新自由主義単語

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新自由主義英:Neoliberalism)とは、思想・信条の一類である。

市場原理主義英:Market fundamentalism)と批判者に呼ばれることがある。
 

概要

辞書に記載されている定義

新自由主義について辞書に記載されている定義は次の通りとなっている。

政府規制を緩和・撤して民間自由な活に任せ成長を促そうとする経済政策。

-知恵蔵(朝日新聞出版)より引用-

 

政府などによる規制の最小化と、自由競争を重んじる考え方。規制や過度な社会保障・福・富の再分配は政府の肥大化をまねき、企業や個人の自由経済活動を妨げると批判市場での自由競争により、富が増大し、社会全体に行き渡るとする。ネオリベラリズム

-デジタル大辞小学館)より引用-

 

性質その1 小さな政府

新自由主義者は政府の権弱体化させるのを好み、小さな政府を理想とする。政府経済への介入を底的に嫌い、市場原理(market principle)や競争原理(competition principle)に委ねれば上手くいく、と説する。

政府による社会保障社会・富の再分配を敵視し、「政府の肥大化をまねき、企業や個人の自由経済活動を妨げる」と批判する。

新自由主義者の一部は「政府の権を強くすると全体主義になる。戦前戦中の軍国主義日本ナチス・ドイツソ連北朝鮮毛沢東時代の中国のようになる」というふうに全体主義への恐怖心を煽りつつ自らのを述べることがある。

新自由主義者の一部は、官僚をいて民間企業を褒め称えることに熱心である。そういう姿は民尊官卑と評される。

身を切る」と称して公務員や議員の給料を引き下げる緊縮財政を支持する傾向にある。公務員の給料を引き下げることで優秀な人材が民間企業へ流れるようになり、官庁の士気と実が低下する。また議員の給料を引き下げることで賄賂や接待に弱い議員が増える。新自由主義により政府や議会の弱体化が進んでいく。

新自由主義者は「革」という好ましいイメージが付着した言葉を使って自らの支持する政策のイメージを向上させる傾向がある。緊縮財政のことを構造革とか行政革とか財政革とか「身を切る革」と呼ぶ。

「官から民へ」「民間でできることは民間で」という合言葉を好み、政府が手がける官営事業をことごとく民営化することを好む。利益追求を第一としない官営事業団体から、利益追求を第一とする民営企業に変貌させようとする。

新自由主義者は「政府というものは民間企業と同じような存在であり、利益追求をしなければならない」という信条を持っている。このため「官営事業は不採算部門そのものであり、政府の利益を食いつぶしていて、赤字垂れ流しの状態なので[1]、官営事業を削減するのが当然のことだ」とする。ちなみに、そうしたに対して「政府というものは民間企業と全く異なる存在であり、利益追求をするのではなく追求をすることを義務づけられている。官営事業は益の拡散装置である」という反論が寄せられることがある。

官営事業の中には低技労働者を大量に雇用して安定した待遇を与える部門があり、低技労働者を雇用して過酷な待遇を与える民間ブラック企業が出現しにくいようにしている。つまり官営事業には「世の中の労働待遇を維持する装置」「民間ブラック企業の出現を抑制する装置」「民間ブラック企業を漂する装置」という一面がある。官営事業を民営化することで、低技労働者を雇用して過酷な待遇を与える民間ブラック企業が出現しやすいようになり、雇用情勢の悪化、つまり賃下げと長時間労働の蔓延が進んでいく。
 

性質その2 自助論

新自由主義を信奉する人の中には、自助論を熱心に説いて回る人が見られる。

新自由主義者の一部は、「自助の精を持つ人が多いと19世紀の英国のように繁栄する。自助の精を持つ人が少ないと1970年代英国のように没落する」と論じて、自助の精が繁栄の要因であるかのように扱う。そういう姿は新・自助といっていいほどで、とにかく自助というものを重視する傾向がある。

新自由主義者の一部は、賃下げによって貧困に苦しむ人たちに対して「自助をするべきだ。他人を当てにするな。助(政府支援)はいものと思え」と発言する傾向がある。

新自由主義者の一部は、低技労働者が賃下げに苦しむことに対して、自己責任という言葉を使いつつ「をせず己の技を磨かないからだ」と放言する傾向にある。

新自由主義者の一部は、「人はもが自助をするべきだ」と人々に自助を義務付けようとしたり、「人ならでも自助ができるはずだ」と人々に自助の可性を摘したりする。そういう言動を繰り返すことで、自らに課せられた「人を助ける義務」をできるかぎり縮小し、自らに課せられた「他人を助けるために時間とお金と労を負担する債務」をできる限り縮小しようとする。

新自由主義者の一部は、不幸退廃に苦しむ人々を見たらをそむけ、見なかったことにして、幸福感に満ちあふれた楽天的で快活な気分を維持しようとする。そうすることで「人助けすべきという義務感」を削減し、己を助ける自助に集中しようとする[2]。こうした姿は新・現実逃避と表現することができる。

新自由主義者の一部は、「他人の援助を必要とする人」を門前払いしつつ「他人の援助を必要としない人」を交際相手にして、「他人の援助を必要としない人」同士で群れようとする。そうすることで自分の心に残っている「人助けすべきという義務感」を削減して、己を助ける自助に全精を集中しようとする。つまり階級社会本質的に好む傾向がある。こうした姿は新・階級ということができる。
 

