愛好家から蛇蠍のごとく嫌われたリメイク作品群は、世間一般では好評を博していた。
そして同時に「インディペンデンス・デイ」や「プレデター」など彼らが言うところの“好戦的な映画”は批判され、映像ソフトを焼却する様子をパフォーマンスとして喧伝する輩が現れる始末だった(稚拙な二元論を振りかざしておきながら「2001年宇宙の旅」を無視したことに、つまり宇宙人は“友”ではあっても“神”であってはならないというところに、彼らの宗教的、あるいは心理的限界が見てとれたものだ)。
そこには、ある種の狂気さえ漂っていたように思える。
現実に目を向ければ、世界は文字通りの病巣と化していた。
中国を中心として致命的となりつつあった自然環境の破壊。終わりなき民族衝突とそれに付け込んだ経済戦争。大国の中枢は多国籍企業の傀儡と化し、装いや飾りを変えるばかりで旧態依然としたままの経済原理は格差を拡大し続けていた。情報産業の発達は無知を救いようのない混沌へと陥れ、世界を征服した筈の民主主義とその政治体制は崩壊寸前だった。さらにエネルギーや食糧といった文明の根幹に関わる問題も、解決の糸口すら掴めないでいた。
誰もが救済を、メシアの到来を待ち望んでいた。己が罪人であることを忘れ、その罪業にすら気付かない人々が、歩くことを止めて膝を着いて拝んでいた。
――救済を。
――人類に免罪を。有史以来の負債を全て……。
そのような迷妄(無神論者の私でも、自らを省みず、利益を求めるだけのそれを祈りと呼ぶことは憚られる)に惑わされて現実から逃避する人々の目と耳にとって、EDFとそこに集った人々が発する冷厳とした意思はあまりにも眩しく、そして鋭かったのだろう。
「War Dog!」
火薬の臭いに狂った犬だと、戦士たちは罵られた。戦争病の末期患者。古い人類とも。
確かに、太古から軍備は示威の根拠として政治の場で折衝に利用され、兵器は殺人と破壊のための効率を追求して進化し、使用されてきた。それは何のためだったのか。世界各地で幾度となく繰り返された虐殺と略奪の歴史は、しかし、それが全ての目的だったのだろうか。敵を殺し、異民族の女を犯し、文明を破壊する。その先に人間は何を求めていたのだろう。
そして未知の相手と対等の立場で交渉の席に着くために、無礼は決して許さないという意思の顕れとして傍らに剣を置く。話し合うか、殺し合うか、その境界を定めた厳しい掟は、疑心暗鬼を捨てられない野蛮人の愚かしい習慣だったのだろうか。
大戦前にEDFを否定していた人々の根拠は、好意的に表現しても「夢想」に過ぎなかった。曖昧で何の証しもない世迷い言に、己や血族の生命を預けられるだろうか。
私には無理だ。今でも。
EDF構想の真の意味を理解し、参加した人々は、虐殺も略奪も望んではいなかった。
ただ、日々の平穏な暮らしを守りたいと願い、行動した。それだけだ。
あの大戦で、我々は宇宙の現実を知った。
人類が築いた文明は泡のように小さく脆いものであり、広大な宇宙は弱肉強食の原理が支配する荒野に過ぎないのだと。
近年は、その荒野を征服し、人類の、人類による、人類のための秩序を築かなければならないと主張する人々も少なくない。それは地球上で繰り返してきた同種族との内輪揉めとは違う、より厳しい生存競争と言うべきものだ。
おそらく、遠からず人類は宇宙へと進出し、フォーリナー以外にも数多くの脅威と戦うだろう。正しいことなのか、それとも過ちなのか……それすら考える間もなく、戦い続けるだろう。
その果てに、滅ぶことなく突き進んだ最果ての刻に至らなければ、我々は答えを知ることも、救済を得ることもできないのだろうか。
それは……誰にも分からない。人間には知り得ないことなのだろう。
あの男のように、歩み続けるしかないのだ。泣きごとを言わず、歯を食い縛って。
そうするための意思と勇気を、あの男の――英雄の背中が教えてくれた。他にも多くの戦士たちが、命の灯をもって示してくれた。
同じ人間として、EDFの旗の下で戦った者として、彼らを裏切ることはできない。
私はEDF先進技術開発研究所で武器の開発に携わっている。私や同僚をマッドサイエンティストと呼ぶ者もいるが、誰が何と言おうと、これからも研究を続けるつもりだ。フォーリナーの再来に備えて、厳しい眼差しで宇宙を見詰める戦士たちがいる限り。
・・・
2017年当時、政治的要因によってEDFの戦力は全世界でたった30万人余りであり、空軍の壊滅によって陸戦隊によるゲリラ戦を強いられたことで、人員不足は深刻な事態に陥った。
第2世代アーマースーツに度重なる改良が施されようとも、巨大生物との戦いにおいては攻撃こそが最大の防御策であり、EDF上層部は限られた予算に悩まされながらも、より強力な武器を求め続けた。
米国ロスアラモスのEDF先進技術開発研究所では既存装備の強化に加えて新兵器の開発も積極的に行われ、それまでの常識を覆す数々の試作兵器が生み出された。中には珍兵器としか言いようのない奇妙奇天烈な代物もあったが、多くは有効な装備として陸戦隊の活躍を後押しした。
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- アシッド・ガン(CvmaT72wBUさん原案・トウフウドン加筆)
以下の文章には全編に渡って重度のネタが含まれています
読むことによってゲーム中のイメージを損なう怖れがあります
以上をご了解いただける方のみ、ご覧ください
・・・
研究、開発、改造……それら何かを創り出す過程において、本来の目的からは外れるものの、予期せぬ形で有益な物が生み出されることは、さほど珍しいことではない。例えば史上初の抗生物質ペニシリンは、細菌の養殖中に青カビが偶然紛れ込み、その周囲に細菌が繁殖しないことから発見された。ましてや異星人の戦闘機械の残骸を調査し、異形の(外見はともかく、体内構造は人類の知る地球起源昆虫類とはかけ離れている)巨大生物の死骸を解剖する者たちが、そういった代物に遭遇するのは時間の問題と言えた。
中でも大戦を通して数々の偉業を成し遂げたEDF先技研(先進技術開発研究所)と衛生局(星間防疫特化衛生局)は有力候補であったが、マッドサイエンティストという“称賛”を誇りとしていた彼らでさえ、公表はおろか、報告することをも逡巡し、深く長い葛藤の末に「存在しない」という結論を選んだという事例が、近年になって確認された。
開発計画コードEDF-NAGHBA-YXW42-SASA002(地球防衛軍-北米総司令部基地工廠製-試作兵器四拾弐号-強酸噴射兵装弐式)……Acid-Gunである。
それ自体はアシッド・ショット試作型(黒蟻型巨大生物の強酸弾を……最終的には女王体の「酸の霧」の再現を目指した兵器であり、強酸液を巨大生物の死骸から直接採取することによる省資源性と優れた継戦性を兼ね備えていた。狭い空間で使用しても――噴霧対象物によっては有毒ガスが発生する危険もあるが――酸欠の心配がなく、地底進攻作戦における近接戦闘用のスタンダード・ウェポンとして考案された)の改良型として設計されたものであり、当初はライフルよりも火炎放射器の代用品として、より女王体の「酸の霧」に近いものを目指していた。
アシッド・ショット試作型においては、添加した薬品(本来は巨大生物自身には無害な強酸液の成分を致死的なそれに変質させるためのものであり、国際的に劇物指定されている複数の猛毒を調合している。なお、理屈としては巨大生物の甲殻皮を装甲に用いれば強酸液を完全に無力化できる筈であるが、実際には成功しなかった。これは巨大生物の甲殻皮表面に寄生している異星細菌が関係しており、この細菌……と言うよりは外環境適応性を高める分子機械群を研究、模倣することで抗酸性マイクロマシン塗装技術が確立された)の作用によって強酸液は変質しており、やや粘度を有し、空気に触れると表面が瞬時に乾燥して薄い皮膜を形成する特性を有していた。これによって図らずも巨大生物が投射する強酸弾(黒蟻型巨大生物の腹部の先端にある分泌口は粘着性の体液で覆われており、内部から分泌される強酸液が押し広げることで粘着性の膜は水風船のように膨らみ、腹部の動きに合わせて分泌口がシャッターのように閉じることで“弾”として投擲される)に酷似した状態が再現されていた。
この速乾性という特質は、強酸弾として撃ち出すには有効であったが、霧状にするためには妨げとなっていた。言うまでもなく、強酸液を本当に霧として粒子サイズで噴霧すると、粒子の一つ一つが瞬時に乾燥してしまって砂粒を撒いているのと変わらなくなってしまう(しかも、この乾燥粒子を吸入すると粘膜の水分によって酸としての作用が復活し、隊員の呼吸器系を著しく害してしまう)。
そこで巨大生物の甲殻皮を溶かす性質を維持したまま、速乾性を廃するという研究が進められた(弾として投射する機能を高めた方がという意見は、EDF先技研内の絶対的不文律である“知的好奇心”の前に粉砕された)。
添加薬品の改良という形で始まった研究は順調に進み、予定よりも早く試作品となる“新薬”が完成し、噴霧実験が行われることとなった。
実験には、かつてアシッド・ショット試作型の開発に携わり、実際に戦場でも度々使用した経験のある陸戦隊員が協力した。
宇宙服に近い完全防護服を着た彼は、慣れた手つきで“新薬”の錠剤をタンクに入れてガン・タイプの噴射ユニットに装着、数時間前に戦場から送られてきた黒蟻型巨大生物の切り取られた腹部に噴射ユニットを突き刺した。搾液モード起動。モーター音とともに吸い出された強酸液がタンクに満ち、薬品と反応、変質する。
「搾液完了。噴射モードに切り替え、完了。噴射実験、準備よし」
静かに見つめる監視カメラの向こう側……隔絶されたモニタールームで開発関係者が頷き、女性オペレーターが実験の開始を告げる。
「標的を設置する」
白一色の壁で構成された30メートル四方のBC(生物化学兵器)用実験室の床が開き、灰色の巨大な金属の塊が迫り出してきた。十数メートルの立方体だ。
「カバーを外す、注意せよ」
電子音とともに金属面が割れ、内部が露わになる。
巨大な影が、蠢いていた。
「標的はH級の赤蟻。固定されているが、安全のため、5メートル以上の距離を取れ」
オペレーターの言う通り、赤蟻はその全身を高分子ワイヤーで束縛されていた。牙は抜かれ、触覚と全ての脚は根元の関節から焼き切られている。頭部と胸部と腹部だけの芋虫のような姿だが、それでも束縛から逃れようと全身を動かしていた。白光を反射する複眼には憎悪の炎が灯っているように見える。
防護服のフルフェイス・バイザーの奥で、陸戦隊員の口許に微かな笑みが浮かぶ。
「いいザマだな」
この捕われの身となった赤蟻が人類を憎んでいるなら、そんな高等な感情があるなら、殺し甲斐があるというものだ。ただの機械のように壊れられては、割が合わない。敵を憎悪し、そして恐怖して死んで貰わなければ…………この害虫が食い殺してきたのは、人間だったのだから。
「攻撃を許可する。噴射実験を開始しろ。人類の敵に死の制裁を」
「ラジャー。人類の敵に――」
安全装置を解除し、噴射ユニットを構える。スペック通りなら霧上の強酸液が赤蟻を包み、跡形もなく溶かす筈だ。
「――死の制裁を」
一瞬の躊躇いもなく、ある種の歓喜とともにトリガーを搾り込んだ。
薬品によって赤色から深い緑色になった強酸液が、完全に液体状態を保ったまま噴射ユニットの先端から噴き出す。
死を予感したのか、赤蟻が一際大きく四肢なき体を蠢かした。
――無駄だ。
高圧噴射された強酸液の霧は大気と反応することなく、赤蟻の全身を包み込んだ。
――苦しみながら、怖れながら、死ぬがいい。
もしも赤蟻の口に捕食以外の機能、つまり発声が可能であれば、絶叫をあげていただろう。霧状の強酸液は赤蟻の甲殻皮に付着するとすぐさま反応を開始し、白煙をあげて溶かし始めた。痛覚を伴う神経が通っているなら、炎に焼かれるよりも辛い、地獄の苦しみを味わっている筈だ。
「当然の報いだ、フォーリナー」
若い女性オペレーターの声は冷たく、一片の慈悲も感じさせなかった。
この実験は、言わば敵の捕虜を使った生体実験だ。もしもフォーリナーが、敵が禍々しい姿の巨大生物ではなく、人間のような生き物だったらどうだろう。悲鳴をあげ、泣いて命乞いをする相手だったら。
躊躇いはあっただろうか? 慈悲は?
