概要
曲線に差し掛かった際に車両を傾斜させて遠心力を緩和し、曲線の通過速度を向上させる目的で開発された技術。
日本では日本国有鉄道が1969年から591系にて開発を開始している。
カーブにおいて車内で観測される遠心力は乗客の安全のために基準値がある。欧米では最大0.12G(地球の重力の約1/8)であるが、日本ではさらに厳しく、新幹線で0.1G(地球の重力の1/10)以下、在来線では一般車が通常0.04G、特急型でも最大0.08G以下に抑えるよう定められている。全員着席が前提で前述のとおり基準の緩い特急型でも、さらなる速度向上のためには振り子機構を使用する。立ち客がいる通勤・近郊型は、乗客全員が足元をすくわれて転ぶような事態になるかもしれないため導入はできない。
自然振り子
1970年に登場した591系で得られたデータを元に1973年に381系として登場し営業運転を開始したのが日本における振り子式車両の出発点である。
ちなみに、非電化区間向けにもキハ391系で試験が行われたが、連接構造が災いし国鉄時代には導入されなかった。
381系で採用された方式は「自然振り子」と呼ばれるもので、これは車体に作用する遠心力で車両を傾ける方式であった。曲線に進入してから傾斜が開始されるため動作が不安定で、乗客の中には酔う人も現れ、車掌が酔い止めを持ってくるという一幕も見られた。
※もっとも、乗り物酔いの発生は振り子機構だけの問題でもなく、軌道の問題も関係する。伯備線などは軌道強化により酔いの緩和が図られている。後述。
なお、振り子式車両の評判が一部で未だに良くないのはだいたい381系のせいである。だがこの381系、未だに現役だったりする・・・が2024年6月15日の「やくも1号」で定期運用から撤退し、2024年内で運行を終了する予定。
制御付き自然振り子
国鉄の分割民営化後、自然振り子を改良した「制御付き自然振り子(制御振り子)」が登場。元々は国鉄時代に電車用に開発されたものだったが、JR四国が鉄道総研に発破をかける形で気動車でも実用化され2000系に搭載された。
開発に際しては381系を用いて試験を行なっているが、381系をいつまで使用するか不明だったため381系への搭載は見送られた。また、591系開発の時点で制御付き自然振り子は検討されていたが、当時(1970年代)のコンピュータ技術では車体重量への影響が大きく採用は見送られている。
この制御付き自然振り子は車両に搭載された装置がATSの地上子からの情報で位置を確認し、曲線進入前から車両を傾斜させていく方式である。
この制御付き自然振り子はその後JR北海道のキハ281系や智頭急行のHOT7000系などでも採用されている。
空気ばね式
ただ、制御付き自然振り子はコスト面で割高である為、一定の速度向上を達成出来る「空気ばね」方式が登場した。
空気ばねの傾斜は制御付き振り子ほどの傾斜はなく最大でも2°程度にしかならないが、架線などの改良も不要であり振り子機構を搭載するよりも安く抑えられる事や、最新式の振り子式車両にはかなわないものの381系と同程度の曲線通過性能が発揮できるなどのメリットがあることから、現在広まりを見せている。
この方式を採用した車両としてはN700系やE5系・E6系、キハ261系、E353系などのJR車両以外にも小田急の50000形などがある。
前述の通り空気ばね式車両には振り子機構はついていないが、「簡易振り子式」と呼ばれることがある。これは、「車体傾斜といえば振り子式」のイメージしか頭にない人たちにも理解してもらえるために、誤用を承知で敢えて名付けられた俗称である。
技術
自然振り子系では、重心より少し上の高さに置く仮想の軸を中心に車体を回転させる。そのため台車枠と車体の間に大規模なスライド装置を搭載している。一般的には円弧形のレールとその上を動くコロで構成されており、レールの端や円弧形状は台車周辺の観察で容易に確認することができる。
JR北海道では凍結への備えから、コロの代わりにベアリングを使用したベアリングガイド式を採用している。キハ283系の増備がないのは、この機構の生産ができなくなったことが理由という噂があったが、2019年に18年ぶりに登場した国産振り子式車両のJR四国2700系気動車は、ベアリングガイド式制御付き自然振り子を採用したため、単なる噂にすぎないことが立証された。
制御付き自然振り子では、自然振り子をベースに空気シリンダーでの車体傾斜を併用している。車両連結部やデッキに立つとその音を微かながら聞くことができる。
空気ばね式振り子は制御装置で片側の空気ばねのみを高圧にすることで車体傾斜を行っている。平凡な通勤電車でも搭載可能という簡易さ、質量の大きい台車が不要なことから、設備全体のコストが抑えられるようだ。
誤解されることがあるが、振り子は車体重心をずらしてカーブの速度を上げることが目的ではない。むしろ自然振り子系では遠心力につられて重心が外に移動している。よって振り子機構が動作するカーブでは軌道に大きな負担が掛かっており、たとえローカル線でも厨スペックの軌道強化と保線を受けている。この為、381系では軌道強化を受けていない線区に入った場合は振り子は作動しないようにされていたが、一部では振り子の傾斜角を5°から3°に変更する形で対応している(例:福知山線・山陰本線「こうのとり」運用時、後述)。
