緊急消防援助隊とは、災害時に発動される日本の法制度(消防組織法)に基づいて編成される消防部隊である。
概要
契機は1995年1月17日に発生した兵庫県南部地震(阪神・淡路大震災)である。
この大災害では被災地だけの消防力では対処しきれず東京消防庁をはじめとする日本各地から消防隊が救援に駆け付けたが災害規模がそれまで発生した災害(特に戦後)を上回ることによる法制度、事前計画の不備に加え、当時の装備に問題があった事など問題が噴出した。
そこで地震から5か月後、緊急消防援助隊が編成されたが当時は規定が強くない要綱に過ぎなかった。
しかし、2004年4月1日をもって消防組織法に基づき規定が強化された新たなる緊急消防援助隊が編成された。
これは東海、南海トラフ、首都直下といった大地震の発生が近づいている、との観測に基づくものであった。
部隊数・編成
本制度に基づき2022年4月1日時点で全国47都道府県で6599隊が登録されている。
各都道府県毎に緊急消防援助隊の専任部隊が存在する、というわけではなく各地の消防本部が保有する消防隊、救急隊、救助隊などが災害時に各都道府県ごとに管轄を越えて括られ災害地に出動し、被災民の救助や被災地の消火活動、更に災害で能力が低下した被災地消防本部の支援を行うのが本制度の目的である。
なお、総務省消防庁の計画では2023年春までに6600隊まで増強することを目指している。
機能別部隊
都道府県毎に一括りと言っても各種部隊が用途ごとに存在し災害に応じて特定の部隊毎に出動したり、別の被災地に転戦・もしくは別の都道府県部隊の応援に出動する。
なお、1部隊が2つの任務を兼任する(指揮隊+指揮支援隊、救助小隊+特殊災害小隊)ことがある 。
部隊名 | 内容 |
指揮隊 | 字の通り、都道府県隊もしくは連合部隊の指揮を担当する部隊。 |
指揮支援隊 | 各都道府県大隊は被災地消防本部の指揮下に入る、というのが前提だが 被災地消防本部の規模を上回る部隊が来る場合、支障をきたすため 、 参謀部隊として作戦の立案、補給の手配、更に災害が都道府県内の 複数自治体に及んだ場合は管轄毎に部隊の振り分けを行うなど役割の 重要性は指揮隊を上回る部隊。 その任務上、本隊に先駆けて空輸で被災地に出動したり、本隊と別の 都道府県隊を指揮することもある。 なお、大部隊の指揮に慣れている政令指定都市に配備されるのが慣例。 |
消火小隊 | 字の通り、消火活動を行う。 即ち、ポンプ隊が主力となる。軍隊でいえば歩兵にあたるため、 消火活動だけでなく他部隊の支援に駆り出されることもしばしば。 |
救急小隊 | 字の通り、救急搬送を行う。 負傷者もしくは被災で機能を喪失した病院の入院患者を 機能している病院まで搬送する任務を負う。 |
救助小隊 | 救助工作車に搭載した救助資機材を活用した人命救助が主任務。 高度救助隊、特別高度救助隊を名乗っていれば登録されている。 |
後方支援小隊 | 字の通り、後方支援=兵站を担当する。 後述する支援車1型や資機材搬送車等を用いて野営地の設営や食料の 調理、燃料の搬送など重要性はかなり高く、1本部に1隊居るだけで 実働部隊の負担が大きく減る。 |
特殊災害小隊 | 特殊災害=原子力事故や大規模な化学災害、テロ事件の対処を行う。 |
特殊装備小隊 | はしご車や重機等の運用を行う。 |
通信支援小隊 | 独自の通信網を現地で構築し、実働部隊の効率的な活動を支援し、 現場の状況を総務省消防庁へ報告する任務を担う。 |
航空小隊 | 政令指定都市の消防本部が持つ航空隊、もしくは県単位で保有する 防災ヘリが所属する。 高い機動力を駆使して偵察と人員と機材輸送、救助および消火活動と 幅広い任務を担う。 |
水上小隊 | 外海に出れる消防艇が所属する。 その特性上、船舶火災及び沿岸部の消火活動、消防車を上回る出力 を持つポンプを活かした遠距離送水、水難救助等の任務を担う。 |
