富士見ミステリー文庫とは、富士見書房が2000年から2009年にかけて発行していたライトノベルのレーベル。通称「富士ミス」。
初期にはあまりの地雷率の高さから「存在自体がミステリー」と言われ、いわゆる「LOVE寄せ」などレーベルとしては迷走を続けながらも、それなりに多くの名作・良作を輩出し、読者から色んな意味で愛されたレーベルである。
概要
黎明期~存在自体がミステリー~
富士見ミステリー文庫の歴史は2000年11月20日、南房秀久『ハード・デイズ・ナイツ レクイエムは君の―』、あざの耕平『Dクラッカーズ 接触-touch-』、深沢美潮『菜子の冒険 猫は知っていたのかも。』など8タイトルの刊行で幕を開けた。当時は京極夏彦・森博嗣の登場に端を発したミステリーブームの末期の頃であり、それに乗っかる形で富士見ファンタジア文庫の派生レーベルとして誕生したのである。
富士ミスの幕開けから遅れること約1年、角川スニーカー文庫も〈スニーカー・ミステリ倶楽部〉なるレーベルを創設して、ライトノベルと一般ミステリーの中間のような作品を送り出していたが(そちらからデビューした作家に米澤穂信がいる)、富士ミスはもっとライトノベル寄りの方向性の作品を送り出していた。
が、現在のようなライトミステリーの文法が定着していなかった当時、ライトノベル的なストーリーやキャラクターの魅力と、ミステリーとしての謎解き要素を両立した作品を書ける作家がそうそういるはずもなく、ミステリーなど書いたこともないライトノベル作家が見よう見まねでなんちゃってミステリーを書くか、リアルタイムのライトノベルなど読んだこともないミステリー畑の作家が当時のトレンドや雰囲気もよく知らないまま児童書と混同したようなライトノベルを書くか、ということになってしまった。
結果、刊行作品は玉石混淆……というかほぼ石ばかりの状態となり(雑破業『なばかり少年探偵団』や、のちに創元推理文庫から復刊された谷原秋桜子『激アルバイター・美波の事件簿』など一部で高く評価される作品もあるにはあったが)、「レーベルの存在自体がミステリー」と評されることになる。
そして2002年1月には、自前の新人賞である富士見ヤングミステリー大賞第1回大賞受賞作の深見真『ブロークン・フィスト 戦う少女と残酷な少年』が刊行される。この作品の読者の度肝を抜くトンデモ密室トリックはひとしきり語りぐさとなり、富士見ミステリー文庫=地雷原という認識は広く知れ渡ることとなった。
発展期~人気シリーズと新人たち、そしてLOVE寄せへ~
そんな混迷状態のスタートを切った富士見ミステリー文庫だったが、もちろん作品の全てが地雷だったわけではなく、初期から刊行されていた『Dクラッカーズ』や水城正太郎『東京タブロイド』シリーズなどは一定の評価を得て人気シリーズとなり、レーベルを支えた。太田忠司『レンテンローズ』もヒットし、早見裕司『Mr.サイレント』などの佳作が脇を固め、相変わらず地雷率は高かったものの、徐々にラインナップはそれなりに弾が揃い始める。後に電撃文庫で『9S〈ナインエス〉』で人気を博すことになる葉山透も、ヤングミステリー大賞第1回の最終候補作『ルーク&レイリア 金の瞳の女神』でこのレーベルからデビューし、一定の評価を得た。
2003年1月にはヤングミステリー大賞第2回受賞作として、師走トオル『タクティカル・ジャッジメント』、時海結衣『業多姫』、上田志岐『ぐるぐる渦巻きの名探偵』が登場。上遠野浩平の『しずるさんシリーズ』も開始し、毎月20日だった発売日を4月から電撃文庫と同じ10日に変更するなど電撃文庫の隣に並べて貰おうという姑息な生き残り策を図り始める。が、電撃文庫と発売日を同じくした結果、電撃文庫にスペースを奪われ棚の隅っこに追いやられてしまうという大失策であったというのがもっぱらの評判。また、初期からの看板シリーズであった『Dクラッカーズ』はミステリー要素と決別しアクション小説に特化し始めてから非常に高い評価を集め、良い意味で注目を集め始める。