性質その3 労働意欲の刺激

新自由主義は、個人の自由を何より優先するリバタリアニズムと掛け持ちして支持する人が見られる。新自由主義は経済思想で、リバタリアニズム政治思想なので、この2つの言葉は違いだが、累進課税を敵視するところなどの共通点がある。

所得税累進課税弱体化させ、労働意欲を活発化させ、内の生産・供給を強めるのが大好きである。人々の労働意欲を刺すること、つまりインセンティブ(刺)を与えることを優先する傾向があり、「労働意欲至上」といった観がある。

また、終身雇用・年功序列の賃体系を否定して成果義・義の賃体系を導入し、労働意欲を刺しようとする傾向もある。

累進課税弱体化させたり年功序列を否定したりして自由競争が過度に突き進むと、貧富の格差が拡大し、格差社会となり、大多数が貧困生活に陥って、ごく少数の人たちが富を独占してしまう」という批判に対しては、「トリクルダウンが発生し、社会全体に行き渡る」と反論する。

また、新自由主義者の一部は「貧困は人を助ける。貧困は人を成長させる。貧困に直面することで労働意欲が増えて人の可性が呼び起こされる」という趣旨のことを言って、人々が貧困生活に転落すること自体を大いに肯定することがある。そうした姿は新・貧困と表現することができるだろう[3]

「才を発揮すればするほどガッガッポと稼げるのある社会を作り上げる」「才を発揮する人にを見せる」といったふうにという綺麗な言葉を織り交ぜてりかけ、人々の銭欲を強に刺する。

新自由主義者の一部は、「累進課税や年功序列によって、頑った人が痛めつけられている」とか「った人が報われていない現状を変えて、頑った人が報われる社会を作ろう」とか「頑る人が足を引っられている現状を変えて、頑る人が足を引っられない社会を作ろう」という言い回しを非常に好む。いずれのスローガンも、「自分は頑っている」と信じている人の被害者意識を強く刺するものであり、わりと扇情的な言い回しである。

新自由主義者は勤勉を深く愛し怠惰しく憎む。また、論争相手に対して「怠け者」というレッテル貼りをして論戦で優位を得ようとする傾向がある。

人は1日24時間のなかの3分の1にあたる8時間程度を睡眠にあてる生物であり、本質的に「怠惰」を必要とする生物なのだが、論戦に臨む新自由主義者はそのことを都合良く忘れて「自分は勤勉であり全く怠惰ではない」という態度で振る舞う。

新自由主義者は、労働意欲を抑制しようとする人を厳しく批判する傾向がある。「ほどほど」「適度」「理のない範囲で」という言い回しをする人を非常に嫌い、そうした言葉を発する人に対して「衰退する、ダメになる、発展途上国に追い抜かれる、先進国から脱落する」といった警告をする。そして「とことん」「底」「どこまでも頑る」という言い回しを非常に好む。そうした新自由主義者の言動は、結果として労働者に対する労働強化のとなる。新自由主義者が歩くところは労働強化のしく吹き荒れる。ゆえに新自由主義は新・労働強化と表現することができる。

労働意欲が熾になればなるほど、「仕事すればするほど、お金かる」とみんなが思いこむようになり、「休暇を取っている場合ではない、いた時間をすべて仕事に注ぎ込もう」という仕事中毒ワーカホリック)の心理状態となり、長時間労働が増えて労働者の余暇が減っていく。新自由主義に染まると仕事中毒ワーカホリック)と長時間労働が蔓延する傾向にある。このため、新自由主義は新・仕事中毒と表現することができる。

仕事中毒ワーカホリック)と長時間労働が蔓延すると、非婚化と少子化が進んだり、人口が減少したり、消費意欲が減退したり、需要が減ってデフレになったりする。新自由主義が広まるとデフレになるという傾向がある。
 

性質その4 成果主義・能力主義

新自由主義の支持者は、成果義や義を導入した給与体系を好む傾向がある。成果義や義をごく簡単に表現すると、「優秀な人を賃上げして無能な人を賃下げする制度」となる。

優秀な人ほど自己評価が低くて「自分は劣っていてまだ努が必要な存在だ」と思い込む傾向があり[4]、「自分は優秀だ」と言い出さない傾向があり、あまり熱心に賃上げを要しない傾向がある。このため成果義や義によって優秀な人が賃上げされるとは限らない。

成果義や義を導入して「優秀な人を賃上げして無能な人を賃下げする制度」を導入すると、優秀な人の賃がさほど伸びず、無能な人の賃がはっきりと下落し、全体として賃下げが進む。

新自由主義の支持者が好む成果義や義を採用すると、企業の人事部(総務部)が「この従業員は無能である」と認定するだけで従業員の給料を下げることができる。従業員の成果やを評価する人事部の権が非常に強くなり、従業員のもが人事部の顔色をうかがう社になり、従業員が萎縮するようになり、自由な社からほど遠い状態になる。
  

性質その5 直接金融

新自由主義は、銀行が貸し付けを行う間接融についてやや否定的で、投資式・社債を購入することで直接的に企業へ出資したり貸し付けしたりする直接融に対してやや肯定的な一面がある。間接融の割合を減らして直接融の割合を増やすことに熱心であり、「間接融から直接融への転換をすべきだ」とすることが多い。

