概要
1985年、ピチカート・ファイヴのメンバーとしてメジャーデビュー。音楽マニアならではの洗練されたサウンドで後に「渋谷系」とカテゴライズされるサウンドを確立したミュージシャンの一人として高い評価を得ている。また、解散前から数々の音楽CDでプロデュース、楽曲提供、リミキサーとして活動。例えばルパン三世のリミックス&カバー企画アルバム『PUNCH THE MONKEY』シリーズはアニメリミックスアルバムとしては異例のヒットを記録。また、『慎吾ママのおはロック』も金曜日発売だったにも拘らずオリコンシングルチャート1位を獲得、ミリオンセラーとなるなど、その独自のセンスはかの筒美京平からお墨付きをもらうほど。最近だと『マツケンサンバII』『魅せられて』のリミックスもヒット。
このように、日本のポップス史においては彼無しに語ることが出来ない重要人物であることがわかる。ただし、素の本人は人見知りが激しい人物なので、顔出しメディアのインタビュアーは苦労するんだとか。
主なお仕事
ピチカート・ファイヴ
渋谷系と呼ばれる音楽を広めたユニットの一組。「ハッピー」、「キャッチー」、「グルーヴィー」、「ファンキー」といった言葉で形容する音楽を自称し、その音楽性と三代目ヴォーカルの野宮真貴のファッション・ヴィジュアルが現在の評価へとつながった。デビュー当初から野宮加入前までは一部の音楽ファンが認識する程度であったが、カネボウ化粧品「REVUE」のCMソングに抜擢された『スウィート・ソウル・レビュー』、及び元フリッパーズ・ギターの小山田圭吾が共同プロデュースで参加したアルバム『ボサ・ノヴァ 2001』でその名が広く知られるようになる。そして、ウゴウゴルーガ2号のOP曲『東京は夜の七時』でついに第一線のアーティストとして認知されるようになる。
1994年に北米デビューを皮切りに国外での活動を開始、当時は日本より日本国外の方が知名度が高いユニットという認識が強かった(事実、野宮が『進ぬ!電波少年』にゲスト出演した際、電話越しに野宮と会話したチューヤンが興奮した)。しかし、その音楽性は次第に国内でも評価されていく。2001年3月にピチカート・ファイヴは眠りについた。
PUNCH THE MONKEY!
自身が発案・プロデュースを手がけたリミックス&カバーアルバム。特徴はルパン三世の楽曲をミュージシャンが独自に解釈してリミックスすることで新たな顔を出しつつも変わらずルパンを表現しきっている点と参加ミュージシャンの豪華さだろう。ざっとあげただけでも田中知之(FANTASTIC PLASTIC MACHINE)、コモエスタ八重樫、須永辰緒、東京スカパラダイスオーケストラ、ハヤシヒロユキ(POLYSICS・当時はPOLY-1名義)、Monday満ちる、ダンス☆マン、クレイジーケンバンドなど、おそらくクラバーやロキノン読者が聴いたら嬉しくて発狂するメンツが揃っている。
楽曲提供・アーティストプロデュース
前述の通り、大ヒットを記録したり音楽的な評価を得ている作品が大多数である。この辺りはレコードマニアのセンスが遺憾なく発揮されているからだと思われる。主な作品は以下の通り。
※他にあれば追加願います
- オンナのコ♡オトコのコ(小倉優子)
- 慎吾ママのおはロック(慎吾ママ)
- ショック療法(クレイジーケンバンド)
- 魅せられて(2004 Version)
- HAPPY HAPPY SMAP(SMAP)
- キミノヒトミニコイシテル(深田恭子)
- V.A.C.A.T.I.O.N.(吉村由美)
- シュガシュガルーン -SUGAR×2 RUNE-(劇伴作曲)
- beatmania THE SOUND OF TOKYO!
- マツケンサンバII "READYMADE SHOGUN MIX2004" Remixed by KONISHI yasuharu
- Bad City(readymade 524 mix)
- アイドルばかり聴かないで(Negicco)
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関連項目
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