横溝正史(よこみぞ せいし、1902-1981)とは、日本の探偵小説家。
概要
1902年、神戸市に生まれる。1921年、短編「恐ろしき四月馬鹿」が雑誌「新青年」の懸賞に入選しデビュー。なので、実は作家デビューは江戸川乱歩より早い。実家で薬剤師をしていたが、1926年に上京して博文館に入社、「新青年」の編集長となり、乱歩に「陰獣」「パノラマ島綺譚」を書かせたり、自ら翻訳を手掛けるなどした。
1932年に博文館を退社して専業作家になり、肺結核に悩まされながらも、名探偵・由利麟太郎の登場するシリーズを中心に精力的に発表。[1]戦前の横溝作品は「鬼火」「蔵の中」「真珠郎」など、本格ミステリというよりは耽美幻想色の強い作品が多く、現在のイメージからは想像もつかないが、戦前の横溝は探偵文壇の中でも地味な存在だったようである。
しかし戦争に向かう時局の中で、探偵小説は当局の検閲が厳しくなり発表できなくなってしまい、《人形佐七捕物帳》シリーズなどの時代小説で細々と探偵小説を書き継ぐことになった。太平洋戦争末期には岡山に疎開。このことが後に創作に大きな影響を与える。
終戦を迎えて探偵小説の執筆が解禁されると、名探偵・金田一耕助を生み出し、『本陣殺人事件』『獄門島』『夜歩く』『八つ墓村』など現在まで読み継がれる代表作を矢継ぎ早に発表、戦後の探偵小説復興の牽引役となり、作家として大きくブレイクした。『本陣殺人事件』は第1回探偵作家クラブ賞(現在の日本推理作家協会賞)を受賞。ミステリ作家は初期作品が代表作になることが多いが、横溝は作家歴でいえば中期に代表作が固まっている珍しい例である。
しかし1960年代に入ると、松本清張の登場による社会派ミステリーブームにより、横溝の書くような探偵小説は古臭いものとされるようになる。その変化に対応して作風を変えることができず、執筆量が激減。60年代後半はほとんど断筆状態と言っていいほどで、忘れられた作家になりかけていた。
そんな中、1969年に『八つ墓村』が影丸穣也の作画で「週刊少年マガジン」で漫画化され注目を集める。さらに戦前の探偵小説復刻ブームが起こり、横溝の書くような「探偵小説」の再評価が進む。
そんな中で作品が角川文庫にまとめて収録されると、これが凄まじい勢いで売れ始めた。角川春樹の仕掛けたメディアミックス戦略により、70年代後半からは『犬神家の一族』『悪魔の手毬唄』『八つ墓村』などが続々と映画化されてさらにブームは加速、国民的作家と言っていいほどの人気を博すことになった。このブームに応え、横溝自身も70歳を過ぎて4作の新作長編を発表した。
1980年、ミステリーの新人賞「横溝正史賞」が設立。第1回は横溝自身も選考委員に名を連ねた(選考会は欠席)。横溝正史賞はその後2001年に「横溝正史ミステリ大賞」と名を変え、2018年に日本ホラー小説大賞を吸収して「横溝正史ミステリ&ホラー大賞」となって現在も続いている。
1981年、結腸ガンにより死去。角川文庫の横溝正史作品は、それまでに累計で5500万部以上を売ったというから凄まじい。そしてその作品は没後40年以上になる現在も広く読み継がれ、また2017年になって未単行本化長編が発掘されたりもしている。
映画の印象が強いせいか、その作品は閉鎖的な田舎の因習を題材にしたおどろおどろしい土俗ホラーミステリーというイメージが強いが、金田一耕助シリーズでは超常現象や怪奇現象は起こらないし、『悪魔が来りて笛を吹く』など田舎ではなく都会を舞台にした作品も多い。密閉性の低さから難しいと思われていた「日本家屋での密室殺人」を正面から成立させた『本陣殺人事件』、童謡殺人に挑んだ『獄門島』『悪魔の手毬唄』など、ヴァン・ダインやアガサ・クリスティー、エラリー・クイーンといった海外の本格ミステリを日本流に巧みに換骨奪胎し、ミステリー史に残る数々の傑作を残した本格ミステリ作家である。
閉所恐怖症とそれによる重度の乗り物恐怖症(特に電車)のため、遠出が極端に苦手だったとか。そのため、何かと縁の深い江戸川乱歩が戦後は探偵文壇のボスとなったのに対し、横溝はあまり社交的ではなかったようである。
主な作品
太字は記事のある作品。()は雑誌発表・連載年。
由利麟太郎シリーズ
金田一耕助シリーズ
- 本陣殺人事件 (1946年) - 第1回探偵作家クラブ賞受賞。
- 黒猫亭事件 (1947年)
- 獄門島 (1947年-1948年) - 『東西ミステリーベスト100』1985年版・2012年版ともに第1位。
- 夜歩く (1948年-1949年)
- 車井戸はなぜ軋る (1949年)
- 八つ墓村 (1949年-1951年)
- 犬神家の一族 (1950年-1951年)