※但し、「くろしお」の東海道本線・大阪環状線・阪和線区間は軌道強化されていないが、振り子機構は稼働している他、381系では時速50kmを境に振り子機構が働くようになっている。
乗り物酔いとの関係
自然振り子の381系では乗り物酔いが起こる、とされている。乗り物酔いの原因は車体傾斜機構(振り子)と言われる事も多いが、2000年代に4000人を対象とした自然振り子・制御付き自然振り子・非振り子車両を使用した調査では、非振り子よりも振り子式車両のほうが酔いやすいが、原因は車体傾斜機構ではなく左右の低周波振動とされている(非振り子式車両では高周波振動が起こりやすく、制御付き自然振り子を含む振り子式車両では低周波振動が起こりやすい)。この低周波振動は制御付きであっても曲線形状と一致しない車体傾斜では左右の低周波振動を生じさせるため、制御付き自然振り子も乗り物酔止めの特効薬とは必ずしもならない。また、緩和曲線長が短い場合や急曲線(S字カーブ)が多く軟弱な軌道で保守管理が緩いと左右の低周波振動は生じやすい。伯備線・・・
また、振り子の角度を調節した場合でも、乗り物酔い改善よりも乗り心地悪化のほうが影響として大きい。特に381系は振り子のために車体断面を絞った結果、ばねの間隔が狭くアンチローリング装置を台車に積んでいないため、振り子を停止して0°とすると今度は高周波振動により特急列車としての乗り心地の及第点をあげられないレベルに低下する(183系を置き換えた381系北近畿特急の振り子復活はこの辺りも関係する)。
また、2024年4月時点で381系が唯一運用についている伯備線で乗り物酔いが発生するのは381系よりも「構造物とバラスト軌道の境目」「ポイント」「カーブの軌道狂い」が理由とされており、保守コスト面から解決が難しいと言われている。591系・381系の開発者視点でも、伯備線は先行した2線(中央西線・紀勢本線)よりも曲線半径が小さく蛇行を繰り返すため路線条件が厳しい(=低周波振動が生じやすい)としている。このため、伯備線に空気ばね式を投入しても乗り物酔いは発生する可能性があるが、車上型制御付き自然振り子の273系では精度の高い位置情報によるタイミング制御とカーブ通過後の振り子制御により381系比で約23%の乗り心地改善を図り、快適に乗車できるようになった。
問題点・停滞
曲線の多い線区での大幅なスピードアップに貢献した振り子式であるが、上述した通り乗り心地に難があり、軌道に与える負担も大きいことから高価な車両費用のみならずメンテナンスコストもかかる。
それゆえ最近では、振り子車両が導入されている線区でも追加導入が行われなかったり、振り子車両そのものを非振り子式であったり振り子機構のない空気ばね式の新型車両で置き換えてしまう事例も起こっている。
紀勢本線では初代振り子車両である381系のうちアコモ編成を2012年3月17日以降に置き換え、非振り子式の287系が導入されている(置き換えられた編成は福知山に転出)。2015年には残された編成も北陸新幹線金沢開業で捻出された289系(旧683系しらさぎ)によって置き換えられた。低重心化による曲線通過性能の向上によって半径400mの曲線では381系より5km/h遅いものの85km/h(本則+15km/h)と、国鉄時代の一般車両よりも高速で通過可能となっている(その他のカーブにおいては条件により速度設定がいくらか異なる)。そのほか加速性能や最高速度の向上もあって和歌山駅~白浜駅間の所要時間は振り子式の381系に比べ数分の増加に抑えられている。283系も289系導入辺りから287系・289系スジに合わせたダイヤになり、2022年3月に振り子が固定された。これは283系振り子動作時レベルの運転を行ったとしても新宮~和歌山間の所要時間が高速道路とあまり変わらない事で鉄道の優位性を作れない事(このリンクに出てくる動画の新宮から天王寺・大阪までの所要時間から30分引いた時間が283系が振り子を動作させて走行した場合の時間)と、鉄道の需要は白浜までが大半で、あまりコストを掛けられない事にも起因している。
また、JR東日本在来線で唯一振り子式車両であるE351系が運用されていた特急「スーパーあずさ」も、後継となったE353系では空気ばねによる車体傾斜装置を搭載することとなった(但し、JR東日本はJR他社と比べそこまで振り子式車両には熱心ではないとされている)。振り子式ではなくなったが、技術の進歩によってE351系と同等の曲線通過能力を有している。かいじにもE353系が導入された事で、数分の時間短縮を行えた。
また、JR北海道では2010年代以降たびたび生じた整備不良に起因する事故や不祥事に対処するため、キハ281系を引退、キハ283系をローカル特急に左遷させ、キハ261系で置き換えを行うこととなった。こちらに至っては整備の手間を省くため、なんと振り子式はおろか空気ばね式車体傾斜すら搭載しなくなった(搭載済みの既存編成も使用停止)。同様にJR西日本でも283系の振り子装置を2022年3月より停止している事は先述した通りである。
