新自由主義単語

シンジユウシュギ
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新自由主義英:Neoliberalism)とは、思想・信条の一類である。

市場原理主義英:Market fundamentalism)と批判者に呼ばれることがある。
 

概要

辞書に記載されている定義

新自由主義について辞書に記載されている定義は次の通りとなっている。

政府規制を緩和・撤して民間自由な活に任せ成長を促そうとする経済政策。

-知恵蔵(朝日新聞出版)より引用-

 

政府などによる規制の最小化と、自由競争を重んじる考え方。規制や過度な社会保障・福・富の再分配は政府の肥大化をまねき、企業や個人の自由経済活動を妨げると批判市場での自由競争により、富が増大し、社会全体に行き渡るとする。ネオリベラリズム

-デジタル大辞小学館)より引用-

 

性質その1 小さな政府

新自由主義者は政府の権弱体化させるのを好み、小さな政府を理想とする。政府経済への介入を底的に嫌い、市場原理(market principle)に委ねれば上手くいく、と説する。

政府による社会保障社会・富の再分配を敵視し、「政府の肥大化をまねき、企業や個人の自由経済活動を妨げる」と批判する。

新自由主義者の一部は「政府の権を強くすると全体主義になる。戦前戦中の軍日本ナチス・ドイツソ連のようになる」というふうに全体主義への恐怖心を煽りつつ自らのを述べることがある。

新自由主義者の一部は、官僚をいて民間企業を褒め称えることに熱心である。そういう姿は民尊官卑と評される。

身を切る」と称して公務員や議員の給料を引き下げる緊縮財政を支持する傾向にある。公務員の給料を引き下げることで優秀な人材が民間企業へ流れるようになり、官庁の士気と実が低下する。また議員の給料を引き下げることで賄賂や接待に弱い議員が増える。新自由主義により政府や議会の弱体化が進んでいく。

「官から民へ」「民間でできることは民間で」という合言葉を好み、政府が手がける官営事業をことごとく民営化する緊縮財政を好む。官営事業の中には低技労働者を大量に雇用して安定した待遇を与える部門があり、低技労働者を雇用して過酷な待遇を与える民間ブラック企業が出現しにくいようにしている。官営事業を民営化することで、低技労働者を雇用して過酷な待遇を与える民間ブラック企業が出現しやすいようになり、雇用情勢の悪化、つまり賃下げと長時間労働の蔓延が進んでいく。

新自由主義者の一部は、低技労働者が賃下げに苦しむことに対して、自己責任という言葉を使いつつ「をせず己の技を磨かないからだ」と放言する傾向にある。

新自由主義者の一部は、賃下げによって貧困に苦しむ人たちに対して「自助をするべきだ。他人を当てにするな。助(政府支援)はいものと思え」と発言する傾向がある。
 

性質その2 労働意欲の刺激

新自由主義は、個人の自由を何より優先するリバタリアニズムと掛け持ちして支持する人が見られる。新自由主義は経済思想で、リバタリアニズム政治思想なので、この2つの言葉は違いだが、累進課税を敵視するところなどの共通点がある。

所得税累進課税弱体化させ、労働意欲を活発化させ、内の生産・供給を強めるのが大好きである。人々の労働意欲を刺すること、つまりインセンティブ(刺)を与えることを優先する傾向があり、「労働意欲至上」といった観がある。

また、終身雇用・年功序列の賃体系を否定して成果義・義の賃体系を導入し、労働意欲を刺しようとする傾向もある。

累進課税弱体化させて自由競争が過度に突き進むと貧富の格差が拡大し、格差社会となり、一部の人たちが富を独占してしまう」という批判に対しては、「トリクルダウンが発生し、社会全体に行き渡る」と反論する。

「才を発揮すればするほどガッガッポと稼げるのある社会を作り上げる」「才を発揮する人にを見せる」といったふうにという言葉を織り交ぜてりかけ、人々の銭欲を強に刺する。

新自由主義者の一部は、「累進課税によって、頑った人が痛めつけられている」とか「った人が報われていない現状を変えて、頑った人が報われる社会を作ろう」とか「頑る人が足を引っられている現状を変えて、頑る人が足を引っられない社会を作ろう」という言い回しを非常に好む。いずれのスローガンも、「自分は頑っている」と信じている人の被害者意識を強く刺するものであり、わりと扇情的な言い回しである。