バーゼル規制BIS規制)を強化するなどして銀行信用創造を制限することを好む。新自由主義が盛んになる時代は、銀行にとってやや辛い時代となる。

新自由主義が流行するでは、投資式・社債を売買する直接融が人気になるが、それと同時に、投資が先物商品や外貨や暗号資産を売買する『投機商品売買』も人気になる。

新自由主義は、個人が投資しやすい環境を整えて、個人投資が増えるように取りはからう傾向がある。個人投資が直接融や『投機商品売買』に簡単に参加してマネーゲームに熱中できるよう規制緩和することをす。「個人が努してけすることを奨励すべきだ。努している人の足を引っるべきではない」という言い回しで個人投資を増やそうとする。

個人投資を増やす政策を実行すると、「寝ても覚めてもお金を増やすことばかり考える」という人や「10万円をもらったら消費に回さずに投資に使う」という人が増えやすくなるので、消費を冷え込ませてデフレをもたらす一因になりうる。

直接融や『投機商品売買』の大きな欠点は、人々が本業に集中しなくなる、という点である。「ラーメン屋を経営する親父式投資に熱中してラーメンの味が落ちる」というようなことが起こりやすくなってしまう。本業を怠る人の割合が少しずつ増え、文明の発展というものに陰りがみられるようになる。

直接融や『投機商品売買』は「賃下げすることで利益を稼ぎ出そうとする経営者」にとって望ましいものである。給料の少ない労働者に対して「給料が少なくて困っているのなら、式や社債や先物商品や外貨や暗号資産を売買してマネーゲームをしてお金増殖しろ」という態度をとりやすくなり、心理的に賃下げしやすくなる。
   

性質その6 株主至上主義

新自由主義の支持者には、「会社は・投資のものであり、・投資に利益をもたらすために存在する」とする者が多い。そうした考え方を至上とか資本主義という[5]

至上義になると、従業員に対する給与を減らして利益を増やし、その利益でに対する配当を増やし、や投資からの評価を高めて価を上げようとする。従業員に対する賃上げを嫌がるようになり、人材を長期にわたって雇用して熟練労働者に育て上げることを優先しなくなり、気で従業員に対する賃下げに踏み切るようになる。その結果として労働分配率が低下し、一般的に給与が少ないとされる非正規労働者の割合が増え、貧困層の拡大につながっていく。

至上義になると、法人税が増税されたときに消費者や従業員や協企業租税負担を転するようになる。消費者へ高値で商品を売りつけたり、従業員の給料を賃下げしたり、協企業へ支払う代を削減したりする。法人税直接税ではなく間接税に近い存在になっていく。

式投資をしてA社のを所有したうえで至上義に染まると、A社の従業員の給料が下がって配当が増えることを心の底から喜ぶようになる。またB社の従業員の給料が下がったり的職場の給料が下がったりすると「世の中に賃下げの流れが起こっているのでA社の給料も下がるだろう」と考えて喜ぶ。

新自由主義の一部には、「至上義は所有権の絶対性を尊重するので資本主義の本来の姿である。欧では至上義が一般的なのに、日本至上義を受け入れていない。ゆえに、欧資本主義を理解していて優れており、日本資本主義を理解せず劣っている」という煽りをして、日本人の欧コンプレックスを上手に刺しつつ、至上義を賞賛する者がいる[6]

ちなみに、1960年代までのアメリカ合衆国において至上義は一般的ではなかったと摘されることがあり[7]、「欧では至上義が一般的」という表現には疑わしいところがある。 
 

性質その7 関税の撤廃

新自由主義は国家意識の義思想であり、関税をひたすら敵視し、自由貿易を極限まで推し進めようとする傾向がある。FTAやTPPといったの壁を取り除く貿易協定を好み、EUのようなの消滅を理想視する。いわゆるグローバリズムとの親和性がとても高い。

新自由主義者の一部は、関税を撤するような貿易協定を導入するとき、「世界に置いていかれる」「世界中のが発展し、日本だけが取り残される」「バスに乗り遅れるな」というような、感情に訴えかける煽りを駆使する。

新自由主義者の一部は、「世界関税を引き上げて保護義に走ると戦争が起こる。第二次世界大戦の原因は関税である」としたり、「世界関税を撤して自由貿易を促進すると世界平和が実現する」としたりする。このうち後者に対しては「第一次世界大戦の直前においてイギリスドイツの間における貿易は非常に規模が大きかった。貿易が活発に行われれば戦争を回避できるというわけではない」という反論が寄せられることがある[8]

自由貿易を促進すると、各企業発展途上国の低賃労働者が作った製品との価格競争にさらされるので、人件費の削減をすようになり、賃下げ(ちんさげ)が進んでいく。ゆえに自由貿易は賃下げ貿易といっていいものである。新自由主義は、そういう自由貿易を全面的に肯定する思想であるので、新・賃下げといっていいだろう。

新自由主義が流行する先進国では、企業経営者が労働者に向かって「々経営者は、君よりも安い賃で君と同じ働きをする労働者を、発展途上国においていくらでも見つけることができる」と言って労働者に賃下げを受け入れることを迫ったり、「発展途上国の労働者に君たちと同じ賃を支払うと、君たちよりもずっと活発に働いてくれる」と言って労働者に労働強化(実質的な賃下げ)を迫ったりする。そうした言葉を頻繁に聞かされる労働者たちは「自分たちは高い賃をもらう資格があるのだろうか・・・」と自信を喪失していく。

