村田兆治単語

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村田兆治とは、かつて東京ロッテオリオンズ(現:千葉ロッテマリーンズ)で活躍した、元プロ野球選手投手)である。
通称進化し続ける60代』

概要

現役時代

OB
村田兆治
基本情報
出身地 広島県
生年 1949年11月27日
身長
体重
181 cm
78 kg
選手情報
投球・打撃 右投右打
守備位置 投手
プロ入り 1967年ドラフト1位
引退 1990年
殿堂入り 2005年
経歴
選手歴 コーチ
プロ野球選手テンプレート

高校時代から豪腕を発揮し、3年の時点で既に150kmの剛速球を繰り出していたという。

1967年ドラフト1位東京オリオンズに入団後、23年間同チームで活躍し続け、その豪腕を見せ続けた。

投球に関して研究熱心だったことで有名であり、自らが編み出した『まさかり投法』と呼ばれる独特な投法は、当時の野球ファン達を唸らせるとともに、彼の代名詞となった。

82年に肘を故障し、選手生命を絶望視されるが、タブーとされてきた肘部分の手術に挑戦し見事成功。
リハビリに2年を費やしたが、1985年には復帰後11連勝を挙げるなど、強復活劇を見せ付けた。

1990年40代でありながらシーズン2桁勝利を達成して引退40代での2桁勝利は、当時史上2人)。
引退試合はの中を投し、西武ライオンズに5回コール完封勝利
先発投にこだわり続け、最後までパワフルな活躍を見せ続けた、武で見事な選手人生であった。

しかし、彼の選手人生はこれでは終わらなかった。

引退後

引退後は、解説者として活躍する一方、引退した往年の選手達が集うプロ野球マスターリーグで、東京ドリームスにも参加し、その豪腕を揮い続けている。

引退後のライフワークとして、日本中の離を回って野球教室を開いては、そこに住む少年達に野球を教え続けている。
その活動の中で、離子どもたちの真剣野球を取り組む姿に心打たれ、離の人づくり、地域づくりに尽し、本物のプロ野球選手と出会う機会の少ない離子どもたちに、夢と勇気希望の大切さを伝えていくることを決意。

「離子どもたちに大きな標をつくりたい」

という想いから、離子供たちのための大会開催を提唱し続け、「国土交通大臣杯 全国離島交流中学生野球大会exit」(通称:離甲子園)開催を実現させた。
(※リンク八丈島で開催された、第5回大会のもの)

60代を迎えた今でも、腕立て伏せ500回・腹筋背筋各1000回などのトレーニング毎日行っており、ヒョロい10代~20代若者なら恐らく駕しているであろう体を完成させている。
歳を召した現在となっては多少メニューを減らしているかもしれないが(というか流石に年齢的に心配なのでそうであってほしい)、彼自身は「自分が野球を教える子供達に、プロはこんなにすごいんだ、ということをちゃんと知ってほしい」という理由から、未だにその厳しいトレーニングを自らに課しているという。

2009年現在59歳の彼は、141kmストレート落差30cmフォークボールを未だに繰り出し続けている。
進化し続ける50代』は、とどまるところを知らない。

2013年8月30日始球式で、63歳という年齢でありながら135km/hの文字通り速球を繰り出した。
この数字だけでもすごいのだが本人は140km/hでなくて悔しいらしい。 

2016年3月29日千葉ロッテマリーンズの開幕戦の始球式で、66歳にして131km/hの速球を披露。
受けたキャッチャーが思わずマウンドに投げ返そうとする程の走った球で、四捨五入すれば70になる歳になりながらも、まだまだそこらのひ弱な若者よりも強体を維持しているのは驚嘆に値する。

技法

まさかり投法

村田の代名詞ともいえる独特の投法。

投球モーションの中で、左足を大きく振り上げ、右腕をまっすぐ下まで降ろし、そこから大きく腕を回して一気に振り下ろすようにして投げる投法。
まさかりを振りかぶって大きく振り下ろす様子に似ていたことから、新聞や野球ファンが呼ぶようになった。

