直木賞とは、芥川賞とともに日本で一番有名な文学賞。大衆文学の新人に贈られる(建前上は)。
第172回 候補作家と候補作品
- 朝倉かすみ『よむよむかたる』(文藝春秋)2回目
- ★ 伊与原新『藍を継ぐ海』(新潮社)2回目…受賞
- 荻堂顕『飽くなき地景』(KADOKAWA)初
- 木下昌輝『秘色の契 阿波宝暦明和の変 顚末譚』(徳間書店)4回目
- 月村了衛『虚の伽藍』(新潮社)2回目
第172回選考委員
浅田次郎 / 角田光代 / 京極夏彦 / 桐野夏生 / 高村薫 / 辻村深月 / 林真理子 / 三浦しをん / 宮部みゆき
概要
正式名称は「直木三十五賞」。選考は1月と7月の年2回、芥川賞と同時に行われる。主催は日本文学振興会(文藝春秋社の社内団体)。
一人の作家が二度以上受賞することはできない。また、芥川賞との重複受賞もできない。
菊池寛が、「文藝春秋」の売上が落ちる2月と8月に話題を作るために、芥川賞とともに創設した……というのは都市伝説らしい。主催が実質文藝春秋社なので文藝春秋社の作品が受賞しやすい(例として、第131~140回の受賞作12作品のうち9作品が文藝春秋社刊。さすがに露骨すぎたのか141回以降は割合が下がっている)。
名目上は「新人賞」であるが、受賞するのはデビューから10年前後が経過した中堅以上の作家であることが多い。選考委員よりキャリアの長い作家が候補になることもある(デビュー30年目で受賞した佐々木譲や黒川博行など)。これは選考の際に「これから先も書き続けていけるかどうか」なども考慮されることや、初めて候補に選ばれた作家は好評でも「もう一作見たい」という常套句で落とされることがままあるため。
ベテランが候補になることもあるとはいえ、受賞していなければ誰でも候補になれるのかというとそうでもなく、コンスタントに候補になっては落とされる人はそのうちいつの間にか候補にならなくなり(最近では真保裕一、三崎亜記、古処誠二など)、かと思えばずっとスルーしていた作家を唐突に候補にしたり(最近だと歌野晶午とか貴志祐介とか)、過去に落としてから10年以上放っておかれた作家が復活してくることもある(20年近くのブランクを経て候補になった佐々木譲や安部龍太郎の例がある)。デビュー34年目の佐藤正午が初候補で受賞するなんてこともあり、はっきり言って候補作の選定基準は謎。
また、直木賞の受賞は既刊を含めた売上に直結するため、デビュー作で受賞してしまったりすると(近年では『GO』の金城一紀などの例がある)、売る本がそれしかないため本人にとっても書店にとっても美味しくなかったりする。もっとも最近は商業的影響力では本屋大賞に大きく水をあけられている感は否めない。
受賞のタイミングをよく外すことでも有名で、各作家の代表作に受賞しているとは言い難い。宮部みゆきが最高傑作と名高い『火車』で落とされ『理由』で受賞したり、浅田次郎が『蒼穹の昴』で落とされ『鉄道員(ぽっぽや)』で受賞したり、佐々木譲が『警官の血』で落とされ『廃墟に乞う』で受賞したことなどはその典型で、渾身の力作を落としたあとでわりと地味な作品に受賞することが結構ある。このため、直木賞は「作品ではなく作家に与える賞」という側面がある。これは別に最近に限った話ではなく、例えば池波正太郎や藤沢周平もそんな感じで受賞しており、昔からの直木賞の性質である。SF・ファンタジーが受賞しないことでも知られ、筒井康隆は小説『大いなる助走』で直木賞の選考過程を皮肉っている。
何度も候補に挙げられては落とされ続ける作家が多い。宮部みゆき、東野圭吾、北村薫、恩田陸などは5度落選し6度目で受賞している。道尾秀介は第140回の初ノミネートから5回連続候補入り(5回目で受賞)という記録を作った。ちなみに最多落選回数は古川薫の9回(『漂泊者のアリア』で10回目にして受賞)。
