日立製作所>日立電鉄
概要
本社は茨城県日立市幸町三丁目4-6に存在した。常陸太田市と日立市を結ぶ日立電鉄線を運行していた。
その名の通り、日立製作所が同社の株式の約6割を保有し、筆頭株主であった。
1927年、「常北電気鉄道」として設立される。
1941年に日立製作所傘下の企業となった。
1944年に「日立電鉄」に改名した。ちなみにこの頃には常南電気鉄道と言う会社も存在していた。
戦時下では茨城県でも私鉄の統廃合が促進され、政府から南部、中部、北部の3ブロックで分割する案が出される。北部地区に属する日立電鉄が、後に茨城交通となる各路線(水浜電車、茨城鉄道、湊鉄道など)を買収する形の案になっていたが、日立製作所の意向から4ブロック制に変更され、日立バスや周辺のバス事業者の買収を伴いつつ日立製作所系列で存続する事となる。なお、この際に一部のバス路線が茨城交通に譲渡されている。
2005年、全線廃止。鉄道事業から撤退。
2009年、日立電鉄企業解散、消滅。
その後もバス事業は鉄道事業撤退時に設立された「日立電鉄交通サービス」(通称:日立バス)が継続して事業を行っていたが、2019年5月1日付けで茨城交通に吸収され消滅。この世から「日立電鉄」の冠を称する企業が完全消滅した。
日立電鉄交通サービスの事業(バス事業)については茨城交通の記事を参照。
鉄道事業
日立電鉄線という路線を保有していた。総延長18.1キロメートル。
茨城県常陸太田市の「常北太田駅」と、同県日立市の「鮎川駅」を結んでいた。
軌間は1067ミリメートルで、直流600ボルト電化鉄道であった。
かつては茨城県北部の中心的地域であった太田だが、日本鉄道線(常磐線)が新たな中心となりつつあり、水戸鉄道線(水郡線)の郡山方面へのルートからも外れ、将来が危ぶまれた。そんな状況を打破する目的の路線であり、「大甕駅」~「久慈駅」、次いで「久慈駅」~「常北太田駅」の区間が開業するも、開業後の営業成績は振るわなかった。
軍事関係の需要増加に伴い、日立製作所が太田方面からの労働力を利用するようになると一時的に利用者が急増する。また、この頃に日立製作所の傘下となっている。
日立製作所は水戸~日立間の高速鉄道の敷設を考えていたとの事で、1942年には「大甕駅」~「日立駅」間の免許を取得している。実際開業したのは「大甕駅」~「鮎川駅」までの区間に留まった。
戦後は輸送量の半減に加え、バスや自動車との競争が激化し再び経営が悪化している。1951年には併合閉塞を導入、1966年には単線自動閉塞を導入、1969年にはCTCを導入、1971年にはワンマン運転の導入など徹底的な合理化を行うが限界に達し、廃止が表明される。
常陸太田市が新たな運転事業者を募集する試みを行い、岡山電気軌道が反応する。設備を譲渡する場合と自治体で維持する場合の試算がされるが、いずれも赤字補填の公的負担が大きくなる結果となり断念される。
こうして予定通りに全線が廃止されるに至った。
余談だが、ここで働いていた運転士の半数は、首都圏新都市鉄道つくばエクスプレスに再雇用された。
駅一覧
| 駅名 | 距離 | 開業 | ■乗り換え路線・備考 | 所在地 |
|---|---|---|---|---|
| 常北太田駅 | 0.0 | 1929年7月3日 | ■JR水郡線 常陸太田駅 | 常陸太田市 |
| 小沢駅 | 1.5 | 1929年7月3日 | ||
| 常陸岡田駅 | 2.5 | 1929年7月3日 | ||
| 小目 | 3.7 | 1929年7月3日 | 1944年9月2日休止。 1947年11月18日廃止。 |
|
| 川中子駅 | 4.3 | 1929年7月3日 | ||
| 大橋駅 | 6.2 | 1929年7月3日 | 日立市 | |
| 茂宮駅 | 7.2 | 1929年7月3日 | ||
| 南高野駅 | 8.4 | 1929年8月16日 | 1944年9月16日休止。 1947年11月18日廃止。 1952年9月1日再開。 |
|
| 久慈浜駅 | 9.4 | 1928年12月27日 | 当初は久慈駅として開業。 1929年8月15日に改称。 |
|
| 大甕駅 | 11.5 | 1928年12月27日 | ■JR常磐線 | |
| 水木駅 | 13.0 | 1947年9月1日 | ||
| 大沼駅 | 14.4 | 1947年9月1日 | ||
| 河原子駅 | 15.5 | 1947年9月1日 | 1948年10月に移転。 | |
| 桜川駅 | 16.6 | 1947年9月1日 | 1956年8月23日に移転。 | |
| 鮎川駅 | 18.1 | 1947年9月1日 |
廃止時点での車両
- 2000形・3000形
- 2000形は片運転台、3000形は両運転台車。
営団地下鉄(現:東京メトロ)銀座線で運用されていた「2000形」に、日比谷線で運用されていた「3000形」の台車・パンタグラフ・モーターを取り付けた車両である。
改造は京王電鉄の子会社「京王重機整備」で行われた。
現在、3023Fが日立市内の鉄道模型店で保存されているほかは、全車解体されてしまい現存しない模様。
余談だが、銚子電鉄で運行していた「1000形」は、当初日立電鉄に譲渡される車両の一部がキャンセルになってしまい、銚電に買われたという経緯がある。
バス事業
茨城交通の記事を参照。
関連動画
関連商品
関連項目
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