――まさかな。
どんな相手だろうと、変わらない。
罪には罰が必要なのだ。
そして人類とフォーリナー。この二つの異なる種族の間のコミュニケートは単純明快にして、ただ一つしかない。
――お前を殺して、俺は生き残る。
つまり、殺し合いというコミュニケーションだ。今実験しているこの武器にしても、その意思を相手に伝えるための道具に過ぎない。未だにフォーリナーとの和平を望み、交渉手段を模索している連中がいるが、お笑いだ。
――これで充分だ。これで……。
もはや原型を留めていない赤蟻の死骸を見詰めながら、陸戦隊員は戦意が高揚していくのとは裏腹に、心が冷えていくのを感じていた。
大戦前、彼は北米の田舎町で暮らしていた。
学校の成績は悪くなかったが、都会に出る気はなかった。彼は古き良きアメリカの生活を愛していたし、そうでなくても数字の勝ち負けに一喜一憂して人生を消耗する生き方は、いくら収入が良くとも面倒の方が多いように思えたし、結果として自分が損なわれるような気がして好きになれなかった。
だからハイスクール卒業後は地元の工場に技術者として就職した。収入はそれほど良くなかったが、それに見合った余暇を手に入れることができた。そして馬鹿ではないが高慢でもない年下の女と結婚すると、もう欲しいものは何もなかった。
真面目に働き、週末は中古のホンダ・アコードを走らせて湖畔に出向き、読書をする妻の隣で釣りを楽しむ。それだけで満足だった。
2017年の、あの日までは。
「実験は成功だ」
オペレーターの声に、意識が現実に回帰する。
「ご苦労だったな、ソルジャー。心拍数が上がっているが、大丈夫か」
「ああ、大丈夫だ」
――なぜ、俺はこんなところにいるんだ。
「早く……早くコイツを実戦で使いたいのさ」
――どうして、あの日、俺は彼女を……。
「わかった。貴官の部隊への配備を優先するよう上申しておこう」
――戦っても、戦っても、帰っては来ないのに。
「それは、どうも。ありがたいね」
――戦争が終わったら、
「博士が夕食を一緒しないかと言っているが、どうする?」
――仇を取ったら、俺は何をすればいいんだ。
「君も来るのなら、悪くないね」
――空虚だ。
自分でも、意識が分裂しているのが分かった。好戦的な戦士と厭世的な敗北者が頭の中の舞台で必死に役を演じ、それを眺めている自分がいる。思考が安定しない。オペレーターが秘匿回線を通じて艶やかな声で何か言っているが、遠くに聞こえる。自分の喋っていることが、意識を擦り抜けていく。
早く戦場に戻りたかった。何も考えず、敵を殺していたい。
――俺こそ、お笑いだな。
「オーケー、ソルジャー。最後に連続噴射性能を確かめたいとのことだ。残っている強酸液を全て使い切れ」
「……標的は?」
「無い。だが、赤蟻の残骸を狙え。後片付けが楽になる」
「言えてるな」
再び噴射ユニットを構え、二段トリガーを一気に引き搾る。連続噴射モード。コンプレッサーが震え、勢いよく強酸液の霧が噴き出す。残りの量を全て浴びせれば、本当に跡形も残らないだろう。
――それがいいかもしれないな。
「戦争が終わったら……」
――俺も跡形もなく……。
消えてしまえばいい。
思い出も絶望も、悲しみも怒りも、愛も憎しみも。何もかも……。
「待て……様子が変だ!」
「――!」
訓練の賜物か。オペレーターの叫びに意識が一瞬で切り替わり、“脅威”を探し出そうと反射的に視界を探る――探すまでもなかった。赤蟻が、赤蟻の残骸が蠢いていた。強酸液を浴びた甲殻皮が緑色の煙をあげている。
「何が起こっている!? 観測班、報告しろ!」
「熱量が発生して、増大しています! バ、バイオセンサーにも反応が!」
「馬鹿な! 赤蟻は溶けただろうが!」
モニタールームの混乱がそのまま伝わって来る。馬鹿げた話だ。バイオセンサーが反応したということは、巨大生物のモーターセルが動いているということだ。跡形もなく溶けた筈のものが……。
「間違いありません! 再構築されています! 黒蟻の標本にも同様の反応が!」
「冗談ではないぞ!」
確かに、冗談では済みそうになかった。
搾液のために用意した黒蟻の腹部も、緑色の煙をあげて震えている。防護服のフルフェイス・バイザーの透過率を上げて眼を凝らすと、切断面で肉塊らしきものが盛り上がり、不気味に蠢いていた。
「赤蟻が!」
狂ったように警報が鳴り響く中、緑色の煙の中から、赤い刃が……牙を生やした赤蟻の頭部が現れる。続く胴体からは脚が生えており、モーターセルの甲高い駆動音を響かせて動いていた。
「……よう、元気そうだな」
皮肉が通じたのか、赤蟻が対の牙を勢いよく噛み鳴らす。まるで哄笑するかのように。
赤蟻と睨み合いながら、ゆっくりと後退さる。この距離で背中を見せれば、一気に食いつかれて終わりだ。
「ソルジャー……強酸液は残っているか」
監視カメラで間近に見ているからだろうか、オペレーターも声をひそめていた。
「いいや、ご命令通り、全部出しちまったな。残っていても、使う気にはならないが」
「同感だ。原因は不明だが、新薬を投じた強酸液で赤蟻が復活したと思われる」
「ああ、見れば分かる」
赤蟻も混乱しているのか、忙しなく触覚を動かしているが、いつ飛びかかられても不思議ではない。そして、おそらくあと数分もすれば黒蟻も全身を再生するだろう。
「……どう掃除すればいい」
「その部屋には4基のセントリーガンが格納されている。それを使う」
「そりゃ、よかった。部屋ごと焼却されると思ったよ」
「本来はそうするところだが、私も博士も君を死なせたくない。個人的に、ディナーの後の約束も楽しみにしているんだ」
「はは、嬉しいね……」
先の会話のことか。なにをどう約束したのか全く憶えてないが、まぁ、いいだろう。
――生きていれば、どうにでもなる。
心に浮かんだその言葉に、自嘲的な笑みが漏れた。
「甘ったれだな……」
「どうした」
「いや、なんでもない。さて、どうすればいい」
赤蟻は近寄るのを止めたが、牙を噛み鳴らして威嚇している。腹の底にまで響く、嫌な音だ。おそらく、黒蟻が再生するまでの時間を稼いでいるのだろう。やはり、こいつらには知性がある。
「その状況で後ろを見せれば、間違いなく君は殺される。またセントリーガンは赤蟻の背後の壁面に格納されている。今起動すれば、君も被弾を免れないだろう」
「なるほど、分かりやすい説明だ。でも今は、結論から言ってくれないか」
「ふむ……赤蟻に突っ込め」
「……悪かった、説明してくれ」
「赤蟻の行動統計に基づけば、10メートル以内の近接戦においては突進の準備動作を省くために脚を屈折させるらしい。確認しろ」
「ああ、確かに……」
言われて見れば、赤蟻は脚の関節を曲げてやや前傾姿勢を構えている。
「つまり、今は咄嗟に退くことができない。君がうまく赤蟻の懐に飛び込み、腹の下をかい潜ることができれば、セントリーガンの射界を脱することができるだろう」
「わかった。それでいこう」
「セントリーガンの展開と発砲はこちらで行う。何か質問はあるか」
「お嬢さん、名前を聞いていいか」
「ふ……」
微笑の響きとともに、ロシア系の美しい響きの名が告げられる。
「幸運を祈る、ソルジャー」
「ああ」
短く答えて、赤蟻と向き合う。戦車の装甲を食い千切る牙と顎が、ほんの数メートル先で揺れている。
「どう考えても、お前に喰われるのだけはゴメンだな」
少なくとも今は、自分を必要としてくれる人々がいる。
――身の振り方なんて、戦争に勝ってから考えればいい。
「さてと…………」
タイミングなど計りようがなかった。
「おらよッ!」
赤蟻めがけて噴射ユニットを投げつけ、駆け出す。赤蟻の牙が噴射ユニットを掴み、一瞬で噛み砕いたのと、その懐に飛び込んだのは同時だった。勢いに任せてスライディングするが、防護服は重く、思ったほど床を滑らない。
「転がれ!」
オペレーターの声に突き動かされ、形振り構わず床を転がる。赤蟻の腹の下を抜けた。顔を上げると、前方の壁が開いて4基のセントリーガンが並んでいる。
「走るんだ!」
立ち上がるのももどかしく、転がるように走り出す。視界をかすめた黒蟻は胸部まで再生されていた。
「跳べ!」
「くっ!」
アメフト選手のごとく、セントリーガンの列に向かって飛び込む。三脚で支えられた自動射撃兵器の合間をすり抜けると同時に空薬莢が降り注ぎ、背後からモーターセルが軋む異常音――赤蟻の断末魔が聞こえた。セントリーガン4基の集中射撃に曝され、甲殻皮が砕け、肉が切り裂かれ、体液が飛び散る。
その始まりと同じく、銃撃は一斉に止んだ。
「……これは、掃除が大変だな」
振り返ると、赤蟻はもちろん再生しかけていた黒蟻も、弾丸の暴風によって文字通り粉々に粉砕されていた。
「ソルジャー、無事か」
「ああ、ご覧の通り……ディナーの前にシャワーを浴びるよ」
硝煙まみれの防護服はサウナスーツ状態だった。
・・・
「再生促進剤?」
「声が大きい」
鋭い碧眼で睨んで、オペレーターは周囲を見渡した。不夜城と呼ばれるEDF北米総司令部地下基地の大食堂も、さすがに午前2時半は人気も疎らだ。
「あの強酸液は、最初は確かに赤蟻を溶かした。それがなんで」
「わからない」
オペレーターは静かに首を振る。光の加減によっては銀髪にも見える、色の薄い金髪が流れるように揺れた。
「ただ、“新薬”の調合に問題があったのは間違いない。もともと強酸液は巨大生物自身には無害だ。それを致死的な性質に変えることができるのなら、その逆も不可能ではないだろう」
無言で肩を竦め、スティック状に成型された合成食品をかじる。驚くほど苦いのに異常なまでに甘い……酷い味だった。
「死骸であれほど再生するなら、甲殻皮を素材にしたアーマーの修復に使えるという思い付きは当然だった」
「アーマーリペアか……。再生はしたんだろ?」
「ああ、見事に元の巨大生物の姿へと戻ろうとした。途中で焼き払ったが。人間が着用していれば串刺しにされるだろうな」
「フォーリナーから勲章を貰えそうな代物って訳だ」
「そうだ。この技術をフォーリナーが獲得すれば、人類に勝利はない」
おぞましい光景が脳裏に浮かんだ。戦場に現れた空母型円盤が緑色の再生促進剤を噴霧すると、何千何万という巨大生物が蘇るという悪夢が。
「そんなものは戦争とすら呼べない。破綻したゲームだ」
オペレーターは目を細め、長い睫毛を揺らして沈黙する。……大戦が始まったあの日、テレビに映る地獄のような光景を見て、妻もこんな顔をしていた。
「……結局、全てを無かったことにするのが最良と判断された。実験は失敗。“新薬”によって強酸液は液体状態で安定し、噴霧することもできたが、有効な溶解性は認められなかった。よって“新薬”の調合は見直され、今回のデータは破棄される。アシッドガンも噴霧型ではなく、強酸弾の投射兵器として開発されるだろう。また強酸液の溶解性を保ったまま速乾性を抑える目途がついたことで、アシッド・ショットの開発も……」
「まぁ、待てよ」
懐から6オンスのスキットルを取り出し、オペレーターに差し出す。
「君と俺は今日のことについて口を噤む。それだけで充分さ」
「しかし……」
「コーン・リカーじゃ、ウォッカの代わりにはならないか?」
「……いや、頂くよ」
雪原に光が射すように、オペレーターは微笑む。
「ウィスキーも嫌いじゃない」
彼女はチタン製のボトルを受け取ると親指でキャップを弾き外し、一気に呷った。白く細い喉が鳴り、アルコール度40%の蒸留酒が瞬く間に飲み干される。
「はぁ……!」
雪のように白い肌が、瞬く間に赤みをさしていく。
「私の家系は酷いアル中ばかりでね。酒に頼るのは嫌いなんだが、気が楽になったよ。ありがとう、ソルジャー。……どうした?」
「最後の酒だったんだ」
「ふむ…………いや、心配しなくても部屋に“私物”がある。約束通り、行こうか」
「約束?」
「酒を奢る約束だ。博士の分も飲んでもらうぞ」
「Oh、my……」
竦めようとした肩を掴まれ、オペレーターに連行される。
――何を浮かれている。
まだ、頭の中で声がする。
――手に入れても、また、失うだけだ。
そうかもしれない。
――だったら!
