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概要
悪性化して増殖に際限が無くなっているとはいえ、悪性腫瘍もDNAを利用して細胞分裂し増殖する基本的なシステムは通常の細胞と共通している。多くの抗がん剤は、この増殖システムを阻害することで抗がん作用を示す。ただ正常な細胞とシステムが共通しているがゆえ、がん細胞以外にも悪影響を及ぼして数々の副作用を引き起こす。特に細胞増殖が速い骨髄や消化器、体毛に悪影響が出やすい。
このようにリスクも多い従来の抗がん剤に代わり、がん細胞へ特異的に作用するよう設計された分子標的治療薬という薬も開発されている。副作用軽減が期待されたが、残念ながらこちらも重篤な副作用も少なくないのが現状である。また治療費が高額になる事が多い。
免疫機能を強化する「インターフェロン」「インターロイキン」などの物質を利用した免疫療法も模索されている。また、ホルモンに依存して増殖する乳がんや前立腺がんなどの場合は、ホルモンと拮抗したりホルモン分泌を抑えたりすることで抗がん作用を示すホルモン療法薬も利用される。
抗がん剤は基本的に多剤併用で用い、その組み合わせによって様々な悪性腫瘍に使われる。
アルキル化剤
ナイトロジェンマスタード系
DNAにアルキル基を導入してDNA内に架橋を形成することでDNA合成を阻害する。
初めて作られた抗がん剤で、開発のきっかけは第一次大戦に遡る。ドイツで農薬開発中に発見された毒ガス「マスタードガス」(ポケモンのマタドガスの元ネタ)が第一次大戦で猛威を振るい、各国はマスタードガス及びそれを改良した新型兵器の開発を行った。
1943年、イタリアでドイツ軍の空爆を受けたアメリカ海軍は、輸送船から流出したマスタードガスに曝露し大勢の犠牲者を出した。死亡のピークは曝露直後と8~9日後の二峰性を示し、後者の死因が主に白血球の大幅な減少による感染症だったことから、アメリカ陸軍はマスタードガス及び開発中のナイトロジェンマスタードに突然変異を引き起こす力があると考えた。
これを基に開発されたのがシクロホスファミド(商品名:エンドキサン)という抗がん剤で、現在も多く用いられている。体内で代謝されて効果を示すのだが、同時に生じるアクロレインという代謝物が出血性膀胱炎の副作用を引き起こすため、メスナ(商品名:ウロミテキサン)という解毒薬を用いる。元が毒ガス兵器なので気化しやすく、閉鎖系器具で調製する。
ちなみに終戦直後の日本でもナイトロジェンマスタード系の抗がん剤が開発されていたというからびっくりである。
他にもイホスファミド(商品名:イホマイド)や、ブスルファン(商品名:ブスルフェクス)などがある。
ニトロソウレア系
尿素の水素が窒素に置き換わった「ニトロソウレア」構造を持つ。脳に移行するため脳腫瘍によく用いられる。ラニムスチン(商品名:サイメリン)、ニムスチン(商品名:ニドラン)などがある。
代謝拮抗薬
DNAの原料になる塩基などの構造に類似しており、代わりに取り込まれることでDNA合成を阻害する。細胞周期の中でもDNA合成を行うS期に作用を発揮する。
プリン拮抗薬
メルカプトプリン(商品名:ロイケリン)がこれにあたる。プリン塩基にそっくりだが、構造内に硫黄(=メルカプト)が導入されている。高尿酸血症に用いられるキサンチンオキシダーゼ(プリンを尿酸に代謝する酵素)阻害剤は血中濃度が上昇するため併用禁忌。
ピリミジン拮抗薬
ピリミジン塩基であるウラシルの水素がフッ素に置換(フッ化=fluoro-)されているフルオロウラシル(商品名:5-FU)が有名。チミジル酸合成酵素を不可逆的に阻害する。体内でフルオロウラシルに代謝されるテガフールとウラシルの合剤(商品名:ユーエフティ)、テガフールの代謝を抑制し作用を上げるギメラシル、副作用の消化器症状を改善するオテラシルとテガフールの合剤(商品名:ティーエスワン)がよく用いられる。
口腔内の毛細血管に到達すると酷い口内炎を引き起こすので、予防のため氷を口に含んで血管を収縮させる「クライオセラピー」が行われる事がある。
DNAの合成には活性化された葉酸が必要となるので、活性葉酸製剤のホリナート(商品名:ロイコボリン)を併用することで抗がん作用をより強めることができる。
DNAポリメラーゼを阻害するシタラビン(商品名:キロサイド)という薬剤もある。
葉酸拮抗薬
前述の活性葉酸合成を阻害することでDNA合成を阻害する薬。メトトレキサート(商品名:リウマトレックス)がこれにあたる。こちらにホリナートを併用するとその作用・副作用が軽減される。酸性条件で結晶化しやすくなるので、フロセミド、チアジド系利尿薬など尿を酸性化させる薬の併用は避けなければならない。
リウマトレックスという名の通り、メトトレキサートは抗がん剤以外にも抗リウマチ薬としても使う。
白金製剤
構造内に白金(Pt)を含み、DNAと架橋を形成してDNA合成を阻害する。シスプラチン(商品名:ブリプラチン)が有名。副作用として吐き気が多く、吐き気止めの5-HT3遮断薬などを併用して用いる。
また金属を含む製剤の宿命として腎臓を悪くすることがあるので、利尿薬や大量の輸液の投与を行う。生理食塩水に溶かさないと効果が減弱するという欠点もある。
カルボプラチン(商品名:パラプラチン)、オキサリプラチン(商品名:エルプラット)など、新しい白金製剤は副作用を軽くする、生理食塩水以外に溶かしても良いようにするなどシスプラチンの弱点を補うように開発されている。吐き気止めの開発も進んでおり、入院が原則だったシスプラチンなどの抗がん剤が外来で使用できるようになっている。
抗がん性抗生物質
微生物が産生する抗生物質は通常抗菌薬として用いられるが、抗がん作用を示すものがある。
ドキソルビシン(商品名:アドリアシン)、アントラサイクリン(商品名:ダウノマイシン)などは塩基対の間に入り込んでくっつく事により転写を阻害する。代謝されると活性酸素を生成して不整脈などの心筋障害を示す。
ブレオマイシン(商品名:ブレオ)は逆に活性酸素を発生させ、DNA鎖を切断することで効果を示す。副作用として間質性肺炎(悪化すれば死ぬことも)がある。
分子標的治療薬
目標のがん細胞に特異的な構造を認識して作用する抗がん剤。抗体を利用した物が多い。昔はマウス由来の抗体が使われていたがアレルギー反応が出やすいため、ヒト由来の抗体に近づけるよう開発が進んだ。現在はヒトの抗体を産生する遺伝子を導入することで、マウスからヒト抗体の製剤が作れるようになった。
分子標的治療薬は副作用がない夢の薬かのように報道されることもあったが、実際はそうではなかった。ゲフィチニブ(商品名:イレッサ)は日本が世界で初めて承認したが、発売から三ヶ月後に死亡例を含む副作用報告が上がり、その後大きな裁判に発展した(個別記事を参照のこと)。
リツキシマブ(商品名:リツキサン)はヒトBリンパ球のCD20リンタンパクを標的にしており、B細胞性非ホジキンリンパ腫に用いられる。抗がん剤でトップの売上高を誇る大ベストセラーであり、全医薬品の中でも5本の指に入る。
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関連項目
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