概要
数学で空間というと、空間図形を思い浮かべる方が多いのではないだろうか。空間図形は3次元空間の中で図形を考えるものであり、ベクトルにも応用される。この3次元空間では、距離や位置関係を考えることができ、ベクトルでは足し算や実数倍について考えることができる。
この「距離」や「位置関係」など、空間内で満たしている条件を「構造」というのである。一般に空間というのは、集合に構造を入れたものである。集合と構造の組として書き表されるが、構造がわかっているときには集合のみを記述して「空間」という場合もある。
より抽象的な空間を定義する際は、具体的な空間の構造のうち、考察の対象となるものを抽出して、それを満たすもの全般とすることがよくある。
ちなみに、先ほどは例として3次元空間を挙げたが、2次元(平面)でも距離や位置関係などの「構造」を考えることができるので「空間」といえる。
Rn
実数全体の集合をRと書く。Rは数直線とも言える。座標平面の点は2つの実数の組みとして表されるため、座標平面はR×Rと書くことができる。これをR2と書く。同様に、座標空間はR3と書く。ここでの右肩の数字は次元の数を表している。
これらは、2点間の距離やベクトルの足し算、実数倍、内積も考えることができるため、空間である。ではこれを、より次元の高い空間に適用できないだろうか。
座標を4つ考えると、それはR4となる。イメージ的には座標軸が4本直交している感じになるが、具体的にはイメージし辛い。というかこの記事を最初に書いた私ですらイメージできない。とりあえず、なんだかわかんないけど4本直交してるんだって思っとけばいいよ。ここでの本質は数なんだから、図形的なイメージを深く考える必要はない。
3次元までは、2点間の距離を「各座標の差を2乗して、その合計に√をつけた値」と考えたが、4次元でも同じように考える。これは「4本の座標軸が直交している」という前提と、ピタゴラスの定理からわかるだろう。ベクトルの足し算や実数倍も、成分同士の足し算や実数倍と考えればよい。内積はベクトルの大きさにコサインをかけて、ってやってたかもしれないが、成分同士の積の合計として考えれば簡単に4次元にも適用できる。
次元が5以上になっても同じ。低次元の空間で考えていたことを座標を増やして適用する。すると、一般の自然数nに対して、Rnが距離やベクトルを構造としてもつ空間になることがわかる。
Cn
複素数全体の集合をCと書く。Cは複素数平面ともいえる。C2は2つの複素数平面が原点のみを共有して交わっているものである。R4の4つの座標軸を2組の実軸と虚軸に置き換えたようなもので、やっぱりイメージし辛い。Rnと同じようにCnも空間となる。しかし、同じように考えるだけではうまくいかない。
「距離」は、0以上の実数値をとらなければならない。実数は2乗すると負にならないため、Rnでの距離の計算過程で、各座標の「差を2乗」しても矛盾がなかった。しかし、虚数は2乗すると負の数どころか虚数になることもある。つまり、Cnでは少しひねりが必要なのである。そこで、各座標の「差を2乗」するのではなく、「差の絶対値を2乗」する。複素数の絶対値とは、複素数平面において原点からの距離である。これで、距離として矛盾なく定義される。Rnでも距離を同じように定義してよいが、実数では2乗する前にわざわざ絶対値をとらなくても同じ値になる。
ベクトルとしての和と実数倍はRnと同様にしても問題はない。あとCnでは虚数倍もできる。実数や複素数のことを、ベクトルに対して「スカラー」という。ベクトルは足し算とスカラー倍が定義されているのである。Rnの項目で「実数倍」とだけ書いたのは、虚数倍するとRnにとどまらなくなるからである。虚数倍を許すとRnは、後述するベクトル空間の条件を満たさなくなる。
Cnでの内積は、Rnと同じように定義すると矛盾が生じる。というのも、同じベクトル同士の内積は0以上の実数値をとらなければならないからだ。成分同士を掛けるだけでは、この点で矛盾が生じてしまう。そこで、掛ける成分をその複素共役な数に置き換える。これで矛盾なく内積を定義できる。
