安達盛長単語

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安達盛長1135~1200)とは、平安時代末期から鎌倉時代にかけて活躍した武将である。

概要

名流藤原氏のうち山蔭流の一族らしい。小野田兼盛が安達に住み、盛長が安達を名乗った…とするが武蔵足立を本拠とする足立遠元が年上の甥とあるので実際のところはよくわからない(『尊卑分脈』ができたころもう滅んでるし)。

源頼朝企尼のである丹後局を妻とした関係から、伊豆配流中から頼に仕えたという御人としては最もい部類にあたる。そのため1180年の頼挙兵時の際から付き従い、安房に逃げた際には千葉常胤に協める使者として派遣されている。

1184年ごろから上野奉行人となって、同領や寺社の管理を委任された。そのため上野の領地をめぐる沙汰を行う史料によく登場している。鎌倉幕府成立後も頼は甘縄にある彼のをことあるごとに訪れるなど信頼されていたようだ。

また、頼没後は宿老となり、本来であったはずだが、息子安達盛と源頼家のもめごとから北条替えしている(盛のを奪われかけたのが原因らしいが、何分『吾妻』の記述なので相は闇の中である)。そのため源頼家の直裁が停止された後の合議制成立の際の13人に選ばれたり、梶原景時追放の強硬となっている。

このように鎌倉幕府の重鎮であったのだが、ほかの在庁官人出身者や軍事貴族出身者と違い、生涯官のまま過ごした。

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