心を閉ざした少年と
圧倒的な独創性で観客を魅了する “天才”湯浅政明が ほんとうに作りたかった物語
夜明け告げるルーのうたとは、2017年5月19日公開のアニメーション映画である。
107分カラー。2017年アヌシー国際アニメーション映画祭長編部門クリスタル賞受賞作品。
英題は“Lu Over the Wall”でポスターにも記載されている。
あらすじ
両親の離婚によって、東京から父の故郷である日無町に移り住むこととなった少年足元海(以下カイ)。
彼は日無町に馴染めず、毎日を退屈に過ごしており、唯一の心の拠り所は動画サイトにアップロードしている自作の音楽だけだった。
ところが、ある日同級生のバンドに誘われ、その日の夜、人魚の少女「ルー」と出会う。
ルーは音楽を聴くと尾ひれが足になって踊りだす元気な女の子で、彼女やバンドの仲間たちとの不思議な体験を通じて徐々に本来の明るさを取り戻していく。
しかし、初めて人前で演奏したときにルーの姿が公になってしまい、町を巻き込んだ騒動となる。
さらに、町の人魚伝説から徐々に人間と人魚との間に溝が生まれてしまい・・・
果たしてカイは心からの叫びで町や人魚たちを救うことが出来るのだろうか?
概要はただの暇つぶしだよ
スタッフ
監督は『マインド・ゲーム』『夜は短し歩けよ乙女』の湯浅政明。
彼にとって3作品目の映画監督作品となり、初のオリジナル長編作品でもある。
なお、映画としては13年ぶりの監督作だった前作『夜は短し~』と本作は同年公開だが、製作時期は本作の方が先で、主要な構想は2014年時点から動いていた。
実際、一切の情報が出ていなかった2015年当時に、当時阿佐ヶ谷ロフトでのピンポンオールナイトイベントにて「“わん魚”、この言葉を覚えておいてください」との予告があった。
脚本はテレビアニメ『王ドロボウJING』、『デジモンアドベンチャー』シリーズ、『ガールズ&パンツァー』シリーズや映画『猫の恩返し』『聲の形』『たまこラブストーリー』などを手がけた吉田玲子と湯浅の共同脚本。
本作を作るに当たって、異性物と人間とが出会うといった大まかなプロットは湯浅が考えていたが、特徴的なルーたち人魚の設定は、元々は少年とヴァンパイアの少女が触れ合ううちに街ぐるみの話となって次第に周囲にも認められる、という構想で、より土着的な雰囲気を出すために山の怪物に変更したが吉田の「もっとキャラクターに会いに行けるような愛らしい映画の方がいいのでは?」との指摘から人魚の少女が登場するに至っている。
人魚の設定が「日光を浴びると燃え出す」「特定の飾り(劇中では白く塗った海栗)を極端に怖がる」「噛み付いた者を同族の人魚にしてしまう」という吸血鬼じみたものなのはこの名残。
キャラクターデザインには漫画家のねむようこが起用され、ルーのゼリー状の髪型や少し影のあるカイ、髪の高さまで拘ったという遊歩などは初期デザインの段階から決定していた。メインの人物では唯一、国夫だけは映画版とデザイン版とでは髪型などに若干異なる部分がある。
後にねむは映像ソフトの付録ポストカードに書き下ろしデザインも提供している。
音楽を担当したのは『思い出のマーニー』『突入せよ!「あさま山荘」事件』の村松崇継で、劇中要素として重要な意味を持つ音楽でアニメーションに華を添えている。
また、主題歌として本作公開の20年前にあたる1997年に斉藤和義が発表した『歌うたいのバラッド』が起用され、幾度もアレンジ版が使われているほか、終盤ではこの楽曲が重要な意味を持つこととなる。
斉藤は20年も経ってアニメ映画に使われることに戸惑いつつ、「歌うたいのバラッドの歌詞は、曲の持っている雰囲気に呼ばれて出てきた感じだった。もしかしたらこの映画も監督の中で曲に呼ばれて出てきた映画なのかなと感じました。」とコメントしている。
但し、主題歌としてこの曲を選定したのは脚本完成の終盤になってからという。
このほかに、劇中曲として登場するセイレーンのオリジナル楽曲『Dance Girl 踊り子』、爺さんが子供の頃にウクレレで弾き語りしていた60年代歌謡曲を思わせる『かわいい唇』の2曲は監督の湯浅自身が作詞を行い、作曲は櫻井真一が担当している。
なお、公式サイトのPVでは劇中バンドのセイレーンの3人(カイ、遊歩、国夫)がボーカルを担当している『歌うたいのバラッド』が流れるが、実際の本編では使われておらず、現時点では音源化もされていない。(実際の劇中ではテクノ調にアレンジされたセイレーンバージョンが使われている)