かつては同人雑誌の掲載作や雑誌掲載の短編が候補になり受賞することも多かったが、現在は候補作に選ばれるのはほぼ四六判単行本に限られている。ノベルスは昔から候補になりにくく、第143回では万城目学の『かのこちゃんとマドレーヌ夫人』が新書版の本としては30年ぶりぐらいに候補になった。
第144回以降、芥川賞とともに受賞記者会見の模様がニコニコ生放送で中継されている。もっとも、西村賢太と田中慎弥が話題になった芥川賞に比べると、直木賞はあまりその恩恵を受けてはいないが……。
2014年からは、現役高校生が年に一度、直近1年間の直木賞候補作から独自に受賞作を選ぶ高校生直木賞が実施されている。ちなみにそちらの受賞作は第6回まで全て直木賞落選作であったが、第7回で本家直木賞第161回受賞作『渦 妹背山婦女庭訓 魂結び』が受賞し、本家との初のダブル受賞を成し遂げた。
大百科に記事のある受賞作
- 蒲田行進曲 (第86回、つかこうへい)
- 遠い海から来たCOO (第99回、景山民夫)
- 空中ブランコ (第131回、奥田英朗)
- 容疑者Xの献身 (第134回、東野圭吾)
- 下町ロケット (第145回、池井戸潤)
- 蜜蜂と遠雷 (第156回、恩田陸)
- ファーストラヴ (第159回、島本理生)
- 宝島 (第160回、真藤順丈)
- テスカトリポカ(第165回、佐藤究)
大百科に項目のある受賞作家
- 山崎豊子 (第39回 『花のれん』)
- 司馬遼太郎 (第42回 『梟の城』)
- 池波正太郎 (第43回 「錯乱」)
- 藤沢周平 (第69回 「暗殺の年輪」)
- 青島幸男 (第85回 『人間万事塞翁が丙午』)
- つかこうへい (第86回 『蒲田行進曲』)
- 連城三紀彦 (第91回 『恋文』)
- 林真理子 (第94回 「最終便に間に合えば」「京都まで」)
- 皆川博子 (第95回 『恋紅』)
- 泡坂妻夫 (第103回 『蔭桔梗』)
- 宮城谷昌光 (第105回 『夏姫春秋』)
- 高村薫 (第109回 『マークスの山』)
- 大沢在昌 (第110回 『新宿鮫 無間人形』)
- 篠田節子 (第117回 『女たちのジハード』)
- 宮部みゆき (第120回 『理由』)
- 桐野夏生 (第121回 『柔らかな頬』)
- なかにし礼 (第122回 『長崎ぶらぶら節』)
- 船戸与一 (第123回 『虹の谷の五月』)
- 石田衣良 (第129回 『4TEEN』)
- 京極夏彦 (第130回 『後巷説百物語』)
- 奥田英朗 (第131回 『空中ブランコ』)
- 朱川湊人 (第133回 『花まんま』)
- 東野圭吾 (第134回 『容疑者Xの献身』)
- 桜庭一樹 (第138回 『私の男』)
- 北村薫 (第141回 『鷺と雪』)
- 佐々木譲 (第142回 『廃墟に乞う』)
- 道尾秀介 (第144回 『月と蟹』)
- 池井戸潤 (第145回 『下町ロケット』)
- 辻村深月 (第147回 『鍵のない夢を見る』)
- 黒川博行 (第151回 『破門』)
- 青山文平 (第154回 『つまをめとらば』)
- 恩田陸 (第156回 『蜜蜂と遠雷』)
- 島本理生 (第159回 『ファーストラヴ』)
- 真藤順丈 (第160回 『宝島』)
- 佐藤究 (第165回 『テスカトリポカ』)
- 今村翔吾 (第166回 『塞王の楯』)
- 米澤穂信 (第166回 『黒牢城』)
- 万城目学 (第170回 『八月の御所グラウンド』)
大百科に記事のある候補作
- 家族八景 (第67回、筒井康隆)
- イン・ザ・プール (第127回、奥田英朗)
- 昨日公園 (第130回、朱川湊人) ※本作を収録した短編集『都市伝説セピア』として
- となり町戦争 (第133回、三崎亜記)
- 空飛ぶタイヤ (第136回、池井戸潤)
- 夜は短し歩けよ乙女 (第137回、森見登美彦)