これらの部隊はいずれも市町村の消防本部のみが登録されていて消防団及び港湾地域に編成されているような自衛消防隊などの登録はない。
なお、東日本大震災後に部隊編成の再編が行われ、都道府県大隊⇒各種中隊⇒各種小隊と指揮結節が変更されると共に後述の連合部隊の編成も決定・実行中である。
連合部隊
統合機動部隊 | 災害発生時に先遣隊として出動し、消防活動と並行して 情報収集を行い後続部隊の活動に資する連合部隊。 編成は消火、救助、救急が3小隊、指揮、通信支援、 後方支援が1小隊づつ、そして全隊が一消防本部所属と基本設定されている。 50隊が編成される予定。 |
土砂・風水害機動支援部隊 | 字の通り、風水害と土砂災害の専門連合部隊。 47隊が編成予定。 |
NBC災害即応部隊 | 特殊災害小隊を中核とする専門連合部隊。 54隊が編成予定。 |
エネルギー・産業基盤災害即応部隊 (ドラゴンハイパー・コマンドユニット[1]) |
石油コンビナート等の化学系大規模プラント火災に対応。 後述する水利システムとロボットシステムを中核とし、 化学消防車部隊、送水支援部隊、指揮隊で編成される。 12隊が編成予定。 ちなみに本部隊を題材にした映画が製作予定だったが大元の某民放ドラマが悪い意味で炎上した結果没になった。 |
出動の流れ
出動要請+集結
災害が発生した場合、当然現地を管轄する消防本部が対応することになるがその災害が消防本部と相互応援協定で駆け付けた隣接する消防本部の能力を上回った、と判断された場合、現場となった自治体の首長(市長、町長、村長)が都道府県知事経由で総務省消防庁長官へ応援を要請、それを受けた消防庁長官は被災地域外の都道府県知事へ緊急消防援助隊の出動を要請、これを受けた知事が各消防本部へ出動要請、という面倒なパターンが基本だが、消防庁長官の判断で被災地外の都道府県知事に緊急消防援助隊の出動要請をするパターンもある。
後者の理由は災害対応で被災地が中央へ報告できないほど忙殺されている、もしくは災害で消防本部を含む行政機関が機能を喪失していることがあり得るため、人命保護・被害拡大防止の観点から認められている。
要請を受け取った消防本部は事前計画、もしくは総務省消防庁が発災後に指定した集結地点に都道府県大隊ごとに集結し、指揮系統や経路を確認してから現地へ緊急走行=サイレン+赤色灯を焚いて向かう。ただし、これは車両部隊の話であり、航空小隊や水上小隊、指揮支援隊は単独で現場に急行する。
被災地到着+活動
現地に到着した都道府県大隊はすぐ活動するというわけではなく、受援側消防本部からより詳細な情報を受け取り、調整を行ってから活動を開始する。
人命が係っていることがあるのに悠長ではないか、と思うかもしれないが被災地の情報をより把握しないでいきなり活動したところ、二次災害に遭う、もしくは先行している各種機関(警察や自衛隊etc)と調整なしで行って混乱する、といった事態を避けるためである。
こうして現場を調整し活動を開始した都道府県大隊は機能別部隊の節で述べた前線任務に就く各種中隊と後方支援に就く各種中隊に分かれてそれぞれの任務に就くことになる。
活動終了+撤収
受援側消防本部のニーズがなくなった場合、受援側消防本部が総務省消防庁に緊急消防援助隊の撤収を報告、
それから受援側消防本部が活動していた都道府県大隊に撤収命令を出して引き揚げ、という流れになる。
なお、それまでに掛かった緊急消防援助隊の各種経費は被災地が負担する、というのが建前だが災害と被災地の財政の規模によっては国が負担するのが実情である。
貸与装備
緊急消防援助隊に登録すると車両・機材の配備・整備用に国家予算で補助が受けられる。これとは別に専門性が高い車両、機材が国の無償貸与という形で各地の消防本部、防災航空隊に配備される。