自信を喪失した人間は自分以外のかを攻撃することで自信を取り戻そうとする習性があるのだが、先進国の労働者たちもそういう習性を持っている。ネット上で、あるいは政治活動で、もしくは経済論議で、対立相手を過度に攻撃する行為に傾倒するようになる。その結果として、先進国社会の分断と憎悪が広がっていく。

新自由主義の蔓延により自信喪失と攻撃的言動と社会の分断が発生する。新自由主義は、新・自信喪失といっていいだろう。

新自由主義がはびこるでは、攻撃的言動を繰り返す政治導者が大人気となる。外喧嘩で対応したり内の対立政治を痛批判したりして「何かを攻め立てる姿」を見せつけると、新自由主義によって自信を破壊された労働者たちが熱心に支持してくれる。
 

性質その8 資本移動の自由

新自由主義は資本移動の自由追求する傾向がある。

国際金融のトリレンマに従うと3種類の国家のみが地球上に存在することになる。そのうち1種類が資本移動を制限する国家で、残りの2種類が資本移動を自由化する国家である。

ブレトンウッズ体制が健在だった1945年1971年は「資本移動を制限して、固定相場制または中間的為替相場制を採用し、自経済事情に合わせて融政策を実行する」の国家が多く、どこのも資本移動が制限されていて、新自由主義の出る幕がなかった。

ブレトンウッズ体制が崩壊して新自由主義が盛んになった1980年代以降は世界中で資本移動の自由化が進み、「自由な資本移動を受け入れて、変動相場制を採用し、自経済事情に合わせて融政策を実行する」と「自由な資本移動を受け入れて、固定相場制または中間的為替相場制を採用し、他融政策と連動した融政策を実行する」の国家ばかりになった。

資本移動が自由化されることにより、先進国の投資発展途上国市場に乗り込んで現地の国債・社債・式を買いあさる姿が日常のものとなる。19世紀の帝国義・植民地義とよく似た姿である。

通貨危機が起こりやすくなって市場が不安定になるというのが資本移動の自由化の欠点である。通貨危機をごく簡単に説明すると、Aで保有していた国債・社債・式を売って得られたA通貨ドルに両替しつつBへ資本を移動させる投資が大量に発生して、A通貨異常に安くなりAの輸入量が減ってAが高インフレに苦しむことをいう。

通貨危機というと1992年イギリスポン危機1992年スウェーデンクロー危機1997年アジア通貨危機2018年アルゼンチンペソ危機2018年トルコリラ危機が有名だが、これらはいずれも資本を自由に移動させる機関投資の手によって引き起こされたものである。
 

名称

新自由主義英:Neoliberalism)という言葉を考案したのは、ドイツアレクサンドル・リュストウexitという経済学者である。1938年に知識人が集まって開催されたウォルター・リップマン国際会議exitで、この言葉を発表した。
 

核となる経済思想

新自由主義の基礎となった経済学者は、フリードリヒ・ハイエクミルトン・フリードマンとされる。ミルトン・フリードマンアメリカシカゴ大学で教を執り多くの子を育てたので、彼を慕う経済学者の一群をシカゴシカゴボーイズ)という。また新自由主義の基盤となる経済学を新古典派経済学と呼ぶこともある。

人々の労働意欲を刺して内の生産・供給を強めることを重視するサプライサイド経済学(供給者側経済学)も、新自由主義の基礎の1つとされる。これの支持者をサプライサイダーというが、な人はロバート・マンデルアーサー・ラッファーなどである。

ちなみにサプライサイド経済学の反対に位置するのはケインズ経済学で、需要・消費の活性化を重視するものである。

サプライサイド経済学は、ジャン=バティスト・セイが唱え始めたセイの法則(セーの法則、販路法則)を中核にしている。セイの法則とは、「供給は、それ自体が需要を創造する」と表現されるものである。


アダム・スミスは『富論』という著作で「見えざる手exit」という経済思想を書いた。そして、後世の経済学者たちがアダム・スミスの言葉を引用しつつ「それぞれの個人が自分の利益だけを追求すると、見えざる手により導かれ、社会全体の利益が増進する」と説くようになった。

「それぞれの個人が自分の利益だけを追求すると、見えざる手により導かれ、社会全体の利益が増進する」という考えは、「それぞれの個人が自分の利益だけを追求するのを肯定しておけば、何もかもよくなっていく。政府規制を緩和して、それぞれの個人を自由に活動させよう」という考え方となり、新自由主義の規制緩和を後押しするものとなった。
 

親和性の高い自己啓発本

サミュエルスマイルズという英国作家1859年に『自助論』という作品を発表した。序文に「は自ら助くる者を助く」という文章があり、そのあとはひたすら「努すれば成功する」「成功者は他人の援助を当てにせずに努をした」という内容が続く。新自由主義者のなかには『自助論』を絶賛するものがいる[9]
 

市場原理主義という表現

市場原理主義英:Market fundamentalism)という表現は、新自由主義(英:Neoliberalism)の別名称である。
  

命名者とされる人、学術誌における初出

Market fundamentalismという言葉は、イギリス社会問題ジャーナリストであるジェレミー・シーブルックexitが生み出したものであるという。パラグミ・サイナートexitというインド社会問題ジャーナリストが、そのように述べている(記事exit)。

