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アリマキネン
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さぁ、今年はどんな
ドラマが待っているか?
感動を分かち合って
大いに楽しもうじゃないか。

それが、有馬記念だからさ!

〜JRA中山競馬場 2021年度有馬記念CM
朗読『有馬記念「トウカイテイオー」』より〜


すべての人と馬が、夢をかける日

有馬記念
グランプリ

GI・中山競馬場・芝2500m



2009年 第54回有馬記念
優勝馬 ドリームジャーニー号 口取り式

有馬記念とは、日本中央競馬会(JRA)が主催する競馬のGI競走であり、その年の中央競馬開催を締めくくる大レースである。

施行条件は3歳以上限定、斤量定量、中山競馬場芝2500m。
ファン投票によって優先出走馬を選出する競馬界のオールスターレースであり、日ごろは競馬に親しみがない人々にも高い知名度を誇る、年末の国民的娯楽として知られている。

概要

地方競馬の東京大賞典、競輪のKEIRINグランプリ、競艇の賞金王決定戦、オートレースのスーパースター王座決定戦……と、年末には公営競技のビッグタイトルが相次いで開催されるが、その中でも特に人気を集めているのが有馬記念であり、競馬をあまり知らない人にも「競馬の祭典」こと東京優駿(日本ダービー)と並んで知名度が高い。日本ダービーが「競馬関係者の」最高の舞台であるなら、有馬記念は「ファンたちの」最高の舞台といえるだろうか。

競馬ファンにとっての有馬記念とは、自分たちが票を投じた優駿達が繰り広げるドリームレースであり、応援してきた馬のラストランを見守る場であり……本年度の負けを取り返す一発逆転賭場でもある(ホープフルはほら、2歳馬戦は予想が難しいから…)。更にそこに「テレビで名前を聞いたあの馬やあの騎手が出るらしい」と興味を持った一般層も加わるため、馬券の売り上げはJRAどころか世界一を記録し、1996年の売り上げ約875億円はギネスにも認定されている。アメリカのブリーダーズカップの創設期には、その全レースを合計しても有馬記念1レースの売り上げに及ばなかったという逸話もある。

「お客さんの目の色が違う。血走っている人もいますよね。
“頼むぞーっ”という声が多いのも有馬記念の特徴。
年を越すのに“おまえが頼りなんだ”という意味かな。
ダービーの日の東京のスタンドはお祭りのような空気だけど、有馬記念の中山は違う。
どこか悲壮感がある。日本的でいい感じです」

―――武豊(騎手)・2017年度有馬記念直前取材にて

当日の競馬場入場者数も凄まじく、第二次競馬ブーム全盛期の1990年度には17万7779名もの大観衆が押し寄せている(午前中に馬券を買って帰った人もそれなりにいたが、午後には入場規制が行われた)。競馬人気が斜陽となった2010年前後においても10万人規模の来場者をキープしていた。新宿東口のアルタビジョンでも中継が入り、ビル前に集結した観客が暴動じみた大声援をあげるのも毎年の風物詩であった。

2020年からは新型コロナウイルス(COVID-19)が大流行し、入場券発売をインターネットに限定した小観客開催が実施された。COVID-19がある程度収束した22年以降も混雑回避の観点から、ネット抽選販売による事実上の入場規制が行われており、およそ55000人前後の入場者数で推移している。また、入場・指定席券料金も通常のGIデーより大幅に引き上げられており、日本ダービー同様エクセルフロアも通常時より大幅に高い特別料金を設定している(それでも完売はザラ)。


90年代以降は距離やコース適性を考慮し、開催時期が近い香港国際競走へ遠征する馬が増えたものの、中央競馬の1年を締めくくるこのレースをラストランとする馬も多く、創設以来多くの名レースやドラマが生まれた。またジャパンカップと並び、クラシック三冠戦線を戦った3歳(旧4歳)馬と歴戦の古馬が一堂に会するレースとしても注目を集めており、そのため国内レースのレーティングは高水準をキープしている。レーティングトップの座は大抵JCと有馬で争われる。

2017年以降は、ホープフルステークスがGIに昇格し、基本的に12月28日に開催されるようになったことで、有馬記念が「年内最後のGI」にならないことも増えた。なお、地方競馬を含めれば中央競馬の開催終了後の12月28日または29日に開催される東京大賞典が「国内最後のGI」になる。

沿革

日本競馬の父、安田伊左衛門から中央競馬2代目理事長の座を譲り受けた有馬頼寧(ありま よりやす)は、ファンサービスや競馬のイメージアップに尽力した。

有馬は中山競馬場でも東京優駿に匹敵する大レースの開催を考え、年末にプロ野球のオールスターゲームを基にしたファン投票で出走馬を選ぶ形式を発案。年末の中山開催は中山大障害ほどしか目玉が無い上、当時の天皇賞は勝ち抜け制度があり、天皇賞馬が斤量差なしで出られるレースが少ないという問題も抱えていた。その年に活躍した3歳馬(旧4歳)と古馬の直接対決の機会も無かったため、この計画はとんとん拍子で受け入れられていった。

