美しくも哀しい人間の「宿命」
本稿では、松本清張の長編小説『砂の器』(1961年刊)を原作とした同名の日本映画について記載する。
原作やその他の映像化作品については『砂の器』の記事を参照の事。
あらすじ
昭和46年(西暦1971年)、夏。
警視庁捜査一課の今西栄太郎と、西蒲田警察署の吉村弘の両刑事は、ある事件捜査のために秋田県を訪れていた。
6月24日早朝、国鉄の蒲田操車場内で、轢死体に見せかけた撲殺遺体が発見された。
被害者は50~60代の男性で、23日夜にもう一人の若い男と共に蒲田駅近くのバーを訪れたこと以外、何もわからない。バーのホステスは、その被害者らしき男が若い男に、ズーズー弁で何やら熱心に話しかけているなかで「カメダはどうだ」「カメダは変わらん」というフレーズを聞いたと証言する。
東北、奥出雲、伊勢、石川、大阪、そして東京……。たった一つの手がかり ”東北弁のカメダ” を元に、今西は日本列島を奔走する。”カメダ”が指すものとは? 被害者は何者で、なぜ殺されなければならなかったのか?
やがて今西は、30年前に壮絶な「宿命」を背負った、ある一組の父子の存在を知る。
概要
| 砂の器 | |
| 基本情報 | |
|---|---|
| 監督 | 野村芳太郎 |
| 脚本 | 橋本忍 山田洋次 |
| 音楽 | 芥川也寸志 菅野光亮 |
| 製作 | 橋本忍(橋本プロダクション) 佐藤正之 三嶋与四治 川鍋兼男(企画) |
| 配給 | 松竹 |
| 日本公開 | 1974年10月19日 |
| 上映時間 | 143分 |
| 映画テンプレート | |
第29回毎日映画コンクール大賞・脚本賞・監督賞・音楽賞、第48回キネマ旬報ベスト・テン脚本賞受賞。1974年邦画配給収入第3位。
割と冗長・犯行トリックが微妙・殺人描写がトンデモと「面白いことは面白いけどミステリとしてはぶっちゃけ微妙じゃねぇのコレ」な原作ストーリーの大まかな構成を引き継ぎつつ大胆に改変した脚本、日本全国で行われたロケによる美しくも過酷な旅路の描写、そして菅野光亮渾身の名曲『ピアノと管弦楽のための組曲「宿命」』のトリニティが観るものの涙を絞りつくす、泣ける映画のオールタイムベストとして数えられる傑作である。
過去の名作映画をピックアップして劇場で再上映する『午前十時の映画祭』企画においても、邦画としては『七人の侍』と並んで最多級のピック数を誇っている。
本作が「泣ける映画」として有名になりすぎて、特に感動ものというわけではない社会派推理小説である原作の記憶が書き変えられている人もいるとかいないとか。
原作では複数発生した殺人事件を一件のみとし、容疑者も最初からほぼ一人に絞られている。このため、映画版の犯人は最初から正体がバレバレで、各種あらすじなど(本記事も含む)でも全く隠れていないので、途中まで真犯人を隠している原作を先に読むつもりの場合は注意。
制作秘話
……というか脚本の橋本忍は、松本清張から映像化を依頼されたはいいが、連載中の原作を読んでいる時点で「まことに出来が悪い」と半ばさじを投げ、手伝いに呼ばれた山田洋次も「とてもこれは映画になると思いません」としか言えなかったという。
犯行トリックの微妙さ=ミステリ面の強引さはどうしようもなかったため、橋本が選んだ解決策は「メロドラマ特化」であった。原作では一行半で流される、事件のきっかけとなった「ある父子の宿命」を映画の主題に据え、後半の40分間でみっちりと描き出すことにしたのである。更に原作の犯罪が音楽グループの身内沙汰であったことを利用し、犯人の半生が込められた楽曲と、刑事による報告・告発シーンをリンクさせる構成を考え付いた。これは映画としてイケるんじゃないか、と橋本は思ったが、当初映画化を打診してきた松竹をはじめ、どの映画会社も予算と集客見込みを理由に製作を降りてしまう。
橋本は亡くなる前の自分の父から「お前の書いたホンで読めるのは『切腹』と『砂の器』だけ」「出来がいいのは『切腹』、好きなのは『砂の器』」と評されたことで映画化を決意し、自ら「橋本プロダクション」を設立して、脚本にほれ込んだ野村芳太郎監督と組んで制作を開始した(当初は東宝が制作協力に名乗りを上げた、松竹が専属監督の野村を出すことを嫌い、結局いけしゃあしゃあと翻意して制作協力したことで、橋本はブチ切れ寸前だったらしい)。
ロケは約10か月にかけて行われた。原作に登場する蒲田や出雲地方、伊勢、浪速区はバッチリ現地で撮影された他、昭和17年のシーン用として阿寒湖、竜飛崎、北茨城、五箇山などでも撮影が行われた。「1974年の日本都市の記録+戦前の日本の原風景の表現」という、今となってはノスタルジー溢れる画づくりも、本作の大きな魅力の一つである。昭和17年の田舎にコンクリ電柱が建ってるじゃんとか、石川県に合掌造り建屋なんてないだろとか言わない。クライマックスシーンのロケ地の埼玉会館も、改装前の黒天井ロビーが映像として残ることになった。