そんな流れの中、富士ミスは2003年10月・11月の刊行を休止し、12月、レーベルは大幅なリニューアルを敢行。本家富士見ファンタジア文庫と同様に白枠に区切られていた表紙イラストを裏表紙まで続く1面絵にし、背表紙のデザインも変更、そして「ミステリーの枠に囚われない」と称して帯にでかでかと「L・O・V・E!」の文字を配するという、いわゆる「LOVE寄せ」という本末転倒というかレーベルに「ミステリー」の文字が入ること自体がミステリーになるという方針転換を図る。同時期、『Dクラッカーズ』『東京タブロイド』などが相次いで完結した。
円熟期~L・O・V・E!は富士ミスを救ったか~
レーベルのリニューアルと前後して、桜庭一樹『GOSICK -ゴシック-』や新井輝『ROOM NO.1301』といったその後のレーベルの看板となる作品に加え、野梨原花南『マルタ・サギーは探偵ですか?』、小林めぐみ『食卓にビールを』、第3回新人賞受賞作から壱乗寺かるた『さよならトロイメライ』などがスタートし、初期を支えた『Dクラッカーズ』『東京タブロイド』などの作品群と入れ替わるようにラインナップは充実していった。
2004年11月にはのちに直木賞作家となる桜庭一樹の出世作『砂糖菓子の弾丸は撃ち抜けない』を刊行し評判を呼ぶ。これが呼び水だったのかどうかは不明だが、2006年頃には葉山透『ニライカナイをさがして』、新井輝『さよなら、いもうと。』、鈴木大輔『空とタマ』などの単発読み切りでの良作を多く送り出した。また2006年には新人賞の最終選考からデビューした上月雨音『SHI-NO -シノ-』が人気シリーズとなる。
その一方、中村九郎『ロクメンダイス、』のような賛否両論真っ二つの作品を新人賞から輩出、また『ネコのおと リレーノベル・ラブバージョン』という怪作リレーノベルを生み出すなど、色んな意味でチャレンジ精神旺盛なところを残したレーベルでもあった。
こうして富士ミスはいちライトノベルレーベルとして独り立ちした……に見えたが、もともと「ライトノベル・ミステリー」レーベルとして富士見ファンタジア文庫から派生した富士ミスがミステリーを捨てるということは、すなわち富士見ファンタジア文庫との差別化が困難になるということでもあり、ラインナップの充実に反してレーベルの立ち位置は微妙になっていくことになる。
衰退期、そして消滅~さよなら、富士ミス。~
2007年から、富士ミスは徐々に刊行数が減っていく。『GOSICK』の刊行がストップし、『タクティカル・ジャッジメント』の師走トオルなどの人気作家もシリーズが終わるとともに富士見ファンタジア文庫などに移籍することが多くなり、レーベル全体が縮小、富士見ファンタジア文庫への統合へ舵を切ることになった。
2008年にはヤングミステリー大賞の終了が告知され、『さよならトロイメライ』や後期の人気シリーズであった海冬レイジ『夜想譚グリモアリス』が富士見ファンタジア文庫へ移籍。新刊の出ない月も発生し、本格的に富士ミス終了が現実味を帯びる。
そして2009年3月、『SHI-NO』と『ROOM NO.1301』の2作の完結をもって、富士見ミステリー文庫は約8年半の歴史に幕を閉じた。最終的に刊行されたのは315冊であった。
2010年代からの『ビブリア古書堂の事件手帖』や『櫻子さんの足下には死体が埋まっている』といったライトミステリー・キャラクターミステリーの人気と広まり、メディアワークス文庫や講談社タイガといったキャラクター文芸レーベルの興隆などの流れを考えると、富士ミスは産まれるのが10年から15年ほど早かったレーベルだったのかもしれない。
富士ミススレと十傑衆
富士見ミステリー文庫を語る上で外せないのが、2ちゃんねる・ライトノベル板の富士見ミステリー文庫スレッドである。
地雷ばかりの富士ミスを愛し、ネタにし、センスあるスレタイで笑いを誘い、刊行される作品を読み込み、たまに出る良作は大いに褒め、ネタ作品は大いに笑い、地雷作品は地雷として受け入れ、レーベルの迷走をハラハラしながら見守り続けたこのスレッドの住人たちの存在が、愛すべき地雷レーベルとしての富士見ミステリー文庫のイメージを形作ったのは疑いない。
