略歴
1960年大阪枚方市に生まれる。祖父が営んでいた映画館でアニメーションに興味を持つようになる。
1983年、日本大学芸術学部映画学科(富野由悠季、佐藤順一らを輩出)を卒業。在学中に講義に訪れた宮崎駿に見い出され、テレコムアニメーションフィルムにて「名探偵ホームズ」の脚本、演出などを担当する。1982年に宮崎駿がテレコムを退社した後もテレコムに通うようになり、卒業後正社員となる。
テレコムでは日米合作のアニメーション映画『リトルニモ』の製作に参加するが、製作は迷走し映画が完成したのは片渕氏がテレコムを退社した後であった。途中、宮崎駿から『風の谷のナウシカ』の脚本をやらないかと声がかかるも、諸々の理由で断っている。
1986年にテレコムを退社後は日本アニメーション、虫プロダクションにて絵コンテや演出を担当する。
1989年、『魔女の宅急便』の監督としてスタジオジブリに招かれ準備を進めるが、スポンサーの意向により同作品は宮崎駿が監督となり演出補に退くこととなった。またこの頃はジブリの新人スタッフにアニメーション技術の指導なども行っていた。宮崎駿のミリタリー談義についていける数少ない人物であったため、ジブリから去る前はジブリスタッフから話し相手として慰留を懇願されたそうである。また、当時映画製作の息抜きに手掛けていた『宮崎駿の雑想ノート』にも当時の片渕氏とのやりとりの影響が少なからず残っていたようである。
1990年、『魔女の宅急便』のスタッフで結成されたSTUDIO4℃に参画。この頃からイギリスの児童童話『アリーテ姫の冒険』の映像化を構想するもなかなか進まず、その間は知人の伝を頼りに、日本アニメーションの演出、絵コンテなどを受け持っていた。『じゃりン子チエ ~チエちゃん奮戦記』を皮切りに、『ちびまる子ちゃん』、マッドハウスの『あずきちゃん』の絵コンテ、大友克洋監督の映画『MEMORIES』の一篇『大砲の街』の演出などを行ったのはこの時期である。
1996年、世界名作劇場枠にて『名犬ラッシー』の初監督を務める。タイトな制作スケジュールの中作られた本作であったが、視聴率が芳しくなく放送短縮(打ち切り)となってしまい野球中継の影響で最終話が放送されないまま放送終了する憂き目となってしまった。1998年、なみきたかし、南家こうじらと共に短編映画『この星の上に』を製作し海外の映画祭で高い評価を受けた。
2001年、「構想8年、製作3年」の末、自身初のアニメーション長編映画『アリーテ姫』を完成させる。
同年にはナムコのフライトシューティングゲーム『エースコンバット04』の短編アニメーションを担当し、主人公メビウス1のライバルのエースパイロット〈黄色の13〉と少年の物語で作品に深みをだした。2005年には続編『エースコンバット5』の全体シナリオを担当した。
2006年、マッドハウスにて広江礼威原作のガンアクション漫画『BLACKLAGOON』の監督を担当する。
原作の見どころであるガンアクションと一癖も二癖もある多彩なキャラクター達をアニメーションで見事に描ききった。本作はスマッシュヒットとなり、現在のニコニコ動画でも人気の高い作品として評価を残している。TVシリーズでは描けなかったストーリーものちにOVAとして製作された。
2009年、マッドハウスにてアニメーション長編映画『マイマイ新子と千年の魔法』を完成させる。
高木のぶ子原作の山口県防府市での昭和30年代の少年少女たちの友情と千年前の平安時代の少女たちの友情を描いた本作は、興行的には振るわなかったが映画を見た観客、映画館側の働きかけにより一年以上にわたって上映が続けられるロングラン作品となり、様々な映画祭で高い評価をうけた。
2016年、MAPPAにてアニメーション長編映画『この世界の片隅に』を完成させる。
こうの史代原作の戦時下の広島県呉市で生きる女性を主人公に太平洋戦争の時代に生きた人々の生活を描いた同作品は公開と同時に徐々に人気を高め、公開館数は300館を超え、累計動員数200万人を突破。
日本アカデミー賞最優秀アニメーション作品賞、アヌシー国際アニメーション映画祭では審査員賞を獲得するなど国内外で多くの賞を獲得した。
トリビア
- 妻はアニメーターの浦谷千恵。片渕監督がテレコム所属時代に知り合っている。
結婚後は片渕監督作品に作画監督、演出、監督補、アリーテ姫の人形制作と二人三脚で作品に携わっている。作画では人物以外に戦闘機などのメカニック、「BLACK LAGOON」のアクションシーンのラフ原画など多様なシーンを手掛けている。 - 航空ジャーナリスト協会会員で航空機の歴史の造詣も深い。零戦の初期塗装に関する研究はそれまでの零戦の歴史に新たな視点を打ち出した。
- エースコンバットシリーズ最新作『エースコンバット7』(2018年発売予定)でもストーリー構成を手掛けている。当初同作のゲームディレクターは片渕監督が『この世界の片隅に』を製作中であることを承知していたため、「造詣が深い信頼できる人物はいないか」と尋ねたが、片渕監督は「そういった人物は見当たらないのでやらせていただきます」と返している。(ちなみに同ディレクターは最初のクラウドファンディングに名を連ねている)
また、『BLACK LAGOON』の打ち合わせでアニメスタッフに半信半疑だった原作者の広江礼威は、片渕監督がエースコンバット04のサイドストーリーの監督であることを知ると全服の信頼を置くようになったという小話がある。
監督作品
- 名犬ラッシー(1996年)
- この星の上に(1998年)
- アリーテ姫(2000年)
- BLACKLAGOON(2006年)
- マイマイ新子と千年の魔法(2009年)
- 親と子の「花は咲く」(2013年)
- この世界の片隅に(2016年)
- エースコンバット04サイドストーリー(2001年)
- ロックマンゼロ 1~3コマーシャル映像(2002~2004年)
参加作品(一部)
- 名探偵ホームズ(1クール目の絵コンテ、演出、作画)
- 魔女の宅急便(監督候補→演出補)
- ちびまる子ちゃん(さくらももこが脚本に参加していた1995年頃の絵コンテ、演出)
- カードキャプターさくら(3話、8話の絵コンテ、演出。15話の絵コンテ)
- じゃりン子チエ ~チエちゃん奮戦記~(第2期) …絵コンテ、一部演出。自立した後、最初の仕事となっている。
- 映画MEMORIES「大砲の街」(演出)
- エースコンバット5(脚本)
- エースコンバット7(脚本)
関連動画
関連商品
関連項目
- 4
- 0pt