ネタバレになるので名は伏すが、事件において重要な奥出雲の〇〇村には『砂の器』記念碑が建てられているほか、印象的な場面の舞台・〇〇駅では本作のグッズ販売が行われたり、待合室では本作のDVDがエンドレスで流されていたりする。あと駅舎併設の手打ちそば店が美味い。ただ、実際の〇〇駅のホームは撮影には向かなかったため、映画に登場する〇〇駅の駅舎とホームは、それぞれ同路線の別駅で撮影されている。聖地巡礼の際には注意しておきたい。
特に後半部の原作改変が著しい本作だが、原作で重要なファクターとなる「ハンセン病(ライ病)」の描写はそのまま(あるいはよりクローズアップして)再現している。制作当時から全国ハンセン氏病患者協議会(後の全国ハンセン氏病療養所入所者協議会)から配慮を求められており、社会情勢や設定変更のもろもろもあってか、これ以降の映像化『砂の器』でハンセン病描写はほとんど取り入れられていない。
登場人物 / 演者
- 今西 栄太郎 / 丹波哲郎
- 主人公。警視庁捜査一課のベテラン警部補。本作の前半100分のほとんどは、手掛かりを求めて全国を駆け回る彼の旅の描写に費やされ、原作にあった私生活描写は全カットされている。
基本的にセリフを覚えてこない上に遅刻癖のある丹波だが、本作の脚本は大変気に入っていたらしく、遅刻もせずセリフも完璧に覚えていたという。丹波本人も、犯行を告発するクライマックスでは自らの演技で感極まり、何度も撮り直しになったと述懐している。後に〇〇村で行われた講演会では「この映画はいくつも賞を取ったのに僕は一つも貰っていない」と愚痴り、場内の爆笑を誘った。 - 吉村 弘 / 森田健作
- 西蒲田警察署の若手刑事。事件の担当となり警視庁合同捜査部に出向し、全国を飛び回る今西の代わりに首都圏近郊の調査を担当する。
演者はご存じ、後の政治家&千葉県知事。若かりし頃のギラギラした演技は必見。
- 和賀 英良 / 加藤剛
- いま日本で一番有名な音楽家として名をあげている30代のピアニスト。左の額にうっすらと古傷がある。海外進出を間近としており、現在は『組曲「宿命」』を作曲している。原作のヌーヴォー・グループ関連の設定は完全カットされた。
大阪大空襲で両親を失い、以後苦学して現在の地位を築き上げた。そのためか「幸せ」の存在には懐疑的で、どこか陰を漂わせている。 - 田所 佐知子 / 山口果林
- 和賀の恋人。
- 田所 重喜 / 佐分利信
- 佐知子の父で、前大蔵大臣(三重県選出)。和賀を党ぐるみで後援している。
- 高木 理恵子 / 島田陽子
- 和賀の愛人。高級バー「ボヌール」のホステスとして働く。
- 桐原 小十郎 / 笠智衆
- 奥出雲で算盤業を営む老人。
- ひかり座支配人 / 渥美清
- 伊勢・二見浦の映画館の支配人。
- 山下 妙 / 菅井きん
- 石川県・大畑村の住人。本浦千代吉の義理の姉。
- 通天閣飲食店組合長 / 殿山泰司
- 大阪府・浪速町の商工組合長。かつての和賀家の近所に住んでいた。
- 本浦 千代吉 / 加藤嘉
- 流浪の乞食。昭和17年に故郷を失い、息子を連れてあてのない放浪を余儀なくされた。
映画版では実質的に加藤の当て役である。その演技は必見。 - 本浦 秀夫 / 春田和秀
- 千代吉の息子で、昭和17年当時6歳。父と共に各地を放浪していた。
演じる春田は当時の売れっ子劇団子役で、映画初出演の本作で1975年エランドール賞の新人特別賞を受賞している。その後も複数の映画・ドラマに出演するも、家庭の事情と変声期を機に15歳で引退し、自動車関連会社を起業。映画から45年以上たった現在では長い沈黙を破り、インタビューに応じたり書籍企画でロケ地を再訪したりしている。 - 三木 謙一 / 緒形拳
- 岡山県の雑貨屋の隠居。20年前まで警察官を務め、島根県に赴任していた。
オファーを受けた緒方は台本を読んですっかり気に入り、千代吉役を切望したが、既に加藤に決まってるので諦めてくれと言われたらしい。〇〇村でのロケでは現地方言を掴むため、地元民の打ち上げに連日参加し、和気藹々としていたという。
関連動画
関連静画
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- 松竹ブルーレイ・コレクション 砂の器
- デジタルリマスター版収録 - 『砂の器』と木次線
- 島根県・沿線ロケ記録からひも解く地元史。聖地巡礼のバイブル - 砂の器 映画の魔性
- 公開50周年+野村監督生誕105周年を記念した制作ルポ。春田氏を始め関係者へのインタビューも豊富
関連リンク
- 43年を経て語る子役という“宿命” その1
/その2
/その3
(映画ドットコム) - 春田和秀氏インタビュー - 丹波哲郎『砂の器』を語る
(Youtube) - 1983年・〇〇村『砂の器』記念碑除幕式講演会の録音記録
関連項目
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ハンセン氏病は 医学の進歩で
しかし── |
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