大きな政府(Big Government)とは政治学用語の1つである。反対の概念は小さな政府である。
定義
2つの定義がある
大きな政府という言葉に対しては、2つの定義が考えられる。
2.の定義に基づく大きな政府は、巨大企業1社が市場を独占する状態や、巨大企業2~3社が市場を寡占する状態は、消費者の不利益になるという理由で不可として、独占禁止法や反トラスト法を適用し、巨大企業を分割する。
共産主義は1.の定義に該当し、2.の定義に該当しない
「個人が生産手段を所有することを禁止し生産手段をすべて国有化するべき」と論ずる思想がある。これを社会主義とか共産主義という。
共産主義は国内の全ての企業が国有化されて全ての国民が公務員となる。そのため、1.の定義に基づく大きな政府に該当する。
ところが共産主義は、国内の全ての企業が国有化され、政府が「国内の全ての産業を独占する超巨大企業」になり、政府が市場を独占し続けるものである。そのため、2.の定義に基づく大きな政府に該当しない。
概要
性質
大きな政府とは、政府の経済政策・社会政策の規模を大きくし、市場への介入を効果的に行い、国民一人一人に及ぶ利益を大きくさせようとする考え方である。福祉国家(Welfare State)ともいう。
大きな政府を目指すときは、政府の予算を増やし、政府の人員を増加させていく。こういう財政政策を積極財政という。
軍隊というのは政府の一部門である。軍隊の予算や人員を増やすという軍備拡張(軍拡)も、「大きな政府」の考え方の1つといえる。貧しい人々を軍隊に召し抱えて救貧事業とするのは、古来から存在する考え方である。
大きな政府になると、行政サービスがきめ細やかになり、何らかの危機に対する対応力が高くなる。「平時の無駄は有事の必要となる」と言いつつ人員の余裕を確保しているので、何らかの危機に対する政府の対応力が高い。
大きな政府になって政府の現業(権力を行使しない業務)を増やし、三公社五現業のような官営事業を増やし、国有化を維持すると、国内の労働運動が活性化する。民間企業の労働組合は「労働運動をやり過ぎると企業が倒産してしまう」と尻込みして強気に労働運動できず国内の労働運動を引っ張れないのに対し、官営事業の労働組合は「政府は絶対に倒産しない」と考えて強気に労働運動できて国内の労働運動を引っ張っていく存在だからである。このため大きな政府の国では労働運動が盛んになり、労働三権が重視され、労働者の社会的・経済的地位が向上し、平等社会・無階級社会になっていく。無階級社会になると人々の情報交換が行われるようになり、人々の積極的情報提供権(表現の自由)が尊重される社会になり、情報の流通が活発に行われる社会になり、社会が停滞せずに発展するようになる。
大きな政府になると、救貧事業となる公共事業が拡大し、社会保障が充実していくので、しだいに平等社会・無階級社会になっていく。
大きな政府になると生産性の低い土地における公共事業が増やされ、生産性の低い土地から生産性の高い土地へ人々が移住することが加速せず、地方の過疎化が進みにくくなり、都市圏への人口流入が進みにくくなり、都市国家への回帰が進みにくくなり、領域国家が維持される。それと同時に人口空白地域が減り、凶悪犯罪の証拠品を捨てやすい土地が減り、凶悪犯罪を実行しにくい状態になり、治安が維持される。
大きな政府になると社会保障が十分になり、高齢者が病気になりにくく死亡しにくい国になり、高齢者が多い国になる。高齢者は医療器具への需要を作り出す存在であるから、大きな政府になると医療器具への需要が多い国になる。医療器具というのは加工することが非常に難しいものが多いので、医療器具への需要が多くなるほど国内の製造業の技術水準を高める効果があり、医療器具への需要が少なくなるほど国内の製造業の技術水準を高める効果が弱くなる。つまり、大きな政府になると国内の製造業の技術水準が上昇しがちになる。
大きな政府と親和性が高い思想
大きな政府・福祉国家を目指す思想を社会民主主義という。
経済学者のジョン・メイナード・ケインズが大きな政府を目指す経済政策を提唱した。ケインズの影響を受けた経済理論をケインズ経済学といい、ケインズ経済学の支持者をケインジアン(Keynesian)という。
1933年にアメリカ合衆国大統領へ就任したフランクリン・ルーズヴェルトは、ニューディール政策という大きな政府を目指す経済政策を実行した。この政策の支持者をニューディーラーという。
市場というのは放置しておくと格差の拡大を引き起こし、貧困が進む。つまり、「市場の失敗」はいくらでも起こる。このため、政府は積極的に経済へ介入し、規制をしっかり維持し、競争過多を抑え、労働者の賃金を維持すべきである。こういった、資本主義を放置せずにある程度管理すべきという考え方を修正資本主義とか、混合経済という。
