概要
中学進学までは柔道少年だったが、力士を志し全国大会にも出場。偶然広島に来ていた大関・貴ノ花にスカウトされ中学卒業後藤島部屋に入門。
1982年に初土俵。1987年9月に十両に昇進し、藤島部屋初の関取となる。翌1988年3月には20歳で新入幕。
現役時は「上位キラー」と異名を取るほど横綱、大関戦に強く、金星は史上最多の16個を数え、また対戦した横綱全員から金星を奪っている(貴乃花、若乃花の兄弟横綱とは同部屋のため対戦無し、また朝青龍とは、朝青龍の横綱昇進時には幕内下位に下がっていたため結局対戦が無かった)。反面速攻相撲が得意な相手には弱く、特に琴錦にはほとんど歯が立たず9勝39敗と大きく負け越している。
また三賞の獲得回数も19回と史上最多であり、「これだけあるんだから賜杯ひとつと交換してよ」とこぼした事もある。
現役時は負けた相手に失礼だという理由で殊勲インタビューなどでも極めて口数が少なかったが、普段は非常に明るく快活で部屋の力士や関係者から実態とイメージがかけ離れていると言われていた。引退後解説などでテレビ出演すると饒舌ぶりを披露している。
相撲・土俵に対する態度は極めて厳しく、解説時には辛辣なコメントをする事も多い。2011年の八百長問題発覚時には「(八百長に)関わった奴は腹を切って死んでもらいたい」とまで言って切り捨てた。
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