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竹原信一とは、鹿児島県阿久根市の元市長である。通称「ブログ市長」。
概要
1959年、阿久根市生まれ。1983年、防衛大学校を卒業し、航空自衛隊の自衛官になったが1988年に退官し、親が経営する建設会社に一時期就職していた。
2005年に阿久根市議会選挙に初当選。「バイクに乗って市政のおかしさを追及したビラを一軒ずつ配る」など地道な草の根活動を続け、市民からの評価を得ていた。阿久根市に住む12000軒中、半分以上に上る7000軒に配ったという。
そして2008年には市長選に当選。その当時に公職選挙法に抵触する『ブログ更新』を行っていたことから、阿久根市議会が議長に反発するなど、問題が起こっている。
ちなみに、2009年5月に2度目の不信任案を可決され、一度失職したが、選挙で再選されて現在も市長として活動している。
以後、様々な事をブログに書いては何かと話題になっている。通称『ブロガー市長』である。
2009年9月に公職選挙法違反で書類送検されている。阿久根市議員や市職員の敵(一般市民は例外)となっている。一方、一般市民からの意見は「市政の無駄を更に追及すべき」という肯定派と、「市議会は開くべき」という否定派が拮抗している。
2010年7月には、元愛媛県警の巡査部長である仙波敏郎氏を副市長とした。仙波氏は、24歳のときに同期の中で最も早く巡査部長に上り詰めた人物だったが、裏金作りを追及し続けた結果、成績は常にトップであるにも関わらず全く昇進が出来なかったという経歴がある。副市長就任に対して「市議会・市職員に対して、不正は厳しく追及します。(竹原)市長も例外扱いはしない。」と述べた(テレビ朝日「スーパーモーニング」2010年8月3日放送)。
仙波新副市長は、竹原市長が解任した市職員を職場復帰させたり、長らく開かれていなかった市議会を開くことを決定。だが当の竹原は何故か黙ったままである。自分の意見に合わない人物をあっさり切り捨てる竹原と、上司にも「これはおかしい」と言える仙波氏。まるっきり考えが違うので、何かあれば即解任されてもおかしくないはずなのだが、黙っているのは何故・・・?
過去に話題となったブログ上での発言
(※一部の発言は、後に修正されている。)
- 「今の天皇家はどこの馬の骨とも分からない家系」(2007年6月7日)
- 「自衛隊には『ある金持ち組織』のために工作をおこなう所がある」(2007年6月9日)
- 「自民党や民主党の活動資金は麻薬資金」「小沢一郎、池田大作、安部晋三、小泉純一郎、麻生太郎等は全員ユダヤ勢力の手先」(2007年6月25日)
- 「米軍が極秘に人間と豚の遺伝子を結合して生産した”人間豚”が、高級レストランでステーキとして提供されている」(2007年7月10日)
- 911テロはアメリカの自作自演とするリチャード・コシミズの書籍を読者に推薦(2007年10月12日)
- 「特別な遺伝子がある支配者層に人類は飼われている」(2007年11月27日)
- 「高度医療のせいで、以前は自然淘汰されていた障害者が生き残っている」(2009年11月8日) ※以下も参照
- (地方自治法の規定を無視し議会出席を拒否した問題について)「現実を動かすのは”法”ではなく”人”」(2010年3月6日)
行動・発言集
- 「一番辞めて欲しい市議は?」というアンケートをブログに貼った。これに対して、竹原は『思いつきでやった』と発言している。議会が市長に反発し、阿久根市議会は全会一致で不信任案を可決し、市長命令で阿久根市議会は解散した。
- 2009年2月、阿久根市の全職員の給与明細を開示した。理由は『阿久根市は人件費にこれだけかかっている。』とのこと。
- 「議員たちが話を聞かない以上、市議会を開いても無駄。」と判断した竹原は、地方自治法179条を根拠に議会を開かないことを決定。※専決処分については一応法律を守っています、一応は。
- 2009年8月のブログで、衆議院議員選挙に特定の議員と政党を書いて支持したことにより、再び公職選挙法に抵触した。
- 2009年11月、ビラを剥がしたことを理由に懲戒免職された元係長が市長を鹿児島地裁に訴え、勝訴し、復職権限があるのにもかかわらず、復職させていないことが明らかになった。総務課は『市長から支給の指示がないため』と説明。竹原自身も「市長の指示に従わない職員を市役所に置けない」などと説明している。
- 2009年12月、自身のブログで『高度な医療が障害者を生き残らせる』と、障害者の出生を否定するような文面が書かれていたため、障害者施設などから批判が相次いだ。これに対して、竹原は『ブログを読んで理解すれば分かる。マスコミがただ騒いでるだけ』とコメント。しかし、後になって、全国の障害者の県議や市議らで作る「障害者の政治参加をすすめるネットワーク」の3人と面会し、ブログの訂正をすることを約束した。謝罪は拒否している。
- 同月、『市民の所得額を把握する』として、市の税務課長に個人の収入額が記載された税務資料を提出する命令を出していたことが明らかになった。
- 同月、『4人の市幹部で構成していた賞罰委員会の規定を改定し、委員会招集権を市長が持つよう改定する。』という内容で賞罰委員会を解散させた。市職員の間では『竹原自身が賞罰委員会も掌握し、市長の一存にて市職員を簡単に懲戒処分させる事態が生まれるのではないか。』と波紋が広がっている。前述にある、『元係長を復職させる権限』を、自らで潰すのが狙いと思われる。この報道に関して、竹原自身は取材に応じていない。また、総務課に対し、「勝手に見解を話せば、責任を取らせる」と指示している。
