短期金利とは、金融業界の用語で、次のことを指す言葉である。
- 短期金融市場で形成される期間1年以下の金利の総称。
- 短期金融市場で形成される期間1年以下の金利の中で最も中心的な存在として位置づけられていて、日本銀行が政策金利として常に誘導目標としている無担保コール翌日物の金利。
1.の概要
資金を運用・調達する取引が行われる市場のことを金融市場という。1年以下の期間の資金を扱うものは短期金融市場といい、1年を超える期間の資金を扱うものは長期金融市場という。短期金融市場で形成される金利をすべてまとめて短期金利と呼ぶ。
ここでいう「金利」という言葉は、「利率」を意味したり「利回り」を意味したりする。短期金融市場の銀行間取引市場(インターバンク市場)のコール市場で銀行Aが銀行Bに対して貸し付けするときの金利なら「利率」という意味である。短期金融市場のオープン市場の国庫短期証券市場の金利なら「利回り」という意味である。
銀行が企業・家計に1年以下の期間で貸し出しするときの金利は短期金融市場の金利の影響を受ける。また、銀行が定期預金や普通預金を受け入れるという形で企業・家計から1年以下の期間で借り入れするときの金利も短期金融市場の金利の影響を受ける。
2.の概要
短期金融市場のなかに銀行間取引市場(インターバンク市場)があり、銀行間取引市場のなかにコール市場があり、コール市場は無担保コール市場と有担保コール市場に分かれている。この無担保コール市場こそが短期金融市場の中心地である。
無担保コール市場は翌日物金利(1営業日ずつの金利。オーバーナイト物ともいう)から1年物金利までさまざまな金利が形成されている。最も利用が多くて有力視されているのが翌日物金利である。
無担保コール翌日物の金利は影響力が大きい。短期金融市場はさまざまな市場に分かれているが、どこの市場も無担保コール翌日物の金利を参考にして金利を決めていく。
このため、無担保コール翌日物の金利は日本銀行が政策金利と位置づけていて常に誘導している。
インフレ圧力が強まって物価が上がって通貨価値が下がって貸し手(債権者)の利益が過度に損なわれているとみたら、日銀が無担保コール翌日物の金利が上がるように誘導して利上げして、短期金融市場の全体で貸し手(債権者)の利益が回復するようにする。
デフレ圧力が強まって物価が下がって通貨価値が上がって借り手(債務者)の利益が過度に損なわれているとみたら、日銀が無担保コール翌日物の金利が下がるように誘導して利下げして、短期金融市場の全体で借り手(債務者)の利益が回復するようにする。
日銀が無担保コール翌日物金利をゼロ付近にまで利下げすることをゼロ金利政策という。
日銀が無担保コール翌日物金利をマイナス以下にまで利下げすることをマイナス金利政策という。
無担保コール翌日物の金利の誘導方法
日本銀行は無担保コール翌日物の金利を政策金利としており、常に誘導している。本項目では日本銀行の誘導の方法について解説する。
コリドーシステムを採用
日本銀行はコリドーシステムを採用している。コリドーシステムとは、政策金利の上限と下限を中央銀行が設定するものである。ちなみにコリドー(corridor)とは「廊下」「回廊」という意味である。
コリドーシステムの上限 基準貸付利率
コリドーシステムの上限として日銀が設定しているものは、補完貸付制度の基準貸付利率である。
日銀は、銀行間取引市場のコール市場に参加する金融機関に要求されたら、差し入れられている担保金額の範囲内でお金を融資するようにしている[1]。この制度を補完貸付制度という。補完貸付制度による貸し付けの期日は1営業日である[2]。
コール市場で資金の貸し付けを行う金融機関は、補完貸付制度の基準貸付利率を下回る利率で貸し出しを行うようになる。「基準貸付利率を上回る利率を提示すると、借り手は日銀から借りることを選んでしまうだろう。借り手が逃げてしまう」という意識が働くからである。
コリドーシステムの下限 日銀当座預金付利