労働意欲が熾になればなるほど、「仕事すればするほど、お金かる」とみんなが思いこむようになり、「休暇を取っている場合ではない、いた時間をすべて仕事に注ぎ込もう」という仕事中毒ワーカホリック)の心理状態となり、長時間労働が増えて労働者の余暇が減っていく。新自由主義に染まると仕事中毒ワーカホリック)と長時間労働が蔓延する傾向にある。

仕事中毒ワーカホリック)と長時間労働が蔓延すると、非婚化と少子化が進んだり、消費意欲が減退したり、需要が減ってデフレになったりする。新自由主義が広まるとデフレになるという傾向がある。
 

性質その3 直接金融

新自由主義は、銀行が貸し付けを行う間接融についてやや否定的で、投資式・社債を購入することで直接的に企業へ出資したり貸し付けしたりする直接融に対してやや肯定的な一面がある。間接融の割合を減らして直接融の割合を増やすことに熱心である。

バーゼル規制BIS規制)を強化するなどして銀行信用創造を制限することを好む。新自由主義が盛んになる時代は、銀行にとってやや辛い時代となる。

「間接融から直接融への転換をす」と称して、個人が投資しやすい環境を整えて、個人投資が増えるように取りはからう傾向がある。個人投資式や債券や先物商品や外貨や暗号資産を簡単に売買してマネーゲームに熱中できるように規制緩和することをす。「個人が努してけすることを奨励すべきだ。努している人の足を引っるべきではない」という言い回しで個人投資を増やそうとする。

個人投資を増やす政策を実行すると、「寝ても覚めてもお金を増やすことばかり考える」という人や「10万円をもらったら消費に回さずに投資に使う」という人が増えやすくなるので、消費を冷え込ませてデフレをもたらす一因になりうる。
  

性質その4 株主至上主義

新自由主義の支持者には、「会社は・投資のものであり、・投資に利益をもたらすために存在する」とする者が多い。そうした考え方を至上とか資本主義という。

至上義になると、会社の業績を上げることや価を上げることを最優先し、従業員に対する賃上げを嫌がるようになる。人材を長期にわたって雇用して熟練労働者に育て上げるということを優先せず、気で賃下げに踏み切るようになる。その結果として労働分配率が低下し、貧困層の拡大につながっていく。

新自由主義の一部には、「至上義は所有権の絶対性を尊重するので資本主義の本来の姿である。欧では至上義が一般的なのに、日本至上義を受け入れていない。ゆえに、欧資本主義を理解していて優れており、日本資本主義を理解せず劣っている」という煽りをして、日本人の欧コンプレックスを上手に刺しつつ、至上義を賞賛する者がいる[1]

ちなみに、1960年代までのアメリカ合衆国において至上義は一般的ではなかったと摘されることがあり[2]、「欧では至上義が一般的」という表現には疑わしいところがある。 
 

性質その5 関税の撤廃

新自由主義は国家意識の義思想であり、関税をひたすら敵視し、自由貿易を極限まで推し進めようとする傾向がある。FTAやTPPといったの壁を取り除く貿易協定を好み、EUのようなの消滅を理想視する。いわゆるグローバリズムとの親和性がとても高い。

新自由主義者の一部は、関税を撤するような貿易協定を導入するとき、「世界に置いていかれる」「世界中のが発展し、日本だけが取り残される」「バスに乗り遅れるな」というような、感情に訴えかける煽りを駆使する。

自由貿易を促進すると、各企業発展途上国の低賃労働者が作った製品との価格競争にさらされるので、人件費の削減をすようになり、賃下げ(ちんさげ)が進んでいく。ゆえに自由貿易は賃下げ貿易といっていいものである。新自由主義は、そういう自由貿易を全面的に肯定する思想であるので、新・賃下げといっていいだろう。

新自由主義が流行する先進国では、企業経営者が労働者に向かって「々経営者は、君よりも安い賃で君と同じ働きをする労働者を、発展途上国においていくらでも見つけることができる」と言って労働者に賃下げを受け入れることを迫ったり、「発展途上国の労働者に君たちと同じ賃を支払うと、君たちよりもずっと活発に働いてくれる」と言って労働者に労働強化(実質的な賃下げ)を迫ったりする。そうした言葉を頻繁に聞かされる労働者たちは「自分たちは高い賃をもらう資格があるのだろうか・・・」と自信を喪失していく。

