いつしかテレビは、気象情報からプロ野球の話題へと移っている。今年のストーブ・リーグにおける話題の中心は、昨年の球団合併騒動の中からひょっこり生まれたあの新球団である。
「ベテランが多いから意外と強いんじゃないかしら」
「うん、三位になってプレーオフに進出すれば優勝も夢じゃないな」
二人はラーメンを食べながらしばらく楽天的な会話を続けた。
岡山県地方の暴風雨はその強さを増し、十文字和臣の館は息詰まるような静寂に包まれ、そして広島は延長戦の末、大洋に快勝した。エラーで一塁に出た衣笠に代走今井が送られてすかさず盗塁。木下がバントで送ってワンアウト三塁。代打長内の猛烈なフルスイングによって弾き返されたボテボテの内野ゴロの間に、俊足今井は悠々とホームを駆け抜けて、これが決勝点となった。ノーヒットでも一点は一点である。
「うーん、機動力野球!」――『館島』
東川篤哉(ひがしがわ とくや)とは、プロ野球をこよなく愛する日本のミステリー作家。
概要
1968年広島県生まれ。岡山大学法学部卒。広島東洋カープファン。
『本格推理』への短編投稿(東篤哉名義)を経て、2002年に光文社のKappa-ONE登竜門の第1弾として『密室の鍵貸します』でデビュー。同期デビューに石持浅海がいる。『本格推理』への投稿作は短編集『中途半端な密室』で読める。2017年から2022年まで本格ミステリ作家クラブ第5代会長を務めた。
作風は基本的に脱力系ギャグ。話はどこまでもコントめいた軽いノリで進むが、謎解きそのものは非常にかっちりとした本格で、ギャグまでしっかり伏線になっている。扱う題材も密室、アリバイ崩しから驚天動地の物理トリック、叙述トリックまで割とオールラウンドに何でもこなす。果ては「死体に味噌汁がかけられていたのは何故か?」というような謎そのものがギャグのようなものまであるが、それにもきっちり論理的解決をつけるのが東川流。
また作中にはかなり濃いプロ野球ネタが頻出する、というか毎回必ず野球ネタがどこかにある。たまにそれすら伏線だったりトリックのヒントだったりするから油断がならないばかりか、野球そのものが本格ミステリーのネタになってしまっている作品もある(『殺意は必ず三度ある』とか)。
2021年にはとうとう、2016年~2020年のプロ野球ネタを題材にしたプロ野球ミステリ短編連載、題して『野球が好きすぎて』が出た。世に野球ミステリや野球好きのミステリ作家は多かれど、スペンサー・パットンの冷蔵庫殴り事件を題材にミステリを書くのはこの人ぐらいのものであろう。野球好きの方にもオススメである。
代表作はデビュー作から続く、探偵・鵜飼社夫を主人公とした「烏賊川市シリーズ」。特に第4作『交換殺人には向かない夜』が最高傑作と名高い。他に鯉ヶ窪学園探偵部シリーズや『館島』、『もう誘拐なんてしない』など。初期は長編が中心だったが、短編連作の『謎解きはディナーのあとで』のバカ売れ以降は短編連作が多い。
売上的には地味な作家だったが、2010年に刊行した『謎解きはディナーのあとで』が突然ベストセラーになり、単行本は200万部を突破、第8回本屋大賞を受賞、テレビドラマ&映画化されるというわけのわからないことになった。とはいえ実際のところ『ディナー』のファンの間での評価はそれほど高くない。『ディナー』から入った諸氏には是非烏賊川市シリーズの馬鹿馬鹿しくも正統派の本格っぷりや、『館島』の抱腹絶倒の大トリックなどに触れていただきたい。
作品リスト(刊行順)
- 密室の鍵貸します (2002年、カッパ・ノベルス→2006年、光文社文庫) ☆
- 密室に向かって撃て! (2002年、カッパ・ノベルス→2007年、光文社文庫) ☆
- 完全犯罪に猫は何匹必要か? (2003年、カッパ・ノベルス→2008年、光文社文庫) ☆
- 学ばない探偵たちの学園 (2004年、ジョイ・ノベルス→2009年、光文社文庫) ◆
- 館島 (2005年、ミステリ・フロンティア→2008年、創元推理文庫)
- 交換殺人には向かない夜 (2005年、カッパ・ノベルス→2010年、光文社文庫) ☆
- 殺意は必ず三度ある (2006年、ジョイ・ノベルス→2013年、光文社文庫) ◆
- もう誘拐なんてしない (2008年、文藝春秋→2010年、文春文庫→2024年、文春文庫[新装版])
- ここに死体を捨てないでください! (2009年、光文社→2012年、光文社文庫) ☆
- 謎解きはディナーのあとで (2010年、小学館→2012年、小学館文庫→2017年、小学館ジュニア文庫)
- 放課後はミステリーとともに (2011年、実業之日本社→2013年、実業之日本社文庫→2021年、実業之日本社ジュニア文庫) ◆
- はやく名探偵になりたい (2011年、光文社→2014年、光文社文庫) ☆
- 謎解きはディナーのあとで2 (2011年、小学館→2013年、小学館文庫→2018年、小学館ジュニア文庫)
- 中途半端な密室 (2012年、光文社文庫)
- 魔法使いは完全犯罪の夢を見るか? (2012年、文藝春秋→2015年、文春文庫)
- 謎解きはディナーのあとで3 (2012年、小学館→2015年、小学館文庫→2019年、小学館ジュニア文庫)
- 私の嫌いな探偵 (2013年、光文社→2015年、光文社文庫) ☆