JR四国でも、予讃線等で運用している8000系特急電車の後継車として8600系を投入した。こちらも振り子式ではなく空気ばね式であるが、全員着席を前提とし、多少の横Gの増加を許容することで8000系と同等の曲線通過性能を有する。
かつては路線によっては30分・1時間単位の大幅短縮が行われたことや、設備投資に大金を投じる余裕があった時代であることから「カーブの多い路線には振り子電車が最強」のイメージが今も強く残っている。特急「くろしお」で見られたような381系と485系との間の性能差が大きかったことも原因の一つにあげられる。しかし、前述のような社会情勢の変化や低重心化、車体傾斜装置の開発など技術の進歩により振り子式車両と非振り子式車両の性能格差が縮まっている事もあり(和歌山駅~新宮駅間の所要時間差を例にあげると、381系と485系を比較した場合停車駅数の違いはあったものの実に30~60分もの所要時間差が生じていたが、381系と287系・289系との比較では10分前後の差でしかなくなっている)、急カーブが連続するような余程の線区でない限りは非振り子式の導入が進む可能性もある(もっとも、その鉄道会社の財務状況的に振り子を入れられない場合もあれば、会社が振り子に懲りて非振り子に切り替える場合もある)。
また、長崎本線のように885系「白いかもめ」を導入していた区間の一部をフル規格新幹線で代替し、揺れも少なくなって約1時間20分と30分の短縮を果たした例もある(もっとも、その代替で「みどり」に振り子式車両を転用し時間短縮を図るはずがダイヤ構成の都合で伸びた例もある)。函館本線函館~札幌間も同様に北海道新幹線札幌延伸で所要時間短縮を目指す模様である。
※なお、四国・九州の他の振り子式車両導入区間でも基本計画路線の整備が検討されているところがあるが目処は立っていない。
復権
JR四国では、特急「南風」等に使用している2000系気動車を置き換えるため、空気ばね式車体傾斜装置を有する2600系気動車を試作し、土讃線で運用試験を行った。その結果、土讃線の急カーブが連続する線形ではエアの供給が追い付かず、投入は不可能という結論に至り、2000系の後継は従来の振り子式車体傾斜装置を有する2700系を開発することとなった。こちらは381系っぽい振り子を感じにくい揺らし方ではあるものの273系同様快適な乗り心地である。
また、現在381系を唯一運用する伯備線特急「やくも」でも新型車両を開発・投入することとなり、JR四国から空気ばね式8600系を借り受けて試運転を行った。その結果を受けて開発されることとなったのが273系電車である。こちらも空気ばね式ではなく振り子式車体傾斜装置を有している。
同様にJR東海は中央本線特急「しなの」で運用する383系の後継車両として開発する385系において、「次世代振子制御技術を開発・導入」するとしており、こちらも振り子式が継続される模様である。
この3例から考えて、今後は線形が極めて悪く、エア供給に難のある線区では従来からの振り子式、そうでない線区では空気ばね式と棲み分けが行われると予想される。
鉄道模型では・・・
当然ながら鉄道模型においても振り子式車両は製品化されている。NゲージではTOMIXが381系やキハ187系、KATOが381系や885系などを製品化している(その他のメーカもHOT7000系などを製品化している)。
TOMIX製品では他の車両製品同様となっており振り子を再現する事はされていないが、KATO製品では振り子機構を搭載している為曲線で振り子が作動する様子が再現されている。なおレールの組み方によっては脱線しやすい事もあるので注意(カーブの先にカーブと反対向きの分岐器が存在する場合等)
鉄道模型の世界でも振り子を再現したい、という人はKATO製品を走らせてみるといいだろう(TOMIX製品などでも改造すれば振り子を再現出来るが自己責任でどうぞ)。
大百科に記事のある振り子式車両
形式/会社 | 自然 振り子 |
制御付き | 空気ばね |
591系(日本国有鉄道) | ○ | ||
381系(JR西日本) | ○ | ||
キハ281系(JR北海道) | ○ | ||
キハ283系(JR北海道) | ○ | ||
キハ261系(JR北海道) | ○ | ||
E351系(JR東日本) | ○ | ||
E353系(JR東日本) | ○ | ||
383系(JR東海) | ○ | ||
283系(JR西日本) | ○ | ||
キハ187系(JR西日本) | ○ | ||
HOT7000系 (智頭急行) |
○ | ||
883系(JR九州) | ○ | ||
885系(JR九州) | ○ | ||
小田急50000形 (小田急) |
○ | ||
名鉄2000系 (名古屋鉄道) |
○ | ||
N700系・N700S (JR東海・JR西日本) |
○ | ||
E5系(JR東日本) | ○ | ||
E6系(JR東日本) | ○ | ||
2000系(JR四国) | ○ | ||
8600系(JR四国) | ○ | ||
2600系(JR四国) | ○ | ||
2700系(JR四国) | ○ | ||
273系(JR西日本) | ○ | ||
385系(JR東海) | ○ |
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