いいや、もう決めたんだ。
「悲しみに甘えるのは、やめるよ」
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[目次][総目録]
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- アシッド・ショット
巨大生物の死骸は生物学者の知的好奇心を満たすばかりではなく、新しい“資源”としても価値のあるものだった。掃討作戦によって生じた膨大な数の死骸(環境の汚染など衛生上の問題があった)を効率的に処理できないかと試みられた資源化であったが、バウンド素材の実用化によるアーマーの強化や新兵器の開発など、予想以上の成果をもたらしたのである。
黒蟻型巨大生物の強酸性体液の兵器利用も、その中の一つであった。
当初は黒蟻への効果を疑問視する声(奴らは誤射を気にする様子がなく、実際に同胞から強酸液をかけられても平然としていたためである)もあったが、ある薬品の添加によって黒蟻の表皮をも溶かす強酸液が完成した。
成分の変化に伴い赤から緑へと変色した強酸液はガンシップやヘクトルに対しても有効であり、高い指向性をもって噴射可能なアシッド兵器は改良を重ね、アサルトライフルの代用品として使える程の威力を有するに至った。
この武器の最大の利点は、戦場において黒蟻や赤蟻の死骸から直接、強酸液の補給が可能ということである。方法も簡単であり、弾倉となるボトルに薬品を乾燥成型した錠剤を一つ入れ、噴射銃に装着、搾液モードに変更して巨大生物の腹部に突き刺すだけでよい。
鉱物資源の不足によって実弾が貴重となった地域では代用装備として活躍しており、一気に噴射するショットガンタイプも存在する。
なお白色の錠剤は人体に有害であり、EDF戦闘食のBタイプ(内容は真空パックされた植物性合成タンパク質のハンバーガーとチキンナゲット、ポテトスナック、ニンジンを使ったアップルパイ風の菓子、粉末ジュースである)の粉末コーク用の発泡剤に酷似しているため、誤飲しないよう注意が必要である。
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- バーナー
民間でも農業や除雪に用いられる火炎放射器であるが、軍用装備としては「著しい苦痛と悲惨な死を撒き散らす忌むべき武器」として一部で非難の対象となっており、国によってはゲリラ攻撃への牽制として茂みを焼き払うといった工兵任務や、病原媒介物を焼却する衛生処理に使用が限定されていた。
EDFも世論への配慮から採用を見送っていたが、開戦直後の、
「化物を相手にする時の得物と言えば火炎放射器だ!」
というEDF上層部からの通達に従い、採用が決定した。ただしフォーリナーの大攻勢による混乱のため採用トライアルは実施されず、北米総司令部直轄のEDF先進技術開発研究所での独自開発となった。
火炎放射器自体は技術的には成熟しており、開発に支障はないと思われたが……予想外の問題が発覚した。全ての研究チームがライフルなど既存兵器の強化作業に没頭しており、どこも引き受けようとしなかったのである。
突き返された仕様書を前に、担当の女性士官は「Oh……」と呟いて肩を竦めた。アメリカ統合軍(EDF発足に伴い各国との安全保障条約を解消したアメリカは2016年に全軍の再編制を行った。これは世界各国に駐留していた戦力をEDFの各方面軍に提供したことで従来の管轄地域別の編制が消滅し――各方面軍内の米軍人員を通じてアメリカがEDF内部に独自の組織網を構築しようとしていた事についての是非は、この場では語らないことにする――合わせて機能別の編制も最適化する必要が生じたためである。これによって陸軍、海軍、空軍、さらに2012年に海兵隊と沿岸警備隊の統合によって誕生していた即応軍、一時的に独自組織となっていた宇宙軍、核兵器の破棄によって空軍と海軍に分割吸収されようとしていた戦略軍が加わり、従来の体制的意味ではない完全な統合軍が誕生した。なお戦闘の激化によって後にアメリカ本土防衛軍に名称を変更している)から出向して来た彼女は、爆撃機のノーズアートに描かれていそうな容姿の持ち主であったが、実務に長けた人物でもあった。
彼女は休憩中だった研究員から“差し出された”火炎放射器の試作モデルを持って総司令部に帰還し、格納庫へ出向いて整備班から“プレゼントされた”ガスバーナーを火炎放射器に組み込んでもらって、各部署で数人の担当者に会った後、上司に提出した。
突然、完成品を目の前に置かれた上司は書類に目を通したが、まったく不備はなかった。
「Mister……」
赤い唇が囁く。
「OK?」
「No problem!」
おそらく現代兵器史上、最も短期間で実戦配備が決まった瞬間である。
その火炎放射器はそのまま工廠の自動組み立てラインに送られてスキャンされ、生産された初期ロット品は各地のEDF陸戦隊に最新鋭装備として支給された。
「やけに……軽いな」
手に取って最初の感想が、それであった。
誰もが「まさか」と思いながらも「いやぁ新技術はすごいな」と希望にすがり。
誰もが「もしや」と思いながらも「本部が確認した筈だよな」と救いを求めた。
世界各地で、この火炎放射器を装備した兵士の全員が、トリガーを引いた後に叫んだ。
心の底から。
なんだ、これは、と。
噴射口の先端から出た炎は不完全燃焼らしく低温のオレンジ色で、僅か十数センチにも満たなかったのである。
「火力が予想と違いすぎる!」
故障か――罠か――考える間もなく兵士たちは火炎放射器を投げ捨て、確信に近い予感に従って用意しておいたサブウェポンで戦った。
「本部! 思った通り劣勢だ……! このままではまずい!」
「よく聞こえないぞ。繰り返せ!」
「状況不利! 撤退の許可を!」
「通信機の不調とは……なんということだ!」
「畜生! 本部にやられた!」
通信記録を聞くに、少なくとも戦意は燃えあがっていたように思われる。
彼らが命からがら退却して火炎放射器を分解したところ、タンクの大部分は空洞であり、中に組み込まれていたのは一本の細いボンベであった。しかも軍用ガスバーナーではなく、おそらくは北米総司令部の整備班がバーベキュー用(大戦の初期においては、資産である家畜が巨大生物の餌となること嫌った畜産家によって大量の食肉が出荷されており、穀物や野菜に比べて容易に手に入ったと言われている)に購入していた市販のガスバーナーだったと思われる。
当然、各地の陸戦隊からは猛烈な抗議が殺到して内部調査も行われたが、処分に抵触する人員が多岐に渡ったため、EDF北米総司令部は自動組み立てラインにおける「事故」という結果を発表。火炎砲の速やかな開発によって事態の収拾を図ろうとした。
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- 火炎放射器(o0PpVnrRyHさん作)
当初EDFの戦略部では、火炎放射器系の武器を製造する予定はなかった。
おもな理由としては、『やってはいけない殺し方が出来る』非人道的な武器であること、巨大生物の外皮にダメージを与えるには火力不足であること、そもそも障害物などを焼き払うのが目的の装備をライフルの代わりに使うことに無理がある、など。
しかし、上層部の「カッコいいから」レベルの思いつきと、それにより製造されてしまった『新型火炎放射器』が原因で起こった所謂『バーナー事件』を取り繕うために、対巨大生物用の実用的な火炎放射器を作るはめになった。
開発においてはEDF陸戦隊組合(全世界30万人のEDF陸戦隊員の大半が加盟していたが、米軍出身者からなるリバティーズ・ユニオンとは異なり、互助会と言うべき内部組織であった。懇親会や射撃大会、手榴弾遠投大会、アーマー拾い競争といったレクリエーションの催しや、冠婚葬祭時の手当の支給の他、独身隊員の婚活支援として女性オペレーター参加の合同コンパも行われていたと言われている。各地方方面軍から選出された隊員達の合議によって運営され、会報も発行するなど透明性の高い組織だったが、会費の用途について一部で不明瞭な部分があるという声も少なくはなかった。某国のアイドルを崇める隊員によって組織された秘密集団の存在が囁かれたが、「G」という単語以外に手がかりはなく、現在も多額の使途不明金の詳細は明らかにされていない)から異例の「嘆願書」が北米総司令部に届けられた。
バーナー事件への批判に始まる嘆願書の内容は、新型火炎放射器への仕様要求であり、以下の三点にしぼられた。
1・巨大生物に対して有効であること。
2・1の効果に対する燃料の消費量……コストパフォーマンスを一定以上確保すること。
3・近距離戦闘における(巨大生物の動きで燃え盛る燃料が飛び散るなどの)二次被害を抑制すること。
戦術状況のシミュレーションまで用いた極めて詳細な要求に、EDF兵器研究開発チームは即座に応えた(具体的かつ明確な仕様が出されれば仕事が早いのは、どこの世界も同じである)。
新たに開発された焼夷剤は威力と安全性を両立しており、経済性にも優れていたのである。
これを用いたEDF製火炎放射器は従来のものと比較すると各段に扱いやすく高性能であったが……やはり巨大生物に接近戦を挑まなければならないリスクの大きさと、バーナー事件のトラウマを容易に忘れられない隊員らに敬遠されたため、後方において巨大生物の死骸や瓦礫などを処理するために用いられた。
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- 火炎放射器α(o0PpVnrRyHさん作)
そもそもEDFの戦略構想には含まれなかった武器であった上、飛行するガンシップや接近戦自体が危険な蜘蛛型巨大生物の出現により、前線で戦わなくてもよい(戦闘の悲惨さを肌で味合わない)立場の上層部や輸送隊などの後方部隊以外には見向きもされなかった火炎放射器であったが、ある事態により認識を改めざるを得なくなる。
地底の巣穴の存在である。
戦略情報部の認識不足により、第一次地底侵攻作戦は失敗。四足要塞の出現などで処理を先延ばしにした為地底で巨大生物が増殖、地上にあふれ出したため、慌てて攻撃部隊を地底に向かわせるも、準備不足もあり第二次地底侵攻作戦も戦果をあげることが出来なかった。
ここにきて事態の深刻さを理解した上層部は地底への大規模攻撃を決定。
巣穴を焼き払うための火炎放射器の強化発展型の製造を行う。並行してバウンドガンの製造や、レンジャーチームから夜戦や閉所での戦闘が得意なものを選抜した地底戦闘部隊『モールチーム』の編成が進められた。
燃料及び放射機構の見直しにより、単位時間当たりの攻撃力、連続放射時間が増大。
さらに、燃料タンク内に超小型の酸素ボンベを内蔵し、地底で使用しても使用者が酸欠で倒れずにすむ程度の量なら燃焼用の酸素を供給することが可能になった(酸素発生装置の開発も行われていたが、諸事情により実用化には至らなかった)。
地底侵攻作戦において、モールチーム及び一部のレンジャーチームに支給された火炎放射器α自体は、要望通りの性能を発揮したが、巣穴の規模や待ち受ける巨大生物の数が予想を大きく上回っており、遠距離攻撃能力に欠けるモールチームは巣穴の各所で孤立、集中攻撃を受け所属隊員の大半が死亡・消息不明となり壊滅した。
なお、その後も継続的に巣穴への攻撃を行った日本列島戦線においては、火炎放射兵に遠距離攻撃が可能な装備を持った遊撃部隊を随伴させるという戦術で戦果をあげることに成功している。
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- マグマ砲
蟻型および蜘蛛型の巨大生物は強靭な外皮を有しており、ナパーム燃料を噴射するタイプの火炎放射器でも損害を与えられはするものの、燃料の消費量に比べて効果が経済的に見合わず、また必然的に近距離で使用する武器であるため、巨大生物の突発的な動きによって高温で燃え盛る燃料(燃料そのものも人体に有害であり、皮膚に付着した場合、強い痛みを伴った炎症を引き起こす)が飛び散って二次被害が発生するため、EDFでは経済効果と安全性の高い焼夷剤を用いた火炎放射器を製造した。
固形燃料に似た焼夷剤は角砂糖サイズの「弾」に加工されてタンク型の弾倉に納められており、保管や取扱は安全かつ容易である。