- ライオンの棲む街 平塚おんな探偵の事件簿1 (2013年、祥伝社→2016年、祥伝社文庫)
- 探偵部への挑戦状 放課後はミステリーとともに2 (2013年、実業之日本社→2016年、実業之日本社文庫) ◆
- 魔法使いと刑事たちの夏 (2014年、文藝春秋→2017年、文春文庫)
- 純喫茶「一服堂」の四季 (2014年、講談社→2017年、講談社文庫)
- 探偵少女アリサの事件簿 溝ノ口より愛をこめて (2014年、幻冬舎→2016年、幻冬舎文庫)
- ライオンの歌が聞こえる 平塚おんな探偵の事件簿2 (2015年、祥伝社→2018年、祥伝社文庫)
- かがやき荘アラサー探偵局 (2016年、新潮社)
→ かがやき荘西荻探偵局 (2019年、新潮文庫[改題]) - さらば愛しき魔法使い (2017年、文藝春秋→2019年、文春文庫)
- 探偵さえいなければ (2017年、光文社→2020年、光文社文庫) ☆
- ライオンは仔猫に夢中 平塚おんな探偵の事件簿3 (2017年、祥伝社→2020年、祥伝社文庫)
- 探偵少女アリサの事件簿 今回は泣かずにやってます (2017年、幻冬舎→2020年、幻冬舎文庫)
- ハッピーアワーは終わらない かがやき荘西荻探偵局 (2019年、新潮社)
→ かがやき荘西荻探偵局2 (2022年、新潮文庫[改題]) - 伊勢佐木町探偵ブルース (2019年、祥伝社→2022年、祥伝社文庫)
- 魔法使いと最後の事件 (2019年、文藝春秋→2022年、文春文庫)
- 謎解きはディナーのあとで ベスト版 (2019年、小学館文庫)[1]
- 君に読ませたいミステリがあるんだ (2020年、実業之日本社→2023年、実業之日本社文庫)
- 谷根千ミステリ散歩 中途半端な逆さま問題 (2020年、KADOKAWA→2023年、角川文庫)
- 新 謎解きはディナーのあとで (2021年、小学館→2024年、小学館文庫)
- 野球が好きすぎて (2021年、実業之日本社→2024年、実業之日本社文庫)
- 居酒屋「一服亭」の四季 (2021年、講談社→2024年、講談社文庫)
- 探偵少女アリサの事件簿 さらば南武線 (2021年、幻冬舎→2023年、幻冬舎文庫)
- スクイッド荘の殺人 (2022年、光文社) ☆
- うまたん ウマ探偵ルイスの大穴推理 (2022年、PHP研究所)
- 仕掛島 (2022年、東京創元社)
- 博士はオカルトを信じない (2024年、ポプラ社)
- 新 謎解きはディナーのあとで2 (2024年、小学館)
- 朝比奈さんと秘密の相棒 (2024年、実業之日本社) ◆
関連動画
関連項目
脚注
親記事
子記事
- なし
兄弟記事
- 相沢沙呼
- 青崎有吾
- 青山文平
- 赤川次郎
- アガサ・クリスティ
- 芥川龍之介
- 浅暮三文
- 芦沢央
- 芦辺拓
- 飛鳥部勝則
- 綾辻行人
- 鮎川哲也
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- 有栖川有栖
- 泡坂妻夫
- アーサー・C・クラーク
- 池井戸潤
- 伊坂幸太郎
- 石川博品
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- 大山誠一郎
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- 奥田英朗
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- 小野不由美
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- 小林泰三
- 小松左京
- 紺野天龍
- 今野敏
- 呉勝浩
- 佐々木譲
- 笹本祐一
- 細音啓
- 佐藤究
- 三田誠
- 時雨沢恵一
- 品川ヒロシ
- 篠田節子
- 島田荘司
- 島本理生
- 斜線堂有紀
- 朱川湊人
- 殊能将之
- 白井智之
- 真藤順丈
- 真保裕一
- ジョージ・オーウェル
- 水野良
- 須賀しのぶ
- 瀬名秀明
- 高木彬光
- 高村薫
- 竹本健治
- 田中慎弥
- 田中啓文
- 田中芳樹
- 田辺青蛙
- 月村了衛
- 月夜涙
- 辻堂ゆめ
- 辻村深月
- 土屋隆夫
- 都筑道夫
- 恒川光太郎
- 天藤真
- 遠田潤子
- 鳥飼否宇
- 中村文則
- 中山七里
- 仁木悦子
- 西尾維新
- 西澤保彦
- 西村京太郎
- 西村賢太
- 西村寿行
- 似鳥鶏
- 貫井徳郎
- 沼田まほかる
- 野崎まど
- 法月綸太郎
- 長谷敏司
- 羽田圭介
- 初野晴
- 早坂吝
- 林真理子
- はやみねかおる
- 氷川透
- 東野圭吾
- 広瀬正
- ピエール・ルメートル
- 深水黎一郎
- 藤井太洋
- 船戸与一
- 方丈貴恵
- 星新一
- 誉田哲也
- 舞城王太郎
- 牧野修
- 万城目学
- 町井登志夫
- 松本清張
- 円居挽
- 麻耶雄嵩
- 真梨幸子
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- 皆川博子
- 湊かなえ
- 宮内悠介
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