後述の商的な失敗もあってか、サウンドトラックなども公開当時は発売されなかった。
アニメーションの製作は湯浅のスタジオであるサイエンスSARUが担当したが、本作の最大の特徴は、これまでにも部分的にSARU作品で用いられていたAdobe Flashを全編にわたって使用しているということで、要は100分以上もあるフラッシュアニメであるともいえる。
この制作はフラッシュアニメーターのアベル・ゴンゴラとホアンマヌエル・ラグナの二人が中心となって進められ、シェイプトゥーン機能を用いての水の表現やベクターを用いての拡大表現などを駆使してその表現の多様性を高めている。中には8bitゲームのような表現も登場している。
また、中盤のダンスシーンは国産アニメ屈指の動きで、モチーフとして映画『ブリキの太鼓』(1979年)で男の子が太鼓を叩くとナチスの兵士達がワルツを踊りだすシーンや、映画『フィッシャー・キング』(1991年)のニューヨークの駅で先を急ぐ利用客達が、突然ダンスを踊りだすシーンを挙げている。
ここでは、ディズニーや手塚治虫などといった古典的なカートゥーン調の絵柄も使われている。
また、湯浅作品に特有のサイケデリックでビビットな色使いの曲線的なトリップムービーも回想シーンや水中デートのシーンなどで効果的に使われている。
また、湯浅監督は1988年に参加した『キテレツ大百科』第19回「ひんやりヒエヒエ水ねんど」での水表現を気に入り、イベント上映された『スライム冒険記』でも再び用いたが、さらに今回はそれを発展させたものとしたいとして「いつかやりたかった」と構想を温めていたという“水をメインにした映像作品”として、特長的な緑色をしたキューブ状の水が登場するに至ったという。
実際、キテレツ19話には本作の原型といえる四角い形の「水そのものがプールになっている」という発明品が登場している。(この話自体は原作に無いアニメオリジナルだが、設定は同じ藤子・F・不二雄原作『ドラえもん』の「水加工用ふりかけ」を原案にしている)
なお、彼ら曰く最大の難関は“スタッフの説得”だったらしく「映画全編をフラッシュで作れる」ということを信じてもらうことが大変だったそうである。
ちなみに、この映画が公開された年に、Adobe Flashは2020年での終焉(ソフトの更新停止)を発表している。
主要キャスト
主演となるルーを演じたのは前年に『君の名は。』の宮水四葉役を好演し、実写版『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』等数々のドラマで活躍する子役の谷花音。
全体的に声に機械的なエフェクトをかけて異性物感を出しているが、劇中で披露する歌声などは「人間っぽくなく」という難しい注文をつけられたという。しかし、独特の半濁音や韻を使うことで見事に演じて見せている。
なお、タイトルこそ「ルーのうた」だが、ルーの歌声が聴けるのは中盤までで、ある場面を境に一切歌うことは無くなる。
人間側の主人公であるカイこと足元海を演じるのは映画『くちびるに歌を』で注目を集めた若手俳優の下田翔太。
終盤で彼は(一応ネタバレなので反転)人魚たちを鼓舞させるために、本作の主題歌を独唱するシーンがあるが、彼自身は「歌うたいのバラッド」を知らず、「叫びが自然と歌になっていく様子を」という注文を監督に付けられ、実際に監督が歌ってみせての歌唱指導もあったという。(反転終わり)
なお、ルーとカイが共に過ごすシーンが多いが、実際には二人の収録は別録りで、完成映像で初めて両者の声を知ったという。(そして双方共に全く想像通りの声で驚いたという)
ヒロイン役の遊歩には寿美菜子が起用されたが、『けいおん!』シリーズではキーボード担当の琴吹紬だったが本作ではベーシスト兼ボーカルという役である。
なお、『けいおん!』キャラクターソングや自身のソロシングルがあることでも明らかなように寿自身の歌唱力自体は低くないが、本作ではボーカリストとしてはルーに大幅に劣る存在(カイに「どうしようもない」と評されるほど)として描かれているほか、感情がコロコロ変わる10代の女性という存在を演じ、「感情が変わる理由を考えつつ反射的に出るよう自然に演じるように心がけてていた」と語っている。
