概要
台湾総督府民政局長、満鉄総裁、内務大臣、外務大臣東京市長などを勤めた人物であり、NHK(日本放送協会)の前身の一つ、社団法人東京放送局の初代総裁でもある。
総理大臣には至らなかったが、戦前の政界で大きな影響力と実績のあった人物で、特に台湾総督府時代に大日本帝國の台湾統治初期を安定させるのに大きな功績(行政調査、衛生向上、アヘン対策)があったため、台湾史の方では非常に重要な歴史人物である。
後に拓殖大学学長や満鉄総裁を勤めた経歴からもわかるとおり、大日本帝國を支えた超有能な植民地官僚であったことには一寸の疑いも無いが、植民地主義の否定からその功績を称揚するのが現代ではポリコレ的に難しい人物である。
東京市長としては関東大震災後の復興に取り組んだ。彼の復興計画は大規模なもので、予算的制約により実際には一部しか実現しなかったが、都市化の進展からその先見性は評価されている。
彼のスローガンとしては「政治の倫理化」というものがあったが、彼には金権政治家の側面もあって(ry
関連項目
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