秋月型にたらふく食べさせ隊単語

アキヅキガタニタラフクタベサセタイ

秋月型にたらふく食べさせ隊とは、粗食極まる秋月型姉妹に贅沢をさせてあげようという、保護欲を掻き立てられた提督の集まりである。

概要

以上が秋月型駆逐艦4人の食に関するセリフである。

食事と言えばただのおにぎり沢庵がつく程度か、麦飯にみそ汁が関の山。缶などの缶詰を大切に保管しており、それを放出して食べる食事は奮発贅沢。カツレツ豚カツなどのカツ)なんて見たこともい。が着任すると、ふかしや煮っころがしなども食べていることが判明するものの、節食は相変わらず。
また、提督料理提供すると提督料理を大絶賛する(飛龍蒼龍長門時報によりプロ級であることが分かるが)。
いっぱいまで食べること自体に感謝を忘れず、間宮に行こうものならクール初月でも顔を綻ばせていっぱい食べる。見の席に持っていく料理ですら、まずおにぎりが出てくるほどである。

ちなみに初月が持っていた缶詰が膨らんでいると言っているが、缶詰というものは製造時に不備がない限り、その長い賞味期限を過ぎて密封のまま中身が悪くなってしまった時に発酵現等で内部の空気が変化して膨らむことがある。一般庭では押入れので存在を忘却されていたものでもない限りまずおにかからない状態である。どんだけ出し渋っていたのだろうか。

生まれた時点で既に物資に厳しい戦中であったその身の上から、このように食の基準がとても控えめである。しかし艦これ世界では平和リアル現代と全く同様の食生活が普通になっており、倹約は良いことではあるが、食を楽しんではいけない理由はどこにもい。
放っておけばいつまでもこの質素な食で暮らしていそうな秋月型を「贅沢な食事をさせてあげたい」「贅沢な食事を見せた秋月型姉妹の反応を見たい」と感じる提督は少なくなかったようで、「秋月型にたらふく食べさせ隊」の名の下に、静画で日々秋月型に贅沢を教えている。

こんな秋月型姉妹だが、クリスマスバレンタインの時だけは七面を焼いたりチョコホイホイくれたり、他の艦娘と同様である。

関連静画



関連項目

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https://dic.nicovideo.jp/t/a/%E7%A7%8B%E6%9C%88%E5%9E%8B%E3%81%AB%E3%81%9F%E3%82%89%E3%81%B5%E3%81%8F%E9%A3%9F%E3%81%B9%E3%81%95%E3%81%9B%E9%9A%8A

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秋月型にたらふく食べさせ隊

20 ななしのよっしん
2017/11/29(水) 15:59:12 ID: xsa8EGra56
少なくとも今みたく業務用ボトルにリッターで詰められて量販店でセールされると喜ばれるような
そんな庶民のブツでは到底かったようだな>味醂
醤油一斗缶とかに詰められてたもあったようだが
21 ななしのよっしん
2017/12/02(土) 19:29:55 ID: 8AyZ//mjbt
お酒は使えても味醂は使えないのか・・・
当時は材料もち米焼酎より確保難しかったのかな?
22 ななしのよっしん
2017/12/03(日) 15:49:55 ID: TF3XPfxBzO
>>18
カボチャの”自然の甘みだけの菓子”な可性もあるぞ…
だからはともかく、砂糖は産地が南方寄りだから不足気味やったはず。
まぁ、軍やから多少は融通されたかもしれんけど、末期はどこもお察しよ…
23 ななしのよっしん
2017/12/11(月) 09:39:28 ID: AHzSlfkYgr
漫画で見たが、特攻隊に振る舞われる最期のぜんざいすら、
砂糖あんこもなしでをそれらに見立てて作ってたらしいな
24 ななしのよっしん
2017/12/11(月) 20:32:26 ID: QMqZbaujsi
秋月「まずは月曜日!『爽やか』!!!」
「そのままみんなで缶ターイム!!」
こんな月曜日は… こんな月曜日は… ん~~ ゴーーカック!

「続いて火曜日は『立てこもり』!!!!」
恒例の缶ターイム♪
「あ!さんこれサバ缶じゃねーか!」 「すまん!つい出来心で!」
「なぜこんなことを…??」

缶に飽きたんじゃーー!!!!!」 ドゴッ! 「ぐはぁ!!!」
25 ななしのよっしん
2018/01/26(金) 01:49:30 ID: CEJktqIizU
農業的に見ると、終戦の年は先から異常に見舞われた。前年度も不作だったが、終戦の年は先から異常だった。

うちの祖が言うには、田んぼに苗植えても日陰にある苗は寒さにやられて腐っていき、やがて田んぼ全体が疫病にやられるように駄になっていったらしい。
それでもおが大変な時だし何としてでもを作らないと!と、親戚総出で田植えしたが、最後は苗がくなったと。
その年は例年だと反あたり5俵以上取れる田んぼでも、半俵なかったとか。

そして終戦後になってから、各地の農業技術センターで耐寒性のある品種、収量が多い品種、病気に強いもの、食味の良い品種、倒伏しにくい(機械作業しやすい)ものが、数十年の時間をかけて試行錯誤の末に作られた。

今でこそ当たり前に食べられるにも、少しだけ戦争の記憶が含まれていることを、陰ながら関わってるものとしては、知ってくれたらなと思う。
26 ななしのよっしん
2018/02/14(水) 21:32:09 ID: YOQ0qE/5XH
秋月…これ、ロシアの漁船から強奪…じゃなくて分けてもらったタラバガニさん(計600kg)なんだけど、良かったら…食べる?」
27 ななしのよっしん
2018/03/17(土) 10:01:35 ID: PbsubSK57E
>>22
一応北海道でも甜菜を栽培してたけど、当時の収穫量はどうだったんだろうか?
まあいずれにしても特にを挟むと末期は運ぶことすらままならなかっただろうし、お察しだよね。
28 ななしのよっしん
2018/04/05(木) 08:37:56 ID: LAbYT9nbW1
小学校中学校かの頃に道徳の授業であった話に、戦時中はコロッケすら物凄い御馳走で
子供にせがまれて母親コロッケを買うけど、父親に「こんな贅沢な物を!」と怒られるってのがあった。

その辺考えると秋月型の食への認識及び現代の食事に対するカルチャーショックって
相当なもんなんだな~と何となく察してしまうと言うか。

あとドラマの話なんだけど、戦艦大和艦内で料理を作っていた料理人が大和最後の出撃の直前に
艦を降ろされて、それでも「自分も帝国軍人の端くれだ。最後まで戦う」と大和に密航した後で
大和沈没の際に何故か現代にタイムスリップしてて、年老いたかつての上官と再会するみたいな
話があったのだけど、戦中当時のまだ若かった頃の上官が当時その料理人に食べさせて貰った
カレーが凄く美味くてもう一度食べたいと長らく思っていたから再会した時にその思い出のカレー
作って貰うんだけど、戦後日本が豊かになって行く中で舌も随分肥えてしまったのか
(省略しています。全て読むにはこのリンクをクリック!)
29 ななしのよっしん
2019/04/11(木) 02:51:34 ID: ohb0yFPvH2
よくよく考えると…戦前・高度経済成長期当初の飯は今から見るとしょぼいな。
革してれば体格もだいぶ違っただろうと今更思うw
などの動物たんぱく質とか増えたら相当違うな)

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