コリドーシステムの下限として日銀が設定しているものは、補完当座預金制度の日銀当座預金付利である。
補完当座預金制度とは、日銀当座預金の一部分に対して、日銀が利子を付ける制度である。
銀行間取引市場のコール市場に参加する金融機関は、他の金融機関に対して日銀当座預金を貸し出している。そのため、日銀当座預金にA%の金利が付いているのなら、銀行間取引市場のコール市場の金利は基本的にA%を上回る金利になる。「日銀当座預金の付利を下回る金利で貸し出すぐらいなら、日銀当座預金のままにしておいた方が得だ」という意識が働くからである。
2008年10月31日より前は補完当座預金制度が存在せず、すべての日銀当座預金に0%の付利が設定されていた。この時代のコリドーシステム下限は0%だった。
2008年10月31日の日銀で金融政策決定会合が行われ、それに従って同年11月から補完当座預金制度が始まった。このときの内容は「法定準備預金額には0%の付利で、超過準備[3]のすべてに+0.1%の付利」というものだった。この制度は2016年1月まで続いた。この時代のコリドーシステム下限は+0.1%だった。
2016年1月29日の日銀で金融政策決定会合が行われ、それに従って同年2月からマイナス金利政策が始まった。「銀行が保有する日銀当座預金を3つの階層に分ける。つまりマクロ加算残高と基礎残高と政策金利残高に分ける。そしてマクロ加算残高に0%、基礎残高に+0.1%、政策金利残高に-0.1%、それぞれ付利する」というものになった[4]。2016年2月から2021年11月現在までのコリドーシステム下限は-0.1%となっている。銀行が短期金融市場の銀行間取引市場のコール市場で貸し出すのは超過準備であり、その超過準備は+0.1%の付利が付いているものと-0.1%の付利が付いているものがあって、各銀行が「-0.1%の付利が付いている超過準備を貸し出してしまおう。利率が-0.1%よりもほんの少し高ければ満足することにしよう」と考えているからである。これにより無担保コール翌日物の金利が-0.1%をちょっと上回るだけの状態が続いている。
コリドーシステムの上限や下限が突き破られることがある
コリドーシステムを採用して政策金利の上限や下限を決めたとしても、その上限や下限が突き破られて、コリドーシステムの上限を上回る金利で貸し出しが行われたり、コリドーシステムの下限を下回る金利で貸し出しが行われたりすることがある。
日銀のコリドーシステムの上限は、日銀が担保を受け入れたときに貸し付ける利率であり、基準貸付利率である。しかし、基準貸付利率を上回る利率で日銀以外の金融機関からお金を借りる金融機関も出現する。日銀に差し入れるような担保を持っていないとそういう行動をとるしかない[5]。
日銀のコリドーシステムの下限は、金融機関が日銀にお金を預けるときに発生する日銀当座預金への付利である。ただし、無担保コール翌日物金利が日銀当座預金への付利よりも低くなることがある。取引仲介手数料分が加味されて、無担保コール翌日物金利がコリドーシステムの下限よりも低くなる[6]。また、日銀に口座を開設せず日銀当座預金を保有していないのに短期金融市場の銀行間取引市場のコール市場に参入する団体がおり、そうした団体が「日銀当座預金の付利」よりも低い金利で貸し出しをすることがある。特に投資信託ファンドがそういう行動をとることがある[7]。
アメリカ合衆国でも事情は同じで、2015年11月末の時点でコリドーシステムの下限として準備預金に+0.25%の金利を付けているのに、政策金利のフェデラルファンド金利が+0.25%を大きく下回ることも珍しくない。MMMF(Money Market Mutual Fund 短期金融資産投資信託)のような、準備預金を持たずにコール市場に参入して貸し出しをする団体の影響力が強い[8]。
資金供給オペレーションと資金吸収オペレーションで操作する