折しも1956年は中山競馬場の新スタンドが落成。新スタンド落成記念競走とし、1956年12月23日に芝2600mで「第1回 中山グランプリ」が開催される。優勝賞金は東京優駿と同額の200万円(天皇賞は150万円)とされた事から、このレースにかける期待の高さが伺い知れる。
中山グランプリは8000万円以上の売上金を誇り大成功に終わったが、翌年1月に有馬は急逝。1957年の第2回から有馬の功績を称えて「有馬記念」と改称され、「グランプリ」の副題がつくことになった。

ちなみに、現在使用されているすぎやまこういち作曲の東京・中山のGIファンファーレが初めて流れたのは、1986年の第31回開催である。

余談:創設者・有馬頼寧について

有馬頼寧は、戦前は久留米藩有馬氏(有馬則頼の子孫)の当主として伯爵。農政学者として活躍する一方、戦時体制に移行する間際には農林大臣も務めていた人物である。中央競馬における功績は「中山グランプリ」の開催の発案の他、ファンサービスの充実(ラジオNIKKEIの競馬中継は有馬任期時代に始まった)や、老朽化していた施設を改築するための開催の実施(他競技でいう「施設改善開催」)を実現したことなどが挙げられる。

また、戦前には部落解放運動や農林漁村文化協会、関東大震災で親を失った孤児を受け入れる児童福祉施設の立ち上げなど社会運動に携わる一方、東京セネタース(戦時中に解散したため正規の後継はないが、チームにいた人材が現在の北海道日本ハムファイターズを立ち上げた)や日本卓球協会といったスポーツ振興にも尽力。戦後は公職から追放されたが、農林省関係・スポーツに関する知識の深さを買われ、特殊法人となった国営競馬改め日本中央競馬会に招かれる形となった。

息子の頼義は直木賞を受賞するなど作家として活躍。その子は久留米有馬氏と繋がりの深い東京水天宮で神職を務めている。また娘の1人は旧津和野藩亀井家に嫁ぎ、その孫が亀井亜紀子元衆議院議員である。他の娘も斎藤実の子供、関東公方の子孫で江戸時代は喜連川藩の藩主を務めた足利家に嫁いでいる。

ちなみに。「有馬記念」と聞いて「有馬温泉由来なのかな?」と勘違いする競馬素人は割と多いが、頼寧の出身である有馬氏のルーツを辿ると有馬の地に行き着くため、実は全くの無関係というわけでもない。

2000年以降の動向

2000年からは、天皇賞(秋)・ジャパンカップ・有馬記念を同一年内に連覇した馬には報奨金が与えられることになった(秋古馬三冠)。初年度のテイエムオペラオーがいきなり達成し、2004年にゼンノロブロイが続いたことで定番化するか……と思いきや、その後は達成馬どころか秋三冠を連戦する馬自体が少なくなり、すっかり途絶えている。2024年のドウデュースが秋天・JCを連勝し秋古馬三冠が期待されるも、跛行により出走取消となった。

2007年、日本がパート1国になることに伴い、国際競走に指定された。国際招待競走であるジャパンカップや香港国際競走の開催が近いこともあってか、現在のところ外国調教馬の出走はない。

2016年からは賞金が3億円に増額され、ジャパンカップと並び国内最高賞金のレースとなる。2022年からはJCと共に4億円に、2023年にはさらに5億円に増額。

先述の通り、2017年以降はホープフルステークスのGI昇格に伴う競馬法改正によって、国内中央GIの最終開催が前後するようになった。ホープフルSは基本的に12月28日に開催されるが、有馬記念が29日に開催される、または27日もしくは28日が日曜日となる年度の場合、ホープフルS→有馬の順に開催される(一例を挙げると2020年は26日土曜にホープフルS+中山大障害、27日日曜に有馬記念が開催された)。

レース傾向

第1回から第4回までは芝2600m(内回り)、第5回から第10回までは芝2600m(外回り)、その後第11回から芝2500m(内回り)になって現在に至る。
中山競馬場外回りコースの終端部に近い位置にスタートがあり、約200mの直線の後に第3コーナーに入る。そのままホームストレッチを通り、内回りコースを一周する。フルゲート数は他の中山競馬場芝2500mコースと同じく、16頭。

最初の直線が非常に短く、直ぐにコーナーに入っていくために馬群が縦にばらけにくい。このため外枠の馬はなかなかインコースに切り込めず、外外を回らされる。更に発走地点も微妙にカーブしており、外枠の馬はスタートした時点でポジションが後ろ側になる。特に大外16番は超絶不利と言ってもよく、有馬記念史上16番ゲート以降から発走して馬券圏内に入ったのはスターズオンアース(2023年)一頭しかいない[1]。70年代以前は10頭前後の少頭数で行われることが多かったので、この問題が顕在化していなかったのだが……。
なお、当然ながら最内枠も外の馬に進路を塞がれやすい構造になっており、他の馬と離れて走りたい馬には地獄の枠と化すほか、逃げ・先行馬も「スタート失敗=ほぼ試合終了」となる。全体的には「やや内寄り」の枠番が安定している。