自信を喪失した人間は自分以外のかを攻撃することで自信を取り戻そうとする習性があるのだが、先進国の労働者たちもそういう習性を持っている。ネット上で、あるいは政治活動で、もしくは経済論議で、対立相手を過度に攻撃する行為に傾倒するようになる。その結果として、先進国社会の分断と憎悪が広がっていく。

新自由主義の蔓延により自信喪失と攻撃的言動と社会の分断が発生する。新自由主義は、新・自信喪失といっていいだろう。

新自由主義がはびこるでは、攻撃的言動を繰り返す政治導者が大人気となる。外に喧で対応したり内の対立政治を痛批判したりして「何かを攻め立てる姿」を見せつけると、新自由主義によって自信を破壊された労働者たちが熱心に支持してくれる。
 

名称

新自由主義英:Neoliberalism)という言葉を考案したのは、ドイツアレクサンドル・リュストウexitという経済学者である。1938年に知識人が集まって開催されたウォルター・リップマン国際会議exitで、この言葉を発表した。
 

核となる経済思想

新自由主義の基礎となった経済学者は、フリードリヒ・ハイエクミルトン・フリードマンとされる。ミルトン・フリードマンアメリカシカゴ大学で教を執り多くの子を育てたので、彼を慕う経済学者の一群をシカゴシカゴボーイズ)という。また新自由主義の基盤となる経済学を新古典派経済学と呼ぶこともある。

人々の労働意欲を刺して内の生産・供給を強めることを重視するサプライサイド経済学(供給者側経済学)も、新自由主義の基礎の1つとされる。これの支持者をサプライサイダーというが、な人はロバート・マンデルアーサー・ラッファーなどである。

ちなみにサプライサイド経済学の反対に位置するのはケインズ経済学で、需要・消費の活性化を重視するものである。

サプライサイド経済学は、ジャン=バティスト・セイが唱え始めたセイの法則(セーの法則、販路法則)を中核にしている。セイの法則とは、「供給は、それ自体が需要を創造する」と表現されるものである。


アダム・スミスは『富論』という著作で「見えざる手exit」という経済思想を書いた。そして、後世の経済学者たちがアダム・スミスの言葉を引用しつつ「それぞれの個人が自分の利益だけを追求すると、見えざる手により導かれ、社会全体の利益が増進する」と説くようになった。

「それぞれの個人が自分の利益だけを追求すると、見えざる手により導かれ、社会全体の利益が増進する」という考えは、「それぞれの個人が自分の利益だけを追求するのを肯定しておけば、何もかもよくなっていく。政府規制を緩和して、それぞれの個人を自由に活動させよう」という考え方となり、新自由主義の規制緩和を後押しするものとなった。
 

親和性の高い哲学書

サミュエルスマイルズという英国作家1859年に『自助論』という作品を発表した。序文に「は自ら助くる者を助く」という文章があり、そのあとはひたすら「努すれば成功する」「成功者は他人の援助を当てにせずに努をした」という内容が続く。新自由主義者のなかには『自助論』を絶賛するものがいる[3]
 

市場原理主義という表現

市場原理主義英:Market fundamentalism)という表現は、新自由主義(英:Neoliberalism)の別名称である。
  

命名者とされる人、学術誌における初出

Market fundamentalismという言葉は、イギリス社会問題ジャーナリストであるジェレミー・シーブルックexitが生み出したものであるという。パラグミ・サイナートexitというインド社会問題ジャーナリストが、そのように述べている(記事exit)。

ジェレミーシーブルックは、『世界の貧困―1日1ドルで暮らす人びとexit_nicoichiba』という著作を持っており、新自由主義を批判し、格差の拡大に警鐘を鳴らすタイプの人である。

1991年8月の『Anthropology Today(こんにちの人類学)』という人類学者向けの学術誌の1~2ページに、Market fundamentalismという言葉が載っている。

経済学者の八代尚は「市場原理主義という言葉は、そもそも経済学にはありません。」と『日刊サイゾー』の2011年10月29日版exitっている。

ラグミ・サイナートと八代尚の発言を総合すると、「Market fundamentalismという言葉は、経済学の外にいるジャーナリストが、新自由主義に対して独自の感覚で名付けたものであり、経済学者たちの議論から生まれた経済学ではない」ということになる。
 