国定信用貨幣論という貨幣論がある。これは「お金というものを作り出しているのは、政府の徴税権力である」という考え方であり、「政府は通貨発行権を持っている」という考え方を導くものである。さらにいうと、「政府は通貨発行権を持っているので、政府の経済活動は制限されない」という考えをもたらす。つまり、国定信用貨幣論は大きな政府と親和性がとても高い。
経済学者のアバ・ラーナーは機能的財政論を提唱した。これは「政府は自由自在に自国中央銀行が発行する不換銀行券を入手できるので、政府は税収にとらわれずに財政を組むことができる」というもので、「政府は自国中央銀行の支援を受けつつ国債を発行・売却することで福祉などの出費に使う財源をきわめて簡単に調達できる」という考えをもたらすものであり、大きな政府と親和性が高い考え方である。
租税罰金説(税金は罰金)という税制思想がある。租税は国民の悪行に対する罰金として課されるというもので、政府の必要性を支持する思想であり、大きな政府との親和性が高い。
年功主義(年功序列)という経営思想がある。勤続年数に応じて給与を増やし、勤続年数が同じもの同士を平等に扱うという思想である。大きな政府になると国内の労働運動が活発化していき、労働組合の発言力が強くなり、労働組合が成果主義や能力主義の給与体系に反対する力が強くなり、勤続年数が同じもの同士を平等に扱う年功主義が導入されやすくなる。つまり、大きな政府は年功主義と相性が良い。
福祉国家がどういう経緯で誕生したか
大きな政府・福祉国家を志向する流れというものは、どのようにして発生したのだろうか。本項目では、著名な説を3種類紹介する。
労働者による革命を未然に防ぐため
18世紀にヨーロッパで産業革命が始まった。19世紀になるとヨーロッパ諸国は労働者階級と資本家階級に分かれ、労働問題が深刻化した。そうした中で労働者が政府や資本家に対して攻撃をするようになった。政府や資本家階級は、労働者の怒りをなだめ、労働者たちによる革命を未然に防ぐため、19世紀から労働者保護の政策を打ち出すようになった。
これは、2020年現在、歴史学で主流になっていると思われる考え方である。
第一次世界大戦の総力戦で「国民を大事にしないと戦争に勝てない」と気づいたため
1914年に第一次世界大戦が勃発し、ヨーロッパ諸国は総力戦の形態の大戦争に巻き込まれた。国内の国民を総動員する戦争が続いていき、各国の指導者たちは「福祉政策を充実させ、国民を大事に扱うべきだ。国民1人1人を健康にさせないと、総力戦形式の戦争で勝ち抜くことができない。また軍需工場を正常に稼働させるため、労働者の権利を保障してあげる必要がある」という事実に気付いた。第一次世界大戦を終えた後、ヨーロッパ諸国で福祉国家志向の政治的な流れができあがった。
こちらは、中野剛志がいくつかの本で披露している考え方である。たとえば、この本の179~186頁である。わりと新しい考え方といえる。
第一次世界大戦の総力戦で、政府が経済に介入するノウハウを身につけたため
1914年に第一次世界大戦が勃発し、ヨーロッパ諸国は総力戦の形態の大戦争に巻き込まれた。政府が軍需産業に大きく介入し、経済活動への介入の方法を学習した。総力戦を終えた後、アメリカでもドイツでもイギリスでも、「戦争の最中に軍需産業に介入したと同じように、大規模に公共事業をしてみよう」という気運が高まった。
こちらも、中野剛志がいくつかの本で披露している考え方である。
大きな政府を支持する政党
総力戦形式の戦争を経た後では、右派政党も左派政党も大きな政府を支持する傾向にある。
第二次世界大戦を乗り越えた後の日本国は、1955年になって自由民主党が政権を確保し続ける体制が確立した。これを55年体制という。この55年体制のなかで大きな政府を目指すための法律が次々と可決されて成立していった。
アメリカ合衆国では1933年に民主党のフランクリン・ルーズベルトが大統領になり、ニューディール政策という政策を実行し、大きな政府になることを追求する政治体制になった。民主党政権は1933年1月から1953年1月まで20年ほど続き、1953年1月になってドワイト・D・アイゼンハワーが大統領に就任して8年間の共和党政権が始まった。しかしアイゼンハワー政権はニューディール政策を基本的に継承したし、アイゼンハワー政権の1950年代において民主党と共和党が国内政治の多くの分野で合意形成をしていた[1]。
日本に施行されてきた憲法を読む
憲法というのは政府のあり方を規定する法規である。このため、日本に施行されてきた憲法にどのような文章が書かれているか確認することで、今までの日本が福祉国家志向だったのか小さな政府志向だったのかを判定することができる。
日本国憲法
日本国憲法は2020年現在の日本において施行されている憲法である。