貸与期限は配備から5年とされており、その間は『総務省消防庁』の表記がつけられる。種類によっては47都道府県に1台づつ配備されている
[2]。これらの装備は各地の消防本部に対してのモデル事業の面もあるようで設計を転用、もしくは流用した各種車両が消防本部独自(前述の補助付)で配備されている。
東日本大震災以前
海水利用型消防水利システム
阪神・淡路大震災では直下型地震で水道管が破壊され、消火栓が使用不能になった。そこで消防隊は河川や海岸にポンプ車、もしくは出力が落ちる代わりに軽量な可搬式ポンプを配置して水源とし消火活動を行ったが現場から距離があり、普通にホースを延ばすとホースと水との摩擦と距離が離れすぎたことによる圧力の低下で放水の威力が落ちてしまうため他のポンプを連結して加圧する以前からの戦法をとったが、同時多発火災と化した現場では『焼け石に水』状態となり火災を止めることは出来なかった。
この事態を繰り返すまじと考え出されたのが『従来型より強力なポンプ車と大口径ホースを組み合わせて迅速かつ大量の消火用水を火災現場に送り込む』 というプランであった。そして阪神・淡路大震災から1、2年ほどで各地の大規模消防本部は大容量送水車と大口径ホース延長車のペアで構成される水利システムを装備した。
やがて時は流れ、2010年代に入るとこれらの水利システムの陳腐化が目立ってきた一方、前述の想定されていた大地震が近いという流れで新規配備してはどうか、という見方も出てきたが用途を特化しすぎていたこともあり、 前述の補助もあるとはいえ、独自整備を渋る消防本部もあったため国からの無償貸与による配備が実施された。
システム自体は対水害用の排水ポンプを流用したもので高圧送水が毎分4t=4000Lに対し排水が毎分8t=8000Lとなっている。即ち、水害時の排水にも使えるが余程の規模の場合は国土交通省が配備しているほぼ同型の排水ポンプ車が投入される。ちなみに大口径ホースでそのまま火災を消火するのではなく、アダプダを介して通常の消防車に接続もしくは通常の消火ホース数本に接続して消火活動を行う。
なお、『海水利用型』と表記されているが海水だけしか使えない、というわけではなく大規模河川もしくは湖沼=淡水も使用できる。
前述の通り、大規模火災用に整備された車両のため原子力災害に使うことは一切想定しておらず、NBC災害への防御構造も有していない。福島第一原子力発電所事故にあたっては事前に後述する特殊災害対策車などで放射線量を測定してからルートを設定、高所放水車を原子炉建屋に止め送水ラインを接続して注水、隊員は御馴染みとなった防護服を着用する作戦で対処した。
ヘリコプター
その機動力を活かし人員輸送や救助活動、情報収集を行う。
当初は東京消防庁のみだったが東日本大震災後に京都市消防局、埼玉県、宮城県、高知県の防災航空隊に貸与されている。
燃料補給車
後方支援体制の強化を図る目的で配備された小型タンクローリー。
積載するのは各種関係法の事情もあり、1t弱の軽油のみである。
当初は政令指定都市のみ貸与だったが東日本大震災後に兵站強化の観点から増強された。
ちなみに東日本大震災後、消防施設を新設もしくは改築の際にセルフ式給油所を付ける事が多くなっている。
支援車1型
阪神・淡路大震災に新設された消防車の規格。結論から言えば大型キャンピングカーであり、消防士の休養や指揮車を上回る容積を活かした規模の大きい作戦会議室、災害で消防本部が被災した際の仮設本部、多数の傷病者が出た場合に救護所として使うなど用途が広い。また容積を確保するため停車時に車体の側面を拡幅する機能を持つ車両もある。