蔑称の響きがある

市場原理主義(Market fundamentalism)という言葉には蔑称きがある。

原理義(fundamentalism)というのは、天地創造など聖書の記述をすべて事実と扱う米国キリスト教運動のことをす言葉である。そうした運動をする人たちを批判するときに使われた蔑称だという(臼杵 陽の論文exit)。

1979年イラン革命が起こった。このとき政権を奪取した人たちをイスラム原理義者(Islamic fundamentalist)と呼ぶようになった。このため、「○×原理義」というのはイメージが悪い言葉で、これを自称する人はとても少ない。
 

批判者達に使用される

市場原理主義という言葉は、新自由主義を批判する立場の経済学者によって使われることがある。

ジョセフ・スティグリッツは、2001年ノーベル経済学賞を受賞したとき、次のような文章を書いている。

More broadly, the IMF was advocating a set of policies which is generally referred to alternatively as the Washington consensus, the neo-liberal doctrines, or market fundamentalism, based on an incorrect understanding of economic theory and (what I viewed) as an inadequate interpretation of the historical data.

-ジョセフ・スティグリッツ『Facts』exit-

 
the neo-liberal doctrines, or market fundamentalism と書いてある。「新自由主義の信条、言い換えると市場原理主義」といった意味であり、新自由主義をわざわざ言い直している。
 

歴史的背景

第二次世界大戦後、先進国されたのは、第一次世界大戦第二次世界大戦やその間に起きた世界恐慌を再び繰り返さないようにするべく、際的・内的な政治平和経済的安定化を確保するような秩序の構築だった。

この秩序を可にする政治経済体制として多くの々に合意されたものを、国際政治学者のジョンラギーは「埋め込まれた自由義」と定義した。すなわち、市場自由放任にすると不況や失業が生じるので、「調整的、緩衝的、規制的な諸制度の中に」これを「埋め込む」。つまり、際的には「自由貿易体制によって経済の開放性を高め」つつ、他方で、内的には「政府際競争に脆弱な内の社会集団を保護する」福祉国家的政策を勧めた。いわゆる修正資本主義であり、ケインズ経済学はこれを後押しするものである。

この修正資本主義は、先進諸経済成長があった1960年代まではうまく機してきたが、1960年代末頃から機しなくなった。経済的には世界的規模のスタグレーション(不気とインフレーションの同時進行)が起き、各経済的には財政危機が起きた。それらの原因は、1965年1975年ベトナム戦争1973年の第一次オイルショック1979年の第二次オイルショックとされる。

こうした深刻な危機に直面する中でいくつかの対案が出されたが、結局、国家によるコントロールをより底させるべきだとするケインズ経済学営と、市場自由競争を活発化させるべきだとする新古典派経済学営に分かれることになり、後者の、新古典派経済学営が先進国政治の中で影を持つようになった。これが市場原理主義とか新自由主義と呼ばれるものである。

1980年代アメリカロナルド・レーガンがレーガノミクスという経済政策を推し進め、同じ時期にイギリスマーガレット・サッチャーがサッチャリズムという経済政策を採用した。いずれも、規制緩和と累進課税弱体化を組み合わせた経済政策で、新自由主義の影を濃厚に受けている。また、日本においても、中曽根康弘首相が、国鉄電電公社、専売社、日本航空を相次いで民営化し、新自由主義的政策を実行している。

理論の柱

新自由主義は「埋め込まれた自由義」から自由義を解き放つことをする。すなわち、社会民主主義福祉国家政策=大きな政府によって膨らんだ財政赤字を削減するための口実として小さな政府が謳われる。ここから営事業、営事業の民営化が進められた。また、国家による市場介入ではなく、市場自由放任にすることが民にと繁栄をもたらすという市場原理主義がめられた。この考えから市場自由を妨げる様々な領域での規制を緩和していくことがされた。

理論の実践

新自由主義的国家編成の最初の実験が行われたのは、1973年チリである。民主的に選ばれた左翼社会主義政権が、アメリカCIAとキッシンジャー務長官によって支援されたピノチェト将軍によるクーデターで転覆させられたあと、ミルトン・フリードマンが拠点としていたシカゴ大学から送られた経済学者たち(シカゴ)によってピノチェト軍事政権下で新自由主義政策が、推進された。チリ経済は短期的には復を見せたが、大半は国家支配層と外の投資に利益をもたらしただけだった。