開幕直後の先頭争いは激しいが、その後はコーナーを6回も回るため、レースのペースは落ち着いたものになりやすい。基本的には先団好位を確保した馬が優勢だが、飛ばし過ぎて高低差2.2mのゴール前急坂で力尽きたり、後方追走からまくった馬が激走することもあれば、短い最終直線で追い込み切れずに涙を呑むこともある。中山競馬場のコース設計自体、他のJRA主要3場に比べてトリッキーであるため、地力に加えて「中山コース適正」が重要ともいえる。ファン投票1位の声に応えて香港遠征を取りやめ、苦手な中山でラストランに挑んだ02年ナリタトップロード陣営には頭が下がるばかりである。

有馬記念マイラー有利説?

競馬ファンの間で定期的に飛び出すネタとして「有馬記念馬は本質的にマイラー」というものがある。オグリキャップ、グラスワンダー、ナリタブライアン(あと当時は1800m重賞だった安田記念馬のホマレボシ)などのマイルG1&有馬勝ち馬や、マイルCSからのローテで好走したサッカーボーイ、ナイスネイチャ、ダイワメジャーなどから発祥した与太話である。というかぶっちゃけ安田記念レコードホルダーのオグリのおかげで言われている。

コース形状だけを見て論ずるなら、確かに中山芝2500mコースは距離適性がSMILE区分でいうM~I部分の馬でも勝負になりやすい。直線部分が短く、小回りでスピードを出しづらい=息を入れやすいコーナーが7回もあるため、他場なら途中でいっぱいになるような馬でも、最終直線まで力を残しやすいのだ。
もっとも実際のレース展開は枠番や他馬の動向に左右されることは言うまでもない。予想の際は頭の隅っこに覚えておく程度にしておこう。

出走情報

2026年時点の詳細情報は、以下の通り。

出走馬資格
サラ系3歳以上
JRA所属馬(未勝利・未出走馬は不可)
地方競馬所属馬(オープン馬のみ)
外国調教馬
負担重量
定量 3歳56kg / 4歳以上58kg / 牝馬は一律2kg減
本賞金
1着5億円、2着2億円、3着1億2500万円、4着7500万円、5着5000万円
出走可能頭数
16頭(内外国馬6頭まで)
出走馬選定方法
  1. 第2回特別登録(出馬投票)を行ったJRA馬のうち、ファン投票順位50位以内から上位10頭
  2. 選考委員会で選定された外国馬
  3. 以下の順序で決まる優先順位が上位の馬
    1. 自己条件が高い馬(オープン→3勝クラス→2勝クラス→1勝クラス)
    2. 出走馬決定賞金(通算収得賞金+過去1年間の収得賞金+過去2年間のGI競走における収得賞金)が高い順

なお、ファン投票50位以内で出走馬10頭が揃わない場合は賞金順に追加選出される[2]

公開枠順抽選会

JRAの競走では通常、出走馬の枠順決定(コンピュータ決定)は非公開で行われるが、2014年以降の有馬記念に関してはエンタメ性を重視した公開抽選会を行っている。フジテレビが中継を担当し、その年のJRAイメージアンバサダーのタレントや俳優も交えて行われるこの「有馬記念フェスティバル」もまた、様々な悲喜こもごもの舞台となっている。

2014年は出走陣営を抽選し、当選した陣営から先着順に希望の枠番を指定していく方式だった。翌年以降はゲスト出演者が出走陣営を抽選し、当選した陣営が枠順の抽選に臨むという方式で行われている。

大外を引いた陣営の落胆、気の知れた関係者同士で交わされる煽り合い、受けたり滑ったりのジョークやコスプレ、日本語が分からず暇そうにしている短期免許の外国人騎手など、見どころは満載である。

主な前走・前哨戦

競走名 格付 施行競馬場 施行距離 間隔
菊花賞 GI 京都競馬場 芝3000m 9週
天皇賞(秋) GI 東京競馬場 芝2000m 8週
エリザベス女王杯 GI 京都競馬場 芝2200m 6週
ジャパンカップ GI 東京競馬場 芝2400m 4週
ステイヤーズステークス GII 中山競馬場 芝3600m 3週

