神々の山嶺(かみがみのいただき)とは、夢枕獏による山岳小説である。
1994年から1997年にかけて集英社の「小説すばる」で連載され、1997年に集英社から単行本化。翌年に第11回柴田錬三郎賞を受賞した。2000年に集英社文庫で上下巻で文庫化。2014年には上下巻の角川文庫版、さらに2015年には改題して分厚い1冊本にした角川文庫版が出ている。
谷口ジロー画による漫画版は、2000年から2003年にかけて「ビジネスジャンプ」で連載された。単行本は全5巻。文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞を受賞している。
2016年には映画化、こちらでは『エヴェレスト 神々の山嶺』に改題された。羽生役は阿部寛、深町役は岡田准一。これに伴い文庫版のタイトルには『神々の山嶺』表記と『エヴェレスト 神々の山嶺』表記の2種類があり、ややこしいことになっているので後述。
2021年にフランスにてアニメーション映画「Le Sommet des Dieux」が公開された。谷口ジロー氏の漫画版とは異なるものであるが、製作には氏も協力し、実に7年をかけて製作された本気度の高い作品である。日本では吹き替え版が2022年7月に公開。
スピンオフ作品として短編『呼ぶ山』がある。主人公は深町ではなく劇中登場人物の長谷。こちらも猿渡哲也画の漫画版が存在する。また雑誌に掲載されていた作者のエッセイをまとめた『神々の山嶺 創作ノート』が単行本として発売されている。
単行本版とそれに準じた漫画版および文庫版を比較すると、ラスト付近のある描写が書き換えられていることがわかる。理由は後述。
概要
世界最高峰である山、エベレストの謎とその登頂に至るまでを扱い「山に登るとはどういうことなのか」「なぜ山に登るのか」といった問いにどう答えていくのかを主人公・深町の視点から描いている。
物語の内容はフィクションだが、話の主軸として実在の登山家「ジョージ・マロリー」の謎についての探求を据えており史実と創作が入り混じった内容。谷川やグランド・ジョラスなど著名な山の名前も多数登場する。作者が登山に造詣が深いことや綿密な取材の結果もあり、登山関連の描写は大変細かい。岩棚を登攀する際の動作、酸素の薄い場所で過ごす際の様相、遭難時の幻覚の描写などが次々と登場する。
過酷なエベレスト登頂とそこに至るまでの過酷な道のり、クライマーである羽生丈二の狂気ともいえる登攀、山を諦めた深町の葛藤など登山の話が大半ではあるが、芯の部分には「自分の人生をどう生きるか」についての逡巡があり、モノローグや劇中に登場する手記などから読み手を考えさせるような記述が多々出てくる。
登山をたしなむ人にもそうでない人にも読み応えのある長編小説となっている。
でも羽生さんの登り方はマネしてたら命がいくつあっても足りないので非推奨
登場人物
- 羽生丈二
この物語の主人公 …ではないが、もう一人の主人公と言って差し支えない人物。幼いころに事故で家族を亡くし、自身も足に後遺症を負った。 高校生の頃から登山を始め、その才能を徐々に開花させる。
登攀(ロッククライミング)の技術では抜きんでているが、何よりも登攀することを優先させようとするため、 他の人間との衝突が絶えなかった。 とある出来事以降しばらく行方が知れなかったが、深町の捜索により姿を現すことになる。
わざわざ危険なほうのルートを登ろうとする、(登山をするために)仕事を休めないといったザイルパートナーに声を荒げたり駄々をこねる、 中盤で判明する、エベレストに単独でアタックする為していた下準備の期間・内容などを考えると、はっきりと言って「狂人」である。 しかし単に相容れない人物として書かれているわけではなく、深町が彼を追っていく流れの中で彼が何を考え、どう動いてきたかが丹念に掘り下げられていく。