しかし、この実験を成功とみなした営が、1979年以降、イギリスマーガレット・サッチャー政権とアメリカロナルド・レーガン政権下で新自由主義政策を推進した。その後、アメリカ1990年代に加速された融化が世界中に広がり、アメリカへと利益を還流させた。結果、アメリカ経済は好況を呈するようになる。

こうしてアメリカの新自由主義が様々な経済問題の解決策であるかのように振る舞うことが政治的に説得を持つようになり、1990年代ワシントン・コンセンサス、WTOの創設で新自由主義は確立するようになる。更に、1990年代には発展途上国だけでなく、日本ヨーロッパも新自由主義的なを選択するよう経済学政治の場でされるようになる。

トリクルダウン

新自由主義理論の一つの理論的根拠として、トリクルダウン理論がある。トリクルダウンとは、社会民主主義福祉国家のように、国家の財政を共事業や福などを通じて貧困層や弱者に直接配分するよりは、大企業や富裕層の経済活動を活性化させることによって、富が貧困層や弱者へと「したたり落ちる」のを待つ方が有効であり、その方が民全体の利益になるという考え方である。

税制の正に関して言えば、これを根拠に富裕層の税金が軽減され、企業に対しておびただしい数の補助や優遇税制が提供された。こうして富の配分率が富裕層よりに変えられた。また、企業の経営方針の見直しが行われ、その延長線上で労働法の正が行われた。日本では、その経営の特徴と言われた長期雇用と年功序列が見直され、アメリカとされた利益重視になった。これにより、リストラや労働者の賃下げをしてでも、への配当を優先することが動機づけられた。この労働者の賃削減のために雇用の流動化が推進され、労働基準法正、規制緩和が推進された。日本では2008年において労働者全体に占める非正規労働者の割合が三分の一をえるまでになった。

富裕層への優遇は、投資をめぐる法解釈にも現れている。投資に関して、借り手より貸し手の権利を重視するようになった。例えば、貧しい者がその住居を差し押さえられる事を何とかするよりも、機関の保全と債権者への利払いを優先させる。実際、サブライムローンの焦げ付きから端を発した2008年危機では、多くのローン返済が困難になった貧困者が住居を追い出されたのに対して、アメリカ機関のいくつかは国家に救済された。

主な論者による批判

東京大学名誉教授文は、「新自由主義は、企業自由が最大限に保されてはじめて、個人のが最大限に発揮され、さまざまな生産要素が効率的に利用できるという一種の信念に基づいており、そのためにすべての資、生産要素を私有化し、すべてのものを市場を通じて取り引きするような制度をつくるという考え方である。新自由主義は、や大気、教育や医療、共的交通機関といった分野については、新しく市場をつくって、自由市場自由貿易を追求していくものであり、社会的共通資本を根本から否定するものである」と摘している。

ニューヨーク大学名誉教授デヴィッド・ハーヴェイは、著書『新自由主義―その歴史的展開と現在』で、新自由主義とは国家によって特定企業に利益が集中するようなルールをつくることであると摘し、著書『ネオリベラリズムとは何か』で、ネオリベラリズムとはグローバル化する新自由主義であり、際格差や階級格差を化させ、世界システム危機に陥れようとしていると摘している。また自由義は、個人の自由な行為をそれがもたらすかもしれない代償の責任を負う限りにおいて認めるのに対して、新自由主義は、機関の場合、損を被る貸し手を救済し、借り手には強く返済をめる点から、実現された新自由主義を階級権再生と定式化する。
 
ノーベル経済学賞受賞者であるジョセフ・ユージン・スティグリッツは、「ネオリベラリズムとは、市場とは自浄作用があり、資を効率的に配分し、共の利益にかなうように動くという原理義的な考え方にもとづくアイデアをごちゃまぜにしたものだ。サッチャー、レーガン、いわゆる「ワシントン・コンセンサス」である民営化の促進にもとづいた市場原理主義である。4半世紀のあいだ、発展途上国のあいだでは争いがあって、負け組は明らかになった。ネオリベラリズム追求した々はあきらかに成長の果実を収穫できなかったし、成長したときでも、その成果は不均等に上位層に偏ることになった」と摘している。また1990年代の資本還流によるアメリカ経済の好気は、IMF世界銀行によるものと説明する。つまり、この2つは、発展途上国める融資を提供することと引き換えに債権アメリカの意向を反映した、構造調整計画を、1980年代から1990年代を通じて実施要してきた。しかしこ革は、メキシコアジア通貨危機ロシアブラジル経済危機アルゼンチンの全面破綻を引き起こした。結果が伴わない場合は、「革が十分に実行されなかった」と、責任転嫁をしてきたという。