ジェレミーシーブルックは、『世界の貧困―1日1ドルで暮らす人びとexit_nicoichiba』という著作を持っており、新自由主義を批判し、格差の拡大に警鐘を鳴らすタイプの人である。

1991年8月の『Anthropology Today(こんにちの人類学)』という人類学者向けの学術誌の1~2ページに、Market fundamentalismという言葉が載っている。

経済学者の八代尚は「市場原理主義という言葉は、そもそも経済学にはありません。」と『日刊サイゾー』の2011年10月29日版exitっている。

ラグミ・サイナートと八代尚の発言を総合すると、「Market fundamentalismという言葉は、経済学の外にいるジャーナリストが、新自由主義に対して独自の感覚で名付けたものであり、経済学者たちの議論から生まれた経済学ではない」ということになる。
 

蔑称の響きがある

市場原理主義(Market fundamentalism)という言葉には蔑称きがある。

原理義(fundamentalism)というのは、天地創造など聖書の記述をすべて事実と扱う米国キリスト教運動のことをす言葉である。そうした運動をする人たちを批判するときに使われた蔑称だという(臼杵 陽の論文exit)。

1979年イラン革命が起こった。このとき政権を奪取した人たちをイスラム原理義者(Islamic fundamentalist)と呼ぶようになった。このため、「○×原理義」というのはイメージが悪い言葉で、これを自称する人はとても少ない。
 

批判者達に使用される

市場原理主義という言葉は、新自由主義を批判する立場の経済学者によって使われることがある。

ジョセフ・スティグリッツは、2001年ノーベル経済学賞を受賞したとき、次のような文章を書いている。

More broadly, the IMF was advocating a set of policies which is generally referred to alternatively as the Washington consensus, the neo-liberal doctrines, or market fundamentalism, based on an incorrect understanding of economic theory and (what I viewed) as an inadequate interpretation of the historical data.

-ジョセフ・スティグリッツ『Facts』exit-

 
the neo-liberal doctrines, or market fundamentalism と書いてある。「新自由主義の信条、言い換えると市場原理主義」といった意味であり、新自由主義をわざわざ言い直している。
 

歴史的背景

第二次世界大戦後、先進国されたのは、第一次世界大戦第二次世界大戦やその間に起きた世界恐慌を再び繰り返さないようにするべく、際的・内的な政治平和経済的安定化を確保するような秩序の構築だった。

この秩序を可にする政治経済体制として多くの々に合意されたものを、国際政治学者のジョンラギーは「埋め込まれた自由義」と定義した。すなわち、市場自由放任にすると不況や失業が生じるので、「調整的、緩衝的、規制的な諸制度の中に」これを「埋め込む」。つまり、際的には「自由貿易体制によって経済の開放性を高め」つつ、他方で、内的には「政府際競争に脆弱な内の社会集団を保護する」福祉国家的政策を勧めた。いわゆる修正資本主義であり、ケインズ経済学はこれを後押しするものである。

この修正資本主義は、先進諸経済成長があった1960年代まではうまく機してきたが、1960年代末頃から機しなくなった。経済的には世界的規模のスタグレーション(不気とインフレーションの同時進行)が起き、各経済的には財政危機が起きた。それらの原因は、1965年1975年ベトナム戦争1973年の第一次オイルショック1979年の第二次オイルショックとされる。

こうした深刻な危機に直面する中でいくつかの対案が出されたが、結局、国家によるコントロールをより底させるべきだとするケインズ経済学営と、市場自由競争を活発化させるべきだとする新古典派経済学営に分かれることになり、後者の、新古典派経済学営が先進国政治の中で影を持つようになった。これが市場原理主義とか新自由主義と呼ばれるものである。

1980年代アメリカロナルド・レーガンがレーガノミクスという経済政策を推し進め、同じ時期にイギリスマーガレット・サッチャーがサッチャリズムという経済政策を採用した。いずれも、規制緩和と累進課税弱体化を組み合わせた経済政策で、新自由主義の影を濃厚に受けている。また、日本においても、中曽根康弘首相が、国鉄電電公社、専売社、日本航空を相次いで民営化し、新自由主義的政策を実行している。

理論の柱

新自由主義は「埋め込まれた自由義」から自由義を解き放つことをする。すなわち、社会民主主義福祉国家政策=大きな政府によって膨らんだ財政赤字を削減するための口実として小さな政府が謳われる。ここから営事業、営事業の民営化が進められた。また、国家による市場介入ではなく、市場自由放任にすることが民にと繁栄をもたらすという市場原理主義がめられた。この考えから市場自由を妨げる様々な領域での規制を緩和していくことがされた。

理論の実践

新自由主義的国家編成の最初の実験が行われたのは、1973年チリである。民主的に選ばれた左翼社会主義政権が、アメリカCIAとキッシンジャー務長官によって支援されたピノチェト将軍によるクーデターで転覆させられたあと、ミルトン・フリードマンが拠点としていたシカゴ大学から送られた経済学者たち(シカゴ)によってピノチェト軍事政権下で新自由主義政策が、推進された。チリ経済は短期的には復を見せたが、大半は国家支配層と外の投資に利益をもたらしただけだった。