攻撃時は焼夷剤を発射管内で細かく粉砕し、液状の燃焼促進剤と混合して圧縮噴射し、そのエアゾルに点火する。高温の燃焼ガスは巨大生物の表皮に対するダメージ効率は高くないが、気孔の内部を焼くことで巨大生物の呼吸を阻害(巨大生物も酸素を呼吸しているが、戦闘行動のための余剰エネルギーを生産しているに過ぎず、無酸素状態でも活動可能である。理論上は真空や水中でも活動できる筈であり、水を嫌うのは単純に泳ぐことができないからだと考えられている。なお海上での戦いには空母型円盤とガンシップが、水中での戦いにはヘクトルが投入された。ヘクトルはかなりの高水圧にも耐えられるらしく、大戦中に消息を絶った潜水艦の多くは海底を闊歩……あるいは海底を蹴って跳躍という形で“泳ぐ”ヘクトルに攻撃されたと考えられている)、活動を衰退させ、最終的に関節部のモーターセルを損傷させることで無力化する。
砲弾やC型爆弾にも使われている焼夷剤は研究が重ねられ、大戦末期には燃焼性に極めて優れる分子構造の焼夷剤が完成した。これと最新の酸素発生器(空気中から吸収した水分を分解して純粋な酸素を発生させる装置であり、燃料電池の研究と地底進行作戦用装備の開発計画によって概念実証段階まで開発が進んでいたが、酸素の2倍発生する水素の扱い、そして電気分解に必要な電力が問題となって実用化には至らなかった)を組み合わせて完成したのが、最強のEDF製火炎放射器「マグマ砲」である(マグマ砲は火炎砲とは別個に研究されていた武器であり、当初の計画では物質転送装置を用いて地中のマグマを噴き出す――地球そのものを兵器システムに組み込んだ荒唐無稽な武器であった。開発チームは実用化の一歩手前まで進んでいたと言われているが、装置の暴走が大災害に発展することを懸念され、研究は凍結、計画自体は火炎放射器の開発計画に統合された)。
これは微小粉砕した焼夷剤を水素と酸素の混合気体に混ぜて高圧力で噴出するもので、高温の青白い炎は数十メートルに達する。水の電気分解に必要な電力はフォーリナーの技術を転用した小型の純粋数学式発電装置「はつでんくん3号XX(ダブルエックス)」から供給されるが、ライサンダーZやALレーザー銃(EDF日本支部が秘密裏に開発したリロード可能なレーザー兵器であり、対ヴァラク戦に試験投入されたと噂されている)のために試作開発された“はつでんくん”のXXタイプは極めて高価であり、コストパフォーマンスについては論外と言わざるを得なかった。
そして、ほとんどロケットエンジンのそれと変わらない勢いで噴き出す燃焼ガスの反作用と輻射熱は大変なもので、バージョン8.55以降の第二世代アーマースーツ(耐酸性素材と抗酸性マイクロマシン塗装、バウンド素材採用による衝撃吸収と防弾性、ECCM機能付き通信装置を有したEDFアーマースーツの最終形であり、いわゆる“人間戦車”の謂れである。耐熱性と排熱性にも優れ、さらに蜘蛛型巨大生物の筋肉繊維を模倣した人工筋肉によって高い筋力補強機能を備えている)を着ていても注意が必要である。
リミッターを解除したマグマ砲の推進力はギガンテス主力戦車を軽々と持ち上げたと言われており、一部の技術は超大型ミサイル「PROMINENCE-M-A」に活かされ、大戦末期に発案され――そして頓挫したベガルタ強化発展計画においても試用された。
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- C70爆弾
フォーリナー襲来直前の2016年に行われた核兵器全廃を悔み、開戦後に核兵器の再製造を検討した国は少なくはない。とくにEDFと距離を置いていたロシアやイスラエルは独自の動きを見せ、唯一の武装中立国となっていたスイスがロシアに対して「我が国に危害を及ぼす範囲で核兵器が使用されることは絶対に看過できない」と表明。戦災と混乱によって北京中央政府の支配力が弱まった中国でも、地方軍閥の独断専行が懸念されていた。
事態を重く見たEDF上層部は、マザーシップ攻撃時の戦闘データと全面核攻撃を行った場合のシミュレーションを提示し、世界に訴えた。
「たとえ核兵器を用いたとしても、マザーシップを倒すことも、地下に巣を張り巡らせている巨大生物を根絶することも不可能である。我々の国土を――故郷を焦土と化しても、数日もあれば巨大生物は増殖し、侵攻を再開するだろう。仮に核の炎で奴らを根絶やしにしたところで、汚染された大地で我々の子孫はどうやって生きていけばいいのか。これは人類全体の問題であり、自らの国だけが助かればいいという考えで核兵器を製造し、使用することは人類への反逆である」
この宣言は「EDFの越権である」との批判を受けたが、アメリカ、欧州各国、日本、中東諸国は支持を表明。宇宙からの侵略者に加えて、かつての敵対国とも事を構えることは得策ではないと判断したのか、ロシアとイスラエルは態度を軟化させた。
代わりにEDFに突き付けられたのが、核兵器に代わる“クリーン”な広範囲制圧兵器を開発し、提供せよという要求であった。ロシアは期日を設け「この日までに代用兵器が戦線に届かなければ、祖国大ロシア連邦防衛のため、我々は核兵器の製造に踏み切らざるを得ない」と通達し、イスラエルもそれに倣った。
「いいだろう」
EDF北米総司令部の地下深くの執務室で、国連安全保障理事会の遠隔通信会議からの要求に応じたEDF長官は、モニターが消えた後、内線でEDF兵器開発チームの責任者を呼びだして言った。
「そういう訳で、頼む」
一呼吸遅れて「また徹夜しろと言うのか」と答えた声は抑揚に欠けていたが、冷淡さはなく、むしろ事態の混迷を楽しむ気配を帯びていた。
「超過勤務手当は出るのかね?」
「うむ、その話は財務経理の……」
「あのブロンド女か。わかった。ところで先日陳情したレアメタルの件は? あれがないと作れるものも作れんぞ」
「それならイワンとハイミーに払わせる。無償提供とは言わなかったからな」
「ほう? 研究員一同、期待しているよ。それから新兵器の実戦テストを頼みたい」
「失敗すると怪我をするものか?」
「いや……」
失笑に似た響きがあった。
「今度のやつは軽く死ねるな」
「それは問題だな」
「なぁに、心配しなくてもいい。人間、遅かれ早かれいつかは死ぬものだ。そして重要なのは時間ではなく、何のために生き、何のために死ぬか、その意義なのだよ。意義があれば生と死に意味が与えられる。名誉でも何でもいい。意義のない人生に意味はない。それはオチのないジョーク、アルコール抜きの酒、リスクのない賭けと同じ、虚しいものだ。私の話が解かるかね? 長官殿」
「あ、ああ、もちろんだ。わかっているとも」
「なら結構。どちらにせよ、生還率の高い陸戦隊でなければな」
「ふむ、極東に優秀な支部がある。そこに任せよう」
「なるほど、日本人なら安心だ。律儀な彼らなら死んでも結果を報告してくれるだろう。さすが長官殿は組織を把握しているな。我々も安心して働くことができる」
「いやいや、長官たる者の務めだよ、博士。では」
上機嫌に「これで大丈夫だな」と呟きながら受話器を置いたEDFの最高責任者だったが、何かを思い出したのか「あ!」と声をあげて、傍に佇む女性秘書官を振り仰いだ。唐突にギリシア神話の彫像のような造りの顔を振り向けられたにも関わらず、20代の女性秘書官は涼しい微笑みで応じる。
「長官、いかがされましたか」
「いや、なに、その、日本支部は先日投下された四足要塞への攻撃失敗で……」
懸念の言葉は「全滅はしていません」という軽やかな声に遮られた。
「日本支部の陸戦隊は、先の大空襲を生き残った精鋭です。閣下の采配に誤りはありません。だいいち他の国だと、もし実戦テストが失敗したらどんな難癖をつけられるか、わかったものではありません」
EDF長官が「それもそうだ」と頷くのを確かめてから、秘書官はそれまで円らだった目を必要以上に細めて言葉を続けた。
「それに、次は例の“核の代用品”をテストする国が必要です。ここで“慣例”を用意しておけば日本政府も応じやすいと思われます」
「それこそロシアかイスラエルにやらせたかったのだが……」
「閣下、お気持ちはわたしも同じです。しかし連中から寄こせと言われているのは、完成後の現物だけです。実戦テストとは言え、彼らを開発に携わらせてはデータの保全を案じねばなりませんし、見返りを求められるかもしれません。文句を言うだけの連中に、です。それは面白くありません。とても、面白くありません。……違いますか?」
「いや! 君の言う通りだ!」
大きく頷いた長官は椅子を蹴るように立ち上がった。
「まったく! 嘆かわしいことだ!」
大袈裟に竦められた肩と、その腕の筋肉の盛り上がりは軍服の上からでも明らかであり、50歳代には見えなかった。厚い胸板の前で片方の拳がギリギリと音を立てて握り締められるのを、秘書官は満足そうに眺める。
「地球のために――この理念だけで万難に立ち向かうことのできる高潔な魂の持ち主は、遺憾ながら、私のようなガッツのある“生粋”のアメリカ人を除けば日本人くらいだ!」
「さすがニンジャだな!」と続けられた言葉に、日本史を学んだことのある秘書官は努めて無害な微笑みを返した。
「女王、女王と口煩いライミーや、反論ばかりするフレンチの×××野郎にも、あれくらいガッツがあれいいのだが…………おっと! 今の発言は私個人の感想であって、EDF長官としての見解ではないぞ」
「ご安心を、閣下。全ての回線はオフラインです」
若い女性秘書官の知性と母性を兼ね備えた円らな瞳に、EDF長官は「うむ」と強く頷き、席に着いた。
「博士からの報告が楽しみだ」
EDF兵器開発チームが「新型爆弾」の実戦テストを申し込み、日本列島戦線での実戦テスト実施が“即決”されたのは、僅か一週間後のことだった。
もともとEDF陸戦隊の工兵隊用という名目(大量破壊兵器制限条約を拡大解釈したメディアや“自称”平和主義団体からの脅迫的非難を防ぐための方策である)で開発されていた爆弾「Cシリーズ」は、開戦後はあらゆる非難を一蹴して猛然と高威力化を推し進めており、C26爆弾はMOAB (Massive Ordnance Air Blast bomb:大規模爆風爆弾兵器)に匹敵する威力を有していた。
新型となるC70爆弾はC20系統とは異なる方式を用いており、さらに強力であった。
軍事機密のため詳細は不明だが、爆弾を構成する7本のダイナマイト状の筒のうち、中心の1本が高性能爆薬であり、周囲の6本は爆縮用のものである。爆縮と言っても炸薬ではなく、フォーリナーの空間圧縮技術が用いられていると噂されており、それによって起爆時のエネルギーを超高密度に圧縮し、従来と同量の爆薬で桁違いの威力を実現したと言われている。
なお導火線に見える青・緑・赤・黄に色づけされた紐は最終安全装置となる反応抑制剤であり、これを抜かない限りは起爆しない。
起爆は時限式ではなく、フォーリナー技術の解明によって実用化された量子通信回線で行われる。無論、量子物理学を応用した通信技術は未だ完全ではなく、通常の通信には用いられていない(EDFの通常通信は従来の電波通信であったため、中継機器の故障やジャミングによる信頼性の低下が著しく、大戦中は陸戦隊の戦術指揮に支障をきたす場面が多々あったと言われている)が、起爆信号の送受信(正確な表現ではないが)には充分であり、起爆コードの暗号化についても安心できるものであった。
このため通信妨害下はもちろん、地中の洞窟奥深くでも有線に頼らない確実な遠隔起爆が可能であり、C70爆弾とその技術を再応用したCシリーズは大戦を通して数多の戦場で活躍した。
とくにC70爆弾は最も多くの巨大生物を殺した英雄的爆弾と称えられており、MOABの別称である「Mother Of All Bombs:すべての爆弾の母」にかけて「ビッグ・マム」の愛称で現在も親しまれている。
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- Y11対空インパルス
戦争が懐かしい。
この大戦が始まる前に、人類同士で戦った経験がある者なら、誰でも思った筈だ。
中東の砂漠で、南欧の市街で。世界のあらゆる場所で我々は戦争に明け暮れた。
確かに、戦争は悲惨だった。
道具という体外器官と言うべき装置を生み出し、それだけを発達させてきた人間という動物が、あらゆる種類の飢餓に突き動かされて争っていたのだ。政治や主義といった精神的な飢餓もあったし、純粋に肉体的な飢餓もあったが、どちらにせよ、根本的に人間は満足というものを知らない――そういう機能が麻痺したか、あるいは欠落した動物だ。丸々と肥えて太った者と、枯れ木のように痩せ衰えた者が、互いに正義を主張しながら卑劣な手段で糧食やエネルギーを奪い合う場面が当たり前にあった。
