現業とは、仕事の分類に使われる言葉で、以下の意味を持つ。反対語は非現業である。
1.は企業などで広く使われる言葉である。研究・開発は財・サービスを直接的に生産しないので1.に含まれないことが多い。営業は「顧客と自社工場の橋渡しをして管理するばかりなので1.に含まれない」とも考えられるし「顧客のいるところで販売サービスを行うので1.に含まれる」とも考えられる。
2.は行政で使われる言葉である。本記事では2.について述べる。
2.の概要
国の現業と地方の現業
現業とは、政府・地方公共団体や公共企業体(公社)・地方公営企業が行う仕事の1つで、国会または地方議会に議決された予算に基づいて権力を行使せずに財・サービスを生産・提供する仕事である。
政府や公共企業体(公社)が国会に議決された予算に基づいて権力を行使せずに財・サービスを生産・提供することを国の現業という。
地方公共団体や地方公営企業が地方議会に議決された予算に基づいて権力を行使せずに財・サービスを生産・提供することを地方の現業という。
権力を行使しない
現業は権力を行使せず、人の行動を制限せず、人を管理・支配しない。
政府や地方公共団体は学校経営や病院経営をすることがある。この両者ともサービスを提供する職業であるが、現業に含まれない。なぜかというと、この両方とも権力を行使して人の行動を制限して人を管理・支配する要素を持つからである。学校では「学校の指示どおりの行動をしないと通信簿の点数を低くしたり留年させたり退学させたりする」と告げて児童・生徒・学生の行動を制限するし、病院では感染症法に従って患者の行動を制限することがある。
予算を国会に議決されるのなら「国の現業」と扱われる
かつての日本には三公社五現業が存在したが、これは国の現業の典型例である。三公社は日本国有鉄道(国鉄)、日本専売公社(専売)、日本電信電話公社(電電)を指した。五現業は、郵政省による郵政事業、大蔵省造幣局による造幣事業、大蔵省印刷局による印刷事業、農林水産省の外局である林野庁による国有林野事業、通商産業省によるアルコール専売事業を指した。
五現業は政府の一部門が行うものであり、予算に国会の議決を要していた[1]。三公社は企業であるが、政府が全額出資するものであり、なおかつ予算に国会の議決を要するという特徴があり[2]、「三公社は政府の一部のようなもの」といって差し支えないものだった。
予算を国会に議決されないのなら「国の現業」と扱われない
2023年現在において、独立行政法人の中の行政執行法人は7つある。その中の統計センター以外の6法人は政府と極めて密接な関係を持っている。
まず、6法人は資本金の全額が政府からの出資金である。また、行政執行法人の役員・職員は国家公務員の身分である(独立行政法人通則法第51条)。そして独立行政法人という法人は、法人の長を主務大臣(政府の中の監督官庁の大臣)に任命してもらうという存在である(同法第20条)。
以上の条件が揃っていながらも、行政執行法人の中の統計センター以外の6法人は、「国の現業」と扱われない。
日本において「国の現業」と言われるには、予算を国会に議決してもらうことが必要である。そして、独立行政法人は予算を国会に議決してもらっているわけではなく、予算を主務大臣に認可してもらっているだけである(独立行政法人通則法第30条、第35条の5、第35条の10)。
2023年現在において、様々な特殊法人がある。そうした特殊法人は特別法によって定められているのだが、予算を国会に議決してもらっているわけではない[3]。
予算を地方議会に議決されるのなら「地方の現業」と扱われる
2023年現在において各地の地方公共団体において様々な地方公営企業が存在し、現業を行っている。
地方公共団体の首長は公営企業の予算を議会に提出して議決してもらわねばならないことが定められている(地方公営企業法第23条第2項)。
予算を地方議会に議決されないのなら「地方の現業」と扱われない
2023年現在において各地の地方公共団体において様々な地方独立行政法人が存在し、業務を行っている。そして、地方独立行政法人のなかには特定地方独立行政法人というものがある。
特定地方独立行政法人の職員は地方公務員の身分であり(地方独立行政法人法第47条)、地方独立行政法人を代表しその業務を総理する理事長は設立団体の長(設立した地方公共団体の首長)が任命する(地方独立行政法人法第13条、第14条)。
以上の条件が揃っていながらも、特定地方独立行政法人は、「地方の現業」と扱われない。
地方独立行政法人は予算を設立団体の長に認可してしてもらわねばならないが、地方議会の議決を得る必要がない(地方独立行政法人法第26条第2項第3号)。このため特定地方独立行政法人の業務は現業の定義から外れる。
現業公務員には国家公務員法や地方公務員法が適用されず、個別の法律が適用される