しかし、それまでの1型は一消防本部規模の部隊支援しか想定しておらず、価格も大型はしご車と同レベルの一億前後が必要なため、配備が限られていた。そこで都道府県隊全隊規模で支援を行う目的でそれまでの8tシャーシから20tシャーシに大型化した1型が47台製造・貸与されることになった。
ところがその矢先政権交代(自公⇒民社)が起こりこの支援車も事業仕分けで削られかけたが他の予算を外すことで切り抜け、福島県石川町に工場・本社があるヨコハマモーターセールスで製造が開始された。
そして後4台で製造・配備が終わるところだったところへ東日本大震災が発生、石川町も震度5強に見舞われたが工場に支障はなく、福島第一原子力発電所から30㎞以上離れていたことから残っていた4台を仕上げ、発災から一週間以内に配備が完了、直ちに任務に使用された実話を持つ。
この事もあり翌年にはメーカー・シャーシを変更したタイプが17台各地に増強貸与され、更に後述する拠点機能形成車が開発されることになる。
特別高度工作車(大型ブロアー車、ウォーターカッター車)、特殊災害対策車、大型除染システム車
いずれも特別高度救助隊用特殊車両だが緊急消防援助隊の一環で貸与されている。
東日本大震災以後
都道府県隊指揮隊車
字の通り、都道府県隊指揮隊用の車両。
現場指揮用セット(テント・机、提灯型投光器.etc)に加え、情報収集機材(トランシーバー、デジタルカメラ、ノートPC.etc)、各種小隊長用ベストなどを搭載している。
全地形対応車両
東日本大震災後の目玉貸与装備。字の通り全地形=土砂災害で破壊された道路や浸水地域での走行に対応した消防車。
1型
岡崎市消防本部、大阪市消防局のみ配備。
双方等も海外製の連結式装軌車両をベースに艤装され、連結式を採用したことにより地形への追従能力を高めた。一方でウインチと赤色灯以外に排土板やポンプなどの特殊装備は装備せず輸送に特化している。
岡崎市消防本部、大阪消防局内の記述も参照
2型
2019年から配備を開始した。1型同様に装軌式、輸送任務が主用途だがアメリカ製の単体式水陸両用車両をベースとして浮上航行能力を有する。
重機
コマツ製小型パワーショベルを改造した重機でトランスポーターとのセット。
各種災害に対応するため無線操縦機能を備えた他、アームに放水ノズルを装備している。自力での放水は出来ないためポンプ車との接続が必要になるが瓦礫排除と並行して消火活動も可能。
なお、3tタイプと5tタイプに分かれており、合わせてトランスポーターも通常型と増tタイプに分かれる。
資機材搬送車
結論からいうと普通のパネルバン3tトラックである。
近年、『支援車2型』ともされるコンテナ式資機材搬送車と比べると派手さと多用途性に欠ける印象があるが工夫によってある程度カバーしている。
まず、荷台の扉にはパワーゲートが装備されており、これを利用して用途毎に機材を台車に一括りして積載し、必要に応じて台車ごと載せ替える方式を採用している。
また、コンテナ式はコンテナにもよるがコンテナを置くスペースを予め設定しなければいけないがパワーゲート式ならコンテナよりもより狭いスペースで荷卸しが出来る利点がある。なおかつコンテナ式より価格が安い。
人員輸送車
ある程度の資機材搬送もできるが字の通り、人員輸送用の車両。
人員輸送といっても幅は広く災害現場で持続的に活動するための交代要員の輸送、大量の消防車を駐車できない災害現場に一度に多数の消防士を投入、軽症だが医療機関で受診する必要のある被災者の輸送、消防士の休息所、といった場合に使用される。
無線中継車
通信網が破壊された被災地で消防用の通信網を構築したり、災害現場の様子を総務省消防庁など関係機関に送信する車両。各種無線機に加え、情報収集用にBS放送も受信できる。
拠点機能形成車
支援車1型の発展強化型。
拡幅部が延長されたことで室内容積が増強[3]、兵站機材も浄水器や最大200人分の調理(炊飯・煮炊き)が出来る調理器具=自衛隊が採用している野外炊具の兄弟機、組み立て式シャワールーム等を搭載している。