伝説のレース

年末の大一番、夢のオールスター戦として行われる有馬記念。必然的にライバルの激戦やラストランも多く、伝説のレースを多数生み出した。

1956年 記念すべき第1回は八大競走ウイナー7頭を含む12頭の豪華メンバーで開催。1番人気の菊花賞&天皇賞馬メイヂヒカリが日本レコードを叩き出し、ラストランを飾った。
1957年 驚異の単勝支持率76.1%を背負ったダービー&天皇賞馬ハクチカラが見事優勝。有馬史上初にして唯一の単勝元返しが発生。
1959年 天皇賞(秋)優勝牝馬ガーネツトが、後のシンザンをも超える超大外から4馬身差で牝馬初の有馬優勝を決める。秋天と有馬記念を連勝した牝馬は、彼女と71年のトウメイのみ。
1960年 オークス馬スターロツチが3歳(旧4歳)馬として初優勝。抽籤馬の八大競走初優勝でもある。
1963年 リユウフオーレルが史上初となる宝塚記念、有馬記念の春秋グランプリ制覇を達成。「東高西低」と言われていた中、第8回目にして関西所属馬の初優勝でもあった。
1965年 シンザンのラストラン。主戦騎手の直前交代や、打倒シンザンに燃える加賀武見&ミハルカスの作戦も何のその。大外埒沿いへ「姿を消す」激走で一気に抜け出し、史上初の5冠達成。
1970年 スピードシンボリのラストラン。海外を転戦した7歳馬が有馬史上初の連覇を達成し、引退の花道を飾る。シンボリ牧場・有馬連覇三連星の一番星。
1974年 第一次競馬ブームの立役者・ハイセイコーと、宿命のライバル・タケホープのラストラン。ライバル対決はハイセイコーに軍配が上がり、テレビ中継はハイセイコーのリベンジを繰り返し伝えた。2着ハイセイコーに5馬身差で優勝したタニノチカラの影が薄くなったことがネタにされる。
1976年 「天馬」トウショウボーイVS「流星の貴公子」テンポイント、決戦の時。トウショウボーイがレコード優勝。
1977年 「TTG」そろい踏み最後のレース。宿命のライバル、トウショウボーイとテンポイントのマッチレースにグリーングラスが迫る。最後の勝者はテンポイントであった。
1979年 「緑の刺客」グリーングラスのラストラン。先に引退したTTの後を追う老兵が、メジロファントムの猛追を振り切り優勝。TTG伝説、ここに完結。
1982年 公営愛知競馬出身のサラ系馬・ヒカリデユールが、連覇を狙ったアンバーシャダイ以下、中央で走り続けた良血馬に下克上を果たす。
1985年 「皇帝」シンボリルドルフが史上2頭目の連覇を遂げ、史上初の7冠達成。フジテレビ盛山毅アナの実況「世界のルドルフやはり強い!日本のミホシンザンを離す!」が有名。皇帝勝利が絶対視されたためか、馬券売上は前年比-40%だった。
1986年 優勝馬ダイナガリバーの鞍上・増沢末夫が最年長勝利記録を更新。ラストランのギャロップダイナがブービー11番人気から2着に激走し再びの波乱を演出。3着ミホシンザンは秋古馬三冠を3戦連続3着の憂き目に…
1987年 3番人気メリーナイスがいきなり落馬、1番人気サクラスターオーが故障で大波乱。枠連4-4、ゾロ目の万馬券決着にスタンドと全国の競馬ファンは阿鼻叫喚。
1988年 タマモクロスVSオグリキャップ、最後の死闘。オグリキャップ悲願のGI初制覇、タマモクロスからの「芦毛伝説」継承をもって、昭和最後の有馬記念は幕を閉じた。
1989年 平成初の有馬記念は「平成三強」そろい踏み最後のレースに。イナリワンがスーパークリークをハナ差抜き去りレコード優勝。過酷ローテで力尽きたオグリキャップはそのまま温泉送りに…
1990年 オグリキャップ復活、ラストラン。場内に17万余人のオグリ・コールがとどろいた「日本競馬最良の日」。鞍上の武豊は最年少勝利記録を更新。大川慶次郎のリャイアン!もお忘れなく。
1991年 14番人気、「最強の一発屋」ダイユウサクが一世一代の大激走でレコード優勝。有馬史上初にして唯一の単勝万馬券となり、スタンドと全国の競馬ファンが「これはびっくり」。
