孟獲単語

モウカク

孟獲とは、三国志に登場する人物である。

概要

生没年不詳。今で言うタイ辺りに住んでおり、人の血が混じっていると言われている。

侵攻してきた軍と戦闘。七度捕らえられ七度放され、孔明に心(七七禽)。のちにの御史中に出世した。

演義では南蛮の王とされ、妻の祝融ユニーク南蛮武将(以下に紹介)とともに戦いを繰り広げる。

南蛮杯!

 

選りすぐれた南蛮の勇者達(演義)

孟節:世捨て人であり、にあたったの兵たちを助けた孟獲の

孟優:孟獲の。偽装投降を孔明にあっさり看破されたり、泣いて命乞いをはかるなどヘタレな印が強い。

祝融夫人:孟獲の妻。火。あねご。駝鳥婦人

董荼奴∩^ω^∩アピュポーexit_nicovideo

阿会喃ニコニコ戦略ゲーにおいてアカイナンシステムで有名なお方。

朶思大王:数少ない南蛮系軍師(?)

木鹿大王:孟獲のライバル的存在だったが手を結び、猛でもって軍を苦しめるが、孔明の新兵器駆逐され戦死。

兀突骨:本拠地を追いやられた孟獲が頼った人(?)。甲兵はまだわかるが、鱗生えた身長十二尺(276289cm)って一体…。ともかく、孔明地雷作戦で一族もろとも消し炭に。

華陽国志では

実は陳寿が書き残した初版の「三国志」においては出番がなく、後年に東の常璩という人物が書いた『志』でようやく詳細な伝がられる。

建寧滇池県(雲南昆明)の出身であったが特に出自には触れられない。異民族達の信任が厚かったが別に南蛮の王というほど高位の人物ではなかったようである。

後漢末より南中の地は益州刺史が兼ねており、益州を制していた劉備の死後にに通じての支配を拒絶した雍闓に同調して高定朱褒らと反乱を起こした。当初、雍闓が思うように支持を集められなかったので孟獲が

「お上は斲木の材木三丈のものを三千枚差し出せと言っている。(おまえ)たちにそれができるか?」

という流言を流した。南中では斲木が曲がりながら伸びるので二丈にも満たぬ丈のものがどで、材木にも向かないので、が恐ろしい理難題を押し付けようとしていると南中の人々は解釈し、雍闓の元に人が集うようになった。

やがて、南中の反乱を鎮圧すべくから諸葛亮率いる討伐軍が派遣されてくると劣勢となって南中軍の中でも内紛が起こり雍闓が殺されたが、高定は孟獲を君として祭りあげて戦いを継続しようとした。一方で諸葛亮は破の勢いで進撃し、益州に到達した時に懸賞を掛けて孟獲の捕縛に初めて成功する。ここで諸葛亮は孟獲に敢えて自軍の容を見せ「が軍はどうでしょう?」と尋ねると、孟獲は

知らなかったのが残念です、はたやすく勝利なさるでしょう。」

 と全に勝ちがないことをすぐに悟った。その後、諸葛亮は話の分かりそうな孟獲は敢えて釈放し、再戦しては捕縛してまた釈放するというプロレスを繰り返しつつ、その中で本気でに反抗していた高定ら不穏分子はしっかりと処刑し、孟獲の降伏は受け入れて乱を治めた。諸葛亮は南中定後に孟獲・琰・爨習を官吏として取り立て、孟獲は諸葛亮の信任を受けて御史中にまで昇ったという。

 ・・・という感じで登場した当初は割とインリキャラだったようで、これや『』らを引用した裴松之三国志注釈によって本格的に三国志の登場人物の仲間入りをした訳であるが、演義以降はよく知られるとおりである。どうしてこうなった

漫画・ゲームにおける大王

漫画「横山光輝三国志」

何度も挑んでは捕まり、強気に「は降伏しないぞ!」と意気込んでたらまた捕まり・・と孔明よりも着がわいた読者は多数。曹操関羽の死以降の殺伐とした空気を和ませた感じとなっている。

