「杉浦茂」(すぎうら・しげる 1908年4月3日~2000年4月23日)とは、漫画の神様「手塚治虫」が真似できないと評した、丸顔の個性的なキャラや独特のユーモアそしてシュールで不思議な世界観に定評のある漫画家である。
師匠は「のらくろ」の「田河水泡」で、妹弟子に「サザエさん」の「長谷川町子」がいる。
概要
学生時代から洋画家を志し、私立の洋画学校に入って洋画を学んだ。
成人後の1932年、「のらくろ」で知られる漫画家「田河水泡」に弟子入りし、同年に漫画家としてデビューし、主に児童漫画で活躍した。
近眼により徴兵検査を失格となるも、第二次世界大戦末期には召集されて九州の防備に配属されると共に、人間爆弾となる特攻訓練を受けていたが、まもなく日本が敗戦したことで、終戦後、漫画家として復帰した。
その後も児童向けの冒険漫画を中心に創作活動にとりくみ、「少年児雷也」や「猿飛佐助」といったヒット作を世に出し、一線を退いた後も90歳を越えてなお現役を続け、漫画界の長老的立場になった後も、ファンレターにはイラストつきで返事をするという読者第一の姿勢を貫き、遺作となった「2901年宇宙の旅」を全編書き下ろした後の2000年4月23日、92歳で永眠した。
杉浦茂スタイル
「杉浦茂スタイル」とも言われる杉浦茂独特の作風において特徴的なものは、
- 丸顔のキャラクター
- 不気味でシュールな異形の者たち
- 個性的なキャラ名(例:おもしろかおざえもん)
- 独特の駄洒落なフレーズや擬音(例:「デレデレーン」「なんじゃらほい」「あばよ ちばよ とっとりけーん」)
といったものがあげられる。
画風については、児童作品向けの丸顔キャラ以外に、劇画調やサイケデリックな画風も使いこなし、その渾然一体となった混沌な作風からカルトな人気を得ており、杉浦茂自身も作風について
日本児童文化になんら貢献しない、馬鹿馬鹿しいまでに、荒唐無稽を絵にした様な「ゲラゲラまんが」なのだ
と語っている。
他に特筆すべき点としては、
ぶっつけ本番だから絵が生きてくる。
下書きをかっちりやると絵が死んじゃう、鉛筆でがっちり書き上げるんじゃ面白くない。
と語っている。
ら漫画家の他に
手塚治虫が尊敬していた漫画家の一人でもある。(手塚は杉浦の師匠の田河水泡も弟子の長谷川町子も尊敬していた。)
関連動画
▼「ゆかいじゃのう2010」トレイラー ※杉浦茂生誕102年を記念した2010年4月3日のイベント
関連商品
関連コミュニティ
関連項目
|
師匠
妹弟子 |
関連人物 |
関連リンク
- 10
- 0pt