- 百日紅の下にて (1951年)
- 悪魔が来りて笛を吹く (1951年-1953年)
- 悪魔の手毬唄 (1957年-1959年)
- 迷路荘の惨劇 (1975年)
- 病院坂の首縊りの家 (1975年-1977年)
- 悪霊島 (1978年-1980年)
その他の作品
余談
Wikipediaの横溝正史作品の項目において、ページ最上部に置かれた作品情報テンプレートの発行日が角川文庫のものになっており、本文にも連載時期の記述はあっても単行本初刊などの書誌情報が書かれておらず、まるで連載後単行本化されずに1970年代に角川文庫で初めて刊行されたような書かれ方になっているものが多く見られる。これはまったく誤解を招く表記と言わざるを得ない。
もちろん、『獄門島』は岩谷書店から(1949年)、『八つ墓村』『犬神家の一族』は2作まとめて1冊本として大日本雄辯會講談社から(1951年)など、基本的に横溝作品は角川文庫入りする前にちゃんと各社から連載が終わってすぐの時期に単行本化されている。これらの初刊本は古書では万単位の価格で取引されている。
関連動画
関連項目
- 小説家の一覧
- 金田一耕助
- 犬神家の一族 / 悪魔の手毬唄
- 探偵小説 / 推理小説 / ミステリー
- 日本推理作家協会賞
- 江戸川乱歩 / 小栗虫太郎
- 市川崑 / 石坂浩二 / 古谷一行
- 横溝正史ミステリ&ホラー大賞
脚注
- *ちなみに横溝が予定していた100枚の原稿を肺結核の発作で書けず、その穴埋めとして「新青年」に載ったのが小栗虫太郎のデビュー作「完全犯罪」だったりする。戦後、雑誌「ロック」で長編を連載する予定だった小栗が急死した際、横溝はこのときの恩返しとして多忙の中『蝶々殺人事件』を書いて小栗の穴を埋めている。
親記事
子記事
兄弟記事
- 森博嗣
- 西尾維新
- 有栖川有栖
- 小林泰三
- 貴志祐介
- 芦辺拓
- 横山秀夫
- 芥川龍之介
- 宮部みゆき
- 歌野晶午
- 島田荘司
- 伊坂幸太郎
- 石持浅海
- 東野圭吾
- 森見登美彦
- 殊能将之
- 法月綸太郎
- 黒田研二
- 恩田陸
- 星新一
- 北山猛邦
- 北村薫
- 深水黎一郎
- 綾辻行人
- 大沢在昌
- 田中芳樹
- 小松左京
- 古処誠二
- 浅暮三文
- 浦賀和宏
- 小川一水
- 時雨沢恵一
- 神林長平
- 田中啓文
- 伊藤計劃
- 舞城王太郎
- 神坂一
- 麻耶雄嵩
- 乾くるみ
- 加納朋子
- 貫井徳郎
- 奥田英朗
- 長谷敏司
- 石田衣良
- 小野不由美
- 今野敏
- 水野良
- 有川浩
- 詠坂雄二
- 氷川透
- 東川篤哉
- 道尾秀介
- 西村京太郎
- 米澤穂信
- 万城目学
- 森岡浩之
- 三崎亜記
- 古泉迦十
- 海堂尊
- グレッグ・イーガン
- 西村賢太
- 円城塔
- 田辺青蛙
- 田中慎弥
- 岩井志麻子
- 笹本祐一
- 朱川湊人
- 三田誠
- 真保裕一
- 月村了衛
- 辻村深月
- 真梨幸子
- 佐々木譲
- 赤川次郎
- 梶尾真治
- 井上夢人
- 瀬名秀明
- 荻原規子
- 竹本健治
- はやみねかおる
- 池井戸潤
- 山田風太郎
- 船戸与一
- 北方謙三
- 連城三紀彦
- 高村薫
- 湊かなえ
- 三津田信三
- 誉田哲也
- 野崎まど
- 中山七里
- 似鳥鶏
- 泡坂妻夫
- 桐野夏生
- 倉知淳
- 黒川博行
- 広瀬正
- 相沢沙呼
- 皆川博子
- 牧野修
- 稲見一良
- 恒川光太郎
- 西澤保彦
- ジョージ・オーウェル
- 天藤真
- 町井登志夫
- 今邑彩
- ピエール・ルメートル
- 初野晴
- 羽田圭介
- 岡嶋二人
- 石川博品
- 藤井太洋
- 江戸川乱歩
- 若竹七海
- アガサ・クリスティ
- エラリー・クイーン
- 島本理生
- アーサー・C・クラーク
- 須賀しのぶ
- 篠田節子
- 宮内悠介
- 青山文平
- 真藤順丈
- 円居挽
- 松本清張
- 芦沢央
- 内田幹樹
- 細音啓
- 折原一
- 早坂吝
- 呉勝浩
- 西村寿行
- 久住四季
- 月夜涙
- 高木彬光
- 遠田潤子
- 中村文則
- 鮎川哲也
- 沼田まほかる
- 山本巧次
- 佐藤究
- 青崎有吾
- 北森鴻
- 大山誠一郎
- 山田正紀
- 鳥飼否宇
- 白井智之
- 斜線堂有紀
- 夕木春央
- 矢樹純
- 井上真偽
- 方丈貴恵
- 紺野天龍
- 今村昌弘
- 魯迅
- 都筑道夫
- 仁木悦子
- 今村翔吾
- 辻堂ゆめ
- 土屋隆夫
- 紙城境介
- 林真理子
- 小栗虫太郎
▶もっと見る
- 4
- 0pt