津波・大規模風水害対策車
東日本大震災での津波被害や気候変動によって頻発する大型台風やゲリラ豪雨を教訓に貸与。
結論から言うといわゆる『水難救助車』であり、各種ボート、潜水服、特殊担架等各種水難救助資機材を積載しているがそれまでの水難救助車と決定的に違うのは後述する水陸両用バギーを搭載していることである。なお、開発当初はバス構造式・低床シャーシだったが2014年の広島土砂災害での経験からハイルーフキャブ・高床シャーシトラックに変更された。
- 水陸両用バギー
カナダのARGO社が開発した8輪バギーを改造したもの。東日本大震災の際、津波被災地域では瓦礫やヘドロによって道路が寸断され消防車が接近できず、消防隊員が徒歩で現場へ向かったが重量のある機材を伴ってのものだったため、隊員の体力消耗は甚大だったことから負担軽減の一環として導入された。
元々の走破性とオプション(フレームと幌、タイヤに装着する履帯)に加え、助手席側の座席をすべて外してバスケット担架を装着する要救助者搬送機能、小型ポンプとホース、放水銃を装備しての全地形対応ポンプ車機能、本来の性分である人員または資機材搬送車機能と幅広い活用が可能。
機動連絡車
災害で破壊された道路を突破し、伝令や到着した指揮支援隊を送迎することを想定した車両。
エネルギー・産業基盤災害対応型消防水利システム
前述の従来型水利システムが大規模とはいえ一般火災(住宅地、林野)を主眼に置いていたのに対し、本システムはコンビナート火災を主眼に開発された。
まず、従来型の送水車は揚排水をする専用油圧ポンプしか搭載していなかったのに対し、本システムの送水車は消防用ポンプでは最高レベルのA-1級ポンプを併載する事で放水圧力を高めた。
一方、ホース延長車は搭載する大口径ホースを従来型の2km弱から1㎞に減らした代わりに毎分/8000L/最大射程100mの放水砲とA-1級ポンプを搭載し、大規模火災の迅速な消火を狙っている。なお、この性能をフルに発揮するためには送水車でも4000Lが限界なので他の消防車の送水支援が必要である。
消防ロボットシステム(スクラムフォース)
前述の消防水利システムと並ぶ対コンビナート火災対応の柱として開発されたロボット群。
爆発と高熱のリスクが高いコンビナート火災から消防官の人命を防護するため開発され、2019年に市原市消防局に1セットが先行配備された。ロボット群は共通して高熱からの防護用耐熱シートを纏っているのが特徴。
名称 | 用途 | 備考 |
スカイ・アイ ランド・アイ |
偵察・観測を行い、 突入経路の作成、制御 装置への状況報告を行う ロボットペア。 |
スカイ・アイは 無人ヘリコプター ランド・アイは 装輪+装軌を併用 |
ウォーター・キャノン タフ・リーラー |
放水砲ロボットとリール式 ホースカーロボットで構成 |
双方とも装輪式。 |
システム搬送車 | ロボット群の搬送と制御 システム、電源を兼務。 |
制御システムは 輸送コンテナに艤装 されているが電源用 発電機は車体に艤装 されているため コンテナの分離は 不可。 |
問題点
大災害時の迅速かつ強力な対処を目指して整備されてきた緊急消防援助隊だが全国から部隊が出動し最大で1558小隊6099人、活動終了まで88日を費やした東日本大震災において将来の災害に向けて多くの問題が浮上した。そしてそれは現在の日本における消防制度・組織が抱える課題でもあった。
集結・出動・進出