1992年 15番人気、メジロパーマーが大逃げで優勝。2着にも5番人気のレガシーワールドが入った事で馬連3万馬券となり、前年に続きスタンドと全国の競馬ファンが唖然茫然。
1993年 トウカイテイオー、奇跡の復活! 故障のため一年明けとなったレースを制し、GI勝利最長間隔記録を作る(その陰でナイスネイチャが3年連続3着の珍記録達成)。
1996年 概要にもある通り、世界最高の馬券売上を記録したレース。サクラローレルが勝利し、引退を控えたサクラ軍団の専属調教師・境勝太郎に最後の勲章をプレゼント。
1999年 グラスワンダーVSスペシャルウィーク、再戦。長い写真判定の末に4センチ差でグラスワンダーが優勝し、史上3頭目の連覇達成。勝利を確信したスぺ鞍上・武豊の2着ウイニングランも有名。
2000年 テイエムオペラオーが絶体絶命の包囲網を打ち破り「ハナ差圧勝」。年間無敗で古馬王道完全制覇を達成し「世紀末覇王」の異名をとる。
2003年 シンボリクリスエスのラストラン。前走で9馬身差をつけられたタップダンスシチー他を9馬身差で置き去りにする圧勝で史上4頭目の連覇達成。現在の有馬史上最大着差での勝利記録である。
2004年 ゼンノロブロイがタップダンスシチーとの激闘を制し、レースレコードとして輝く当時のJRAレコードタイムで秋古馬三冠達成。鞍上のオリビエ・ペリエも有馬唯一の三連覇ジョッキーに。
2005年 ハーツクライが無敗の三冠馬ディープインパクトに土をつける勝利。ディープ目当てのミーハー観客達は唖然・騒然。
2006年 ディープインパクト、最後の衝撃。ラストランで昨年の雪辱を晴らし、種牡馬として第2の快進撃へ。
2008年 ダイワスカーレットが37年ぶり4頭目の牝馬優勝を果たす。牝馬が1番人気で優勝は史上初。
その裏でアドマイヤモナーク、エアシェイディの人気薄2頭が馬券圏内に入り、有馬史上最高配当の3連単98万5880円を叩き出す大波乱を起こした。
2009年 有馬史上初の4歳馬不在のレース。ドリームジャーニーが春秋グランプリを連覇。
コスモバルクが6年連続出走を果たし、メジロファントムとナイスネイチャの出走数記録を更新。
2012年 ゴールドシップが向こう正面最後方からまくり、15頭ごぼう抜きの圧勝。その陰でルーラーシップが秋古馬三冠を3戦連続出遅れ&3戦連続3着の怪記録を達成。
2013年 「金色の暴君」オルフェーヴルVS「黄金の不沈艦」ゴールドシップ、史上初の有馬勝ち馬対決が実現。ラストランのオルフェーヴルが8馬身差の圧勝で有終の美を飾る。
2014年 「鬼貴婦人」ジェンティルドンナのラストラン。GI馬10頭、GII馬6頭が集う超豪華メンバーの中、中山競馬場初出走にも関わらず優勝して7冠を達成しターフを去っていった。
2017年 「みんなの愛馬」キタサンブラックのラストラン。過去2回の敗北を糧にマイペースの逃げ切りで7冠を達成し、獲得賞金記録を更新。場内には北島三郎と観客の「まつり」が響いた。
2018年 平成最後の有馬記念はブラストワンピースが優勝し、鞍上の池添謙一が有馬最多勝利記録を更新。
障害競走の絶対王者・オジュウチョウサンがファンの声援に応え出走したのも話題となった。
2019年 史上最多のGI馬11頭が集う、令和初開催に相応しい一戦を制したのはリスグラシュー。5馬身差の圧勝でラストランを飾った。その陰で一番人気アーモンドアイが9着撃沈し、約200億馬券が紙屑に。
2022年 有馬優勝の史上最短キャリア・デビュー6戦目の「天才少年」イクイノックスが勝利。
2着ボルドグフーシュの鞍上・福永祐一は史上2人目の平地GI全競走連対を達成。
2023年 86年以降最多・11頭乗り代わりの大混戦でドウデュース&武豊が復活勝利。武は最多勝利タイ記録にして最年長勝利記録を更新。スターズオンアースが「死の16番」から初の連対を達成。
2024年 大本命取消で生まれた混沌の中、ファン投票で出走権を確保したホープフルS馬レガレイラが古豪シャフリヤールとの叩き合いをハナ差制し、3歳牝馬として64年ぶり2頭目の優勝。ハヤヤッコが白毛馬初の有馬出走。
XX年 ──次の伝説を見よ。