スレッド内での「住人」→「十人」という誤字に対して「本当に10人ぐらいでスレッド回してそう」というイメージと、その後「富士ミス刊行作品を全部読んでいる」という猛者がスレッドに複数現れたことから、富士ミスを全作読破し地雷も含めて富士ミスを愛したスレッド住人は「十傑衆」と呼ばれた。
『GOSICK』がアニメ化された2011年には、十傑衆の手により、富士ミス全作品カタログなどが収録された『さらば富士見ミステリー文庫 愛(L・O・V・E!)の戦士たち』という同人誌が刊行されている。
富士ミス出身作家のその後
新人を見る目は意外とあった富士ミスは、ヤングミステリー大賞から、その後、別レーベルで人気となる作家をけっこう輩出した。
『ブロークン・フィスト』である意味一世を風靡した第1回大賞作家の深見真はトクマノベルズEdgeで刊行した『ヤングガン・カルナバル』シリーズ(全12巻)でブレイク。様々なレーベルで活躍し、一般文芸にも進出、アニメ『PSYCHO-PASS』の脚本を担当するなど精力的に活動している。
同じ第1回の最終選考からデビューした葉山透も、前述の『9S<ナインエス>』のほか、『0能者ミナト』(メディアワークス文庫)で人気を博している。
第2回準入選の師走トオルはその後『火の国、風の国物語』(富士見ファンタジア文庫)や『僕と彼女のゲーム戦争』(電撃文庫)を発表し、バリバリに活躍。同じく準入選の時海結以は少女小説・児童小説方面へ移行し、ノベライズを中心に精力的に仕事をしている。
第3回大賞の、富士ミスでは貴重な正統派ミステリー作家であった田代裕彦は、2013年に発表した『魔王殺しと偽りの勇者』(ファミ通文庫)で評判を呼ぶなどぼちぼち活躍していたが、2017年以降は作品を書いている気配がなく、ライトノベルからは引退状態の模様。
第4回出身の2人は、ともにMF文庫Jでアニメ原作者になった。大賞の海冬レイジは『機巧少女は傷つかない』(全17巻)がアニメ化。また漫画『機動戦士ガンダム ヴァルプルギス』の脚本を担当した。
佳作の瑞智士記(富士ミス時代は木ノ歌詠名義)は『星刻の竜騎士』(全20巻)がアニメ化。その後も現役で活躍しており、富士ミス時代の『幽霊列車とこんぺい糖』は後に百合ラノベの名作として古書価が高騰、星海社から復刊を果たした。
長く活躍したとは言い難いが、第4回では最終選考から概要でも触れた異端児・中村九郎もデビューしている。
他にも、第5回佳作のかたやま和華は少女小説に移行して人気作家となり、現在は『猫の手屋繁盛記』シリーズ(集英社文庫)など時代小説・ライト文芸でバリバリ活躍中。
末期に近い第7回で準入選した彩坂美月は受賞作は富士ミスからではなくStyle-Fから刊行されたので厳密には富士ミス出身とは言い難いが、2011年に発表した『夏の王国で目覚めない』で本格ミステリ大賞候補になるなど、富士ミス出身者では唯一、一般ミステリ方面で活躍している。
新人賞以外の富士ミスデビュー作家では、『東京タブロイド』の水城正太郎がのちに『いちばんうしろの大魔王』(HJ文庫)でアニメ化を果たしている。
(同じく富士ミスデビュー作家と見なされていた谷原秋桜子は、『激アルバイター・美波の事件簿』がのちに東京創元社に発掘され創元推理文庫から復刊、さらにシリーズ続刊が刊行されたが、2016年になってミステリ作家・愛川晶の別名義であったことが明かされた)
ほか、新人作家以外でも、概要でも触れた直木賞作家・桜庭一樹や、『BLACK BLOOD BROTHERS』『東京レイヴンズ』(富士見ファンタジア文庫)がアニメ化されたあざの耕平は富士ミスが育てた作家と言っていいだろう。
富士ミスは無くなったが、富士ミスの血脈は現在も脈々と受け継がれているのである。
大百科に記事のある富士見ミステリー文庫作品
- GOSICK -ゴシック- (桜庭一樹) ※角川文庫および角川ビーンズ文庫に移籍。
- しずるさんシリーズ (上遠野浩平) ※星海社文庫に移籍。
- Dクラッカーズ (あざの耕平) ※のちに富士見ファンタジア文庫から新装版が刊行された。
- ROOM NO.1301 (新井輝)
関連項目
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