前述の通り緊急消防援助隊は災害内容、現場からの距離にもよるが事前計画で指定された集合場所(高速道路のSA、大規模消防本部の訓練場etc)で各都道府県内の消防本部が集まり陣容をそろえてから現地へ向かう、というのが基本だが各消防本部によっては派遣隊の編成(非番員の参集、他の災害対処が終わるまで隊員が署に戻ってこれない)、管轄地域と集結場所間の距離が遠いことで集結に時間がかかる、集結が完了していざ、出動となると、部隊の規模によっては参加した車両が100台近くなって、現地へ向かう途中、部隊への給油、全輪駆動でも使い勝手がよく重心も低くなる低床タイプ車両がシャーシを痛めないようにルートを迂回するなどして時間をロスした結果、その間に災害の被害が拡大する、助けられたはずの命が失われたのではないか、といった問題が出た。
そこで東日本大震災が発生した2011年に開催された合同訓練では『都道府県内の集結場所ではなく、被災地域に隣接した集結場所に消防本部ごとに集結、そこで部隊編成を行う』、『実働部隊が空輸で現地に進出、災害現場で地元消防本部から機材を借りて救助活動を行う』試験が行われた。
前者に関しては進出時間短縮という点での効果は認められたが集結しても現地の詳細な情報、受援側の消防本部の体制が整っておらず、混乱しているといった状態では有効な活動は出来ない、といった懸念が出た。
後者に関しても進出は早かったが機材を借りれなくては戦力には実質なりえない、といった結論となった。
そして2013年に伊豆大島を襲った土砂災害では発災日のうちから消防防災ヘリコプターや自衛隊の輸送機による空輸で緊急消防援助隊と車両が投入され、迅速な救助活動を実施したが人員はともかく車両に関しては輸送機の積載量から車両が限定されていたため海上輸送も並行して行われた。
海上輸送に関しては北海道隊、長崎県隊、宮崎県隊、沖縄県隊が東日本大震災の際、一部を含め出動で使用している。しかしこの際に使用したのは民間のフェリーでありある程度埠頭が整備されていないと上陸はできない。
ならば海上自衛隊もしくはアメリカ海軍第7艦隊の輸送艦、揚陸艦という手もあるが前者は2018年時点でいずも型護衛艦2隻(19500t級)+おおすみ型輸送艦3隻(8900t級)+1号型輸送艇2隻(420t級)と余裕があるとはいえず、後者は手続きやワシントンの思惑も重なって迅速に出来る以前に出来るのか、といったこともある。
兵站
人員面
『腹が減っては戦は出来ぬ』は、古来から戦争の常識だが災害対処も戦争と同様、『命』が絡んでいる。
『命』 を助けることもそうだが現場によっては消防隊員は対処を誤ると自分の『命』を落とすことに繋がる。
21世紀と言えどフルボディのパワードスーツや身体に機材を埋め込んで強化した改造人間ではなく、個人差もあるが常人より身体を鍛えていることを除けばただの人間である。すなわち食事をすれば排泄するし暑がりも寒がりもする。
食事面では後方支援部隊が都道府県大隊レベルで一纏めになって持ち寄った食料を一括調理して支給するのが一般的だがその実態は湯煎するレトルト食品や缶詰、カップ麺が主食であった。
被災者のことを考えればケータリングなどもっての外だが短期間ならともかく活動が長期に及ぶと単調な食事に隊員のメンタルが現場の状況と合わさって低下し部隊の士気が落ちるという弊害に繋がる。
また、湯煎=お湯を沸かさなければ食せないのだが野営した場合市販品のカセットコンロでは風で火が消えて時間がかかる、大所帯用の大型湯煎機材があっても後述する燃料不足や水の確保で使いづらいといった経験、懸念が出た。
そして食事後に必ず通る排泄では支援車に装備された、もしくは積載されたトイレが隊員数に比して少ない、個室式ではないのでやりずらい、宿営した場所で下水道がダウンしていて流せず、臭いが堪えたといった不平が出た。
また、 食事に使った使い捨てタイプの食器などゴミや生活排水処理の問題もクローズアップされた。これらは現地処理ではなく全て自分たちで持ち帰るのが原則だが同じ都道府県大隊といっても地域ごとにごみの分別基準が違っていて帰還後に2度手間があった、生活排水を減らすためカップ麺の汁も全部飲んだら寒さで頻尿状態になったという弊害も出た。