各国の議論

中国

思想の汪暉は、中国における新自由主義の特徴の一つとして、国家の推進する企業革を擁護する「国家退場論」を挙げる。1990年代以降、急速に進められてきた企業革は、企業資産や経営権をら民間へ譲渡する「退民進」として現れる。しかし、その過程自体が国家的に推進されているため、本来資産であったものが、企業導者層ら既得権益者によって実質上私有化されるとして批判される[4]

新自由主義と共産主義の共通点

共産主義社会主義)という経済思想がある。内のすべての生産手段を有化し、 内のすべての企業企業に変えてしまおうという思想である。

新自由主義は「小さな政府」を志向する思想で、共産主義は「大きな政府」を志向する思想であり、 両者はと油のように正反対であるかのように見える。

ところが、新自由主義と共産主義には、共通点がいくつか見受けられる。 その共通点を挙げると、以下のようになる。

新自由主義を採用すると、自由競争がしくなることでごく一部の勝ち組が富を独占し、大部分の負け組との格差が広がっていく。

共産主義経済格差も顕著である。企業の経営を一手に握る官僚は、富を独占して贅沢な暮らしをする。ソ連ノーメンクラトゥーラは特権階級として有名で、彼ら向けの百貨店も存在した。一方、庶民は配給の列に並んで、決まった量の粗末な品物を受け取る毎日になる。

経済格差を肯定的に扱い、決して修正しようとしないところが、新自由主義と共産主義の共通点である。
 

  • 市場の独占・寡占が進む

新自由主義を採用すると、自由競争がしくなることで、企業の合併が進んでいく。「競争を付けなければならない」といいつつ、同業の企業が合併していき、大きな市場シェアを抱える企業ばかりになる。市場を2~3社で寡占するようになる。

共産主義も同じで、内のすべての企業有化することで、政府という大企業1社が全業種の市場シェア100%独占するようになる。

市場の独占・寡占を肯定的に扱うところが、新自由主義と共産主義の共通点である。
 


明確な共通点は、以上の2点となる。

また、「既得権益に対する嫉妬心を煽りつつ、既得権益の解体をす」という点も、曖昧ではあるが共通点の1つといえる。

新自由主義は「政府規制に保護されている存在」に対する嫉妬心を煽る。公務員農家労働組合、正社員といった人たちを既得権益と呼び、そうした人たちが政府規制の保護を受けて不当な利益を享受していると論じたて、既得権益の解体をする。

共産主義は資本家持ちに対する嫉妬心を煽る。会社を所有する資本家持ちを既得権益と呼び、そうした人たちが労働者を搾取して不当な利益を享受していると論じたて、既得権益の解体をする。


富を生み出さないのに富を得ている存在、すなわちフリーライダーへの軽蔑と憎悪が強いことも、新自由主義と共産主義の共通点である。言い換えると、新自由主義も共産主義も「働かざる者食うべからず」の精を強く持っており、働かない者を軽蔑・憎悪する傾向がある。

新自由主義は、払った税金の額よりも多くの額の利益を政府の福部門から受けている人を軽蔑する傾向にある。新自由主義の旗手であるロナルド・レーガンは、「福女王welfare queen)が存在していて、税金をロクに払わないのに福制度を悪用して高級を乗り回している。納税者の富にただ乗りして、納税者を搾取している」と選挙の時にしていた(批判者から「でっち上げ」と摘されていた)。

共産主義というと労働価値説であり、そこから「会社の富を本当に作り出しているのは、労働者である」という論理を展開していた。その論理から、「である資本家は労働もしていないのに利潤を得ている。労働者の富にただ乗りして、労働者を搾取している」としていた。


「官と民が共存する」という思想を持っておらず、官と民の片方がもう片方を底的に攻撃することでも共通している。共産主義は典的な官尊民卑で、民間企業の存在を決して許さないというものである。新自由主義は典的な民尊官卑で、政府に回す予算を底的に削ることを好み、経済における政府の存在を決して許さないという傾向が非常に強い。
 

