大下弘単語

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大下弘（1922年12月15日～1979年5月23日）とは、東急フライヤーズ、西鉄ライオンズに所属していた元プロ野球選手であり、終戦直後の日本のプロ野球界に颯爽と現れたスターである。

現役時代は高い人気を誇り、「赤バット」の川上哲治、「物干し竿」の藤村富美男と共に「青バット」の大下弘として、戦後直後で娯楽に餓えていた人達を自身のバッティングで魅了し、大いに熱狂させた。

打球を遠くにポンポン飛ばす様から「ポンちゃん」という愛称がついている。

概要

1922年に神戸に生まれたが、父親は3歳の時に亡くなり、小料理店を営む母親が女手一つで育て上げ、35年にはその母親と共に台湾の高雄に引っ越し、高雄商業学校に入学する。
高雄商では野球部で投手をしていた他にも陸上、柔道、相撲などを掛け持ちし、さらには文芸部員でもあり、学業も首席で卒業するほど秀才っぷりだった。

その後明大の予科に進むが、43年は大学のリーグ戦が当局の指示で中止された。大下は学徒出陣で陸軍航空士官学校を卒業後、特攻隊を志願するも間一髪で終戦となり、戦争を生き延びる。ちなみに本人談によれば2年で戦闘機に400時間は乗ったようだ。

終戦後、明大野球部も復活し、その明大のOBである横沢三郎に誘われ、戦後間も無く結成されたセネタースに入団する。そして45年11月23日、戦争終結からおよそ3ヶ月しか経過しておらず、まだあちこちが焼野原だった東京にて、戦後初となるプロ野球試合である「東西対抗戦」が行われることになり、大下もこの試合に参加する。
戦前にもプロ野球は存在したが、大下はプロ入りを果たしていないため、この時点ではまだ23歳の若者である大下のことを知る人間はほとんどいない。しかし大下はこの東西対抗戦で衝撃的なデビューを果たすことになる。

11月23日に神宮で行われた第一試合、東軍の5番打者として出場した大下は、外野フェンスに直撃する三塁打を含む3安打5打点の大暴れで、一夜にして人々の心を掴むと、12月1日に西宮で行われた第三試合では戦後初となる本塁打を含む3安打6打点を記録し、計4試合で15打席8安打、1本塁打11打点の活躍で「ホームラン賞」「殊勲賞」「最優秀選手賞」すべてを総なめにした。

翌46年にペナントレースが再開されると、大下は戦前同様に道具やグラウンドが劣悪な状況の中でホームランを量産し、最終的に打率.281、20本塁打74打点という成績で本塁打王を獲得する。
現在の基準で見ればこの成績、どこが凄いのかと思う人もいるかもしれないが、この大下の成績は見た目以上に驚愕する数字なのである。

戦前ではホームランは鶴岡一人と中島治康の10本塁打が最多であり、使用されている道具は戦前も戦後も粗悪なものである。事実ほとんどの選手がボールを飛ばすことが出来ず、この年の本塁打数2位は飯島滋弥の12本塁打で、リーグ全体では211本しか無い。
つまり大下は一人でリーグ全体のホームランの内、9.5%を記録したことになる。わかりやすく言えばリーグ全体が1000本塁打なら、大下は95本打った計算になるので、その傑出度が伺える。
さらに戦前の野球では強いライナーやゴロを打つことが大事とされ、フライを打つのは愚と思われていた。 しかし大下の打球は45度に近い角度で上がっていき、文字通りフライのように滞空時間を経てゆっくりとスタンドに舞い降りてくるそれは、今まで誰も見たことが無かったものだった。
誰もがこの大下の放つ美しい打球に魅了された。戦前ではプロ野球は六大学野球よりも下の存在として蔑まれ、最も価値のある試合は早慶戦と見られていた。逆にプロ入りするものは愚か者という風潮があり、人気も決して高いものではなかったが、大下の存在は多くのプロ野球ファンを生み出した。

一方でこの年の大下は「変化球と外角が打てない」という欠点があり、20本塁打中19本塁打がライト方向で、レフト方向は11月5日に巨人の川崎徳次から放った1本のみ。三振の数もトップであり、80三振と三振率.203はリーグトップのため、一部では「自分勝手」「勝利に貢献していない」という批判の声もあった。