劇中の羽生の手による「手記」はこの物語の肝。登山道具の詳細な内容の記述、幻覚と体力減衰による精神状況の変化が克明にかかれている。ねむるなんてゆるさないぞ キャラクター造形に置いてベースとなったのは実在のクライマー・森田勝。 なお名前の由来は棋士の羽生善治から(作者がファンであったため)。 - 深町誠
主人公。登山もするが、職業はカメラマン。過去に仲間と挑んだエベレスト登頂途中でメンバーのうち2人を失い、それがトラウマとなっている。 カトマンズで偶然マロリーのカメラを発見し、カメラの行方を追ううちに”伝説のクライマー”羽生に関わっていくこととなる。
物語の地の文はほぼ全て深町の視点で描かれる。羽生と比べると一般的な考え方の持ち主ではあるが、 登山家的な野心も持ち合わせている為、立ち位置としては破天荒すぎる羽生と読者との間に入る仲介的役割を担っている。
前述の事故に加え現在の生活との板挟みの末、一度は山を諦めていたが マロリーのカメラ及び羽生の行方を追ううち、自らの考え方に変化が生じていく。 事故を含め様々な葛藤と鬱屈した思いを抱えている悩み多き人物。 思い詰めているせいかその要素が高山病による幻覚という形で現れる。その際のモノローグもけっこう生々しい。
余談・終盤の描写の変更
文庫版が出版される際、最終章のある部分が元の原稿から変更されている。 これは1999年(作品出版後だが、文庫版が出たのはこれより後)、エベレストにてジョージ・マロリーの遺体が捜索隊により発見されたためである。
![]() |
※※警告※※ おれが山だったら、そういうミスを犯す人間の頭には遠慮なく石を落とす…… ここでは、どんなに小さな幸運も期待するな |
作者は明言していないが変更内容は「深町がフィルムを見つけるシーン」である。 実際のマロリーの遺体付近からはカメラもフィルムも発見されなかったため、この内容に変更したと述べられている。 具体的な理由は不明。
最初に刊行された単行本版及び漫画版では深町がフィルムを持ち帰り独自に現像するところまで描かれているが、 文庫版と映画では深町は生還の為、フィルムの捜索を諦めている。 なおフィルムのことについて作者は文庫版あとがきの締めくくりに 「おそらく、この謎は永遠に残ることになるだろう。そのほうが、ヒマラヤ登山史は豊饒であろう。」 と書いている。
文庫版のタイトルについて
先述した通り、本作の文庫版は2023年現在、以下の3種類が存在する。
角川文庫から上下巻のものと1冊本のものがタイトル違いで一緒に出ているため、よく知らないと『エヴェレスト』の方が上下巻の『神々の山嶺』の続編か何かに見えてしまうが、同じ本である。
さらにややこしいことに、角川文庫の上下巻の方の『神々の山嶺』は、背表紙の表記は単に『神々の山嶺』だが、表紙には2冊並べるとデカデカと『エヴェレスト』の文字が入っている。一方、1冊本の方は背表紙も『エヴェレスト 神々の山嶺』表記で、しかも「エヴェレスト」の文字の方が大きいので、『神々の山嶺』というタイトルで探すとかえって見つけにくい。
2022年ぐらいまではこの3種類が全て現役で流通していたため、大変ややこしいことになっていたが、2023年現在、1冊本の『エヴェレスト』の方が品切れとなったようで、現在は集英社文庫と角川文庫で上下巻のバージョンのみが現役で流通している。
まとめると、
- 表紙も背表紙もただの『神々の山嶺』表記 → 集英社文庫版
- 表紙に『エヴェレスト』と書いてあるけど背表紙は『神々の山嶺』表記 → 角川文庫上下巻版
- 表紙も背表紙も『エヴェレスト 神々の山嶺』表記 → 角川文庫1冊本版
ということになる。繰り返すが、この3つは全部同じ本なので、ダブって購入してしまわないよう注意。
関連商品
集英社文庫版
角川文庫版
漫画版
映画
関連項目・リンク
- 2
- 0pt