コリドーシステムで政策金利の上限と下限を設定した日銀は、短期金融市場や長期金融市場に参加する。金融商品を売買してオペレーション(公開市場操作)を実行して、市場参加者の余剰資金を増やしたり減らしたりして、政策金利を操作していく。
日銀が無担保コール翌日物金利を上げたいと思ったら、短期金融市場や長期金融市場で資金吸収オペレーションを行う。
日銀が無担保コール翌日物金利を下げたいと思ったら、短期金融市場や長期金融市場で資金供給オペレーションを行う。
政策金利を操作するときの日銀はとても腕前が良い。なぜかというと、資金の過不足を予測する精度が高いからである。なぜ資金の過不足を予測する精度が高いかというと、日銀は「政府の銀行」という色彩の強い中央銀行で、政府の資金経理事務・出納事務・計算整理事務をすべて一元的に扱っているからである。諸外国の中央銀行は日銀に比べて「政府の銀行」という色彩が薄く、政府の資金経理事務だけを担当していて政府の出納事務・計算整理事務を担当していないところが多い[9]。
名目短期金利と実質短期金利
短期金利に限らず長期金利にも言えることだが、お金を貸している世の中の人たちはすべて「金利はインフレ率よりも上回っているのだろうか、それとも下回っているのだろうか」ということに大きな関心を持っている。
通貨というのは価値が変動している。通貨価値が上昇する現象をデフレーション、通貨価値が下落する現象をインフレーションという。お金を貸している世の中の人たちはすべて「貸出金利がインフレ率を上回ってもらわないと損をしてしまう」と考えている。
インフレ率5%で預貯金金利1年の金利が3%なら、これは預金者が大損することになる。100万円を預けた預金者が1年後に103万円を手に入れても、インフレの影響で車が100万円から105万円に値上がりしてしまった。預金者にとっては「1年前は車を1台買えたのに、1年経ったら車を買えなくなった」ということになる。
それゆえ短期金利だけを考えてはならず、インフレ率を考慮しなければならない。このことを「名目金利だけで考えず、実質金利で考えるべきだ」などと表現する。名目金利とは表向きに公表されている金利のことで、実質金利とは「名目金利からインフレ率を引いた数値」である。
実質金利がプラスになるかゼロになるかマイナスになるかで大きな変化がある。それについては利子の記事の「名目金利と実質金利」の項目を参照のこと。
関連項目
関連コトバンク記事
関連Wikipedia記事
その他
関連項目
脚注
- *この担保として認められているのは国債、社債、その他債券、証書貸付債権、などである。日本銀行の機能と業務(有斐閣)日本銀行金融研究所 117ページ
- *日本銀行の機能と業務(有斐閣)日本銀行金融研究所 121ページ
- *銀行が保有する日銀当座預金の中で、準備預金制度によって保有を義務づけられている部分を法定準備預金額といい、法定準備預金額以外の全てを超過準備という。銀行が短期金融市場の銀行間取引市場のコール市場で貸し付けするのは超過準備である。
- *準備預金制度によって保有を義務づけられている法定準備預金額はマクロ加算残高と扱われて付利0%、超過準備のなかの大部分が基礎残高と扱われて+0.1%の付利、超過準備のうちの少ない部分が政策金利残高と扱われて-0.1%の付利、となっている。三井住友DSアセットマネジメント・シニアストラテジスト市川雅浩
。マイナス金利政策の記事にも日銀の補完当座預金制度を解説する項目があるので参照のこと。
- *日本銀行の機能と業務(有斐閣)日本銀行金融研究所 122ページ
- *短期金融市場の基本がよ~くわかる本 第2版(秀和システム)久保田博幸 175ページ
- *量的・質的金融緩和からの出口に関する一考察 森田京平
- *短期金融市場の基本がよ~くわかる本 第2版(秀和システム)久保田博幸 175ページ
- *日本銀行の機能と業務(有斐閣)日本銀行金融研究所 111ページ、208ページ
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