線型空間
線型空間とは、ベクトルによって構成される空間である。ベクトル空間とも呼ばれる。ベクトルにも様々な種類があり、大きさと向きで表される幾何ベクトルや、成分で表される数ベクトルがある。どちらもベクトルであるが、これがベクトルの本質ではない。むしろ具体例である。ベクトルの本質が何であるかを考えるために、ベクトルの和とスカラー倍に関する、基本的な性質を挙げる。Vはベクトルの集合、Fはスカラーの集合とする。
- すべてのu,v∈Vに対して、u+v∈V
- すべてのu,v∈Vに対して、u+v=v+u
- すべてのu,v,w∈Vに対して、(u+v)+w=u+(v+w)
- ある0∈Vが存在し、すべてのu∈Vに対して0+u=u
- すべてのu∈Vに対して、あるv∈Vが存在しu+v=0
- すべてのu∈V,α∈Fに対して、αu∈V
- すべてのu∈V,α,β∈Fに対して、(αβ)u=α(βu)
- すべてのu∈V,α,β∈Fに対して、(α+β)u=αu+βu
- すべてのu,v∈V,α∈Fに対して、α(u+v)=αu+αv
- すべてのu∈Vに対して、1u=u
ここで、0を零ベクトルという。5番目において、v=-uと書く。これら10個の条件は線型空間の公理系とも呼ばれる。つまり、これがベクトルの本質なのである。概要にもある通り、性質を書き並べ、それを満たすものをすべてベクトルと言うのである。一般に、集合Vに和とスカラー倍が定義されていて上記の条件を満たすとき、VをF上の線型空間という。
例えば、同じ型の行列全体の集合は、線型空間になる。いずれかの成分を0に固定しても、線型空間になる。多項式関数全体の集合も線型空間になる。0のみからなる集合も線型空間になる。このように線型空間はRnやCnより広い概念なのである。
基底と次元
一般に次元とは、対象を記述するのに必要十分な変数の数を表す。線型空間において、この「変数」はスカラーのことを指す。つまり、線型空間における任意のベクトルを、ある有限個のベクトルの線型結合(スカラー倍の総和)で表すことができるとき、その必要十分な数を線型空間の次元という。任意のベクトルを線型結合によって表せるような有限個のベクトルが存在しないとき、その線型空間は無限次元であるという。
では、どうやって必要十分性を見るのか。与えられたベクトルの線型結合によって、線型空間のすべてのベクトルを表せるとき、これらのベクトルは線型空間を「張る」という。これらは線型空間の任意のベクトルを表すのに十分な数のベクトルということである。つまりこれが十分性である。
では必要性とは何か。与えられたベクトルのうち、1つのベクトルが他のベクトルの線型結合によって表されるとする。この場合、与えられたベクトルの線型結合によって表されたベクトルは、先ほどの1つのベクトルを除いて考えても、線型結合で表すことができる。これは、1つのベクトルが必要ないことを意味している。つまり必要性とは、与えられたベクトルのうち、どのベクトルも他のベクトルの線型結合で表すことができない、ということである。より厳密には、与えられたベクトルの線型結合が零ベクトルになるとき、スカラーはすべて0である場合をいう。これを「一次独立」という。
与えられたベクトルが線型空間を張り、かつ一次独立であれば、それらは任意のベクトルを一次結合で表すのに必要かつ十分な数のベクトルと言える。このとき、これらのベクトルを「基底」という。基底は一意的に定まるとは限らないが、基底の数は一意的に定まる。この基底の数を次元という。例えば、R2において、(1,0),(0,1)は基底と言えるし、(1,-1),(1,1)も基底と言える。いずれも個数は2個である。つまり、R2は2次元である。また、次元は線型空間だけでなくスカラーにもよることに注意されたし。例えば、C3は複素数上では3次元だが、実数上では6次元である。
内積空間
