白黒テレビ(black-and-white television)とは、画面が白黒のテレビ放送やテレビ受信機のことである。
イ
高柳健次郎が世界ではじめてブラウン管テレビに映した映像【イ】
概要
水平同期信号、垂直同期信号、輝度信号(明暗を表す信号、Y信号とも)のみで映像を表現するテレビ放送やテレビ受信機のこと。
📺️始まりは写真電送技術から
1843年ベーンが静止画像を細かい点にして伝送する写真電送技術を発明し、1877年にサンレクによってテレビへの応用が提唱された。
1884年にドイツのパウル・ニプコウがニプコー円板(ニポー円板とも)を発明する。→機械式テレビへ
1897年にドイツのカール・フィルデナント・ブラウンがブラウン管を発明する。→電子式テレビへ
1925年にイギリスのジョン・ロジー・ベアードがニプコー円板を用いた機械式テレビ(Mechanical television)の開発に成功した。『走査線30本』。
📺️半電子式テレビの登場
さらに1926年浜松高等工業学校(現・静岡大学工学部)の高柳健次郎が半電子式テレビ(撮影はニプコー円板を用いた機械式、視聴はブラウン管を使った電子式)の開発に成功した(無線遠視法の開発)。高柳はその功績により「テレビの父」と呼ばれることになる。1928年には人物映像の伝送に成功。『走査線40本、14フレーム/秒』だった。
1929年、河原田政太郎と山本忠興が大画面機械式テレビ(早稲田式テレビ)の開発に成功。画面サイズは1.5m角。1930年3月17日東京朝日新聞大公会堂にて公開実験を行った。撮影こそニプコー円板を用いたが、受像側に回転鏡車とケルセルを用いた。おそらくプロジェクションテレビ?
📺️電子式テレビの登場
1927年フィロ・ファーンズワースによって世界初の撮像管「イメージディセクタ」が開発される※1。しかし感度が低く実用に至らなかった。
1933年にアメリカRCA社(Radio Corporation of America、アメリカ・ラジオ社)によってアイコノスコープとよばれる撮像管の開発で電子式テレビを完成させ実用化の可能性が出てきた。日本でも1935年にアイコノスコープ化をする。
1937年、イギリスの公共放送BBCが世界初のテレビ局を開局させた。『走査線40本、14フレーム/秒』。
※1:撮像管とは映像を電気信号に変換する真空管。今は半導体素子になっており、CDDイメージセンサやCMOSイメージセンサが利用されている。
日本においては1940年開催予定だった東京オリンピックに向けて完成させる国家プロジェクトが立ち上がり開発が加速した(社団法人日本放送協会技術研究所<現・NHK放送技術研究所>が担当)。1938年に『走査線441本、25フレーム/秒、インターレース走査』の技術(「日本方式」としよう)が完成した。1939年5月にNHK東京放送会館(千代田区内幸町)の完成記念として技術研究所から東京放送会館へ向けてテレビ電波を発信する「テレビ無線伝送試験」が行われた。その後各地で同様の実験が行われている。しかし第二次世界大戦の広がり(1941年太平洋戦争開戦など)により東京オリンピック(1938年中止決定)も含めて中止された。
1945年8月15日敗戦。同年12月GHQは日本のテレビ研究を禁止した。テレビ技術は軍事研究の一環と見なし、ラジオや電話が不十分で時期が早いとの理由である。しかし翌1946年6月に社団法人日本放送協会技術研究所に対して再開してよいと通達したことで再開される。
戦前の日本方式『走査線441本、25フレーム/秒、インターレース走査』の規格を踏襲、1948年6月に有線を用いて公開実験を行う。しかし無線通信機械工業会が1948年4月アメリカのNTSC方式に準じて『走査線525本、25フレーム/秒』を暫定的に標準方式として提言した。日本方式より画質が良かったからである。
📺️実用化
1953年2月1日からNHKが、8月28日には民間放送の日本テレビ(NTV)による本放送が始まった。14インチで17万円もする高級品。大学卒の初任給が8000円程度で食物さえ不足していた時代、はたして普及するのかと疑問視されていた。街頭テレビや飲食店、電器店でみた国民の反応は上々で徐々に広まった。
1960年にNTSC方式によるカラー放送が始まるまで、放送が白黒で、受信機も白黒のものが普及していた。最初期の物は放送局が少なかったため、12チャンネル全て受信できるテレビは少なく、ダイヤルが6チャンネル分しかないようなテレビが多かった。また、トランジスタが普及するまでは真空管を使用していた。後に真空管式のカラーテレビも登場している。UHF放送が始まると、最初からUHFチューナーを搭載したテレビも登場。カラーテレビもあったが、まだ値段が高かった。また、「UHFコンバーター」というVHFチューナーのみのテレビでUHF放送を見るための機械も登場した。
📺️終焉へ
その後、放送がすべてカラーになっても長らく製造されていた白黒テレビだったが、70年代後半のトランジスタ式白黒テレビを最後に製造が終了している。
さらに2011年(岩手・宮城・福島は2012年)には地上アナログ放送が終了した。物好き以外は完全に終止符を打った。
年表
- 1843年:ベーンが写真電送技術を発明
- 1877年:サンレクによって写真電送技術のテレビ技術への応用が提唱される