後に、湯浅監督は「歌が下手な役は、却って歌唱力が要求される」としており、本作における寿の演技を賞賛している。
遊歩と共にセイレーンのメンバーとして登場する国夫には『ハイキュー!!』や『KING OF PRISM』シリーズで活躍する斉藤壮馬を配し、彼自身も「色々のスリルを抱えながら日常を送っていて楽しそうな奴だ」と役を気に入っており、自然体で演じることを心がけたという。また、湯浅監督の台詞回しや言葉が少なめである独特の間をとても気に入っているという。
また、斉藤は作品のティザームービーなどでのナビゲーター、ナレーションも担当した。
なお、スタッフ間でも国夫は「あいついい奴だよな」「居たら毎日楽しそう」と人気が高かったという。
このほかにルーのパパの役をシドニーオリンピック柔道銀メダリストの篠原信一が担当していたり、カイの祖父を前年『シン・ゴジラ』にも出演していたベテラン俳優の柄本明が担当していたりもする。
なお、公開が前後してしまったが、「夜は短し歩けよ乙女」のワンシーンにセイレーンの3人がゲスト出演している(セリフはなし)。
興行と評価
上記のように、天才監督初のオリジナル作品として一級のスタッフ、キャストを揃えての布陣だったものの、興行的に公開当時は非常に大・大・大苦戦していた。
全国88館上映と決してスクリーン数にも恵まれていなかったが、初週はTOP10圏外の19位と『クレヨンしんちゃん 襲来!!宇宙人シリリ』にも後塵を拝する形になってしまい、早々と上映を打ち切る館も多かった。人気歌手の星野源が出演していた前作『夜は短し歩けよ乙女』がそこそこのヒットとなったこととは対照的だった。
要因として、ねむようこの独特なデザインがあまり受け入れられなかった、予告編が斉藤和義のテーマを押し出しており、本作の魅力である激しい動きで観る者を楽しませるダンスシーンなどがあまり使われておらず必ずしも作品の楽しさを伝えきれなかったことなどがあるのでは?と宣伝手法の失敗を挙げる者も多い。
また、公開日が5月のゴールデンウィーク明けであり、さらに公開当時は祝日が存在していなかった6月がかかってしまう(=1ヶ月間丸々連休が無い)ことも観客が劇場から足を遠ざける遠因だったといえる。
このほか、競合作品に『美女と野獣』『名探偵コナン から紅の恋歌』『ワイルド・スピード ICE BREAK』といった大ヒットシリーズがあったことにも留意されたい。
映画好きが多いことで知られる2ちゃんねる等でも『天才・湯浅監督のオリジナル映画が公開2日めにして大爆死中。』『ポッピンQバリに大コケ』と早速ネタにされていたほか、『キャラクターが「崖の上のポニョ」に似すぎ』『脚本に説得力が無い』と手厳しい意見、酷評も目立っていた。実際、この記事の初版が8月である時点でも、ニコニコなどのネットであまり話題にならなかったことが伺えるだろう。
一方で観客が少なかったことからじっくりと細部まで鑑賞できたという意見もあり『アニメーションの質は非常に高い』『湯浅作品最高傑作』と当時からこの映画を評価する者もおり、中には『日本よりむしろ海外の方が受けるかも知れん』『この手の映画は海外での評価で逆転させるしか無いね』といった後の受賞を予感するかのような者もいた。
しかし、公開から約1ヵ月後の6月17日に日本のアニメ映画としては22年ぶりとなるアヌシー国際アニメーション映画祭長編部門クリスタル賞を受賞すると、復活上映、凱旋帰国と題して再上映の動きも現れている。
地域によってはこの“凱旋上映”が初上映だった区域もある(主に関西、中四国地方)。
この再上映は主に本作の季節でもある夏休みを中心に行われたが、ここでも競合作としてジブリから独立したスタジオポノックの『メアリと魔女の花』やポケモン20周年記念作『ポケットモンスター キミに決めた!』といった話題のアニメ映画のほか『パイレーツ・オブ・カリビアン 最後の海賊』『スパイダーマン ホーム・カミオング』といった洋画が軒を連ねており、例年にない激戦区だったこともあり、熱心なアニメファン以外にはあまり話題にならず、主に中小規模のミニシアター、単館系が中心で、それも1~2週間の“期間限定上映扱い”のことが多く、大規模劇場やシネコンを何度も満員に埋めることはできなかった。