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関連項目

脚注

  1. *この典小室直樹であり、『日本人のための経済原論exit_nicoichiba』などの著作で熱心に「日本人至上義と所有権の絶対性を理解していない」としていた
  2. *生明は会社の値段(ちくま新書)exit_nicoichibaの第二章の58ページあたりにおいて「1960年代頃までのアメリカ合衆国には『は黙って経営者のいうことを聞いていればよい』という潮があった」と摘している。また、アドルフ・バーリexitガーディナー・ミーンズexit1932年に発表した『現代株式会社と私有財産exit』という論文を紹介していて、「現代の大企業を支配しているのは雇われ経営者であり、は会社の所有者であるにもかかわらず会社の支配とは縁な存在になる」と論文の内容を要約している。
  3. *【竹中平蔵の骨太対談】vol.29 天は自ら助くる者を助く 自助・自立の勧め/vs リンクアンドモチベーション社長 小笹芳央exitにて、竹中平蔵が「小泉純一郎にとって一番好きな本のうちの1つが『自助論』である」と言している。また、竹中平蔵も『自助論』が好きで、「ゼミの学生経済学の本よりも先に『自助論』を読ませる」とっている。また、渡部昇一も『歴史の鉄則exit_nicoichiba』などの自著で『自助論』を絶賛していた。マーガレット・サッチャーも『自助論』を読し、「英国の全ての小学生に『自助論』を贈りたい」と発言したという(記事exit
  4. *汪暉(著)、石井剛・羽根次郎(翻訳).『世界史のなかの中国文革琉球チベット』.土社,2011年,p.132

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新自由主義

1148 ななしのよっしん
2021/04/27(火) 20:56:40 ID: qIdhMLFu6b
大阪の惨状というのが抽的だから何ともいえないけど
維新はどちらかといえばポピュリストであって、思想的な一貫性はないんじゃないかな
1149 ななしのよっしん
2021/04/28(水) 13:55:45 ID: gB4ZYmbQ3s
大阪の惨状ってアホかな
1150 ななしのよっしん
2021/04/29(木) 00:20:11 ID: HYrfQfHNXi
大阪の惨状って要はコロナの事だろう。
緊縮財政やらかして保健所だの病院だのを削減しまくって酷い有様になってるからね
1151 ななしのよっしん
2021/04/29(木) 00:23:31 ID: dDc3NXBRhd
近畿圏の病院事情って他県に移送するって形でコストカットしたからね
まあ交通網や時だけ見たら分かるけどこれEUやらかした事と同じなんだよね
1152 ななしのよっしん
2021/04/29(木) 19:10:35 ID: qIdhMLFu6b
病床数の削減は厚生労働省が進めてきた方針と大きく異なる訳ではないし
是非はともかく特定政党新自由主義と安易に結び付けるのはどうかな、と思うよ
1153 ななしのよっしん
2021/04/29(木) 20:22:59 ID: HYrfQfHNXi
維新は基本的に何でもかんでも民営化して小さな政府してるから、大阪府政は新自由主義政権下にあると言って良いだろう。

あいつらがの政権取ったらまず自衛隊警察消防ら民営化するよ。間違いない。
1154 ななしのよっしん
2021/04/29(木) 20:26:13 ID: 30NjE0qf53
バイデン政権がピケティ的な方向に取りしたのは面
成功したら日本も是非追従してもらいたい
1155 ななしのよっしん
2021/04/30(金) 12:27:41 ID: HYrfQfHNXi
バイデン外交的にはリベラルホークの傾向あってちょっと危ねえなと思ってるんだけど、内政は財政出動を積極的にやる大きな政府してて上手いことやってると思う。

それにべてうちのスダレハゲだよ。
奴隷商人や銀行にまんまと乗せられて……
1156 ななしのよっしん
2021/05/10(月) 00:13:18 ID: HYrfQfHNXi
日本政府は何がなんでもこの路線維持してくらしいね
1157 ななしのよっしん
2021/05/13(木) 18:24:53 ID: IFvsR6a4Yy
責任は取りたくない。だけど出しゃばりたい
義務教育の頃から親任せ他人任せな人ほど好みたがる?

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