歴代優勝馬

回数 開催日 競馬場 距離 優勝馬 性齢 勝利騎手 勝ち時計 頭数
第70回 2025年12月28日 中山 芝2500m ミュージアムマイル 牡3 C.デムーロ 2.31.5 16
第69回exit_nicovideo 2024年12月22日 中山 芝2500m レガレイラ 牝3 戸崎圭太 2:31.8 15
第68回exit_nicovideo 2023年12月24日 中山 芝2500m ドウデュース 牡4 武豊 2:30.9 16
第67回exit_nicovideo 2022年12年25日 中山 芝2500m イクイノックス 牡3 C.ルメール 2:32.4 16
第66回exit_nicovideo 2021年12月26日 中山 芝2500m エフフォーリア 牡3 横山武史 2:32.0 16
第65回exit_nicovideo 2020年12月27日 中山 芝2500m クロノジェネシス 牝4 北村友一 2:35.0 16
第64回exit_nicovideo 2019年12月22日 中山 芝2500m リスグラシュー 牝5 D.レーン 2:30.5 16
第63回exit_nicovideo 2018年12月23日 中山 芝2500m ブラストワンピース 牡3 池添謙一 2:32.2 16
第62回exit_nicovideo 2017年12月24日 中山 芝2500m キタサンブラック 牡5 武豊 2:33.6 16
第61回exit_nicovideo 2016年12月25日 中山 芝2500m サトノダイヤモンド 牡3 C.ルメール 2:32.6 16
第60回exit_nicovideo 2015年12月27日 中山 芝2500m ゴールドアクター 牡4 吉田隼人 2:33.0 16
第59回exit_nicovideo 2014年12月28日 中山 芝2500m ジェンティルドンナ 牝5 戸崎圭太 2:35.3 16
第58回exit_nicovideo 2013年12月22日 中山 芝2500m オルフェーヴル 牡5 池添謙一 2:32:3 16
第57回exit_nicovideo 2012年12月23日 中山 芝2500m ゴールドシップ 牡3 内田博幸 2:31:9 16
第56回exit_nicovideo 2011年12月25日 中山 芝2500m オルフェーヴル 牡3 池添謙一 2:36.0 13
第55回exit_nicovideo 2010年12月26日 中山 芝2500m ヴィクトワールピサ 牡3 M.デムーロ 2:32.6 15
第54回exit_nicovideo 2009年12月27日 中山 芝2500m ドリームジャーニー 牡5 池添謙一 2:30.0 16
第53回exit_nicovideo 2008年12月28日 中山 芝2500m ダイワスカーレット 牝4 安藤勝己 2:31.5 14
第52回exit_nicovideo 2007年12月23日 中山 芝2500m マツリダゴッホ 牡4 蛯名正義 2:33.6 15
第51回exit_nicovideo 2006年12月24日 中山 芝2500m ディープインパクト 牡4 武豊 2:31.9 14
第50回exit_nicovideo 2005年12月25日 中山 芝2500m ハーツクライ 牡4 C.ルメール 2:31.9 16
第49回exit_nicovideo 2004年12月26日 中山 芝2500m ゼンノロブロイ 牡4 O.ペリエ R2:29.5 15
第48回exit_nicovideo 2003年12月28日 中山 芝2500m シンボリクリスエス 牡4 O.ペリエ R2:30.5 12
第47回exit_nicovideo 2002年12月22日 中山 芝2500m シンボリクリスエス 牡3 O.ペリエ 2:32.6 14
第46回exit_nicovideo 2001年12月23日 中山 芝2500m マンハッタンカフェ 牡3 蛯名正義 2:33.1 13
第45回exit_nicovideo 2000年12月24日 中山 芝2500m テイエムオペラオー 牡4 和田竜二 2:34.1 16
第44回exit_nicovideo 1999年12月26日 中山 芝2500m グラスワンダー 牡4 的場均 2:37.2 14
第43回exit_nicovideo 1998年12月27日 中山 芝2500m グラスワンダー 牡3 的場均 2:32.1 16
第42回exit_nicovideo 1997年12月21日 中山 芝2500m シルクジャスティス 牡3 藤田伸二 2:34.8 16
第41回exit_nicovideo 1996年12月22日 中山 芝2500m サクラローレル 牡5 横山典弘 2:33.8 14
第40回exit_nicovideo 1995年12月24日 中山 芝2500m マヤノトップガン 牡3 田原成貴 2:33.6 12
第39回exit_nicovideo 1994年12月25日 中山 芝2500m ナリタブライアン 牡3 南井克巳 2:32.2 13
第38回exit_nicovideo 1993年12月26日 中山 芝2500m トウカイテイオー 牡5 田原成貴 2:30.9 14
