記事から「あ」を引けば
概要
記事から「あ」と「ぱ」を引けば
雑誌『中央公論』で1988年から89年にかけて第一部と第二部が連載され、同年に第三部を書き下ろして単行本として刊行された。95年に文庫化。単行本は後半が袋綴じになっており、「ここまで読んで面白くなかった人には返金するよ」という旨の但し書きがついている。 当時の筒井の作風の一つの、特にメタフィクション的な実験的作品(『虚人たち』や『虚航船団』など)と同系列の小説と言える。
この小説の最大の特徴が「『音』(作中では一貫して「おん」とルビが打たれている)の消失」で、一種のリポグラム(特定の文字を使わずに文章を書くこと)的手法が採られている。具体的には、日本語の五十音が章をまたぐ毎にひとつずつ文面から消失していく(より正確には濁音などは別ものと見做したりしているが後述)。消えた音を持つものは作中世界からも消失する。物だろうが人だろうが概念だろうが容赦なく消えて行き、そのものに関する記憶も徐々に、ないしは急速に失われてゆく。
ストーリイ
記事から「あ」と「ぱ」と「せ」を引けば
佐治勝夫は神戸に住む作家。虚構内存在として自身の作品の続きを生きている佐治に、友人で評論家の津田得治がひとつのプランを持ち掛ける。それは作品=現実から日本語表記の『音』をひとつずつ消していくというものだった。それ自体が一種の事件なので、作中ではさしたる大事件は起こらない。ことばが消える中で佐治は執筆、座談会や大宴会への参会、交情、講演、更には自伝をしたためる。
音の消失のルール
記事から「あ」と「ぱ」と「せ」と「ぬ」を引けば
物語の冒頭、佐治と津田によって音の消失の細かなルールが作られる。概ね次の通り。
- 消えた音を含むことばは使えない。
- 長音の音引きは発音される母音と共に消える。
- 拗音、促音の小字は大字と共に消える。
- 『や』が消えると『きゃ』『しゃ』『ちゃ』『にゃ』も消える。
- 濁音、半濁音もひとつの音と見做す。
- 『ひ』と『び』と『ぴ』は別もの。
- 同音異字は同時に消える。
- 『お』と『を』、『じ』と『ぢ』、『い』と『ゐ』は同時に消える。
- 『わ』が消えると“wa”と発音する『は』は消えるが“ha”と発音するものは消えない。
- 原語の発音に忠実ならバ行が消えても『ヴ』は使用可能。
物語も中盤を過ぎた頃に気付いたのか、『消光』『思考』などの『う』は発音は『お』だとして、一緒に消すことが新規に付け加えられた。同時に『言う』や『程度』に混る発音にも気づいたが、既に『ゆ』も『え』も消してしまっていた為許容された。
音の消える順番は基本的にはランダムだが、語尾の『た』『だ』『る』が早くになくならないように多少なりとも津田が作為的に消しているとのこと。また、佐治の無意識も影響しているらしく、それに気付いた佐治が一度だけ意図的に音を消している。
関連商品
記事から「あ」と「ぱ」と「せ」と「ぬ」と「ふ」を引けば
関連項目
記事から「あ」と「ぱ」と「せ」と「ぬ」と「ふ」と「ゆ」を引けば
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