そして『暑さと寒さ』=『宿営環境』においてはグラウンドや大型駐車場、キャンプ場等でテントや支援車(1型、3型)等に宿泊するパターンと体育館(自治体、消防学校等)に雑魚寝するパターンがとられている。
しかし東日本大震災の主被災地・東北地方は3月から4月にかけては実質冬状態のためテントや体育館では持ち込んだ暖房機材(ストーブ、ジェットヒーター) でも暖まりにくく、暖房を切る睡眠時の場合は寝袋+複数の毛布を使っても寒さが上回り睡眠がとれない消防隊員が続出した。
また、近年は地球温暖化の影響で猛暑傾向のため暑さで通常災害でも満足な休息が取れない弊害も起きている。
機材面
前述の冷暖房もそうだが消防車両や消防防災ヘリ、消防艇、そして救助資機材(エンジンカッター、チェーンソー、ガス溶断器)を動かすにあたっては石油系の燃料が必要である。
故に後方支援小隊には前述の燃料補給車に加え、資機材搬送車の中に各種予備燃料を積載して出動する。現地へ急行中に燃料が厳しくなった場合は最寄りのガソリンスタンドや飛行場、港で給油することになる。
しかし、これも東日本大震災の際には石油施設やインフラがダメージを受けて燃料が被災地に届きにくくなり、燃料を節約するため暖房を控える、給油しようと機能を維持しているガソリンスタンドへ寄ろうとしたら給油待ちの渋滞に巻き込まれた、順番が来ても給油機を動かす電気がないので手動ポンプで給油をして時間を喰ったという事例が多発した。
また、燃料があっても機材がその時に使えなければ意味がない。車両を含む機材の故障も少なからずあった。
福島第一原子力発電所事故に投入された東京消防庁HR車両の内、スーパーポンパー=水利システム車に故障が発生し、作戦開始直前に随伴整備スタッフの手でようやく回復した事例や荒れ果てた路面を走行したらパンクやシャーシ関係に故障が発生、水没地域でゴムボートを使ったら水中の瓦礫で穴が開いたケースも見られた。
更に、地方に多い1市町村規模の消防本部では実働部隊1、2隊しか参加できなかった=後方支援部隊を伴わなかったことでテントなど兵站機材をあまり持ち込めず、車中泊を余儀なくされて休養が取れなかったといったケースもあった。
財源
日本、特に地方自治体は殆ど財政難に苦しむところが多いのは常識である。必要だとはわかっていてもお金がないという理由で同じ消防車を種類や出動実績にもよるが20年~30年以上使っている消防本部は珍しくない。
オーバーホールをしたところで何れは使えなくなるし、長く使いこんでいるうちに必要な部品の生産、ストックがなくなったのでようやく新型車両を更新した、という流れも多いが消防車や救急車は御存知の通り自動車の中でも極めて特殊な車両である。それらに搭載された装備もかなりの技術によって制作されたもの、即ち高価である。
その地方自治体の財政負担を軽減するため、総務省消防庁は広域災害発生時には必ず出動する前提で車両整備用に補助金を出しているがそれは国家予算=国民の税金+国債で賄われている。
人員確保
如何に高性能な消防車を揃えても、大量の予算と法整備がなされてもそれを使いこなす人間=消防士がいなければ意味がない。
かつての町火消が住宅の構造を熟知した鳶の者で占められていた様に消防士には災害や使用する機材に対する大量のスキルが求められている。それを備えた消防士を作り出すには多量の時間と予算が必要である。
ただ、緊急消防援助隊として出動した場合、大規模消防本部はまだしも、小規模消防本部の場合、数日間から数週間、少なく見積もっても3、5人の消防士と1車両が抜けることになり消防力が低下することになる。
これを含め兵站等の改善に繋がりそうなのが総務省消防庁が進めている『小規模消防本部を統合し、大規模消防本部化する』施策である。