また、この時期は配給元のTOHO animationがプッシュしていた作品が『打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?』や『メアリ~』の方で、再上映の宣伝自体がオフィシャルサイトやツイッター程度の小規模なものだった。(そもそも国内映画は再上映をそれほど大きく宣伝しない傾向がある)
この結果、批評家筋では高い評価を得つつも、商業ランキングでは最後までメインになることができず、公開から僅か5ヵ月後となる10月18日にBlu-ray,DVD化が決定。これは受賞から約1ヶ月経った7月13日に公表された。
好意的に見ればファンに向けた早期販売とも取れるが、実質的にこれは劇場展開での失敗を示しているとも言える。
なお、このアヌシー賞は国内での知名度は低いが、最も歴史あるアニメ映画祭で、事実上カンヌ国際映画祭のアニメ版であり、とんでもなく権威ある賞である(元々カンヌのアニメ部門が独立したもの)。
国内での長編グランプリ受賞者は宮崎駿、高畑勲、そして今回の湯浅政明の3人のみということからも、如何に厳しい賞であるか伺えるだろう。
ちなみに、2017年の受賞対象には前年に大ヒットを記録した『君の名は。』『この世界の片隅に』も入っていたが、前者はノミネートすらせず、後者は審査員賞に留まっている。
後に、アヌシー賞地元のフランス国内においては、8月30日からフランス語に吹き替え版が新たに制作された仏版も公開が決定している。
また、これ以外に参加した海外映画祭では『ファンタジア国際映画祭』長編アニメ部門観客賞銀賞を受賞したほか、『上海国際映画』の金爵賞のノミネートも果たしている。(因みに、ファンタジア映画祭の観客賞銅賞は同じ湯浅監督作の『夜は短し歩けよ乙女』でダブル受賞だった)
2017年8月現在、さらに北米のアニメーション映画祭である『オタワ国際アニメーション映画祭』の長編部門にもノミネートしていたが、こちらは同監督の『夜は短し歩けよ乙女』が受賞した。
アメリカ展開などの海外展開は現時点ではフランス以外に発表されていないため、アカデミー賞長編アニメーション部門へのノミネートを狙うかは現時点で発表されていない。
崖の上のポニョとの関係
公開当初より、『魔法が使える人魚と人間の少年』という題材から宮崎駿監督作品『崖の上のポニョ』との類似性を指摘されていたが、実際には同作品に対するアンチテーゼではないか?との声もある。
その一例として
- ポニョは人魚が人間に会いに行く話であるのに対して、ルーは人間から人魚に会いに行く話
- ポニョでは先端機器の類がほぼ登場せずアマチュア無線すら出てくるのに対して、ルーでは冒頭からYouTubeらしき動画サイトがあったり、スマートフォンやカメラつき携帯が中盤重要な要素になる。
- ポニョは太陽の下を目指して陸にやってくるが、ルーは太陽に当たると死んでしまうという設定。
- ポニョは母が健在で、かつ父フジモトを非常に嫌っているのに対し、ルーは既に母が故人になった父子家庭で、パパのことが大好きであり、パパはルーの危機には形振り構わず駆けつける等、親子関係の状況が正反対。
- ポニョでは人魚が災害を引き起こす存在であるのに対し、ルーでは災いを食い止める存在となっている。
- ポニョで人間の大人は基本的に子供たちの頼れる味方として登場するのに対し、ルーに登場する大人の多くは人魚にトラウマを持っており、非常に汚い存在として描かれる者も多い。
- ポニョが「すき」と言う人間は宗介少年だけなのに対して、ルーは人間全般と仲良くなる「みんな、なかよしなかよし」と公言する。
- ルーの劇中に登場する楽曲に「ワルキューレの騎行」がある(ワルキューレにはブリュンヒルデという人物が登場)
- ポニョのテーマソングでは本音を全て言っているのに対し、ルーのテーマ曲は本音を言うのは最後だけ。
- ここネタバレ反転タイトルである『崖の上のポニョ』が回収されるのがオープニング、『夜明け告げるルーのうた』が回収されるのがエンディング。
- ここもネタバレ反転人間の子とずっと一緒というポニョに対してルーは永遠の別れとも取れる描写で終わるため、結末が正反対。
といったことが挙げられる。
俺、この関連動画もなんも、何も好きじゃない
ニコ厨くん、関連コミュニティ入ろうよー
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