誰も、自らが訴える飢餓の正当性を見直そうとはしなかった。問題にされていたのは、せいぜい飢餓を満たす手段が合法か否かという程度だ。
餓鬼道に堕ちた己を悔い改めたところで、誰が救ってくれるというのだ――あるかどうかも分からない救済を待つよりも、隣人を殺して肉を食った方が早いではないか――人道を説くなら、先に自らが肉を切って差し出してみせろ――そう吼え立てて同族で殺し合い食らい合う……そんな救い難い獣が何十億という数に膨れ上がり、国家という群をなして大地を覆っていた。
なるほど、人間の住まうこの世界こそが地獄なのだなと、たいした感動も絶望もなく納得したものだ。異星人がいたとしても、こんな物騒な星には絶対に関わらないだろうと。
だからだろうか、フォーリナーが襲来して巨大生物が市民を食い殺した時、自分でも奇妙なほど腑に落ちた。
コイツらこそ、人間の敵に相応しい悪魔だと。
「……調子こき過ぎたなぁ」
今となっては、自嘲せざるを得ない。
巨大生物に挟撃され、追いたてられ、台地状の丘陵に孤立して包囲された状況では。
「こちらレンジャー6-1! 本部、応答を! 本部!」
「どうせ通じやしないだろ……ティータイムじゃないか?」
「ここへの砲撃要請なら、応答があるかもな」
救援要請を試みる若い隊員に、古参兵が冗談を投げかける。実際のところ、丘の周囲を取り囲む巨大生物の大群……奴らが一定数以上集まったことで、蟻型巨大生物のモーターセルが発する電磁波が共鳴してジャミングとして機能している。スーツの通信機能ではどうしようもない。
「……奴ら、襲って来ないな」
包囲されてから十数分、理由は分からないが、巨大生物は丘の周りで蠢くばかりで一滴の酸も飛ばしてこない。
「お仲間をディナーに招待している最中なのさ」
「なるほど、メインディッシュがお前で、俺はデザートか」
「不味いデザートがあったもんだな。奴ら腹を壊すぞ」
冗談を言い合う彼らが、無表情の下にどんな感情を隠しているかは想像に難しくない。
フォーリナーは捕虜を取らない。
強酸液を浴びて溶かされるか、強靭な顎で生きたまま食われるかの違いはあったが、奴らを撃破して退路を切り開くことができなければ、一人として生き残ることはできないのだ。
人間との戦争が懐かしい。
職業軍人だろうと民兵だろうと、相手は人間だった。虐殺や収容所での不幸な死の心配はあったが、降伏すれば命が助かる可能性はあったのだ。
「畜生!」
ずっと通信を試みていた若い隊員が叫んで立ちあがる。
「もう嫌だ! なんでこんなことになっちまったんだ!? 帰してくれ! 俺を家に帰してくれよ!」
「騒ぐなッ!」
さきほど冗談を言っていた古参兵がライフルの銃床を突き出し、若い隊員の腹を打つ。防弾性のアーマースーツの上からでは怪我にもならないが、若い隊員はよろめき、尻もちをついた。
「くそ……!」
涙に濡れた目で睨みつける新兵に、古参兵は父親のような微笑みを返した。
「新入り。上を見てみな、空が綺麗だぜ」
言われて目を丸くした新兵ばかりでなく、全員が顎を上げた。
雲一つない青空が、視界を覆った。
夏の空はどこまでも高く、澄み渡り、海のように深い紺碧の天頂へと続いている。
幼き日の想い出――亡き父母の姿――無邪気に過ごした夏の日々――淡い恋の記憶――愛の哀しみ――
平和だった日々の出来事が走馬灯のように脳裏を駆け巡り、知らずに涙がこぼれていた。
確かに大戦前の世界も、結構な地獄だった。人間は救われない動物で、憎しみと悲しみに苛まれ、殺し合っていた。
だが、幸せな時間もあったのだ。不毛の荒野に咲く一輪の花のように。
大戦前のあの日も、それを守りたくて銃を取ったのだ。南欧のあの街で。相手も同じ想いを抱き、それを奪われることに怯えていただけの、鏡に映った己だとは考えもせずに……。血に汚れた手を見た瞬間から、忘れてしまっていた。
「久し振りに……よく晴れているな」
ガンシップはもちろん、陥落して火災を起こしている市街地から流れてくる黒煙もない。
完璧な蒼空だ。
「まったく、絶好の日和だ。こんな日は海岸線でバイクをカッ飛ばしたもんだ」
「独りで、か?」
「うるせぇよ」
「俺は家族と河原でバーベキューだったな。高い肉を焦がして親父に怒られたよ」
「こういう暑い日は海も悪くないですよ。火照った体で食べるカキ氷が美味かった」
戦場であることを忘れたかのように、一人一人が過去の想い出に浸り、儚い笑みを口許に浮かべる。
何のために戦うのか。
その意味を、理由を、戦士たちは己の心に尋ね、無言の内に頷いていた。
しばらくの後、赤いヘルメットの隊長が「さて」と言って余韻を打ち切る。
「小休止は終わりだ。全員聞け。状況は最悪だ。我々は包囲されて孤立し、救援の見込みもない。敵は襲って来ないが、我々を見逃すとは考え難い。増援を待っているのかもしれない。このまま現状を維持しても事態は好転しないと私は判断する。全員、装備の状態と残弾数を報告しろ」
隊員達は素早く装備を点検し、残弾を確認する。先ほどの新兵も引き締まった表情でロケットランチャーを調べている。次々に報告が上がった。
「よし。聞いた通り、我が隊の戦力バランスは保たれている。我々は、まだ充分に、戦える。プランは単純だ。集中砲火でもって敵の包囲網を一点突破、戦域を離脱、帰還する」
「今から帰れば夕食には間に合うな」
「確か、今夜はカレーだ!」
「ヒャッホゥ!」
悲愴感を漂わす者は一人もなく、出撃前の適度な緊張感を伴った空気が満ちていた。「よし!」と頷いた隊長が号令をかけ、全員が腹の底から声を出して答える。
「野郎ども! 俺たちは何だ!?」
『無敵の地球防衛軍! どんな敵も恐れない!』
ライフルに弾倉が装填される。
「俺たちの敵は何だ!?」
『根性なしの宇宙人! ケツを蹴って叩き出せ!』
ショットガンのポンプ・アクションが小気味の良い音を立てた。
「糞蟲どもが好きか!?」
『死んだ糞蟲が大好きだ!』
ロケットランチャーの発射口からカバーが外される。
「最後まで戦うか!?」
『地獄の底まで付き合います!』
手榴弾を握った拳が掲げられた。
「よしッ! レンジャー6-1! 戦闘準備!」
『サー! イエッサー!』
脱出する方位に向けて突撃隊形が組まれ、整列する。
「時限式グレネード、投擲準備よし!」
「ランチャー、射撃準備よし!」
「よし、敵先端をグレネードで吹き飛ばした後、脱出路の両側にランチャーを斉射、蜘蛛を掃討しろ。その後、斜面を一気に駆け降りる。ライフルは黒蟻を、ショットガンは赤蟻を狙え。無駄弾は使うな、進路を塞ぐ敵だけを狙え。殿(しんがり)は置き土産の時限グレネードを忘れるな」
『イエッサー!』
「負傷者は見捨てるな。しかし速度も落とすな。俺でも遠慮せず引きずって構わん」
『サー! イエッサー!』
「……GO!」
号令に従い、隊形の前衛が時限式グレネードを手放した。
着色煙を引いて斜面を転がった数個の爆裂焼夷手榴弾が一斉に起爆、丘を取り巻く巨大生物の群の一端を吹き飛ばした。黒蟻や赤蟻の四肢と胴体がバラバラになって飛び散り、包囲の輪が途切れる。
「次、撃てぇ!」
脱出路の近辺にいる蜘蛛型巨大生物へ向けてロケット弾が撃ち込まれる。十数メートルの殺傷範囲を持つ多目的ロケット弾の一発が蜘蛛の腹部を直撃。内部からの爆発で蜘蛛は跡形もなく四散し、それでも勢いを落とさない弾片が周囲の蜘蛛を切り裂いた。
「総員、突撃ッ!」
『うおおおぉ!!!』
戦士たちが咆哮し、駆け出した。無数の銃撃音が響き渡る。
「おい! まだこんなにいるのかよ!」
腰を落として急斜面を滑り降る隊員のライフルが火を噴き、高速弾の一群が強酸液を投射しようとしていた黒蟻の腹部を切り刻む。
「まったくだ! 目をつぶってても当たるぜ!」
斜面を駆け上がって来た赤蟻を、ショットガンから放たれた散弾が出迎える。赤蟻は悲鳴――被弾の衝撃で軋んだモーターセルの不協和とともに仰け反り、坂を転げ落ちて後続の赤蟻を巻き込んだ。
「EDFの勇猛さを見せる時だ!」
「糞蟲どもに思い知らせろ!」
チームは一つの生き物――狼のように巨大生物の群に襲いかかり、瞬く間に包囲網を食い破った。全員が丘陵を降り、隊形を維持したまま脱出へと移る。
「特製デザートだ……喰らいな!」
最後尾の隊員が時限式グレネードを後ろに転がした。彼の背中に喰いつこうと追って来ていた赤蟻の真下で手榴弾が爆発――粉砕したが、その死骸を踏み越えて新たな赤蟻が迫る。
続けて落としたグレネードも、同様に一匹の赤蟻を吹き飛ばすだけで終わった。
「奴ら、盾になってやがる!」
偶然ではない。他の巨大生物を庇うように、転がるグレネードに一匹の赤蟻が覆いかぶさり、被害と遅滞効果を最小限度に抑えている。その後ろで、態勢を整えた無数の黒蟻が一斉に腹部を振り上げた。
「酸が来るぞーッ!」
言い終わる前に、赤い強酸液を満たしたゼリー状の球体が無数に降り注いだ。大半は地面に落ちて弾け、耳障りな音とともに白煙を昇らせたが、幾つかは隊員を襲った。背中ならばアーマーの剥離で事なきを得たが、腕や脚に酸を受けた場合……抗酸性塗装を施されているとは言え、既に戦闘で傷ついたアーマースーツでは負傷を免れなかった。
「ぐっ!」
最後尾にいた隊員も右足首に酸を受け、倒れた。即座にアーマースーツから鎮痛剤が投与されたが、その顔は苦痛に歪んでいた。
「なに寝てやがる! 行くぞ!」
同じく殿を務めていた古参の隊員が肩を貸そうとするが、彼は手を払い除け、迫る赤蟻の群にショットガンを撃ち続ける。規則正しいポンプ・アクションと射撃の音とともに、一匹、また一匹と赤蟻が胸部――脚の接合部を砕かれて崩れ落ちる。
慣れた手つきでチューブ型弾倉にショットシェルを込めながら、彼は言った。
「隊長はああ言ったが……二人ともやられる。地獄でもお前とペアを組むのはゴメンだ。残りの武器を渡すから先に行け」
相棒の性格を知っている隊員は「わかった」と一言だけ呟き、武器を受け取った。ありったけのショットガンの弾と、一個の手榴弾を残して。
「新兵を頼むぜ」
「わかっている。じゃあな」
互いに見向きもせず、彼らは別れた。残った者がショットガンで赤蟻を退け、離れていく者が後退しながらライフルで黒蟻を狙い撃つ。
「次から次へと……!」
ショットガンを撃つ度に築きあげられる赤蟻の死骸の山が、少しずつ、彼の方に近寄ってくる。そして数メートルを切った時、一気に飛び出した赤蟻が彼を突き飛ばし、ショットガンを踏み潰して組み伏せた。すぐに無数の赤蟻が集まり、彼の姿を隠す。
一番近い赤蟻がゆっくりと体を折り曲げ、頭部を、その先端の顎を彼に向けた。
油の切れた機械が軋むような異音を立てて、牙が左右に開かれる。その奥のすり鉢状の咥内には無数の鋭い歯が不規則に並んでいた。牙に挟まれれば人間の頭などトマトのように易々と噛み砕かれてしまうだろう。
「酷ぇ臭いだな……口臭ぐらい気にしたらどうだ?」
答える訳もなく、赤蟻は顎を近づけてくる。
「ふん、腹を壊しやがれ」
目の前に迫った赤蟻の咥内に向けて、彼は既に着色煙を噴いていた手榴弾を押しこんだ。
集まっていた赤蟻の群の内部で、爆発が起こる。
「報告……1人やられました」
静かに呟いた隊員の目は細められていたが、ライフルの狙いは正確だった。
彼と同じく、先に逝った隊員をよく知っていた隊長が「野郎ども!」と声をあげる。
「生きて帰ったら、いつもの店で一杯奢ってやるぞ!」
「おおおーッ!」
「今夜が楽しみで――た、隊長!」
隊形の前衛を務めていた隊員が叫び、彼の視線の先を追った全員が悪態を吐いた。
「嘘だろ……! ヘクトルだ!」
森の木々を押し倒し、全高数十メートルに達する銀色の巨人が姿を現した。腕と足を構成する円形の駆動ユニットが鈍い音を響かせ、大気を震わせる。
「迎撃しろ! 近寄られたら終わりだぞ!」
「俺がやります!」
ロケットランチャーを担いだ新兵が膝を着いて狙いを定める。
「ま、待て!」
ヘクトルの足元に蠢く影を見つけた隊員が制止するが、遅かった。
新兵がランチャーの安全装置を解除し、まさにトリガーを絞った瞬間――100メートル以上を一気に跳躍した蜘蛛が、彼の目の前に音もなく着地した。
「う、うわ――」
悲鳴は爆音に掻き消され、新兵の姿は一瞬で爆炎に呑み込まれた。発射器から照射される測距兼安全装置用の不可視レーザーは至近距離に現れた蜘蛛型巨大生物を認識したが、コンマ数秒前にロケット弾は射出されており、起爆中止信号の発信も間に合わなかった。よくあるケースの自爆事故だ。
第2世代のアーマースーツなら至近距離の爆発でも命だけは……その希望を打ち砕くように、舞い上がった土煙の中へ向けてヘクトルのビームブラスターから熱弾が撃ち込まれる。
