添田豪単語

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ソエダゴウ
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添田豪は日本テニス選手である。

概要

1984年生まれで神奈川出身。2000年代半ばごろからランキングを上げていたが、なかなか100位内に入れない標準的な日本人選手だった。しかし錦織圭の活躍に刺されたのか2010年ごろから本格的にを付け始め、2012年初めから2013年4月まで1年以上に渡って2桁ランキングを維持するまでに至っている。ランキングが3桁に戻った後もウィンブルドン、全オープンで予選を通過するなど一定のは維持し、2014年末には再び二桁台のランキングに浮上、伊藤日本人男子2番手の座を争った。2015年ウィンブルドンの初戦敗退で100位以下に落ちてからは四大大会本戦に出れていない。バックハンドには自信があるようでラリーにおいても安定感がある。

これまでの最高ランキング2012年の47位。これは松岡修造(最高46位)とほぼ同じなのだが、残念ながら実績にはかなりの差があるので要注意[1]。この時期の添田はロンドン五輪に出るため大きな大会に挑戦せず下部大会で稼いでいた事実があり、この点については一部で物議を醸していた模様。だがその甲斐あって五輪出場の念願はかなった(1回戦でマルコス・バグダティスに第1セットを獲りながら逆転負け)。ATPツアーレベルでの実績としては2012年チェンナイとアトランタでの準決勝進出が最高で決勝進出はまだない。これまでに勝ったことのある上位選手はクロアチアイワン・ドディグ(最高ランキング29位、勝利時36位)、スイススタニスラス・ワウリンカ(最高ランキング3位、勝利時17位、2014年オープン優勝者)など。実はアトランタで準決勝進出したときは何気に当時19位の錦織にも勝っている。2012年ワールドチームチャンピオンシップではキャリア晩年のアンディ・ロディック(元No1、勝利時29位)にも勝っているのだが、この大会は通常のツアーとは異なる大会形式のため、どこまで評価されているのかよく判らない(てっきりエキシビションかと思っていたが、そういうわけでもないらしい)。2015年にはやはり元No1のレイトン・ヒューイットに勝ったが、彼も故障がちでランキング109位まで落としていた。

2000年代半ばから2015年までデビスカップ日本代表として出場している。日本エース錦織だがキャプテンは年長の添田が務めていた。2012年クロアチア戦ではドディグをフルセットで下して日本にとって記念すべきワールドグループでの初勝利を挙げた。

主な実績

関連動画

関連項目

脚注

  1. *ああ見えて修造ウィンブルドンベスト8以外にもツアー優勝1回、準優勝が2回あるほか、ピート・サンプラスステファン・エドベリゴラン・イバニセビッチといったレジェンドクラスの選手がまだTOP10にいた頃に勝ったことがある。

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