揚水発電(ようすいはつでん)とは、電力エネルギーをためる方法の一種である。
概要
構造とシステム
揚水発電所は高低差のある2つの貯水池とそれらを結ぶ導水管およびその中間に設置された揚水ポンプを兼ねる水力発電機で構成されている。
まず電力需要の少ない時間帯の余剰電力を用いて揚水ポンプを作動させ、低所の貯水池から高所の貯水池へ予め水をくみ上げておく。電力需要ピーク時には高所の貯水を低所の貯水池へ落下させ水力発電機(これは前述の揚水ポンプを兼ねている)を回して電力需要を補う。揚水発電所はこのサイクルを繰り返し行う。
揚水発電の蓄電効率と化学的蓄電方法(蓄電池)との比較
効率は約70%。つまり100の電力を使って上記の方法で電気を貯めた場合、出力される電力は70となる。
これは化学的な蓄電システムである蓄電池(二次電池)よりも効率が悪い。
例えばリチウムイオン電池では95%、ニッケル水素電池で90%、鉛蓄電池で87%である。中でもリチウムイオン電池は体積エネルギー密度と重量エネルギー密度が高いため、小型軽量が重要視されるスマートフォンやノートPCなどモバイル機器用の蓄電池として真価を発揮している。
一方、電力エネルギー分野(いわゆる強電)の大規模電力設備で蓄電池を用いる場合、大量の蓄電池セルが必要となり相対的なコストも上昇する。加えて化学的手法を用いる蓄電池では使用するたびに素材そのものの化学的な変質が起こるため、これによる性能劣化と蓄電回数の制約から逃れることができない。
反面、揚水発電の場合は単純に電気を位置エネルギーに変換して蓄積する方式であり、そもそもが水力発電で培われた「枯れた技術」のためノウハウが確立されていた。物理的な経年劣化はあれども適切なメンテナンスを施せば蓄電池のような化学的蓄電方法よりも長寿命で、ライフサイクルコストも低いというメリットが有る。よって日本の電力エネルギー分野に於いては揚水発電が電力蓄電手法の主流となっている。
汽力発電(原子力・火力)との起動時間・出力調整能力の比較
揚水発電は主に出力調整の難しい原子力発電や火力発電といった汽力発電(蒸気の膨張力を利用した発電)の電力供給量調整に用いられる。例えば8時間の停止状態から発電開始までの起動時間を比較した場合、原子力で約5日、石炭火力で4時間、石油火力で3時間、ガスコンバインドサイクル発電で1時間かかる。一方で水力発電や揚水発電では4~5分と非常に短い。
また、出力変化速度は1分あたり50~60%であり、即ちそれは発電開始からわずか2分間でフル出力に達することを意味する。なお、石油火力の出力変化速度は高い場合でも1分あたり5%程度でありフル出力まで約20分かかる。石炭火力では1分あたり3%である。
揚水発電の活躍例
以下に2022年3月22日に発令された電力需給ひっ迫警報下での揚水発電の活躍例を記す。
前兆
2022年3月16日の福島県沖地震により、福島県に所在する東京電力の広野火力発電所6号機と相馬共同火力発電の新地火力発電所1号機が破損、停止に陥った。
同年3月21日と翌22日に急激な気温低下を主原因とする電力需要増加が見込まれた。タイミングの悪いことに前述の発電機損失によって東北電力・東京電力管内の総電力供給能力が低下しており、電力需要のひっ迫が確実となることも予測された。
そのままでは2018年9月6日の北海道胆振東部地震による北海道電力の苫東厚真火力発電所2号機・4号機停止とこれに伴う北海道全域のブラックアウト(全系崩壊に至る大規模停電)事例と同じことが起こりうる状態となった。
いよいよ電力供給が足りなくなった場合、管内全域が停電状態となるブラックアウトという最悪の事態を回避するには、一定のエリアをあえて意図的に停電させ電力需要を強制的に削る処置を取りうることも想定しなければならなかった。
電力需給ひっ迫警報発令
このため東北電力・東京電力サービスエリア管内を対象に「電力需給ひっ迫警報」が日本史上初めて発令された。かくして政府・経済産業省ならびに東北電力・東京電力から該当エリアに対して強い節電要請が呼びかけられ、同時に西日本エリアと北海道の電力会社各社からの電力融通も行われた。
西日本エリア・北海道からの電力融通とその問題点
しかし、日本の西と東では電源周波数が60Hz/50Hzと異なり西日本エリアからの電力融通したとしても間に周波数変換設備を挟むため、その総量は最大210万kWであり電力需要を補うには足りなかった。
また北海道電力管内は東北電力・東京電力と同じ50Hz電源であるが津軽海峡を渡る北本連系設備(北本とは北海道・本州の意)を挟むため最大90万kW(大型の発電所1つ分)しか融通が出来ない。
最後の切り札
最後の切り札となったのが予め当日までに揚水発電所に貯められた水であった。
東日本側で運転可能な全ての揚水発電所がフル稼働し不足分の電力をギリギリで補った。ブラックアウト回避のための意図的な停電実施は回避され、電力消費ピーク時間帯を乗り切ることに成功した。この時点で揚水発電所に残された水の残量は30%であった。
もしも、総節電量が目標数値に満たなかった場合、あるいはこの日の低温が2日連続で続いていたならば。発電用揚水も底をつき、電力供給不足とそれに伴う停電もあり得ただろう。
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