しかし、この実験を成功とみなした営が、1979年以降、イギリスマーガレット・サッチャー政権とアメリカロナルド・レーガン政権下で新自由主義政策を推進した。その後、アメリカ1990年代に加速された融化が世界中に広がり、アメリカへと利益を還流させた。結果、アメリカ経済は好況を呈するようになる。

こうしてアメリカの新自由主義が様々な経済問題の解決策であるかのように振る舞うことが政治的に説得を持つようになり、1990年代ワシントン・コンセンサス、WTOの創設で新自由主義は確立するようになる。更に、1990年代には発展途上国だけでなく、日本ヨーロッパも新自由主義的なを選択するよう経済学政治の場でされるようになる。

トリクルダウン

新自由主義理論の一つの理論的根拠として、トリクルダウン理論がある。トリクルダウンとは、社会民主主義福祉国家のように、国家の財政を共事業や福などを通じて貧困層や弱者に直接配分するよりは、大企業や富裕層の経済活動を活性化させることによって、富が貧困層や弱者へと「したたり落ちる」のを待つ方が有効であり、その方が民全体の利益になるという考え方である。

税制の正に関して言えば、これを根拠に富裕層の税金が軽減され、企業に対しておびただしい数の補助や優遇税制が提供された。こうして富の配分率が富裕層よりに変えられた。また、企業の経営方針の見直しが行われ、その延長線上で労働法の正が行われた。日本では、その経営の特徴と言われた長期雇用と年功序列が見直され、アメリカとされた利益重視になった。これにより、リストラや労働者の賃下げをしてでも、への配当を優先することが動機づけられた。この労働者の賃削減のために雇用の流動化が推進され、労働基準法正、規制緩和が推進された。日本では2008年において労働者全体に占める非正規労働者の割合が三分の一をえるまでになった。

富裕層への優遇は、投資をめぐる法解釈にも現れている。投資に関して、借り手より貸し手の権利を重視するようになった。例えば、貧しい者がその住居を差し押さえられる事を何とかするよりも、機関の保全と債権者への利払いを優先させる。実際、サブライムローンの焦げ付きから端を発した2008年危機では、多くのローン返済が困難になった貧困者が住居を追い出されたのに対して、アメリカ機関のいくつかは国家に救済された。

主な論者による批判

東京大学名誉教授文は、「新自由主義は、企業自由が最大限に保されてはじめて、個人のが最大限に発揮され、さまざまな生産要素が効率的に利用できるという一種の信念に基づいており、そのためにすべての資、生産要素を私有化し、すべてのものを市場を通じて取り引きするような制度をつくるという考え方である。新自由主義は、や大気、教育や医療、共的交通機関といった分野については、新しく市場をつくって、自由市場自由貿易を追求していくものであり、社会的共通資本を根本から否定するものである」と摘している。

ニューヨーク大学名誉教授デヴィッド・ハーヴェイは、著書『新自由主義―その歴史的展開と現在』で、新自由主義とは国家によって特定企業に利益が集中するようなルールをつくることであると摘し、著書『ネオリベラリズムとは何か』で、ネオリベラリズムとはグローバル化する新自由主義であり、際格差や階級格差を化させ、世界システム危機に陥れようとしていると摘している。また自由義は、個人の自由な行為をそれがもたらすかもしれない代償の責任を負う限りにおいて認めるのに対して、新自由主義は、機関の場合、損を被る貸し手を救済し、借り手には強く返済をめる点から、実現された新自由主義を階級権の再生と定式化する。
 
ノーベル経済学賞受賞者であるジョセフ・ユージン・スティグリッツは、「ネオリベラリズムとは、市場とは自浄作用があり、資を効率的に配分し、共の利益にかなうように動くという原理義的な考え方にもとづくアイデアをごちゃまぜにしたものだ。サッチャー、レーガン、いわゆる「ワシントン・コンセンサス」である民営化の促進にもとづいた市場原理主義である。4半世紀のあいだ、発展途上国のあいだでは争いがあって、負け組は明らかになった。ネオリベラリズム追求した々はあきらかに成長の果実を収穫できなかったし、成長したときでも、その成果は不均等に上位層に偏ることになった」と摘している。また1990年代の資本還流によるアメリカ経済の好気は、IMF世界銀行によるものと説明する。つまり、この2つは、発展途上国める融資を提供することと引き換えに債権アメリカの意向を反映した、構造調整計画を、1980年代から1990年代を通じて実施要してきた。しかしこ革は、メキシコアジア通貨危機ロシアブラジル経済危機アルゼンチンの全面破綻を引き起こした。結果が伴わない場合は、「革が十分に実行されなかった」と、責任転嫁をしてきたという。

各国の議論

中国

思想の汪暉は、中国における新自由主義の特徴の一つとして、国家の推進する企業革を擁護する「国家退場論」を挙げる。1990年代以降、急速に進められてきた企業革は、企業資産や経営権をら民間へ譲渡する「退民進」として現れる。しかし、その過程自体が国家的に推進されているため、本来資産であったものが、企業導者層ら既得権益者によって実質上私有化されるとして批判される[10]