47年、前年に比べ本塁打数は減ったが、わずか1年でバッティングの確実性を上げ、打率.315、17本塁打63打点という成績で首位打者と本塁打王に輝き、球界には大下にならって本塁打を増やそうとする動きが活発となった。
さながら日本のベーブ・ルースとでも言うべきだろうか。
さらにこの年は川上哲治が赤く染めたバット、つまり文字通り「赤バット」を用いたのに対抗し、大下も「青バット」を使って話題を呼んだ。ただボールに塗料がついてしまうことで審判から苦情を受けて早々に禁止となってしまったが、それでも「青バットの大下」という言葉は長く語り継がれることになる。

48年は大下自身は打率.266、16本塁打72打点とやや成績を落とし、2年連続で獲得していた本塁打王はこの年25本塁打を記録したライバルの川上哲治と青田昇の両選手が獲得している。

49年は8月18日の札幌円山球場で行われた大映戦にて野口正明から場外の道路と森を超える推定170メートルの超特大本塁打を放つ。（残念ながら公式の記録ではないのだが）
さらに甲子園で11月19日に行われた太陽（松竹ロビンス）戦にて7打数7安打と日本球界では現在まで大下ただ一人しか記録していない大記録を打ち立てる。ちなみにこの記録を達成した試合では大下は前日に大酒を喰らって二日酔いで球場に現れたとも言われたが、実際には大下はビール一本で酔いが回ってしまう程酒に弱かったため、大幅に誇張された話が伝わってしまったものと思われる。

2リーグ制となった50年は打率.339で通算3度目の首位打者を獲得。この年は所謂ラビットボールが導入され、大下自身がきっかけとなったと言ってもいいホームランブームが巻き起こったが、当の本人は打撃スタイルをライバルであり尊敬する川上哲治のようなアベレージスタイルに専念し、本塁打はわずか13本しか記録していない。
51年は前年のラビットボールが廃止されたが、大下はボールの変化など関係ないとばかりに打ちまくり、26本塁打で久々の本塁打王を獲得した他、打率.383という驚異的な打率で首位打者を獲得した。この打率.383はのちに張本勲に破られるまでは日本記録だった。

しかし51年オフ、球団との間で金銭トラブルが起きる。
大下には女手一つで育ててくれた母親がいたことは最初に書いたが、母親は戦後間も無く流通した「ヒロポン」の中毒となっており、高い治療費が必要だった。
大下は自分の給料を母親の治療費用に充て、足りなくなれば球団から度々給料の前借をしていた。そのほかにも球団に頼まれ、自らのツテで選手を集めた際にも、その選手たちの面倒を見るために多くの金銭を要していた。
選手を集めれば球団から契約金が貰える約束をしていたが、球団がその約束を果たそうとしないため大下が催促に行くと、「君が借金を返したら」という返信が来る。
怒った大下は自らの身の回りの品を売り払い、近親者から借りれるだけの金銭を借りて計168万円を球団に突き付けるが、今度は「あれは冗談」という無情な言葉が返ってくる。

さしもの大下もキレた。球団に「野球を辞める」と言い出すも、大下程の打者をそう簡単に球界が手放そうとするはずもなく、近鉄、西鉄、毎日といった球団内で政治家まで巻き込んだ大争奪戦が巻き起こり、この間大下は秋田に身を隠していたが、最終的に三原脩が監督を務めていた西鉄ライオンズへの入団が決まった。当時はまだ強豪とは言い難く、本拠地も福岡だった西鉄に乳算するこの時の心境を大下は「都落ち笑はば笑へ何時の日か目に物見せむ吾ならばこそ」と日記に書いている。

西鉄では54年、大下自身初体験となる優勝を経験し、リーグ2位の打率.321でMVPにも選ばれ、この時の心境を「夢に見し最高殊勲と制覇とを吾が手中におさめたり最良の歳」と日記に記している。

56年からは3年連続でリーグ優勝＆日本一を達成。
しかし58年には尊敬する川上哲治が引退し、59年には膝の故障等もあって大下は現役を引退した。

引退後、68年には東映フライヤーズの監督となるも、オーナーの意向で出した「サインなし」「罰金なし」「門限なし」の「三無主義」が裏目に出てしまい途中休養、そしてそのまま退任となった。
チームの主力打者であった張本勲には「ハリさん、これが私の気持ちだ！わかってくれ！」と言って脇差で手首を切ったという逸話もあり、張本はのちに「純粋すぎる人だった。監督になってはいけない人だった」と回想した。

74年、75年は大洋ホエールズのコーチを務め、山下大輔や長崎慶一を指導してバッティングを開花させた。特に長崎はフォームを大下に似せたものに改造し、大下の次女と結婚している。（のちに離婚）