- のぼうの城 (第139回、和田竜)
- カラスの親指 (第140回、道尾秀介)
- 天地明察 (第143回、冲方丁)
- 悪の教典 (第144回、貴志祐介)
- 空飛ぶ広報室 (第148回、有川浩)
- 羊と鋼の森 (第154回、宮下奈都)
- 真実の10メートル手前 (第155回、米澤穂信)
- 同志少女よ、敵を撃て (第166回、逢坂冬馬)
- 地雷グリコ (第171回、青崎有吾)
大百科に項目のある候補作家
- 青崎有吾 (第171回『地雷グリコ』)
- 赤川次郎 (第83回「上役のいない月曜日」「禁酒の日」「徒歩十五分」)
- 阿久悠 (第82回『瀬戸内少年野球団』、第99回「喝采」「隣のギャグはよく客食うギャグだ」、第101回『墨ぬり少年オペラ』)
- 芦沢央 (第164回 『汚れた手をそこで拭かない』)
- 有川浩 (第148回『空飛ぶ広報室』)
- 伊坂幸太郎 (第129回『重力ピエロ』、第131回『チルドレン』、第132回『グラスホッパー』、第134回『死神の精度』、第135回『砂漠』)
- 岩井志麻子 (第124回『岡山女』)
- 歌野晶午 (第146回『春から夏、やがて冬』)
- 冲方丁 (第143回『天地明察』、第156回『十二人の死にたい子どもたち』、第169回『骨灰』)
- 小栗虫太郎 (第4回)
- 折原一 (第118回『冤罪者』)
- 貴志祐介 (第144回『悪の教典』)
- 北方謙三 (第89回『檻』、第90回『友よ、静かに瞑れ』、第92回『やがて冬が終れば』)
- 呉勝浩 (第162回『スワン』、第165回『おれたちの歌をうたえ』、第167回『爆弾』)
- 古処誠二 (第132回『七月七日』、第135回『遮断』、第138回『敵影』)
- 小松左京 (第50回「地には平和を」「お茶漬の味」)
- 島田荘司 (第92回『倫敦と漱石ミイラ殺人事件』、第94回『夏、19歳の肖像』)
- 真保裕一 (第122回『ボーダーライン』、第123回『ストロボ』、第125回『黄金の島』、第129回『繋がれた明日』)
- 須賀しのぶ (第156回『また、桜の国で』)
- 月村了衛 (第169回『香港警察東京分室』、第172回『虚の伽藍』)
- 土屋隆夫 (第41回『天国は遠すぎる』)
- 筒井康隆 (第58回「ベトナム観光公社」、第59回「アフリカの爆弾」、第67回『家族八景』)
- 恒川光太郎 (第134回『夜市』)
- 中山可穂 (第127回『花伽藍』)
- 西村寿行 (第75回「咆哮は消えた」、第76回『滅びの笛』、第77回『魔笛が聴こえる』)
- 貫井徳郎 (第135回『愚行録』、第141回『乱反射』、第147回『新月譚』、第151回『私に似た人』)
- 広瀬正 (第64回『マイナス・ゼロ』、第65回『ツィス』、第66回『エロス』)
- 福井晴敏 (第122回『亡国のイージス』、第132回『6ステイン』)
- 星新一 (第44回「弱点」「生活維持省」「雨」「その子を殺すな!」「信用ある製品」「食事前の授業」)
- 誉田哲也 (第162回『背中の蜘蛛』)
- 松本清張 (第25回「西郷札」、第28回「或る『小倉日記』伝」)
- 三崎亜記 (第133回『となり町戦争』、第136回『失われた町』、第139回『鼓笛隊の襲来』)
- 湊かなえ (第149回『望郷』、第155回『ポイズンドーター・ホーリーマザー』、第159回『未来』、第162回『落日』)
- 宮内悠介 (第147回『盤上の夜』、第149回『ヨハネスブルグの天使たち』、第157回『あとは野となれ大和撫子』、第170回『ラウリ・クースクを探して』)
- 宮脇俊三 (第93回『殺意の風景』)
- 森見登美彦 (第137回『夜は短し歩けよ乙女』、第156回『夜行』、第160回『熱帯』)