高校からプロ1年までは普通のモーションで投げていた村田だったが、2桁勝利を取ってやろうとはりきっていた1年に散々打たれ、さらには打球を喰らってムチ打ちになって入院した。
これが大きなショックになり、村田は打たれないためにはどうすれば良いのかと必死で研究を重ねた。そのうちに、「球の乗りが悪い」という問題点を発見し、苦労しながらも徐々によりよいフォームを探していった。
そして、4年の歳を費やし、自らの体と投球術に最も合った投法をついに編み出したのだという。

研究熱心な村田の性格はここで培われたとも言われ、一応形になった後も、衰える自分の体にあわせて、微妙にではあるがしっかりと調整を重ねてきたという。
自分の技術面や精面、体面の全てを必死に研究した苦労の結晶が、この二の投法であるといえよう。

もちろん、それだけののりを経て編み出された投法なので、素人や初心者真似をしてはいけない
野球経験者ならば、何故あのフォームで肩を痛めないのか不思議に思う人が多いはずだ。
特に、見たをそのまま真似して腕を思いっきり振り下ろすのは最も危険であり、数球で肩を痛める可性も十分にある。遊び半分で真似しないようにしよう。

フォークボール

まさかり投法ばかりが彼の特徴と思われがちだが、彼の現役時代を知る野球ファン村田ときいて返ってくるのは、決まってフォークボールである。

全盛期には落差40cm以上とさえ騒がれた彼のフォークボールは、そのキレと落差で往年の名選手を唸らせた。
野村克也は、現役時代に彼と戦ったときのことについて、「あいつの癖は単純だから、次に何を投げるのかすぐにわかった。なのに、フォークとわかって構えていてもには打てなかった」と言い、杉下茂も「日本人フォークはほとんどがスプリットだが、村田のは間違いなくフォークボールだ」と賞賛している。

入団当時の彼のフォークは、既に落差とキレはかなりのものであったがコントロールが悪く、当時の名手・村山実に教えを請い、日々厳しい鍛錬を重ねて精度を上げたという。
「とにかくいつもボール握って、握りを覚えろ」と言われ、本当に四六時中持つようになった。そのため、今でも彼の人差しと中は非常に強い。

また、まさかり投法の特性上、モーションの中で停止する際に握りが丸見えになってしまうため、フォークを投げるのかストレートを投げるのかがバレバレになった時期があったが、こちらでも村田は工夫を凝らし、モーションの途中に握りを変えてしまうという離れ業を体得し、ノーサインで投げ分けることで相手チームの戦略を封じた。

一方で受ける方の負担は増。フォークの凄まじい落差とノーサイン投球が相まって通算暴投数148、1イニング3暴投というNPBワースト記録(2015現在)を持っている。しかし、女房・田英利は「村田さんはが悪くサインと違うボールが来ることが多かったから、先入観が入らないノーサインのほうが良いと思った」と述懐している。