- 2010年1月1日、早速新年早々『竹原流』を押し通す発言をする。4日の仕事始め式にて、「今年は私のやり方を加速する。命令に従わない奴はやめてもらう。」と発言。市職員をけん制し、その後の取材を放送各社に限定し、新聞や週刊誌などの報道を『規制』する動きを見せた。
- 2010年1月5日、「マスコミが私を陥れようとしている。」と『防災無線』で発言する。無線を通じ、障害者の出生を否定するようなブログ記述問題に対し、「文章を掲載して1ヶ月後にマスコミが騒いだ。私を陥れるためだ。」とマスコミ批判を行う。
- 同月27日、市長通達により、阿久根市側が「庁舎での撮影禁止」を命じた。
- 2010年3月3日、裁判所により復職を命じられていた職員への給与支払いを拒否していた問題について、当該職員への支払いを命じる判決が出た(竹原側がまたしても全面敗訴)。
- 翌日2010年3月4日には、「市議会の議場にマスコミがいる」ことを理由に議会への出席を拒否。市議会は開催することができず、流会に。地方自治法では「普通地方公共団体の議会の会議は、これを公開する。」と105条に規定されており、マスコミを含めて一般にその議論を公開しなければならないと法で定められている。(そもそも、国・地方を問わず、議会をメディアを含め一般に公開するのは、議会制民主主義の諸国では当然である。)この竹原の対応に対し、市議会議長は予算審議の必要性から、地方自治法121条に基づく議会への出席要請を行ったが、竹原はこれも拒否した。この条文には、要請を受けた場合には市長は出席しなければならないと規定されている。
- これについて国の地方分権担当である、原口一博総務大臣は、「議会は開いてほしい」と難色を示した。
- 伊藤鹿児島県知事は、「法治国家ではおよそ有り得ないことが阿久根で起きている」とコメント。
- 一方で橋下徹大阪府知事は「竹原市長を大いに尊敬する。竹原氏が大阪市長になったら凄いと思う」と肯定的な意見を示した(2010年8月13日 読売新聞)。
- 2010年7月、新たに招かれた仙波副市長は「阿久根市議会は開く。失職した職員も復帰させる」と約束し、実行した。竹原市長は「阿久根市議会の存在価値はない」とまで言った(2010年8月23日 毎日新聞)。
- 最近になって竹原市長と仙波副市長が突如、突然鹿児島県庁を訪問。いきなり知事に会わせて欲しいと頼んだがどう考えても無理でした。
- 鹿児島県庁では断固として仙波氏を副市長としては認めない、としているが、名刺を渡さない、係長以上の役職は仙波氏に対応しないなど、(マスコミを遮断するなど)竹原市長と同じような大人気ない対応が目立つ。せめて県職員には、もう少し上を行く対応をしてもらいたいものである。
背景
このような市長だが民主主義によって選ばれており、当然阿久根市民からの信頼を得ていたことになる。事実2011年1月の市長選ですら僅差での敗北であり、いまだに阿久根市民のほぼ半数からの支持を得ていることになる。また竹原派の市議はむしろ市議会選挙後に増える結果となった。これにはいくつかの根深い理由が存在する。
- 以前の市長・市議会・市役所が九州新幹線の駅を阿久根に誘致出来ず、更には在来線がJRから第三セクターに移行した事より阿久根市への巨額の財政負担が発生した点。もともと在来線の存続には他の鹿児島県内の沿線自治体である出水市及び川内市のいずれとも新幹線が停車する駅があるために乗り気ではなく、阿久根市のみがワリを食う形になってしまっている。結果としてJR時代は特急つばめの停車駅であった阿久根駅は、ディーゼルのワンマン普通列車のみが停車する無人駅へと化してしまった。
- 上記のことによる阿久根駅周辺の商店街のシャッター街化。ちなみに駅周辺では大型のデパートまでもが撤退してしまっており、国道3号線沿いの中心地区であるにも関わらず商業施設はほとんど見られない。
- 阿久根市政が巨額のムダな箱物行政の推進を過去に行なっていること。特に阿久根新港の事業の場合、九州南部に頻繁に襲来する台風への避難港として建設されるも、結局避難港としての指定を受けることもなかった(実際には防波堤がうまく機能しておらず港内でもかなり波が高くなる)と金をドブに捨てたようなものである。
- 平成の大合併により北薩地域でも2市4町の合併(阿久根市ほか出水市、高尾野町、野田町、長島町、東町)が協議されたのだが、負債を抱える阿久根市が合併に参加することを拒む自治体があり協議は難航。結局出水市、野田町、高尾野町の1市2町だけで新政出水市として合併してしまった。
- その後阿久根市は残る長島町及び東町との1市2町の合併協議を行うも頓挫。長島町と東町の合併により新政長島町が誕生、阿久根市のみがハブられる結果となってしまった。市町村合併を行う最大のメリットとして人件費等の経費の節約が挙げられるのだが、結果としてみればこの2市4町の中で阿久根市のみが人件費の削減に失敗。あるいはこの事態の原因を阿久根市役所職員側の抵抗及び、それに対する各市町村からの反発によるものと考える向きがある。
- これだけの失政が続き、阿久根市全体の活気がまるでないにもかかわらず相変わらず市役所職員が高給取りであったことへの不満。まともな産業がほとんど無い状況下で公務員の給与が相対的に高く感じられるのはどの田舎でも同じであるが、実際のところ阿久根市民からの市役所への反感はそれ以上のものがあるといっていい。
これらの出来事が積み重なり、目には目をキチガイにはキチガイ「毒をもって毒を制す」と徹底的な改革を標榜する竹原氏が支持を得るにいたっているのである。要するに阿久根市自体がオワコンであるといってもいい。
関連動画
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