「くそがッ!」
「隊長! 後ろからも回り込んできます! このままでは!」
ヘクトルの登場によって部隊の速度が落ちた一瞬の隙を突いて、巨大生物の群が左右に回り込み、さらにヘクトルに随伴して来た巨大生物の群も展開し、部隊の退路は断たれようとしていた。
ヘクトルの胸部上面装甲が展開し、頭部が現れる。赤い光を発する大きな単眼の下に、三日月型の発光部分があるからだろうか。嗤っているように見える。
カラシニコフ自動小銃に似た形状の、全長20メートル以上のパルス・ビーム・マシンガンが持ち上げられ、陸戦隊に向けられる。毎分数千発の発射速度を誇る短照射光学兵器で一掃されれば、全滅は免れない。
「これまでか……!」
――最後まで諦めるな。
全員が死を覚悟した時、ヘクトルの頭部で派手な火花が散り、巨体が後退さった。
遅れて乾いた発砲音が響く。
「この音……MMF200か!」
最新の中距離狙撃用スナイパーライフルだ。
「援軍か!? どこだ!」
「…………あ、あそこだ!」
数百メートル離れた田園地帯に立ち並ぶ鉄塔に……発電所が破壊されて今は無用の長物となった送電線の鉄塔の上に小さな人影と、ライフルのスコープが反射する陽光の煌めきが見てとれた。
姿勢を崩して大きく揺らめくヘクトルの頭部へ、さらに二発、正確に弾丸が撃ち込まれた。単眼を撃ち抜かれたヘクトルは頭部を収納し、巨体を狙撃者の方へと向ける。蜘蛛や黒蟻といった巨大生物も次々と向かっていく。
あたかも敵を挑発するかのように、反射光が何度も瞬いた。
「馬鹿な! 囮になる気か!」
そうとしか思えなかった。鉄塔の人影は逃げようともせず、スナイパーライフルを連射している。数百メートルの距離などすぐに詰められてしまうし、鉄塔でも巨大生物は苦もなく登るだろう。そしてヘクトルの攻撃で……。
「援護しましょう! 隊長!」
「あれは……あの人は……!」
双眼鏡で人影を確認した隊長の声は震えていた。
「……全員、ヘクトルの後方に回り込みつつ周囲の巨大生物を掃討する」
「それでは逆方向です! 鉄塔が孤立してしまいます!」
「命令だ! 彼の作戦を邪魔する訳にはいかん! ヘクトルには攻撃するな!」
「ラ、ラジャー!」
全員が鉄塔の反対方向へと移動し始めたが、ヘクトルに続いて巨大生物の大半も鉄塔に向かっており、陸戦隊レンジャー6-1はほぼ無傷で包囲網を脱することができた。
「おいおい、どうなってんだ? 糞蟲どもに無視されてるぞ!」
「……フォーリナーも知っているんだ」
「どういうことですか、隊長」
「奴らが丘陵で我々を襲わなかった理由が分かった。我々は餌だったんだ。あの人を誘き出すためのな」
「あの人……?」
「見ていれば、分かる」
既に部隊の周辺に巨大生物の姿はなく、全員が呆然と鉄塔の狙撃者の戦いを見守っていた。
孤高の狙撃者の攻撃は怯む様子を見せなかったが、数が違い過ぎた。鉄塔の周囲は既に巨大生物に取り込まれ、赤蟻が登り始めている。
「どうしてヘクトルを潰さないんだ! MMF200なら……」
一人の隊員が言いかけた時だった。
鉄塔で変化が起こった。
鉄塔の根元から頂上部まで、鉄骨のあちらこちらで小さな爆発が連続して起こり――次の瞬間には鉄塔に張り付いていた赤蟻も、鉄塔の周囲にいた黒蟻も、跳躍して空中にいた蜘蛛さえも、ほぼ全ての巨大生物が赤い体液を撒き散らして死滅し、粉々の断片となって霧散した。
そしてヘクトルが、機体の中央に数千発の弾丸を受けたかのように、左右に真っ二つに割れて爆発する。
「何が起こったんだ……」
「クソッタレどもが一瞬で全滅したぞ」
遅れて響いた遠雷を思わせる轟音に、誰もが慄き、同じ疑問を抱いた。
「隊長、いったい何が……」
「Y11対空インパルスだ」
唖然とする隊員たちへ言い聞かせるように、隊長が赤いヘルメットを外して汗を拭いながら語る。
「クレイモアを原型にした対巨大生物用の指向性スマート地雷インパルス。あれのY11型は縦方向にボールベアリングを撒き散らす。鉄塔のあちこちと……おそらく周囲にも仕掛けておいたんだろう。鉄塔の周りにいた巨大生物は、あらゆる方向から一瞬で迫った粒弾の嵐に巻き込まれてミンチになったという訳だ」
「そんな……鉄塔自体は平然と建ってますよ! あの人影も!」
鉄塔は先ほどと変わらず健在であり、その上では武器をライフルに持ち替え、まさしく蟲の息となった巨大生物の生き残りに射撃を加えている者がいた。塔の上から、まるで裁きを下すかのように。
「あの人には、それができる。ヘクトルも進行ルートを予まれ……あるいは誘導されて、真正面から多重攻撃を受けたんだ」
「いったい……何者なんですか」
「遊撃隊、ストームチームの一員だ。かなりの高齢らしいが……」
「今、なんと?」
「いや、何でもない……帰還するぞ! 総員、整列!」
隊長はヘルメットを被り、生き残った隊員を鉄塔に向かって横一列に並ばせた。
「敬礼ッ!」
負傷者も含めて、我々は一糸乱れぬ最敬礼を孤高の戦士に送った。
遠く青空を背景に、陽光の中で、戦士の返礼を見たような気がした。
「あの人は伝説になる」
隊長が呟いた言葉の意味を、私が知ることになるのは終戦後のことだった。
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- ZEXR-GUN
人類史上初の星間戦争は、まさに種族の存亡をかけた戦いであり、生存競争と表現しても過言ではない。それ程にフォーリナーの攻撃は徹底的であった。陥落した都市においては一切の建造物が跡形もなく破壊され、人間は巨大生物の餌食となったのである。
開戦から数ヵ月が経過した時点で、資源やエネルギーの不足以上に、人的資源の払底が深刻な問題として浮かび上がった。
それは「優秀で健康な人材が足りない」という程度ではなく、既存の社会体制を運営するため最低数の構成員が足りないという危機的状況であり、人類はあらゆる分野で体制の効率化を早急に行わなければならなかった(当時の人々は軍属と民間人、正規兵と少年兵の区別をつけていたが、終戦の前後には「人類皆兵制」と言うべき程の戦時社会体制が敷かれていた)。
EDFでも個人携行火器の強化に加え、無人戦闘兵器の開発が急ピッチで行われた。
とくに陸戦における人的損害の軽減は最たるテーマであり、無人戦車や無人戦闘ロボット(巨大生物をクローン培養して機械的改造を施したものなど、現在でも噂は絶えず、中には「ヴァラク機械体の襲撃は、EDFが死骸を改造したメカヴァラクが暴走した事件である」であるという珍説も存在する)の開発が試みられたが、資源不足や技術的問題により実現しなかった。
唯一成功したのは、自動射撃兵器セントリーガンである。
一言で言えば「三脚で固定した自動砲台」であり、バイオセンサーとレーザー形状認識に基づいて敵性目標を識別し、攻撃する。種類も豊富で、機関砲の他に狙撃砲やロケットランチャータイプが存在する。高性能なものは照準追従性が高く、狙いも極めて正確であるため、効果的に運用すれば少ない人員で巨大生物の大群を撃退することも不可能ではなかった。
そして最終型のZEXR-GUNにおいては、兵器史に残るある特別な仕様が施されていた(もっとも、その特殊セントリーガンが配備されたのは大戦末期の日本列島戦線の、極一部の部隊のみである)。
一般にはフォーリナーのオーバーテクノロジーの応用によって実現した空間圧縮技術(プロミネンスMA大型ミサイルの専用ランチャーと同様のものである)だと言われているが、それを遥かに越える超技術――物質転送技術が用いられた。
そのままの形状でセントリーガンを出現させることができるため、展開動作が省かれたことで製造工程の大幅な簡略化が実現し(それまでのセントリーガンは機械的技術の向上によって展開時間の短縮を試みており、製造コストを圧迫していた)、さらに大きな問題であった継戦能力と経済性の改善(従来型は弾薬を使い切ると再装填が難しく、戦況から回収も困難であり、ほぼ使い捨てにされていた)に加え、セントリーガンそのものの耐久性についても解決されたのである。
順を折って説明すると、まず一般には運搬容器と思われている「Schrödinger’s Box」の中にはセントリーガンは格納されていない(外装は旧来の運搬容器を模しているが、あくまでも機密保持のための措置である)。
物質転送とは便宜的名称に過ぎず、いわゆる「フォーリナー修正後量子力学(大戦前の量子力学とは区別される)の概念転移に伴う質量保存の法則修正項目第4項」に基づいた出現であるため、展開されたセントリーガンはその場には質量体として存在せず、完全に実体化(語弊を招く表現であるが、人類の科学力と思想言語でフォーリナーテクノロジーによる現象の完全な説明は困難である)するのは発射される弾丸のみである。
この時セントリーガン本体は「Fの絶対性(異相概念の不干渉性)」によって何者も触れることができず、然るに巨大生物に破壊されることもない。
弾薬を使い切ったセントリーガンは概念転移をキャンセルされる(時間軸の数学的分解による引き伸ばし作用の解除と、時間軸の数学的極大化による逆転移が同時に行われる)ことで消失する。
一つのSchrödinger’s Boxで概念転移可能な数量は、質量体の絶対情報量に左右されるため、高性能なZEXR-GUNの場合は3基が限界である。また再転移には20秒ほどの時間を要する。
この超技術は、兵站はもちろん、戦闘そのものを根本から変える可能性を秘めていた(成功はしなかったが、マザーシップの内部に数百発のC70爆弾を送り込む実験が行われていた)が、大戦後にフォーリナーテクノロジーの解明が進むにつれ、一歩間違えば宇宙そのものを崩壊させる危険性が指摘され、現在は全ての分野で研究と使用が禁止、セントリーガンも使い捨ての省資源モデルに変更されている。
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- 爆砕かんしゃく玉
それが鉛筆削りであれ核爆弾であれ、あらゆる道具の発展の要素として「小型化」が挙げられる。
モットーの1つ(幾つあるのかについては諸説があるが、どれもブラックユーモアに満ちた内容である)に「実用性よりも可能性を追求せよ」を挙げるEDF先進技術開発研究所でグレネードの“超”小型化が研究されたのは、当然の成り行きと言えた。
完成したのは直径3センチ程の接触式グレネードであり、威力は小さいものの、豆撒きのごとく大量に投げつけられるため、集中爆発時の総火力は侮れない。
このマイクログレネードは面制圧を目的としたグレネードランチャーの多弾頭化などに活かされる予定であったが、製造における精度の要求を達成できなかったために不良品の割合が高く、“見つけ難い不発弾”を大量発生させることが懸念されたため、結局は採用されなかった。
加えて接触起爆方式であるにも関わらず、サイズ上、ピンやレバーといった安全機構を設けることができず、取扱が困難である。そして起爆感度を低く設定したために、不発弾の増加に拍車をかける結果となった。
この運用管理面での欠点は最終型の爆砕かんしゃく玉に至っても改善されず、各方面で様々なトラブルを引き起こした。
例えば、研究所においてサンプルを運ぼうとした職員がゴミに滑って(信じられないことにバナナの皮である)1000個のマイクログレネードを床にばら撒き――爆発はしなかったが――魔窟と称された程に混沌と散かった部屋に撒かれたため、陸戦隊の爆発物処理チームに(半ば清掃を兼ねて)150時間もの労働が課され、3名が過労で昏倒する被害を出した。
そして、公式には記録されてないが、決戦要塞X3の反応炉内の保守通路でメガネを落とした職員が床を探っていたところ、爆発可能なマイクログレネード1粒が発見され、殉教派(極めて少数だが、悪魔崇拝系カルトにはフォーリナーを神と崇めて集団自殺を謀った団体も存在した)の破壊工作を警戒した大騒動に発展し、総点検によってX3の出撃が数日は遅れたと言われている(そのために北大西洋海戦は米英連合海軍のみで行われて失敗し、フォーリナーの北米東海岸上陸を許す結果となった)。
なお「かんしゃく玉」という名称は正式なものであり、開発者本人の命名による。
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- P78バウンドガン(o0PpVnrRyHさん原案・トウフウドン加筆)
開戦時、AF14ライフル(2011年開発)やスティングレイM1(2008年開発)といった“戦前装備”でも巨大生物を殺傷できたことは、人類に少なからず希望を与えた。