線型空間に内積を定義できるとき、これを内積空間という。計量ベクトル空間とも呼ばれる。ベクトル同様、内積も抽象化される。一般に、u,v∈Vの内積は<u,v>と書き表される。これは2つのベクトルの組に対して1つの値を返す関数であり、次の条件を満たす。
- すべてのu∈Vに対して、<u,u>≧0 特に、等号が成立するのはu=0のときのみ
- すべてのu,v∈Vに対して、<u,v>=<v,u>* (*は複素共役)
- すべてのu,v,w∈Vに対して、<u+v,w>=<u,w>+<v,w>
- すべてのu,v∈V,α∈Fに対して、<αu,v>=α<u,v>
この4つの条件を満たすものは、すべて内積である。<u,u>は、Rnではuの大きさの2乗を意味する。一般の内積空間でも、同じように考える。√<u,u>をuのノルムといい、||u||と書く。ノルムは、ベクトルの大きさという意味である。高校数学では絶対値記号で括ったが、このノルム記号も同じ意味である。「絶対値の絶対値」とかではない。念のため。
コーシー・シュワルツの不等式
|<u,v>|≦||u||||v||
2つのベクトルの内積とノルムの関係性を表した不等式。内積が実数となるとき、<u,v>/||u||||v||の値が-1以上1以下である。幾何ベクトルでは、これは2つのベクトルのなす角のコサインの値であったが、実数上の内積空間でも同じように適用する。つまり、cosθ=<u,v>/||u||||v||をみたすθを、uとvのなす角と定義する。特に内積が0であるとき、2つのベクトルは直交しているという。内積空間の基底が、どの2つも互いに直交し、ノルムがすべて1であるとき、正規直交基底という。
実数上の連続関数にも内積を定義できるけど、なす角とか言われても何がなんだか。フーリエ級数展開とかに応用されてるけどね。
ノルム空間
ノルムはベクトルの大きさを意味するので、内積の考えを経由しなくても、「大きさ」自体を定義にすることができる。ノルムが定義されている線型空間をノルム空間という。ノルム空間において、ノルムとは1つのベクトルに対して1つの値を返す関数であり、次の条件を満たす。
- すべてのu∈Vに対して、||u||≧0 特に、等号が成立するのはu=0のときのみ
- すべてのu∈V,α∈Fに対して、||αu||=|α|||u||
- すべてのu,v∈Vに対して、||u+v||≦||u||+||v||
内積が定義されているときには、それを使ってノルムを定義できる。よって内積空間はノルム空間の一部である。また、2つのベクトルu,vに対して||u-v||とすると、uとvの間に距離を定義できる。
距離空間
距離が定義されている集合を距離空間という。距離空間では距離によって「近さ」を定義することができるため、収束性や連続性といった極限を含む概念について論じることができる。ε-δ論法も使える。
一般に「2点間の距離」と呼ばれるものは、次の性質を持っている。
逆に、これらを満たすものはすべて「距離」といえるのである。集合Xにおいて、2点に対して1つの値を返す関数dが次の条件を満たすとき、dを距離関数といい、(X,d)を距離空間という。
- すべてのx,y∈Xに対して、d(x,y)≧0 特に等号が成立するのは、x=yのときのみ
- すべてのx,y∈Xに対して、d(x,y)=d(y,x)
- すべてのx,y,z∈Xに対して、d(x,y)+d(y,z)≧d(x,z)
今までは線型空間を考えてきたが、これは線型空間である必要はない。しかし線型空間でも距離が定義できなければ距離空間とは言えない。つまり、線型空間と距離空間は別の概念である。ノルム空間には距離が定義できるので、距離空間といえる。線型空間に限らずどんな集合でも、関数dを次のように定義することで、距離とすることができる。
- x=yのとき、d(x,y)=0
- x≠yのとき、d(x,y)=1
このように距離関数dが定義されているとき、(X,d)を離散距離空間という。
近傍と開集合