通算成績

各年度の太字リーグ最高、太字NPB歴代最高

年度 球団 登板 完封 勝利 敗戦 セーブ 勝率 投球回 四球 奪三振 暴投 失点 自責点 防御率 WHIP
1968年 東京 3 0 0 0 1 - .000 7.0 1 5 0 3 3 3.86 1.29
1969年 ロッテ 37 5 5 6 8 - .429 146.1 80 90 5 64 58 3.57 1.30
1970年 ロッテ 21 2 0 5 6 - .455 79.0 43 48 3 51 42 4.78 1.51
1971年 ロッテ 43 8 1 12 8 - .600 194.1 61 122 9 82 72 3.33 1.26
1972年 ロッテ 16 0 0 3 3 - .500 46.0 22 30 3 34 33 6.46 1.70
1973年 ロッテ 40 6 1 8 11 - .421 157.0 79 104 6 69 56 3.21 1.36
1974年 ロッテ 32 8 1 12 10 1 .545 180.2 87 108 11 75 54 2.69 1.32
1975年 ロッテ 39 11 2 9 12 13 .429 191.2 65 120 3 56 47 2.21 1.01
1976年 ロッテ 46 18 5 21 11 4 .656 257.1 73 202 13 67 52 1.82 1.09
1977年 ロッテ 47 15 2 17 14 6 .548 235.0 62 180 10 85 70 2.68 1.18
1978年 ロッテ 37 17 3 14 13 3 .519 223.1 58 174 10 84 72 2.90 1.10
1979年 ロッテ 37 21 3 17 12 2 .586 255.0 55 230 10 99 84 2.96 1.09
1980年 ロッテ 27 11 1 9 9 2 .500 178.0 83 135 2 90 77 3.89 1.42
1981年 ロッテ 32 16 2 19 8 0 .704 230.2 55 154 6 99 76 2.97 1.27
1982年 ロッテ 6 3 2 4 1 0 .800 40.1 11 27 0 14 13 2.90 1.14
1983年 ロッテ - - - - - - .--- -.- - - - - - -.-- -.--
1984年 ロッテ 5 0 0 0 1 0 .000 9.0 0 3 0 6 6 6.00 1.44
1985年 ロッテ 24 10 0 17 5 0 .773 173.2 65 93 11 89 83 4.30 1.42
1986年 ロッテ 23 5 0 8 11 0 .421 155.1 32 106 4 82 68 3.94 1.26
1987年 ロッテ 21 3 2 7 9 0 .438 130.2 42 74 12 68 63 4.34 1.48
1988年 ロッテ 20 5 1 10 7 0 .588 145.2 45 120 7 65 63 3.89 1.15
1989年 ロッテ 22 16 3 7 9 0 .438 179.2 69 135 6 58 50 2.50 1.18
1990年 ロッテ 26 4 2 10 8 2 .566 115.2 56 103 17 62 58 4.51 1.52
NPB22 604 184 36 215 177 33 .548 3331.1 1144 2363 148 1402 1200 3.24 1.25

関連動画

関連商品


2001年に発売されたソフトファンサービスとして、現役当時の村田再現したキャラが登場する。

関連項目

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村田兆治

50 ななしのよっしん
2016/04/03(日) 04:05:52 ID: hUl8UMiq72
始球式動画から来たが
腕立て500回は流石にやり方を間違えているといわざるを得ない
51 ななしのよっしん
2016/04/07(木) 07:40:48 ID: bDECI6191m
筋肉というか身体が柔らかいんだろうな
それも凄く
52 ななしのよっしん
2016/06/08(水) 07:25:37 ID: 8bqoF5sPLu
本当に野球愛してるんだろうな。一生ずっと取り組めることがあるのは羨ましいね。
 
53  
2016/08/06(土) 19:34:14 ID: dafCJHvtTH
選手の体をまったく大事にしない時代を生き抜いたレジェンドの体ってやっぱり何かおかしい
丈夫って言葉だけでは表現できない何かがある
54 ななしのよっしん
2016/10/21(金) 02:33:42 ID: bDECI6191m
ひたすらに走り込みと投げ込みで鍛え上げた先にある地かなにかがあるんだろうな

ところで秋山幸二は野手版村田兆治だと思ってるんだが10年後も変わらぬ長打と肩ハンサムフェイスを維持してるのだろうか
55 ななしのよっしん
2017/12/16(土) 16:49:32 ID: uwsh3O3X37
>>49
昔の映像コマ数が少ないから速く見えるのもあるけど、実際昔のスピードガンは度補正とかがついてないから今とべて数キロ程度遅めに出るらしい。

現役時代で最速150前半くらいらしい村田さんなら今のスピードガンなら150後半くらいでてた可性はあるし、当時球界最速だった槙原やなら現代なら160出てたかもしれない。
56 ななしのよっしん
2019/05/30(木) 23:25:22 ID: Pe3sbwt6KL
出るわけねぇだろ
57 ななしのよっしん
2019/08/01(木) 01:31:19 ID: VmTtYhLyLY
案外出るかもねピッチャー次第で
58 ななしのよっしん
2019/09/13(金) 20:38:21 ID: 5LNE3Fn27N
何年か前に投げる所を生で見たけど、さすがにスタミナは全くかった
それでもピークパワーが恐ろしいわ
59 ななしのよっしん
2020/06/13(土) 21:41:15 ID: 2f1Pwi3w3W
現役最晩年の動画でも140後半コンスタントに出してフォークアホみたいに落ちてるからケチのつけようがない

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