能登線とは、路線名である。
以上の二つがあるが、ここではのと鉄道能登線について取り扱う。なお、2010年現在ではどちらも廃止されている。
概要
1922年に計画された路線で七尾線穴水駅から分岐して蛸島まで向かう路線。着工されたのは1953年で、1959年に穴水~鵜川間、次いで1960年4月に宇出津まで開通。蛸島まで延伸し全線が開業したのは1964年9月の事だった。
能登線はトンネルが多かったが、明かり区間では港が見える場所もあった。また、能登半島は観光資源が豊富であったことから、金沢から七尾線経由で急行「能登路」が運転されるなどしていた。
しかしながら、沿線の人口が少ない事も災いし、全線開業からわずか5年後の1969年には、赤字だった国鉄が路線廃止候補としてピックアップした赤字83線の一つに挙げられている(赤字83線の取り組み自体は、田中角栄政権により打ち切られることとなった)。
1980年代の国鉄改革、分割民営化への流れのなかで能登線が第3次廃止対象路線に選ばれるに至り、地域交通の存続のため石川県を中心として第三セクター「のと鉄道」が設立され、JR西日本発足後の1988年に経営移管された。
のと鉄道はその後電化されなかった七尾線和倉温泉駅~輪島駅間も引き継いで能登線と共に営業していたが、まず2001年に七尾線は能登線との分岐駅である穴水駅から輪島駅までの区間が廃止される。能登線はその後も営業されたが2002年に「能登路」が廃止され、2005年4月1日には遂に能登線も廃止となった。
その後、土地の一部を地元の宗玄酒造が買い取り足こぎ式トロッコ鉄道「奥のとトロッコ鉄道」としてつかわれている。七見駅の待合室はバス停として再利用されている。
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