滝廉太郎(瀧廉太郎とも)とは、明治時代の演奏家・作曲家である。
概要
明治も早くに西洋楽器に親しみ、ピアノなどの西洋楽器を使用して非常に歌いやすくかつ日本らしい曲や伴奏を作ったことで知られる。また、日本人音楽家として早くに欧州に留学したことでも知られている。
『箱根八里』『荒城の月』『花(組歌「四季」中)』といった有名な唱歌の作曲は全て瀧廉太郎が担当した。
また童謡の作曲も手掛けており、「降っては降っては まだ降り止まぬ」の『雪やこんこ』、「もういくつ寝ると お正月」の『お正月』などに旋律をつけている。
特に『箱根八里』『荒城の月』は明治時代の教科書にも早くから掲載され、また『花』はその情感の美しさと唱歌特有の歌いやすさから、現代でも音楽科などでの教科書に載ることもある。
しかし、佳人薄命とはよく言われたものである。
まだ若い22歳頃に当時「不治の病」と恐れられた肺結核を患い、そのわずか1年後に病没してしまった。
ニコニコ動画では、主にVOCALOIDによるカバー曲が多い。
以降、これら代表曲の説明に移る。
箱根八里
瀧廉太郎の代表曲。非常に多様なリズムでもって、かなり難しい歌詞がうたわれる。
この難しさは曲中に中国の地名や故事が出ているためである。
冒頭の函谷關は長安と洛陽を繋ぐ隘路で、その峻厳さに加えしばしば長安が中国史において国府になったことから極めて重要な關(要衝)であったという。これを「物ならず」と言えるほど箱根峠越えは厳しいと歌っているのである。
他にも「蜀の桟道」など、中国史を踏まえた比喩が頻出する。
荒城の月
箱根八里に並ぶ、瀧の代表曲。美しくも悲しい歌詞に、それを揺らめかすようなピアノ・パートが特徴。
非常に古風な言い回しや単語、また上杉謙信の詠歌をふまえた節など、こちらもまた難解な部分がある。
瀧が当初書いた曲は無伴奏の合唱曲であったが、同じく大作曲家の山田耕筰によりピアノ伴奏がつけられるようになった。現在ではこの山田耕筰版がよく知られ、また演奏されることが多い。
まさしく日本的な「栄枯盛衰」を歌う曲として、また旋律の美しさから、「Japanese Folk Song」として海外でも知られている。特にドイツのロックバンド「Scorpions」は日本公演の際に荒城の月のアレンジ曲を演奏するほど。このため、海外でも(テンポが高速だが)知られている珍しい曲となっている。
また、ベルギーのとある修道院ではこの旋律を使った聖歌がうたわれているという。
四季「花」
代表曲ではないが、よく知られている曲。春を思わせる旋律と、隅田川にかかる桜や月の情景を歌っている。
こちらは当時の隅田川近辺の事情や、中国宋代の詩文「春宵一刻直千金」からの引用などが使われている。
出だしが「春のうららの隅田川」であるため、東京近郊以外ではなかなか理解しづらい歌詞ではあるが、明るく速いテンポの旋律は憧憬を思い起こすに足ると信じたい。
関連動画
各代表曲を1つ列挙する。原曲に近い物がない場合、VOCALOIDカバー曲で代用している。
また、荒城の月は上述の通り「Japanese folk song」として知られている。そのため…
このように、海外でもよく歌われている。
また、Deathspell Omegaの『Carnal Malefactor』の間奏部分にも荒城の月に非常によく似たメロディーが使われている。
関連項目
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