第37回exit_nicovideo 1992年12月27日 中山 芝2500m メジロパーマー 牡5 山田泰誠 2:33.5 16
第36回exit_nicovideo 1991年12月22日 中山 芝2500m ダイユウサク 牡6 熊沢重文 R2:30.6 15
第35回exit_nicovideo 1990年12月23日 中山 芝2500m オグリキャップ 牡5 武豊 2:34.2 16
第34回exit_nicovideo 1989年12月24日 中山 芝2500m イナリワン 牡5 柴田政人 R2:31.7 16
第33回exit_nicovideo 1988年12月25日 中山 芝2500m オグリキャップ 牡3 岡部幸雄 2:33.9 13
第32回exit_nicovideo 1987年12月27日 中山 芝2500m メジロデュレン 牡4 村本善之 2:33.9 16
第31回exit_nicovideo 1986年12月21日 中山 芝2500m ダイナガリバー 牡3 増沢末夫 2:34.0 12
第30回exit_nicovideo 1985年12月22日 中山 芝2500m シンボリルドルフ 牡4 岡部幸雄 2:33.1 10
第29回exit_nicovideo 1984年12月23日 中山 芝2500m シンボリルドルフ 牡3 岡部幸雄 R2:32.8 11
第28回exit 1983年12月25日 中山 芝2500m リードホーユー 牡3 田原成貴 2:34.0 16
第27回exit 1982年12月26日 中山 芝2500m ヒカリデユール 牡5 河内洋 2:36.7 15
第26回exit_nicovideo 1981年12月20日 中山 芝2500m アンバーシャダイ 牡4 東信二 2:35.5 16
第25回exit_nicovideo 1980年12月21日 中山 芝2500m ホウヨウボーイ 牡5 加藤和宏 2:33.7 12
第24回exit_nicovideo 1979年12月16日 中山 芝2500m グリーングラス 牡6 大崎昭一 2:35.4 16
第23回exit 1978年12月17日 中山 芝2500m カネミノブ 牡4 加賀武見 R2:33.4 15
第22回exit_nicovideo 1977年12月18日 中山 芝2500m テンポイント 牡4 鹿戸明 2:35.4 8
第21回exit_nicovideo 1976年12月19日 中山 芝2500m トウショウボーイ 牡3 武邦彦 R2:34.0 14
第20回exit 1975年12月14日 中山 芝2500m イシノアラシ 牡3 加賀武見 2:38.1 13
第19回exit_nicovideo 1974年12月15日 中山 芝2500m タニノチカラ 牡5 田島日出雄 2:35.9 9
第18回exit_nicovideo 1973年12月16日 中山 芝2500m ストロングエイト 牡4 中島啓之 2:36.4 11
第17回exit_nicovideo 1972年12月17日 中山 芝2500m イシノヒカル 牡3 増沢末夫 2:38.5 14
第16回exit_nicovideo 1971年12月19日 中山 芝2500m トウメイ 牝5 清水英次 2:36.0 6
第15回exit_nicovideo 1970年12月20日 中山 芝2500m スピードシンボリ 牡7 野平祐二 2:35.7 11
第14回exit_nicovideo 1969年12月21日 中山 芝2500m スピードシンボリ 牡6 野平祐二 R2:35.1 15
第13回exit_nicovideo 1968年12月22日 中山 芝2500m リュウズキ 牡4 森安弘明 2:46.2 11
第12回exit 1967年12月24日 中山 芝2500m カブトシロー 牡5 大崎昭一 2:39.7 15
第11回 1966年12月25日 中山 芝2500m コレヒデ 牡4 保田隆芳 2:37.0 14
第10回exit_nicovideo 1965年12月26日 中山 芝2600m シンザン 牡4 松本善登 2:47.2 8
第9回 1964年12月27日 中山 芝2600m ヤマトキヨウダイ 牡4 梶与四松 2:45.1 8
第8回exit_nicovideo 1963年12月22日 中山 芝2600m リユウフオーレル 牡4 宮本悳 2:42.5 11
第7回exit_nicovideo 1962年12月23日 中山 芝2600m オンスロート 牡5 山岡忞 2:44.4 13
第6回exit_nicovideo 1961年12月24日 中山 芝2600m ホマレボシ 牡4 高松三太 R2:40.8 13
第5回 1960年12月18日 中山 芝2600m スターロツチ 牝3 高松三太 2:44.5 13
第4回exit_nicovideo 1959年12月20日 中山 芝2600m ガーネツト 牝4 伊藤竹男 2:50.9 12
第3回 1958年12月21日 中山 芝2600m オンワードゼア 牡4 八木沢勝美 2:49 1/5 10
第2回 1957年12月22日 中山 芝2600m ハクチカラ 牡4 保田隆芳 2:49 0/5 10
第1回 1956年12月23日 中山 芝2600m メイヂヒカリ 牡4 蛯名武五郎 R2:43 1/5 12

