拝金主義とは、金銭を判断基準とし、最善のものとして考える考え方である。拝金教や拝金宗とも言われる。「最近のオタクは拝金主義がすごい」
概要
宗教や哲学よりも金銭を判断基準とし、物質的な物のみを重視する唯物的な思想、哲学のこと。多くの場合、批判的なニュアンスで用いられる。
宗教と拝金主義
富を持つ者が神の国に入るのは、なんと難しいことでしょう。金持ちが神の国に入るよりは、らくだが針の穴を通るほうが易しいのです
あなたがたは自分のために、虫が食い、さびがつき、また、盗人らが押し入って盗み出すような地上に、宝をたくわえてはならない。 むしろ自分のため、虫も食わず、さびもつかず、また、盗人らが押し入って盗み出すこともない天に、宝をたくわえなさい。 あなたの宝のある所には、心もあるからである。
だれも、ふたりの主人に兼ね仕えることはできない。一方を憎んで他方を愛し、あるいは、一方に親しんで他方をうとんじるからである。あなたがたは、神と富とに兼ね仕えることはできない。 ーマタイの福音書ー
というように、拝金主義は批判されてきた。イスラム教においても、貧者のために喜んで自分の財産を施すことは「喜捨」と言ってムスリムの五行の一つとされている。こんな感じに、歴史的には拝金主義は、あまり良くないモノとして扱われてきた。
なんだけど
...とはいえ、現代社会においては「お金を儲けたい」というのが原動力になって社会を発展させていることも事実である(お金を儲けたいから他社よりいい製品を作ろう!会社を大きくしよう!とか)し、究極的には勉強だっていい大学に入ってたくさんお金を稼ぐためにするわけだし、結婚相手に年収1000万円以上を条件にするとか現代においてはお金が判断基準として大勢を占めることは事実である。
2000年前のイスラエルならば金で寿命を延ばすことは不可能であったであろうが、現代では金を積むことで高度な医療を受け、貧乏であったならば死ぬ場合でも金があればある程度寿命が買えるようになってきた。そもそもキリスト教だって後には免罪符を販売するなど金で解決し始めたし、金ならばいろんなものを買ったりできるが、ナザレのイエスは寿司一貫おごってはくれないではないか。もし、拝金主義を否定するならば、どこか国家社会主義の国とか原始社会に行くしかないのである。
実際貧しくてお金がないから犯罪に走るなんてことも良くある話である。貧しくなければ、そんなことをしなくても済んだかもしれないのに。
ちなみに上記引用した福留孝介は、実際に東日本大震災時には約8000万円被災地に寄付している。これもお金がなければできなかったことであるし、どれだけ言葉で被災地に同情したってそれよりも8000万円寄付してくれる方がいいに決まっているし、「貧者の一灯」なんて言葉もあるが、貧しい人が10円寄付してくれたことよりも価値があるに決まっている。
なればいいんじゃない?拝金主義者
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関連項目
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