……空母型円盤から投下される巨大生物の量が、無尽蔵だと知れるまでは。
フォーリナー最大の武器、それは数である。
中でも日本列島戦線は、戦力の数的劣勢が最も問題視された地域であった。
日本国の有事体制は様々な問題(主に日本国憲法第9条に起因する政治問題であり、米・中・露の緩衝地帯に位置するという歴史的かつ地政学的な条件を顧みれば、21世紀初頭の同国の国防体制とその意識は末期的様相を呈していた)を抱えており、同国軍(JSDF:Japan Self Defense Force:日本自衛隊)においては弾薬や燃料といった戦略物資の備蓄量が数週間分に過ぎず、状況によっては有事の際の戦争遂行能力が僅か数日間という試算さえ存在した。EDF日本支部も同様であり、巨大生物の出現数に比例して増え続ける日々の弾薬消費量を前に、兵站の破綻による連鎖的な戦線の瓦解が懸念された(そうでなくても道路や鉄道の破壊による物流網の寸断、備蓄施設への襲撃によって兵站体制の崩壊は時間の問題であった)。
また世界各地で巣(地下数百メートルまで張り巡らされた巨大生物のコロニーであり、ハイブやネストとも呼ばれている。空間構造は蟻の巣と同様に空洞と通路で構成されているが、空洞の大きさは一定ではなく、例えば女王体が産卵を行う最深部の“寝室”の高さは100メートルに達する場合もある。強大な圧力がかかる地下においてこのような構造が成り立つのは、掘削した壁面を粘着性の体液で凝固させているからであり、その強度はコンクリートを遥かに凌駕し、ロケット弾の直撃にも耐えられる。なお掘削作業は強靭な顎を持ち、体力に優れた赤蟻型巨大生物が行うと考えられており、赤蟻の出現時期が遅かったのは巣の建造に従事していたためと言われている)の存在が確認されたことで、彼我優勢の条件はさらに厳しさを増した。
人類全体に共通するこの問題(連鎖崩壊論……つまり巨大生物の増殖数が人類の工業生産力と戦闘能力を上回った時点から、巨大生物の数が指数関数的に増加、戦線と兵站が連鎖的に崩壊し、一気に人類は敗北に追い込まれるという理論である)は、EDF日本支部はもちろん、その上位機関である極東方面軍司令部および北米総司令部も把握しており、協議の機会が設けられることなった。
いわゆる遠隔通信会議は大戦初期においては可能であり、立体映像とは言え、EDFの各地域方面軍の司令官が軒並み顔を揃え、さらに各国の代表者も参加していた。
「……マザーシップへの攻撃が失敗した今、短期決着を望むのは難しい」
最初に口を開いたのは、老傑と呼ぶに相応しい風貌と経歴を持つEDF欧州方面軍の司令官だった。
「航空戦力の喪失は想定されていたが、ガンシップの空襲は尋常ではない。欧州地域の資源備蓄量はこの1週間で30%も減少した。この意味がお分かりか?」
老人は鋭い眼差しで周囲を見渡す。暗闇の中に浮かぶ立体映像は幽鬼のようにも見えたが、その双眸に宿る理智の光の冷やかさが強烈な現実感を与えている。
「消費したのではない。消滅したのだ。数百万匹の蟲どもを殺す筈だった弾丸、数百輌の戦車を全力稼働させる筈だった燃料、数千万人の市民を救う筈だった薬……全てが灰塵に帰したのだ」
「能書きはいい」
ロシア連邦軍の将軍が苛立ちを隠しもせずに口を挟む。
「つまり、このまま“普通の戦争”をしていては負けるということだ。そうだろう。10万発の弾丸では100万匹のバグを退けることはできない」
「まるで貴国の常套戦術だな……。子供だったが、よく憶えているよ」
深い皺を歪ませて老人が嗤う。まだ50代の将軍は無視して続けた。
「だから今こそ核を――」
「熱核兵器の復活は認められない」
EDF長官に視線が集まった。彼の言葉を、傍に立つ女性秘書官が引き継ぐ。
「先日の会議で公開したデータの通り、戦術核レベルの試作弾頭を搭載したスーパー・トマホークでさえマザーシップに損害を与えられませんでした。また巨大生物の巣の多くは大都市や穀倉地帯の真下にあります。単純に核で薙ぎ払う訳にはいきません。そして、今回の議題は人類全体の兵站問題です。EDF北米総司令部の大規模地下工廠の稼働は本格化しましたが、そこまで材料となる資源を運び、また生産した武器弾薬を各地に送る手段が……」
「足の遅い輸送機や輸送船は格好の餌食だからなぁ……」
「はい。北米からの輸出については月面往還ロケットの転用やマスドライバーの開発による直射運搬の確立、また大型潜水艦による海中輸送の実施を連合海軍と検討中です。しかし……」
「資源そのものについては採掘自体が困難だ」
EDF中東方面軍の司令官が応じた。通信状態が悪いのか、時折ノイズが混じっている。
「サウジだけで油田の8割が壊滅した。ほとんどが現在も炎上中だが、消火の目途すら立っていない。アフリカの鉱物生産力は……まぁ、欧米の方々は既にご存じだと思うが……皆無に等しい。各国政府はもちろん、各企業の現地法人とも連絡がつかない有様だ」
「戦場に届ける弾どころか、それを作る金属にすら事欠くということか」
「とにかく弾丸くらいは……」
「では、ここで――」
再びEDF長官の声が響く。
「EDF日本支部の意見を聞こうと思う。データ上、最も兵站能力に欠ける戦域が、その戦力に比べて最も高い戦果を出している」
「噂によればニンジャ部隊がいるとか?」
フランス軍人の冗談に何人かが失笑を漏らしたが、EDF日本支部の司令官は「いいえ」と答えながら立ち上がり――立体映像の撮影範囲から出たため胸から上は映らなかったが――力強い声で続けた。
「忍者はいませんが、陸戦隊の勇士たちは誰もが侍の心を持っています。いわゆる武士道精神です」
「Oh……」
「その……サムラーイのブシドーが兵站問題にどう影響するのかね?」
「自らを節すること厳しく……つまり自給自足です!」
「…………What?」
「戦闘食がなければ閉鎖されたコンビニ(INDEX PLAZA)から“接収”し、エアーバイクが壊れれば放置自転車(接収時にEDF統一軍票を発行済み)で帰還し、アーマーが欠ければ巨大生物の外皮で修理する。弾薬が尽きれば竹ヤリで戦う覚悟です」
「それだ!」
EDF長官が勢いよく腕を突き出し、日本支部司令官を指さす。
「いえ、竹ヤリはものの例えであって、まだ実際に使ったことはありませんが」
「違う。巨大生物の外皮だ。奴らの甲殻で弾丸を作ればいい」
一同が、感嘆の息を洩らした。
「確かに、奴らの死骸なら腐る程ある。加工が可能なら幾らでも現地調達できるな」
この時、既にEDF星間防疫特化衛生局によって巨大生物の研究は行われており(死骸の解剖はもちろん、捕獲した生体への実験も頻繁に行われたが、あくまでも学術的側面が強く、強酸液の兵器転用などはEDF先進技術研究所で行われた)、巨大生物の甲殻皮をアーマーの素材として利用することも検討されていたため、甲殻皮を資源化するための設備体制は速やかに整備され、同時に生体素材弾の研究がEDF先技研で行われた。
様々な加工手段が試みられた結果、甲殻皮をダイヤモンドカッターで切断、高圧処理したものを研磨加工によって弾丸形状に削り出し、真空加熱で硬化させることでEDF正式採用5.56mmアサルトライフル弾SS190(Smart-Shoot-One-Ninety:対人戦闘を基準に製造された弾丸であり、巨大生物に対しては非力であったが、第1世代ボディアーマーを貫通するだけの威力と充分なストッピングパワーを有し、跳弾や貫通による付随被害を出しにくいという高性能なものであった)の“代用弾”として実用に耐えられる物が完成。弾丸以外にも装甲材や建築用資材など、様々な分野で大戦を通して活用された。
こうして甲殻皮の資源化技術と生産体制が確立して間もなく、EDF日本支部から先技研に通信(フォーリナーの手によってあらゆる通信網が破壊されていく中、飛翔体型軍事人工衛星と軍用統合ネットワークを介することで機能する唯一の大陸間通信回線であり、当時の携帯端末レベルの映話であっても通信量当りのコストは十数倍から数十倍に達したと言われている)があった。
「あー、もしもし?」
「Yes……EDF-ATL-Level8」
画面の中で怪訝そうに――眠たそうな無表情だったが――応じたのは若い白人の女性研究員だった。たまたま通りかかったところを映話に出たらしく、手に取った有線受話器を肩に挟み、もう片方の手に摘まんでいたドーナツを口に運んだ。
「先日、ようやく例の生体なんとか弾が届いたんだが……不良品の交換はできるかね?」
「……What say?」
「不良品だ。ふ、りょ、お、ひ、ん」
「Wu? …………ああ、日本語ね」
女研究員は紛らわしいと言わんばかりに目を細め、ドーナツを齧る。
「それで?」
「だから! 生体なんとか弾だ。いったいどういうことだ」
「なにが?」
「跳弾だ!」
「うん?」
話を聞こうという風に、彼女はコーヒーを啜った。
20分後。
「……という訳で、射撃場が穴だらけだ。死者こそ出なかったが、弾が通路を跳ね回って危うく弾薬庫に飛び込むところだった。もし爆発していたら――」
「話を聞く限り、通常の跳弾とは異なるようね。現象としては反射と言ってもいいわ」
「そうだ。とんでもない不良品だ」
「Interesting…………Hay! Call GHQ . Say “From ATL-Level8” . Now」
「もしもし?」
「ああ、こちらの話。調査するから問題の弾を全て回収して送ってちょうだい。今すぐに」
「うむ……まぁ、構わないが、代わりの弾丸は支給されるのか?」
「ええ、あげるわ」
蛇が獲物を見定めるかのように、女の青い目がすっと細められる。
「もっといいものを、ね」
僅かに現れた微笑みを司令官が確かめる前に、映話は一方的に切られた。司令官は再度通信を試みたが、呼び出そうにも女の名前を聞いていなかった。
「まぁ、いいか。一件落着だ」
不良品は交換されるのだ――そう納得し、自分の娘と同じく何を考えているか分からない印象の女研究員のことを含めて、日本支部の司令官はこの事を忘れた(後日、二人はグレネードに関する件で映話を交わすことになるが、通話記録を聞く限りは、女研究員も同様だったと思われる)。
回収され、EDF先技研に届けられた生体素材弾は、確かに不良品であった。最終工程である真空加熱による硬化が不十分であり、結果として顕著な弾力伸縮性……硬い物に当たれば跳ね返るという性質を有していた。
正確には、標的に着弾した時の反作用が、撃ち出された際に与えられた運動エネルギーを越える場合(つまり衝撃をほとんど吸収しない極めて硬質の物体に着弾した際)、運動エネルギーを素材の膨張という形で吸収し――変形に伴う熱エネルギーへの変換率は極めて高く――反動収縮作用によって熱エネルギーが再び運動エネルギーへと変換され、射撃時の初速に匹敵する速度で跳ね返るのである。
便宜的に「バウンド弾」と名付けられたこの偶然の産物は素材化され、優れた衝撃吸収材としてアーマースーツに組み込まれ(被弾衝撃によって発生した熱は別の構成素材によって吸収される)、同時に特殊弾としても正式採用された。
当初はAF14アサルトライフルで射撃可能な特殊弾として弾丸のみが支給される筈だったが、閉鎖空間で誤用した際の付随被害が甚大であるため、新たにバウンドガンというカテゴリーが設けられた(外見はAF14ライフルとほとんど変わらないが、弾倉規格が異なる)。
第1弾であるP(Prance)78バウンドガンはAF14に比べて射程距離や火力が若干増しているが、跳弾という特殊効果を戦術的に活用して戦功をあげることができたのは極一部の隊員に限られており、ほとんどの部隊では室内や巣穴など狭空間への突入前に事前制圧兵器として用いるに留まった。
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- P89バウンドガン(CvmaT72wBUさん原案・トウフウドン加筆)
巨大生物の強靭な甲殻皮をアーマーや弾丸の材料に利用する試みは、本来は「巨大生物の死骸による環境汚染の軽減」と「金属資源の調達や輸送が困難となった地域における代用資源の確保、兵器製造における低コスト化と省資源化」という目的で始まったものであり、製造不良という形で生み出されたバウンド材は偶然の産物であった
この極めて高い伸縮性を有する機能素材を採用した特殊跳躍弾、通称「バウンド弾」を発射するバウンドガンは、銃本体も低コスト・省資源化に重点を置いており、構成部品の9割以上にAFアサルトライフルの廃棄品(新造モデルの配備や性能の陳腐化によって退役した装備)を使用している。