歴代ファン投票1位馬

※馬齢表記は現行表記に統一※

回数 開催年 馬名 性齢 着順
第1回 1956年 キタノオー 牡3 2着
第2回 1957年 ハクチカラ 牡4 優勝
第3回 1958年 カツラシユウホウ 牡3 不出走
第4回 1959年 ハククラマ 牡3 12着
第5回 1960年 コダマ 牡3 6着
第6回 1961年 シーザー 牡4 4着
第7回 1962年 オンスロート 牡5 優勝
第8回 1963年 メイズイ 牡3 2着
第9回 1964年 メイズイ 牡4 3着
第10回 1965年 シンザン 牡4 優勝
第11回 1966年 ナスノコトブキ 牡3 5着
第12回 1967年 スピードシンボリ 牡4 4着
第13回 1968年 アサカオー 牡3 6着
第14回 1969年 マーチス 牡4 10着
第15回 1970年 アカネテンリュウ 牡4 2着
第16回 1971年 アカネテンリュウ 牡5 出走取消
第17回 1972年 イシノヒカル 牡3 優勝
第18回 1973年 ハイセイコー 牡3 3着
第19回 1974年 ハイセイコー 牡4 2着
第20回 1975年 キタノカチドキ 牡4 8着
第21回 1976年 トウショウボーイ 牡3 優勝
第22回 1977年 テンポイント 牡4 優勝
第23回 1978年 プレストウコウ 牡4 12着
第24回 1979年 サクラショウリ 牡4 6着
第25回 1980年 カツラノハイセイコ 牡4 2着
第26回 1981年 ホウヨウボーイ 牡6 2着
第27回 1982年 モンテプリンス 牡5 11着
第28回 1983年 アンバーシャダイ 牡6 3着
第29回 1984年 ミスターシービー 牡4 3着
第30回 1985年 シンボリルドルフ 牡4 優勝
第31回 1986年 ミホシンザン 牡4 3着
第32回 1987年 サクラスターオー 牡3 競走中止
第33回 1988年 タマモクロス 牡4 2着
第34回 1989年 オグリキャップ 牡4 5着
第35回 1990年 オグリキャップ 牡5 優勝
第36回 1991年 メジロマックイーン 牡4 2着
第37回 1992年 トウカイテイオー 牡4 11着
第38回 1993年 ビワハヤヒデ 牡3 2着
第39回 1994年 ナリタブライアン 牡3 優勝
第40回 1995年 ヒシアマゾン 牝4 5着
第41回 1996年 マヤノトップガン 牡4 7着
第42回 1997年 エアグルーヴ 牝4 3着
第43回 1998年 エアグルーヴ 牝5 5着
第44回 1999年 スペシャルウィーク 牡4 2着
第45回 2000年 テイエムオペラオー 牡4 優勝
第46回 2001年 テイエムオペラオー 牡5 5着
第47回 2002年 ナリタトップロード 牡6 4着
第48回 2003年 シンボリクリスエス 牡4 優勝
第49回 2004年 ゼンノロブロイ 牡4 優勝
第50回 2005年 ディープインパクト 牡3 2着
第51回 2006年 ディープインパクト 牡4 優勝
第52回 2007年 ウオッカ 牝3 11着
第53回 2008年 ウオッカ 牝4 不出走
第54回 2009年 ウオッカ 牝5 不出走
第55回 2010年 ブエナビスタ 牝4 2着
第56回 2011年 ブエナビスタ 牝5 7着
第57回 2012年 オルフェーヴル 牡4 不出走
第58回 2013年 オルフェーヴル 牡5 優勝
第59回 2014年 ゴールドシップ 牡5 3着
第60回 2015年 ゴールドシップ 牡6 8着
第61回 2016年 キタサンブラック 牡4 2着
第62回 2017年 キタサンブラック 牡5 優勝
第63回 2018年 レイデオロ 牡4 2着
第64回 2019年 アーモンドアイ 牝4 9着
第65回 2020年 クロノジェネシス 牝4 優勝
第66回 2021年 エフフォーリア 牡3 優勝
第67回 2022年 タイトルホルダー 牡4 9着
第68回 2023年 イクイノックス 牡4 不出走
第69回 2024年 ドウデュース 牡5 出走取消
第70回 2025年 レガレイラ 牝4 4着

地方競馬の「有馬記念」

ファン投票で出走馬を選ぶアイデアは地方競馬にも導入され、年末になると各地方競馬場の「有馬記念」が開催される。

競走名 施行競馬場 施行距離 概要
道営記念 門別競馬場 ダート2000m 最終開催日の最終競走として施行される。 
桐花賞 水沢競馬場 ダート2000m 毎年大晦日に開催される。
園田金盃 園田競馬場 ダート1870m
金沢ファンセレクトカップ 金沢競馬場 ダート
1500m
ファイナルグランプリ
(廃止) 
福山競馬場 ダート1800m 年末ではなく年度末(3月)に開催されていた。
2013年3月24日、福山競馬場最後の競走として施行された。
中島記念 佐賀競馬場 ダート2000m 有馬記念と同じく佐賀競馬の功労者の名前を冠した競走。

関連動画

関連項目

古馬王道中長距離GI
大阪杯 - 天皇賞(春) - 宝塚記念 - 天皇賞(秋) - ジャパンカップ - 有馬記念
競馬テンプレート
八大競走
桜花賞 - 皐月賞 - 優駿牝馬 - 東京優駿 - 菊花賞 - 天皇賞(春) - 天皇賞(秋) - 有馬記念
同格とされた競走
ジャパンカップ
ジャパンカップ創設後に八大競走に準じるとされた競走
宝塚記念 - エリザベス女王杯
競馬テンプレート

脚注

  1. *2024年2着のシャフリヤールも馬番16だが、出走取消馬が出たためゲートが内側へ詰められ、発走は15番ゲートからだった。
  2. *これについては「何故投票順ではないのか」と疑問に思うファンもいることだろう。完全な推測だが、賞金を積み重ねた=ここまで実績をあげてきた馬を優先することでG1競走としてのレースレベルを担保する狙いがあると思われる。要は実力不相応な馬が投票の紛れで混ざることの防止である。
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有馬記念

673 削除しました
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674 ななしのよっしん
2025/12/29(月) 23:07:10 ID: vwnrWN4LIk
そいつはウマ娘アンチだから競馬に粘着してるだけだぞ
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679 ななしのよっしん
2025/12/30(火) 01:12:41 ID: iWea8r7GmS
>>674
ID: 1kofdKb4s3って、もしかして例のウマ娘のアンチ動画を濫造してる人?
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681 ななしのよっしん
2026/03/08(日) 15:29:14 ID: mBEr0wIxy1
なんか参加資格が一部変更されたみたいだけど、昨年末の件の木村とかいうgmkzみたいなふざけた手段は取られなくなった、とみていいのかな?

あと過去に51位以下でも投票枠から出られた馬って居たのだろうか・・・
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682 ななしのよっしん
2026/03/09(月) 15:21:51 ID: vwnrWN4LIk
今年から(厳密に言えば宝塚から)ヘデントールルールが適用されるみたいだね
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