- 山田正紀 (第78回『火神を盗め』、第87回「友達はどこにいる」「少女と武者人形」「ホテルでシャワーを」「ラスト・オーダー」)
- 横山秀夫 (第120回『陰の季節』、第124回『動機』、第128回『半落ち』)
- 隆慶一郎 (第95回『吉原御免状』、第101回『柳生非情剣』)
似たような文学賞
吉川英治文学新人賞
新進作家の「出世作」的な作品に与えられることが多く、直木賞の前に獲っておきたい賞、というポジション。だが、意外と直木賞との重複受賞率は高くなく、21世紀に入ってからの受賞者で直木賞を獲ったのは第25回の垣根涼介、第26回の恩田陸、第31回の池井戸潤、第32回の辻村深月、第36回の西條奈加、第39回の佐藤究、第41回の今村翔吾の7人しかいない。近年の受賞作の傾向的には直木賞より本屋大賞寄りの賞。また、同一作品で直木賞とダブル受賞した例はない。
詳しいことは吉川英治文学新人賞の項を参照。
ちなみに「新人」のつかない吉川英治文学賞の方は、功成り名を遂げたベテラン作家の力作に与える功労賞である。
山本周五郎賞
直木賞を獲ったあとに山本賞を受賞した例は無く、直木賞を獲れなかった(もしくは獲れなさそうな)作家の残念賞的なポジション(ただし両方を受賞している作家も結構いる)。直木賞では受賞の可能性が低いファンタジーやSFなどにも割と理解がある。
同一作品での直木賞とのダブル受賞は、熊谷達也『邂逅の森』(第17回)、佐藤究『テスカトリポカ』(第34回)、永井紗耶子『木挽町のあだ討ち』(第36回)が達成している。
詳しいことは山本周五郎賞の項を参照。
で、ぶっちゃけどう違うの?
直木賞は「獲るとそこそこ売れる」賞、
吉川英治文学新人賞は「売れると獲れる」賞、
山本周五郎賞は「売れなくても獲れる」賞、と書くとわかりやすい(もちろん非常に大雑把な定義なので必ずしもこの通りではない)。
吉川新人賞、山本賞、直木賞の三冠達成者は現在、船戸与一、宮部みゆき、恩田陸、佐藤究、垣根涼介の5名。
なお、吉川新人賞、山本賞ともに、直木賞を既に獲っている作家は候補にならないという暗黙の了解がある。
余談だが、純文学の方でも芥川賞への対抗馬的な賞ととして、やはり講談社が後援する野間文芸新人賞と、新潮社が後援する三島由紀夫賞がある。
その他
2004年にスタートした書店員の投票で決定する本屋大賞は、その設立のきっかけに「直木賞の受賞作が読者の支持と一致しない」ことへのカウンター的な側面があったため、直木賞受賞作がノミネートされてもなかなか受賞することはなかった。第14回で恩田陸『蜜蜂と遠雷』が初のダブル受賞を達成。
2010年には角川書店が、文学性よりもエンターテイメント性の強い作品に与える賞として山田風太郎賞を創設。第1回で貴志祐介『悪の教典』、第2回で高野和明『ジェノサイド』と2回続けて直木賞で落選した「このミス」1位の作品が受賞した。第4回でも直木賞で落選した伊東潤『巨鯨の海』が受賞している。文庫やノベルスでも候補にするという規定だが、実際の候補作のラインナップは直木賞や吉川新人賞・山周賞とわりと似通っている。
関連動画
関連項目
親記事
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- なし
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- 芥川賞
- 泉鏡花文学賞
- 江戸川乱歩賞
- 大藪春彦賞
- 柴田錬三郎賞
- 中央公論文芸賞
- 日本推理作家協会賞
- 日本ミステリー文学大賞
- 野間文芸新人賞
- 本格ミステリ大賞
- 本屋大賞
- 三島由紀夫賞
- 山田風太郎賞
- 山本周五郎賞
- 吉川英治文学賞
- 吉川英治文学新人賞
- 吉川英治文庫賞
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