- 1884年:ドイツのパウル・ニプコウがニプコー円板を発明する
- 1897年:ドイツのカール・フィルデナント・ブラウンがブラウン管を発明する
- 1925年:イギリスにてニプコー円板の原理による機械式テレビが開発される
- 1926年:日本の高柳健次郎が半電子式テレビを開発 『イ』
- 1927年:フィロ・ファーンズワースが世界初の撮像管「イメージディセクタ」を開発。ただし実用にならず
- 1928年:日本の高柳が人物映像の伝送に成功。走査線40本、25フレーム/秒
- 1929年:大画面機械式テレビ「早稲田式テレビ」の開発に成功
- 1933年:アメリカのRCA社がアイコノスコープによる電子式テレビを開発
- 1937年:イギリスの公共放送BBCが世界初のテレビ局を開局。走査線40本、25フレーム/秒
- 1938年:日本が走査線441本、25フレーム/秒の実用的なテレビを完成させる(日本方式)
- 1938年:社団法人日本放送協会技術研究所からNHK東京放送会館へ向けてテレビ電波を発信させる
- 1938年:東京オリンピック開催中止決定
- 1941年:太平洋戦争開戦
- 1945年8月15日:太平洋戦争に敗戦
- 1645年12月:GHQ、日本のテレビ研究を禁止
- 1946年6月:GHQ、日本のテレビ研究禁止を解除
- 1948年:日本方式を採用せず、アメリカ方式を採用が無線通信工業会より提言される
- 1953年2月1日:NHK本放送開始
- 1953年8月28日:民間放送の日本テレビが本放送開始
- 1960年:NTSC方式によるカラーテレビ放送開始
- 1968年:NHKが普通契約として白黒テレビ受信料をカラーテレビとは別途に設定。ちょっとだけ安かった
- 1970年代後半:トランジスタ白黒テレビを最後に製造されなくなった
- 2011年:岩手県、宮城県、福島県を除く全国で放送サービス終了
- 2012年:国内すべての地域で放送サービス終了
規格
- 日本方式白黒テレビ:走査線441本、25フレーム/秒、インターレース走査、社団法人日本放送協会技術研究所。採用されず
- NTSC方式白黒テレビ:走査線525本、30フレーム/秒、インターレース走査、全米テレビジョン標準化委員会(NTSC)。アメリカ、日本、韓国、ブラジルなどで採用
- PAL方式白黒テレビ:走査線625本、25フレーム/秒。イギリス、ドイツ、西欧、東南アジアなどで採用
- SECAM方式白黒テレビ:走査線625本、25フレーム/秒。フランス、ロシア、東欧、アフリカなどで採用
技術
下記の通り2つのラジオ方式の技術の合わせ技で実現している。
輝度信号、水平同期信号、垂直同期信号の3つの信号を合成してコンポジット映像信号(CVBS,Composite Video Baseband Signal)化し、AMラジオでおなじみの振幅変調(AM,amplitude modulation)で送信する。
色度信号を加えたコンポジット映像信号にするとカラー放送になる。加え方の方式はNTSC、PAL、SECAMの3つがある。詳しくはコンポジット映像信号を参照。
FMラジオでおなじみの周波数変調(FM,frequency modulation)で送信する。
FMラジオのうち西欧バンドまたはアメリカバンドにも対応した機種は1chから3ch(VHF-Low帯、今はワイドFMに使われている)のテレビ音声(モノラルのみ)を聴くことができた。詳しくはFMラジオを参照。
NHK受信料
みんな大好きNHK受信料。
NHK受信契約受付初日の契約者数は866件、受信料月額200円。
1968年(昭和43年)に普通契約として白黒テレビ向け受信契約が登場。カラーテレビより安かった。
国産白黒テレビ
国産初の白黒テレビは早川電機工業(現・シャープ)のTV3-14T。
地上デジタル放送化後の活用
白黒テレビは地上アナログ放送の廃止によって一般的には使えないものになった。仮にお売りくださいの店でジャンクとして完動品があってもゴミに近いだろう。
白黒テレビにはRCA端子が無いため、そのままでは地デジチューナーを繋ぐことはできない。ファミリーコンピュータな方法で繋ぐ手法がある。ニコニコのおじさんなら知っているはず、思い出してほしい、RCA端子のないテレビに家庭用ゲーム機を繋ぐ方法を。特にツナグくん!!!
合わせて聞くといいBGMはこちら
以後ニコニコ技術部
RFモジュレータ(Radio Frequency Modulator)という機械を使用すれば地デジチューナーを繋ぐことができる。これは、ビデオ信号をアナログ放送と同じ電波に変換できる機械である。
と繋げば地デジを見ることができる。
RFモジュレータで出力できるのはNTSC方式日本仕様の場合、VHFの1chと2ch(ひろゆきじゃないほうの)で、スイッチで切り替えられるようになっている。どちらのチャンネルにするかはおまかせする。購入はAmazonか秋葉原か。
なお、RFモジュレータ側が同軸ケーブル用端子でテレビ側がフィーダー線用端子の場合は変換アダプターが必要。お売りくださいの店のジャンクコーナーに転がっている。
接続後は地デジも白黒で映り、チャンネル操作は地デジチュ-ナーのリモコンでの操作となる。
関連動画
関連項目
親記事
子記事
兄弟記事
- 2
- 0pt