政府・地方公共団体の中で非現業に関わる公務員のことを非現業公務員という。非現業に関わる公務員については、国家公務員法や地方公務員法によって定められる。
一方で、政府・地方公共団体の中で現業に関わる公務員のことを現業公務員という。現業公務員には国家公務員法や地方公務員法が適用されず、個別の法律が適用される。
かつての三公社五現業のなかの五現業の国家公務員には国家公務員法が適用されず、公共企業体労働関係法が適用された。
地方公営企業の職員は地方公務員だが、地方公務員法が適用されず、地方公営企業等の労働関係に関する法律が適用される。
雇用される労働者の安心感が強い
現業は、人件費などの予算を国会または地方議会に承認してもらった政府・地方公共団体・公共企業体(公社)・地方公営企業が労働市場に参加して労働力を購入するものである。
このため現業に参加する労働者は「自分たちの雇用は国会または地方議会に承認されており、極めて強く保障されている」とか「自分たちが勤務しているところは絶対に倒産しない」と確信することになり、非常に強い安心感に恵まれることになる。これを俗に言うと「親方日の丸」という。
日本では財政民主主義が憲法に明記されており、国会が政府の財政をすべて牛耳る体制になっている。その国会によって予算が決められた組織に所属する労働者は、心の底から安心することができる。
雇用される労働者の数が多い
現業は、政府・地方公共団体や公共企業体(公社)・地方公営企業が財・サービスを提供するものである。そうした業務は人手というものが多く必要であるから、政府・地方公共団体や公共企業体(公社)・地方公営企業が大量の雇用をすることになる。
一方で、政府・地方公共団体は非現業の仕事をすることがある。こちらの業務は人手が(現業に比べて)さほど必要ではないので、政府・地方公共団体があまり多く雇用しない。
安心した労働者が大量に発生するので、労働運動が活性化する
政府・地方公共団体や公共企業体(公社)・地方公営企業が現業をする時代においては、そうした現業の労働者が結成する労働組合が積極果敢に労働運動を行い、労働運動を引っ張っていく。
2023年現在において日本の労働組合をまとめた団体の中で最大手というと連合(日本労働組合総連合会 )である。この連合は1987年に総評(日本労働組合総評議会)などの4団体が合併して成立したものであるが、その中で総評が最も大きい団体だった。その総評の中心となっていたのが三公社五現業の労働組合の集合体である公労協(公共企業体等労働組合協議会)だった。1980年代までは公労協こそが日本の労働運動の牽引役だった。
先述のように、現業に参加する大量の労働者は「日本の財政を牛耳る国会が自分たちの勤務先の予算を承認していて、自分の勤務先は絶対に倒産しない」と確信しているので、労働運動を果敢に行うことができる。
政府・地方公共団体や公共企業体(公社)・地方公営企業が多くの現業をする時代においては、労働運動が活性化し、労働者の経済的地位が向上しやすく、雇用の安定と賃上げが進みやすい。
労働三権が一部制限される
日本において、現業の公務員・公共企業体(公社)職員・地方公営企業職員に対して、労働三権が一部制限されている。団結権が認められているが、団体交渉権の中の「事務の管理・運営に関する交渉をする権利」が認められていない。そして団体行動権の中の争議権が認められていない。このことについては日本国憲法第28条の記事を参照のこと。
関連リンク
関連項目
- 独立行政法人(予算に関して国会の議決を必要としないので現業の定義から外れる)
- 地方独立行政法人(予算に関して地方議会の議決を必要としないので現業の定義から外れる)
- 特殊法人(予算に関して国会の議決を必要とせず現業の定義から外れることが多い)
脚注
- *日本国憲法第86条で「内閣は、毎会計年度の予算を作成し、国会に提出して、その審議を受け議決を経なければならない」と定められており、政府のすべての部門の予算は国会の議決を必要とする。
- *たとえば国鉄は、毎事業年度の予算を作成してそれを運輸大臣を経て大蔵大臣に提出していた。国鉄の予算は大蔵大臣による調整を受けた後、閣議決定を経て、内閣によって国の予算とともに国会に提出されていた(日本国有鉄道法
第38条)。つまり国鉄の予算は国会の議決を要していた。日本専売公社や電電公社も法律で同じように定められていた(日本専売公社法
第31条、日本電信電話公社法
第41条)。
- *例えば、日本中央競馬会(JRA)は日本中央競馬会法第23条で「農林水産大臣に予算を認可してもらう」と定められているだけであり、予算を国会に議決してもらっているわけではない。
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