銃本体が“再利用品”であることや、バウンド弾の癖の強さが倦厭されたこともあって、バウンドガンはAFライフルの代用品と受け取られることが多く、物資や装備の豊富な北米戦線などでは「Poor-man’s Gun」という不当な評価を受けた。
確かに統合性能ではAFアサルトライフルに劣るバウンドガンであるが、複数回跳弾しても威力が失われない弾丸は、閉所空間への突入前の予備制圧に(少なからず危険であったが)有効であった。
基本性能においては、同クラスのAFアサルトライフルの約2倍近くの有効射程を示している。これは銃機構に特別な働きがある訳でも炸薬が強力な訳でもなく、バウンド素材が有する「受けた運動エネルギーを、材質の膨張によって高効率で熱エネルギーに変換する」という性質によるものである(なお、発砲時の熱をバウンド弾が奪っていくため、バウンドガンは通常のライフルに比べて加熱による銃身の損耗が抑えられている)。
「高速で硬質の物体に衝突すると、受けた運動エネルギーを熱に変換・蓄積して急激に膨張し、一瞬で伸長限界に達した後に収縮、衝突した物体に強烈な反動を与える」というのがバウンド弾の跳ねる仕組みであるが、この特性は弾丸の飛翔性能についても影響を及ぼすものである。
大気中を移動する物体は、進行方向から抵抗を受ける。この抵抗を減ずるために弾丸の弾頭は円錐形をしており(先端を鋭くすることで貫通力が増すという経験則は弓矢の時代から存在したが、大砲は長らく大口径化……質量弾の大型化で破壊力を増すという思想に囚われており、速度と破壊力の相関性が重視されるまでに時間を要した。この影響を受けて15世紀のハンドキャノン以降、19世紀半ばに開発されたミニエー弾に至るまで長らく銃弾も球形であった)、当然のことながらバウンド弾の弾頭もライフル弾同様の細長い円錐形をしているが、この弾丸は形状の変化によって飛翔性能を増すことが確認されている。
発砲時、炸薬の燃焼ガスによって撃ち出される過程でバウンド弾は熱を蓄積して膨張し始め、銃身の内径に達した後、前方に伸び始める(爆発の圧力によって膨張するのは通常弾も同様であり、銃身の内径に密着することでライフリングが機能して旋回運動が発生する。ただしバウンド弾の場合は膨張率と圧力が非常に高く、製造の性質上、品質も一定ではないため、バウンドガンの銃身内径には余裕がもたされ、ライフリングの溝は通常よりも深くなっている。滑腔砲であるバウンドショットも同様であり、燃焼ガスの漏失によって威力は低下するが、最悪の場合、銃身の破裂によって射手が死傷する恐れがあるため、バウンド弾の加工精度が向上した現在でも同様の措置が取られている)。これに旋回運動の遠心力が加わることで弾丸は中程から尾部にかけてより膨らみ、先端部が鋭く伸長していく。この時点でバウンド弾は管楽器の先端を逆さまにしたような、内孤を描いた円錐形に変化しているが、銃口を出て後方からの燃焼ガスの圧力が消えると、円く拡がっていた尾部が収縮し、正面からの空気抵抗によって側面部が押し潰されて細長い形へと姿を変える。
これは戦車の滑腔砲から撃ち出されたAPFSDS(Armor Piercing Fin Stabilized Discarding Sabot:装弾筒付翼安定徹甲弾)が装弾筒を脱ぎ捨てるのと同じで、口径相当の射出力を確保しながら、最少の空気抵抗で飛翔することができる。
また発砲時の高熱高圧に曝されたバウンド弾の内部では一部が流体化しており、段階的な形状変化が起こるにも関わらず重心と中心線は安定し、ヨーイングの発生が抑制されるため、同クラスのライフル弾に比べて直進飛翔距離――射程が飛躍的に向上している(ただし銃口を出た直後の形状変化によって進行ベクトルが変化することは抑えられず、その方位も一定ではないことから集弾性は低下しており、銃本体の改良による精度の改善も困難となっている)。
・・・
以上のバウンド弾の特性からすれば、P89バウンドガンに使用されているB08弾は例外中の例外であり、詳細に述べれば全く別種の弾丸と言うべきものである。
P89バウンドガンはAF20の部品を使用しておい同様の連射性能を有するが、射程は半分の90メートルであり、それまでのバウンドガンの平均射程約260メートルの3分の1程度に留まっている。
なによりも、秒速2メートル程度の極超“低”速性が特徴である。
「飛ぶ」というよりは「漂う」と表現すべき前代未聞の特殊弾は、もとは決戦要塞X3の近接防御兵装の1つとして開発されたものである(大量の低速炸裂弾を全方位に撃ち出して弾幕を張るというものだが、ガンシップを撃ち落とすというよりは、接近を阻む“壁”の構築を目的とした装備であり、発想としては機雷や阻塞気球に近いものであった)。
B08弾に使われているバウンド素材B08は他とは異なり、赤蟻の甲殻皮のみを使い、さらにマイロマシンによる分子レベルでの合成デザインが施されており、製造コストは増しているものの、さらに特殊な機能を獲得している。
B08は、従来のバウンド素材に比べて運動エネルギーの熱エネルギー変換効率および蓄積容量が大幅に増しているのである。
具体的にはST型AFアサルトライフル専用の高性能炸薬の燃焼エネルギーをほぼ完全に吸収する程である(かのAF99STの緩衝装置の一部にB08が使用されているのはこのためである)。また弾丸内部の流体化を促進することで伸縮作用の遅延にも成功しており、受けた運動エネルギーを長時間に渡って熱エネルギーとして蓄えることができる。
そして添加剤を加えたことで弾丸内部の流体層には水素ガスが発生しており、僅かながら浮力が発生している。これによって約11グラムのB08弾は銃口を出た後に緩やかに漂うことなる(浮力は極めて微小のものであり、気温や気圧といった気象条件に左右されるものの、基本的にB08弾は撃ち出される際の余剰圧力――吸収し切れなかった僅かな力によって直進する)。
淡い光を発して漂う楕円形の弾丸は、一見して空中を泳いでいるかのようであり、風船のごとく無害に見えるが、一発当りMG10と同等の破壊力を有する致死性兵器である。言わば高エネルギーを蓄えた爆弾のようなものであり、そのままでは跳ね返ることなく触れただけで破裂してしまうが、この問題は弾殻層にスマートスキンを使用することで解決している。
マイクロマシンで構成された厚さ2マイクロミリのスマートスキンは、本来はバウンド弾がヘクトルのような硬質の目標に跳ね返るのを防ぐための起爆装置として開発されたものであり、接触した対象の分子構造パターンを識別して機能する(これによって他のバウンド弾と同じく、B08弾も地形に反射し、閉所では無秩序軌道が交錯する“壁”を作ることができる。ただしアーマーの一部に巨大生物の甲殻やガンシップやヘクトルのフォーリニウムを用いた装備や施設に対しては敵味方識別が機能しないため、誤射の危険に注意を払う必要がある)。
目標に着弾するとスマートスキンのマイクロマシンが接触面を一瞬で浸食し、甲殻皮や活性状態フォーリニウムの対熱衝撃防御性を著しく低下させる。そして弾殻の固体バウンド材は弾丸の中心部に向けて収縮するように設計されており、この圧力と蓄えていた熱エネルギーの開放によって、高熱の流体を目標の内部に高速で噴出して加害する。AF20で使用されているR3F高速徹甲弾の2倍以上の破壊力は、このHEAT弾(成形炸薬弾頭弾)に似た効果によるものである(半ばジェット流となって侵入した流体は急速に固体化し、バウンド材の断片となってあらゆる方向に跳ね回り、体組織を修復不可能な状態にまで切り刻む。MG10手榴弾が内部で爆発するようなものであり、生身の人体を直撃した場合は極めて凄惨な様相を呈するため、大戦後もEDF以外の警察および軍組織では使用を規制されている)。
一時はR3F弾に匹敵する高性能弾薬として注目され、上位級目標に対しても通用するように高速化を……つまりさらに強い力を加えて通常弾と同程度の速度で発射し、運動エネルギーと内包した熱エネルギーの相乗効果で威力の倍増を試みられたが、発砲時に一定以上の圧力が加わるとスマートスキンの働きも虚しく銃身内で破裂してしまうという結果に終わり、実現されなかった。
大戦後期の開発ということもあり、少数精鋭部隊のための主力兵器の製造が優先されたこともあって生産数は少なく、大戦後の人工バウンド材においては赤蟻甲殻皮の再現はコストが高く、2018年のEDF再建計画では一部の特殊作戦班に配備されるに留まった。
特殊素材B08自体は、高性能ライフルの緩衝装置やアーマースーツの素材として研究が続けられ、大戦後は高く安定した衝撃および熱吸蔵力が注目されて大深度地下施設の建材や航宙機のデブリバンパーとして活用されている。
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アーマーの防弾材やファイブカードの特殊弾にも用いられているバウンド素材(巨大生物の外皮を加工したものである)を、贅沢にも100%使用した弾丸、それがP(Prance)ナンバー弾である。
EDF北米総司令部の跡地から発見された資料の一部に、Pナンバー弾のプレゼンテーションが残っていた。映像は破損しており、音声のみであるが、記載する。
・・・[▼スキップ]
「ふんふふ♪ あらジョニー! どうしたの? その格好!」
「お嬢さん、俺の後ろに立つと、危ないぜ? バァン♪」
「それトースターよ」
HAHAHAHAHA!
「なんなの、その薄汚い格好は」
「どう、似合う? 似合ってるだろ」
「似合ってるけど、メキシコ人に失礼だと思うわ」
「んー……惜しい。西部はもう少し“上”だよね」
HAHAHAHAHAHAHAHA!
「もしかして、西部劇なの?」
「そうさ、ガンマン、俺の名はガンマン“ジョニー”。ひゅー! カッコイイ!」
HAHAHA!
YEAAAAA!
「で、何なの? そろそろお聞かせ願えるかしら。あたし晩御飯の支度で忙しいの」
「あーうん、なに、またポテト? ぼくドイツ人になっちゃうよ」
HAHAHAHAHA!
「ジョニー……?」
「あーいや、ソーセージもあれば完璧だよ。……キャベツもね?」
HAHAHAHA!
「いい加減に本題に入ってくれる?」
「OKベイビー分かったから……包丁は置いておこうね? ん、そうそう。それで安心だね。よし…………手を上げろ!」
「きゃ!」
打撲音
HAHAHAHA!
「足は……上げなくていいんだよ……」
「あら、ごめんなさい。でも玩具でもGUNを人に向けてはダメよ。誤って撃ち殺されても裁判で負けちゃうんだから」
「いや、実は玩具じゃないんだな、コレが」
打撲音
O~~H!
「い、いい体術だね……GUNまで奪って……どこで憶えたんだい?」
「あたしに銃を向けるなんて、いい度胸ね。ふーん……9㎜だけど、見たことない弾ね」
「あ、危ないベイビー! 後ろだ! 6時方向にフォーリナーだ!」
GAOOO!
「ええ!? ダメよ、ジョニー! あたし振り向くのが怖いわ!」
「大丈夫! その弾はバウンド素材100%のPナンバー弾なんだ! 目の前にあるトースターを撃つんだ。12時方向にある、ネズミのイラストが描かれてるやつ!」
「こっち?」
「いや、そっちのはマズイ。右の“黄色い”ネズミの方だよ!」
HAHAHAHA!
BUUUU!
「撃て! 撃つんだベイビー!」
「ああ! どうしてトースターが2台もあるのかしら!?」
BAN!
KAN!
DOOOOM!
「まぁスゴイ! 弾がトースターに跳ね返ってフォーリナーに当たっちゃったわ!」
「ご覧の通り、Pナンバー弾を用いれば誰でも簡単に跳弾技が使えます!」
「是非あなたも試してみてね!」
YEAAAAA!
「でもあたしポケモンの方が好きよ」
「僕だってドナルド=ダックの方が好きさ」
HAHAHAHA!
・・・・
バウンド素材を使用した武器に共通するように、バウンドガンも極めてコントロールが困難な武器であり、P89バウンドガンにおいて弾丸を極低速化するなど試行錯誤が続けられたが、最終型であるPX50バウンドショットは50発のバウンド弾を一斉発射するという……ある意味で開き直った仕様となっている。
50発のバウンド弾は弾速も速く、跳ね返る先の起動を予測することはもはや常人には不可能である。このため洞窟や施設内など閉鎖空間での使用は厳禁されていたが、実戦では突入前の予備制圧兵器としての優秀さが認められ、現在でも使用されている。
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