新自由主義と共産主義の共通点

共産主義社会主義)という経済思想がある。内のすべての生産手段を有化し、 内のすべての企業企業に変えてしまおうという思想である。

新自由主義は「小さな政府」を志向する思想で、共産主義は「大きな政府」を志向する思想であり、 両者はと油のように正反対であるかのように見える。

ところが、新自由主義と共産主義には、共通点がいくつか見受けられる。 その共通点を挙げると、以下のようになる。

新自由主義を採用すると、自由競争がしくなることでごく一部の勝ち組が富を独占し、大部分の負け組との格差が広がっていく。

共産主義経済格差も顕著である。企業の経営を一手に握る官僚は、富を独占して贅沢な暮らしをする。ソ連ノーメンクラトゥーラは特権階級として有名で、彼ら向けの百貨店も存在した。一方、庶民は配給の列に並んで、決まった量の粗末な品物を受け取る毎日になる。

経済格差を肯定的に扱い、決して修正しようとしないところが、新自由主義と共産主義の共通点である。
 

  • 市場の独占・寡占が進む

新自由主義を採用すると、自由競争がしくなることで、企業の合併が進んでいく。「競争を付けなければならない」といいつつ、同業の企業が合併していき、大きな市場シェアを抱える企業ばかりになる。市場を2~3社で寡占するようになる。

共産主義も同じで、内のすべての企業有化することで、政府という大企業1社が全業種の市場シェア100%独占するようになる。

市場の独占・寡占を肯定的に扱うところが、新自由主義と共産主義の共通点である。
 


明確な共通点は、以上の2点となる。

また、「既得権益に対する嫉妬心を煽りつつ、既得権益の解体をす」という点も、曖昧ではあるが共通点の1つといえる。

新自由主義は「政府規制に保護されている存在」に対する嫉妬心を煽る。公務員農家労働組合、正社員といった人たちを既得権益と呼び、そうした人たちが政府規制の保護を受けて不当な利益を享受していると論じたて、既得権益の解体をする。

共産主義は資本家持ちに対する嫉妬心を煽る。会社を所有する資本家持ちを既得権益と呼び、そうした人たちが労働者を搾取して不当な利益を享受していると論じたて、既得権益の解体をする。


富を生み出さないのに富を得ている存在、すなわちフリーライダーへの軽蔑と憎悪が強いことも、新自由主義と共産主義の共通点である。言い換えると、新自由主義も共産主義も「働かざる者食うべからず」の精を強く持っており、働かない者を軽蔑・憎悪する傾向がある。

新自由主義は、払った税金の額よりも多くの額の利益を政府の福部門から受けている人を軽蔑する傾向にある。新自由主義の旗手であるロナルド・レーガンは、「福女王welfare queen)が存在していて、税金をロクに払わないのに福制度を悪用して高級を乗り回している。納税者の富にただ乗りして、納税者を搾取している」と選挙の時にしていた(批判者から「でっち上げ」と摘されていた)。

共産主義というと労働価値説であり、そこから「会社の富を本当に作り出しているのは、労働者である」という論理を展開していた。その論理から、「である資本家は労働もしていないのに利潤を得ている。労働者の富にただ乗りして、労働者を搾取している」としていた。


「官と民が共存する」という思想を持っておらず、官と民の片方がもう片方を底的に攻撃することでも共通している。共産主義は典的な官尊民卑で、民間企業の存在を決して許さないというものである。新自由主義は典的な民尊官卑で、政府に回す予算を底的に削ることを好み、経済における政府の存在を決して許さないという傾向が非常に強い。

「巨大な団体に所属して人事権を振るう現役の権者」に対する個人崇拝が発生するところも共通点である。共産主義では独裁者の肖像画や彫刻を広場に設置して、「独裁者人的な判断を正しい方向に導いた」と宣伝して、民衆が崇拝するように仕向ける。新自由主義が流行って累進課税弱体化したでは、大企業経営者が「カリスマ経営者」になって高額報酬を受け取ることをすようになり、経済雑誌に登場してロック歌手アイドルであるかのように振る舞って、「経営者の人的な判断大企業を正しい方向に導いた」と宣伝して、民衆が自らを崇拝するように仕向ける[11]
 