距離空間において、点xからの距離がε未満の点からなる集合を「xのε-近傍」という。イメージ的には、xを中心とする半径εの円盤から境界を取り除いた形である。ε-近傍は、開円盤や開球とも言われる。
距離空間の部分集合Aにおいて、その各点に対して十分狭いε-近傍がAに含まれるとき、Aを開集合という。イメージ的には境界を含まない集合である。Aが開集合であるとき、Aの補集合を閉集合という。閉集合は、イメージ的には境界に囲まれた集合である。Rにおいて開区間は開集合であり、閉区間は閉集合である。一般の距離空間において空集合と全体集合は、開集合でも閉集合でもある。
点xに対して、xが属している開集合をxの近傍という。xのε-近傍は、xの近傍である。
この近傍や開集合の概念は、距離空間において特に重要な概念である。例えば、ε-N論法を近傍の言葉を使って次のように言い表せる。
「点列xnがxに収束するとは、任意のε>0に対してある自然数Nが存在し、n≧Nならばxnがxのε-近傍に属することである」
コーシー列と完備性
Xの点列{xn}が、limm,n→∞d(xm,xn)=0を満たすとき、{xn}をコーシー列という。コーシー列がXに収束するとは限らない。Q(有理数全体の集合)に、距離d(x,y)=|x-y|を定義し、xnをπの少数第n位未満を切り捨てた値とすると、xnはQのコーシー列であるが、有理数の値には収束しない。
一般に、Xのすべてのコーシー列{xn}がXの元に収束するとき、Xを完備距離空間という。例えば、Qは完備でないが、Rは完備である。ノルム空間が完備であるとき、バナッハ空間といい、内積空間が完備であれば、ヒルベルト空間という。
位相空間
位相空間とは、「何と何が近い関係にあるか」を表した空間である。距離は定義していないが、後述する開集合で「近さ」を定義している。よって連続性や収束性を距離を考えずに論じることができる。距離が定義されていないためε-δ論法は使えない。
位相空間では、これを開集合の定義とするのである。集合Xと、その部分集合(全体である必要はない)からなる集合Gに対し、次の条件が成り立つとき、(X,G)を位相空間という。
このとき、Gを位相、Gの要素を開集合という。点xが属する開集合をxの近傍という。
Xが距離空間であるとき、距離空間としての開集合を位相空間に適用しても、やはり開集合となる。このときの位相を距離位相という。また、一般の集合Xに対して、{φ,X}と2XはどちらもXの位相となりうる。前者を密着位相、後者を離散位相という。密着位相はどの2つの点も限りなく近くなる位相であり、逆に離散位相はどの2つの点も一定以上の距離を置いている位相である。離散距離空間の距離位相は離散位相となる。
分離条件
2つの点や集合を、それぞれを含む開集合によって分離できるとき、分離条件を満たすという。ここでいう「分離」とは、互いに排反な2つの開集合をとることをいう。
位相空間の任意の2つの点に対し、どちらか片方を含みもう片方を含まない開集合が存在するとき、その位相空間をT0空間という。
位相空間の任意の2つの点に対し、片方を含み片方を含まない開集合がそれぞれ存在するとき、その位相空間をT1空間という。
位相空間の任意の2つの点に対し、互いに排反な近傍がとれるとき、つまり任意の2つの点に対して分離条件が成り立つとき、その位相空間をT2空間という。T2空間はハウスドルフ空間とも言う。
位相空間の任意の点と閉集合に対し、互いに排反な近傍がとれるとき、つまり任意の点と閉集合に対して分離条件が成り立つとき、その位相空間をT3空間という。T1かつT3空間を正則空間とも言う。
位相空間の任意の2つの閉集合に対し、互いに排反な近傍がとれるとき、つまり任意の2つの閉集合に対して分離条件が成り立つとき、その位相空間をT4空間という。T1かつT4空間を正規空間とも言う。
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