植村直己単語

ウエムラナオミ
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植村直己とは、日本を代表する冒険である。

概要

日本の冒険であり登山家でもある。五大陸の最高峰登頂や北極点単独初到達など様々な偉業を成し遂げた人物である。

青年期

学生時代にアラスカの話を聞いて以来、外の山に興味を抱くようになる。
大学での就職試験の失敗を機に外の山に登るため、アルバイトで貯めたお金移民船に乗り込み、
アメリカアルバイトしたりとコツコツとお金を貯めていった。
しかし、アメリカには観光ビザで来ているにも関わらず働いていたことが移民調官にバレてしまった。
植村の熱い山への想いに感銘してもらうことで難を得たものの、植村く追い返したいのか励しているのかはわからないが、
「いつまでも働いていないで山に登りなさい」のような言葉を官吏から言われたらしく、
植村はその言葉に気付かされてアメリカを離れヨーロッパに行くことになった。

五大陸踏破

ヨーロッパに降り立った植村は数多くの山を踏破するその最初の一歩となった、ヨーロッパアルプス最高峰のモンブランに降り立つ。
一度、モンブランに返り討ちに会うが、フランス籍の元オリンピックメダリストとの交流などを経て、再アタックに挑戦、見事登頂に成功する。
その後は、以下のように各大陸の最高峰の山の登頂に次々と成功していくのである。

1966年アフリカ大陸最高峰のキリマンジャロ
1968年:南大陸最高峰のアコンカグア
1970年世界最高峰のエベレスト(別称チョモランマ
1970年:北大陸最高峰のデナリ(旧称マッキンリー山)

植村直己は、現在のように登山装備が豊富とは言えない中で、
日本人初でありアジア人初にとどまらず世界初の五大陸最高峰登頂を踏破をという偉業を成し遂げたのだ。

そして伝説へ

大陸踏破の偉業を成し遂げた植村は、
その後、北極点単独初到達、デンマークグリーンランド縦断も成功させる。
しかし、これまで数多くの偉業を成し遂げてきたそんな偉人にも、遂に終わりを迎える時が訪れた。
南極大陸単独横断を断念したあとのこと、のデナリ山(旧称マッキンリー山)に出向いたのだが、登頂後に連絡が途絶え消息を断ったのだ。
そして行方不明の状態が今も続き、遺体も見つからないままである。

その後、植村直己は生死不明のまま国民栄誉賞を受賞した。
また、故郷の兵庫県豊岡市には植村直己冒険館が開館されて彼の遺品、記念品に写真映像が展示されている。
そんな偉大な冒険を讃えるため、植村直己冒険賞も創設されて数多くの後輩たちにその魂は受け継がれていく…。

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