その前文には、「政府は国民に福利をもたらすべきである」という文章がある。
そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基くものである。われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。
また、憲法第25条第2項には次の文章が書かれている。
以上の2ヶ所の文章から、2020年の日本国政府は、大きな政府・福祉国家を目指すことを日本国憲法によって命じられている、と言える。
大日本帝国憲法
大日本帝国憲法というのは1890年(明治23年)11月29日から1947年(昭和22年)5月2日まで56年5ヶ月の長きにわたって日本政府のあり方を規定していた。
その前文には、次のような記述がある。
この漢文調文章をもう少し読みやすくすると次のようになる。原文の「与ニ倶ニ」は漢文でよく出てくる言い方で、「ともにともに」と音読するのだが、ここでは一語にまとめる。また、この文章の主語は天皇であり、「其」は臣民のことを指しているので、それが分かりやすくなるように加筆した。
天皇は、臣民の康福を増進し、臣民の懿徳良能を発達せしめんことを願い、また臣民の翼賛に依り、臣民とともに国家の進運を扶持せんことを望み
大日本帝国憲法第1条と第4条で、天皇は統治権を全て監督する存在と位置づけられている。そして第55条で天皇が国務大臣の補弼を受けると規定している。つまり、大日本帝国憲法の天皇とは政府の代表といった存在だった。
つまり先ほどの文章は、「政府は臣民(国民)に福利をもたらすべきである」という思想を表明した文章といえる。
「政府は臣民を優しく扱うべきであり、臣民の康福を増進し、臣民の懿徳良能を発達せしめるべきである。なぜなら臣民は政府を助けてくれる存在で、政府と臣民は両者ともに国家の運命を支えるからである」という思想が垣間見える。この思想は、先ほど紹介した「国民を優しく扱って大事にすると、総力戦形式の戦争に勝つことができる」という思想と酷似している。
大日本帝国憲法の条文には、日本国憲法第25条第2項のような条文がどこにも存在しない。ゆえに、大日本帝国憲法において、福祉国家を目指すべきという思想は、前文に挿入されるだけに留まっていた、と評価することができる。日本国憲法ほどの福祉国家志向ではなかった、と言ってよいだろう。
まとめ
日本国憲法は、極めつけと言っていいほどの福祉国家志向の憲法となっている。
大日本帝国憲法は、福祉国家志向の萌芽が見られる。
世界各国の政府支出の大きさ
現代の世界各国は、どこの国も、大きな政府の形態をとっている。
2016年における主要先進国の、GDPに対する政府支出の割合は、次のようになっている。38.2%~56.5%となっていて、「GDPの4割~5割が政府支出」と憶えておいてよい。
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※財務省『日本の財政関係資料(令和元年10月)』11ページの『OECD諸国の政府支出及び収入の関係』から抜粋。同資料は、OECD『National Accounts』や日本内閣府『国民経済計算』を引用し、2016年時点での各国のデータをまとめたもの。
官営事業
大きな政府を肯定する国家では官営事業が国内のいくつかの分野で行われる。一方で小さな政府を肯定する国家では官営事業が否定され、官営事業が次々と民営化されていく。
日本では1980年代まで鉄道と電話とタバコが官営事業とされ、国鉄や電電公社や専売公社によって運営されていた。1980年代に小さな政府を肯定する中曽根康弘が首相の座につき、国鉄と電電公社と専売公社を民営化し、JRやNTTやJTといった民間企業を創設していった。
また日本では2007年まで郵便が官営事業だったが、2000年代に小さな政府を肯定する小泉純一郎が首相の座につき、2007年10月1日になって郵政民営化関連法で民営化された。
官営事業の長所と短所
官営事業の長所を挙げると、労働者の待遇を安定化させることである。官営事業で働く労働者は解雇の恐怖におびえることがなく、非常に安定した待遇に恵まれることになる。そして、官営事業と労働者を奪い合っている民間企業は「我々も官営事業並みに労働者への待遇を向上させよう。できる限り終身雇用を約束しよう。さもないと官営事業に労働者が流れていってしまう」と恐れるようになり、労働者の待遇改善に努めるようになる。このように、官営事業は国内の労働者の待遇を安定化させる装置といえる。