最後の「クスン・・」に萌えたあなたはもう南蛮王の信者だ。

コーエー「三国志」「三国無双」シリーズ

三国志シリーズの通常シナリオでは、とにかく知の高い武将が少ないため、すばやく軍を潰しにいくべきである。三国無双シリーズでは立な容姿となっている。

ニコニコ歴史戦略ゲー

武将の中でも、特に愛すべき馬鹿として弄られやすい一人である。三國志Ⅸでは快な顔グラがつけられ、「いい笑顔」と呼ばれることも。

三国志大戦3

一の特技『活活活』持ち武将で、撤退してもほんのちょっとで復活する。

計略「強奪戦法」は範囲内の敵武将達の武をすべて加算した武があがるもので、50えを見せる動画にはたちまちコメントカオスなるほど視聴者を楽しませてくれる。恐るべし南蛮王。

ただ、単独での活躍は少なく、飛将呂布や唯独尊魏延による武上昇のエサにされやすい。悲しき南蛮王。

BB戦士 三国伝

孔明νガンダムライバルとして、孟獲ガンダム祝融ガンダムが登場する。

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孟獲

23 ななしのよっしん
2016/10/20(木) 11:24:23 ID: 5UiFsq+wYS
吉川三国志の描写だが

>縄も、ただの縄をかけたのでは、ぷつぷつってしまうし、暴れる、える、ほとんど手が付けられない。
>で革紐をもってきびしく縛め、屈強な力士が十重二十重に囲んでこれを孔明の本まで引っ立てていったが、
陣内へ押し込むときも一暴れして、三、四人の兵が蹴殺されたほどだった。

こいつ武95くらいありそう
南蛮人は異民族と言うより人類以外の何かという感じで設定されてないだろうか……
24 ななしのよっしん
2017/03/20(月) 17:25:32 ID: 2TSuteTqLm
孟獲は実際したと思うけど、諸葛亮と七度戦って七度釈放されたという話は胡散臭い
実際は、ゲリラ戦で何度も諸葛亮に戦いを挑んで七度ぐらいの敗戦でようやく降したというのが実情ではないだろうか
25 ななしのよっしん
2017/03/20(月) 17:30:55 ID: yp2URVRZ3V
実際は3~4回で
儀礼的に縄をかけたり解いたりして回数稼いだとか普通にありそう
26 ななしのよっしん
2017/05/11(木) 16:45:13 ID: ZcIVgf4V5x
孟獲「7回捕まりますので、7回逃がして下さい」
諸葛亮「わかりました」
諸葛亮「蛮族の首領は殺しますので、その後は人のあなたが統治して下さい」
孟獲「わかりました」

こんなやり取りが行われていても不思議じゃない
27 ななしのよっしん
2017/07/07(金) 11:55:55 ID: eyDblomwwv
>>26
有り得ない話ではさそう
南蛮の統治を狙うも各々の族に手を焼いた孟獲孔明に相談して
中央()への不満のガス抜き&後顧の憂いを断つ&孟獲支配一元化として反乱を起こさせるとか
28 ななしのよっしん
2017/07/22(土) 23:38:59 ID: OQu7RC1VKt
演義の劉禅の降伏決断はアホ正史劉禅の降伏決断は妥当、その差が南蛮にある
降伏の最大の理由が「長年の搾取と弾圧で南蛮に恨まれている」からで、演義のように南蛮全に味方についているならまだ戦えたはず
29 ななしのよっしん
2017/07/23(日) 02:37:38 ID: 5UiFsq+wYS
吉川三国志では、そのへんの記述もあったね。
南蛮に亡命しようという案も出て、それに対する反論で
南蛮に亡命したとしても、その亡命先がを倒せるとは思えない。
それでは亡命申請の時に一度、亡命先がに負ける時にもう一度、他人に頭を下げる羽になる。
それだったら、直接に降伏して、一回で終わらせた方がマシじゃいかと。
30 ななしのよっしん
2018/09/30(日) 10:26:40 ID: jmTWNCQokU
演義の描写から孟獲南蛮の大部分を握していたような印を受けるが、正史では孟獲握していたのは自分の周辺に居た部族位。実際、正史では孟獲の降伏後も南蛮では別の部族が反乱を起こし、馬忠張嶷らが定している。
31 ななしのよっしん
2018/12/24(月) 13:49:30 ID: pxAjCMk3NA
実際の孟獲南蛮の王と言えるほどの範囲を握していたわけじゃないし
地方の族長と言えるレベル
周囲の族長と折り合いが悪く、い段階でに帰順した
32 ななしのよっしん
2018/12/26(水) 11:04:51 ID: 4rGOA+a33Z
正史の描写だと、異民族というより中国文化圏の人物って感じがするな、に出仕までするわけだし
民族というよりも、公孫淵馬騰士燮みたいな「辺族」ってかんじなのかね

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