これにより消防署や重複する部門を統廃合し人員の適切な配置や予算の節約など効率化と広域災害への対処力を高めようという案だが地域によっては消防署の統廃合で防災力が低下する懸念もある。
類似制度
警察災害派遣隊(警察)
阪神・淡路大震災後、災害対処を強化するため『広域緊急援助隊』制度を立ち上げたが東日本大震災後に更なる体制強化を図るため『広域緊急援助隊』を組み込む形で発足した。
これも緊急消防援助隊同様、各地の警察(自動車警ら隊、機動隊、交通機動隊等)を災害現場に派遣し被災者救助や治安維持にあたる。また、行方不明者の情報整理や遺体の検死+身元確認も重要な任務である。
災害派遣医療チーム(DMAT)
『災害』と表記されているがテロ事件にも出動する派手なベストが特徴の医療班。各地の公立病院、大学病院から概ね医師+看護師+事務スタッフという編成で出動して災害現場で応急措置以上の医療活動を行い被災者の救命率を高めるのが任務だが、トリアージという厳しい任務もある。
国土交通省緊急災害対策派遣隊(TEC-FORCE)
自然災害発生時に各自治体の要請に基づいて各地の地方整備局から出動する支援部隊。
直接の人命救助は行わないが浸水時に使用される強力な排水ポンプ車、ヘリコプターで空輸が容易な分解・組み立て+遠隔操作ができる大型重機を保有する。災害が収束した後は復興計画に必要な被災地域の調査を行う。
災害派遣(自衛隊)
警察予備隊時代からある任務にして最も『実戦経験』が多い任務であり、阪神・淡路大震災以降災害が起きるたびに急速に機材と法整備が進められている。
それを差し引いても消防や警察を上回る輸送機材(大型艦船、固定翼機) と大量の施設機材=重機で活動を実施する。ただし、それだけの機材を活動させるには時間がかかるため、日ごろから初動要員を指定しておくなどの工夫をしていたりする。
なお、場合によっては実力行使、もしくはそれに近いことを伴うことがある。 例を挙げると
北海道でのトド駆除 | 漁業資源を荒らすトドを駆除するため地上から対空機銃及びF-86 から機銃掃射 |
谷川岳遭難者収容 | ザイルで宙吊りになって死亡している登山者を収容するため 小銃や機関銃でザイルを射撃し登山者を落として収容 |
東京湾埋め立て地駆除 | 埋立地のごみに群がるハエやネズミを駆除するため火炎放射器 を使用 |
第十雄洋丸事故 | 衝突事故で火災が発生したタンカーを護衛艦+潜水艦による 砲雷撃と陸上哨戒機による空爆で沈没に至らしめる |
雲仙岳噴火災害 | 火山からの噴石、火砕流からの防護として73式装甲車、 偵察用に74式戦車、87式偵察警戒車を投入 |
福島第一原子力発電所事故 | 放射能を帯びた瓦礫除去のため排土板付74式戦車を投入 |
2014年御嶽山噴火災害 | 火山からの噴石からの防護のため89式装甲戦闘車、 73式装甲車を投入 |
ちなみに理論上は怪獣退治も防衛出動ではなく災害派遣で出来るらしい。
関連動画
東日本大震災
2014年御嶽山火山災害
関連書籍
活動実績
車両
外部リンク
総務省消防庁
- 緊急消防援助隊関連事項一覧
- 緊急消防援助隊の編成及び施設の整備等に係る基本的な事項(平成26年3月5日付)
- 東日本大震災記録集(第4章に緊急消防援助隊の節あり)
- 緊急消防援助隊の活動写真
関連項目
- 災害/兵庫県南部地震(阪神淡路大震災)/新潟県中越地震/東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)/福島第一原子力発電所事故/熊本地震(2016年)
- 消防/特別高度救助隊/東京消防庁/消防車/救急車
- 自衛隊
脚注
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