大洋のコーチを退任以降は少年野球の指導に力を注いだ。

だが78年、少年野球の指導中に脳血栓で倒れ、麻痺が残って自宅療養を余儀なくされる。

そして79年5月23日、輝かしい記録を残し、多くの人々に希望を与え、戦後の日本を熱狂させたスターは、致死量の睡眠薬を飲み干して自ら命を絶った。享年56歳。

その心境はもはや誰にもわからないが、少年のように純真な心を持つと言われた大下にとって、バット一本満足に握れない生活は、死を選ぶことよりも辛いものだったのかもしれない。

人物

若い頃からその男前のルックスで高い人気があり、巨人に所属していた川上哲治と二分していたとも言われるが、大下は特に子供に人気があった。
本人も無類の子供好きであり、現役時代から自宅を開放して子供たちに嬉々として野球を教えていた。その時の大下の姿もまた無邪気な少年の様だったという。その理由について大下は日記にこう記している。

「大人になると子供と遊ぶのが馬鹿らしくなる」と人は云うかもしれないが、私はそうは思わない。
子供心にかえるのが恐しいから云うのだろう。余りにも汚い大人の世界を、子供の世界を見たばかりに反省させられるのが嫌なのかも知れぬ。
私は其の反対だ、子供の世界に立入って、自分も童心にかえり夢の続きを見たいからなのだ。子供の夢は清く美しい。あえて私は童心の世界にとびこんでゆく。

面倒見の良い性格で争い事を嫌ったため、東映監督時代も当初は打撃コーチで呼ばれていたにも関わらず、その話を伝えられていなかった当時の監督である水原茂が激怒して辞表を叩きつけたため、半ばオーナーから押し付けられるような形で監督となってしまったのだが、この時も大下は一切恨み言を言わなかった。
大きな負担となっていた母親の看病についても以下のように書いている。

母のため貧乏するのは本望かもしれぬ。
今日まで大きくしていただいた恩義に比べれば、まだまだこのような苦しみぐらい軽いもの。
もうすぐ退院の筈、一緒に住める日も近い。

遊び好きで、妻からは「素人に手を出さないこと」を条件に「生理休暇代」なるものを渡されていたことは有名だが、一方でどんな時でも野球の試合前にはきっちりランニングや素振りをこなしていた。
ある日大下がスランプに陥っていた時、監督の三原脩が大下から相談を受けてその掌に目をやると、「ごつごつとした、マメだらけの手だった。これほどの天才がこんなに努力しているのか」と絶句したという逸話もある。

無論子供だけでなく、プロ野球関係者からも高い評価を受けており、以下のような評価がのこる。

「日本の野球の打撃人を五人あげるとすれば、川上、大下、中西、長島、王。
三人にしぼるとすれば 大下、中西、長島。
そして、たった一人選ぶとすれば、大下弘。」

三原脩

日本プロ野球の歴史の中で、三つの重大な時期に三人の天才が出現して、この国のプロ野球を救った。

一人目は、プロ野球の草創期、彗星のように現れて、ベーブ･ルースらの全米最強軍を相手どりバッタバッタと三振の山を築いた 「沢村栄治」

二人目は、戦後の一面焦土と化した日本に突如として出現し、ホームランをスコンスコンと打ちまくって爆発的プロ野球ブームを巻き起こした「大下弘」

三人目は、日本が高度成長期に向かうとき、そのダイナミックな攻・守・走で人々の記憶に永遠に残る仕事をしたミスタープロ野球「長嶋茂雄」

青田昇

終戦後において、人々のすさんだ心をなぐさめるスターが二人誕生した。
ひとりは東西対抗戦の生んだ英雄大下弘であり、ひとりは少女歌手美空ひばりであったろう。

大和球士

彼は戦前のプロ野球に全く関係していない。そして、昭和二十年、あの敗戦の焼け跡の中から、突然降って湧いたように誕生したのである。
不世出の大天才大下弘の出現こそは、文字通り「戦前」と「戦後」とを分ける象徴的存在であった。

鈴木明

通算成績

野手通算

通算:14年	試合	打席	打数	得点	安打	本塁打	打点	盗塁	犠打	犠飛	四球	死球	三振	併殺打	打率	出塁率
NPB	1547	6121	5500	763	1667	201	861	146	31	22	535	32	608	56	.303	.368

投手通算

通算:2年	登板	完投	完封	勝利	敗戦	セーブ	ホールド	勝率	投球回	与四球	奪三振	失点	自責点	防御率	WHIP
NPB	8	1	0	0	2	--	--	.000	22.2	20	9	15	12	4.70	1.85

監督通算

通算:1年	試合	勝利	敗戦	引分	勝率
NPB	80	30	46	4	.395	Bクラス1回

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関連項目

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