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関連項目

脚注

  1. *「垂れ流し」とは汚を排出する公害企業を連想させるネガティブな表現である。財政政策の論争では、相手のイメージを悪くさせるネガティブ表現を駆使するのが恒例である。
  2. *新自由主義の信奉者とされる竹中平蔵小泉純一郎読して絶賛するサミュエルスマイルズの『自助論』には、「不幸退廃からをそむけて、幸福感に満ちあふれた楽天的な性格になり、得をしよう」という記述が見られる。
  3. *新自由主義の信奉者とされる竹中平蔵小泉純一郎読して絶賛するサミュエルスマイルズの『自助論』には、「貧困になっても成功できる。貧困が人を成長させる」という思想が随所に見られる。
  4. *こうした心理傾向をダニング=クルーガー効果exitという。
  5. *至上義(資本主義)の反対ステークホルダー資本主義といい、企業が従業員・取引先・顧客・地域社会といったあらゆるステークホルダー(利関係者)へ貢献することをすものである。
  6. *この典小室直樹であり、『日本人のための経済原論exit_nicoichiba』などの著作で熱心に「日本人至上義と所有権の絶対性を理解していない」としていた
  7. *生明は会社の値段(ちくま新書)exit_nicoichibaの第二章の58ページあたりにおいて「1960年代頃までのアメリカ合衆国には『は黙って経営者のいうことを聞いていればよい』という潮があった」と摘している。また、アドルフ・バーリexitガーディナー・ミーンズexit1932年に発表した『現代株式会社と私有財産exit』という論文を紹介していて、「現代の大企業を支配しているのは雇われ経営者であり、は会社の所有者であるにもかかわらず会社の支配とは縁な存在になる」と論文の内容を要約している。
  8. *第一次世界大戦の直前、イギリスドイツの間の貿易はとても盛んで、ドイツにとってイギリスが最大の貿易相手であり、イギリスにとってドイツは第二の貿易相手だった。中野剛志が『富国と強兵exit_nicoichiba』の342ページでそのことを摘している。ちなみに中野剛志は、ピーター・リバーマンの『Trading with the Enemy: Security and Relative Economic Gainsexit』という論文を引用している。
  9. *【竹中平蔵の骨太対談】vol.29 天は自ら助くる者を助く 自助・自立の勧め/vs リンクアンドモチベーション社長 小笹芳央exitにて、竹中平蔵が「小泉純一郎にとって一番好きな本のうちの1つが『自助論』である」と言している。また、竹中平蔵も『自助論』が好きで、「ゼミの学生経済学の本よりも先に『自助論』を読ませる」とっている。また、渡部昇一も『歴史の鉄則exit_nicoichiba』などの自著で『自助論』を絶賛していた。マーガレット・サッチャーも『自助論』を読し、「英国の全ての小学生に『自助論』を贈りたい」と発言したという(記事exit
  10. *汪暉(著)、石井剛・羽根次郎(翻訳).『世界史のなかの中国文革琉球チベット』.土社,2011年,p.132
  11. *累進課税弱体化させるとこうした大企業経営者の姿が見られることは、トマ・ピケティが『21世紀の資本exit_nicoichiba』の532ページで、ポール・クルーグマンが『格差はつくられたexit_nicoichiba』の101104ページで、それぞれ摘している。

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新自由主義

1251 ななしのよっしん
2021/09/14(火) 21:10:21 ID: w7n0vYUSfg
懲罰的賠償なんて笑うのは弁護士だけでしょ
カリフォルニアみたいになるよ
当局の摘発や法規制で是正するのがひとつの手だが、これはこれで逆進的に働くから難しいんよね
1252 ななしのよっしん
2021/09/17(金) 08:49:53 ID: BtSumw2EyW
>>1244
新規貯蓄率は日本世界最下位クラスだけどな
日本経済はすでに貯蓄をすり減らす経済に移行してる
ちなみに中国は新規貯蓄率世界トップクラス
1253 ななしのよっしん
2021/09/17(金) 08:54:07 ID: 2jsCT+uDm8
ちゃんと努してたらいくらでも貯蓄できるけどね
1254 ななしのよっしん
2021/09/17(金) 18:06:10 ID: HYrfQfHNXi
非正規じゃまず理だけどな>貯蓄

正社員になってやっとちゃんと貯蓄できてるし
なんなら普通銀行に預けるよりも投資信託で積み立てやった方が貯まりやすい

んでもって財界も政界も正社員減らす方向に動いてるから
このに待っているのは結構悲惨な結末だぞ

まあ寿命を引き伸ばしたいのであれば
「反新自由主義法」でも作って新自由主義者の職追放なり再教育なり手段を問わずに色々やって底的にネオリベを遠ざける事ですな
1255 ななしのよっしん
2021/09/17(金) 18:10:37 ID: 2jsCT+uDm8
それはない
新自由主義は大歓迎
しない人を救う必要なんてありません
1256 ななしのよっしん
2021/09/17(金) 18:14:26 ID: QAn7szJYm/
>>1248
いやは個人には冷淡だけど企業は熱心に救済してきたよ
それでも企業が投資せずキャッシュを積み上げてるのは単に適当な投資対を見つけるがないだけ
あと護送船団方式の末路を見ても分かるように、企業を救済するのは必ずしもいいことではない

>>1253
この手の努信仰って何なんだろな
してても稼げない人間なんていくらでもいるだろうに
そもそも努出来る環境自体が恵まれているわけで
1257 ななしのよっしん
2021/09/17(金) 22:53:55 ID: jn8EL2eVOy
>>1252
その中国は、再び毛沢東時代に戻るのかってくらいの大企業資産締付けの共産主義化と習近平個人崇拝を押し進めてるわな
どうなることやら
1258 ななしのよっしん
2021/09/17(金) 22:58:01 ID: jn8EL2eVOy
>>1256
アメリカ何かは新自由主義の本場とか言われてるけど、ウォールの投資銀行とかダウ採用企業とかの巨大企業は財務体質の悪化がわかるといつも的資注入されたりと助けられてるわな
アメリカは一般庶民には信じを押し付けて、権者は何かあればが救ってくれる社会主義という感想
1259 ななしのよっしん
2021/09/17(金) 22:59:02 ID: jn8EL2eVOy
☓信じを
新自由主義
1260 ななしのよっしん
2021/09/17(金) 23:17:45 ID: jn8EL2eVOy
>>1255
みんながそういうモチベーション保てるわけじゃないからな
中国なんかはそういうのに疲れて最低限の慎ましい生活を送る寝そべり族と呼ばれる若者が増えてると聞くし
最近の共産主義路線回帰は、格差の広がりについていけない民の無気力化、社会不安化を恐れた政府の意向もあるんだろう