また官営事業の長所を挙げると、国内の労働運動を活発化させて労働者の賃上げを促進しやすいことである。民間企業にも労働組合があるのだが、「労働運動をやり過ぎると会社が倒産してしまう」という考えがつきまとっていて労働運動に対する遠慮を持ちやすく、国内の労働運動を引っ張っていく力が非常に弱い。一方で官営事業の労働組合は「政府は絶対に倒産しない」という確信を持っていて労働運動を遠慮なしに行うことができ、国内の労働運動を引っ張っていく力が非常に強い。官営事業を興しておくとその中で結成される労働組合が国内の賃上げを大いに促す効果がある。
官営事業の短所を挙げると、コスト意識・効率化意識が比較的に低く、進取の精神が比較的に薄く、サービス精神も比較的に低いところである。
民間企業の長所と短所
民間企業の長所は、コスト意識・効率化意識が比較的に高く、進取の精神が比較的に濃く、サービス精神も比較的に高い点である。
民間企業の短所は、「人件費を削減して税引後当期純利益と利益剰余金を作り出そう」という欲が強く、労働者の待遇を悪化させたがる癖があるところである。
また民間企業の短所は、その中で結成される労働組合の労働運動が弱々しく、国内の労働運動を活発化させることができず、労働者の賃上げの流れを作り出せない点である。
所得税の累進課税
大きな政府を推進する国では、必ずと言っていいほど所得税の累進課税を導入する。政府による経済への介入の一形態といえる。
所得税累進課税の効果その1 中流階級の増加・内需の拡大・情報流通の活発化
所得税の累進課税を導入すると、大金持ちが中流階級になり、貧乏人が中流階級になり、中流階級が国内の大多数になり、国内の経済格差が縮小していく。
中流階級が国内の大多数になることで、内需(国内の需要)が大きくなる。需要というのは消費者から生産者に向けて「この商品のこの部分がよい、あの部分がダメだ」という情報を提供する行為であり、消費者が生産企業に情報を与える行為であり、消費者が生産企業を成長させる行為である。このため、中流階級が増えて内需が拡大することで生産企業が成長する流れが生まれる。
また、中流階級が国内の大多数になって、格差社会が解消されて平等社会になり、国民の間で階級社会の意識が薄れて無階級社会の意識が濃くなっていく。そうなると「あの人は自分とは住む世界が違うから話しかけるのをやめよう」と考える国民が少なくなって「あの人は自分と同じような境遇なので話しかけてみよう」と考える国民が増えていく。その結果として、国民が相互に話しかけ、意思疎通をして、情報を提供するようになる。国民の「表現の自由」が強固に保障される社会になり、情報の流通が活発になり、社会が発展しやすくなっていく。
所得税累進課税の効果その2 過剰な労働意欲を削減して仕事中毒を抑制する
所得税の累進課税を導入すると、富裕層が「たくさん働いてもたくさん税金を取られるため、頑張ろうというモチベーションがなくなる」と考えるようになり、仕事をすることを抑制するようになる。
富裕層というのは次から次へと仕事が舞い込んでくるような存在であり、仕事中毒(ワーカホリック)になりやすい存在である。所得税累進課税を導入することで富裕層の人々が仕事中毒になることを抑制することができ、富裕層の人々が体を壊したり家庭崩壊させたりすることを防止する可能性が高まる。
所得税の累進課税を導入されて仕事中毒になる道を絶たれた富裕層は、仕事をしてお金を稼ぐことをやめて、趣味や社交などでお金を消費することを選ぶようになる。そうなるとまたしても内需(国内の需要)が大きくなる。
マーガレット・サッチャーの反対論
小さな政府を理想視して所得税の累進課税に猛反対する英国のマーガレット・サッチャーは、「金持ちを貧乏にすることはできても、貧乏人を金持ちにすることはできない(The poor will not become rich even if the rich are made poor.)」と演説し、所得税の累進課税を弱体化させていった。
所得税の累進課税は大金持ちを中流階級(小金持ち)にするだけで、大金持ちを貧乏にするわけではないので、マーガレット・サッチャーの「金持ちを貧乏にする」という表現は、非常に大袈裟な表現だといえる。
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関連リンク
Wikipedia記事
関連項目
- 社会保障
- 社会民主主義
- ジョン・メイナード・ケインズ
- フランクリン・ルーズヴェルト
- 積極財政
- 国定信用貨幣論
- 機能的財政論
- 租税罰金説(税金は罰金)
- Job Guarantee Program(JGP 就業保証プログラム)
- 累進課税
- 平等社会
- 無階級社会
- 共同体主義
- 三公社五現業
- 日本国憲法第28条(労働三権)
- 労働組合
- 年功主義(年功序列)
脚注
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