自走砲(Self-Propelled Artillery)とは、自走できるようにするため車両に砲を乗せた兵器の総称である。
概要
戦車や歩兵に火力支援を与える野戦砲を装軌車に搭載したものである。戦車の車体を流用したものも多い。牽引式火砲のように発射準備に時間を費やすことがなく、また迅速に射撃陣地を変換できる。[1]
搭載する砲によって自走榴弾砲、自走迫撃砲、自走対戦車砲、自走無反動砲などと呼ばれるが、現在では単に自走砲という場合自走榴弾砲をさすことが多い。
牽引式の砲で補助エンジンなどにより限定的な移動能力を持つようなものは通常含まない。
自走砲の誕生
近代の地上戦における火力とはすなわち砲兵である。グスタフ・アドルフ以降砲兵は歩兵・騎兵並ぶ三兵戦術の基幹として戦場に鉄の雨を降らせ、また歩兵や機甲部隊に火力支援を提供し戦場の女神とも呼ばれてきた。
しかし、陣地戦を主眼とした第一次大戦までは、砲兵の移動は鉄道と馬による牽引に頼っていたものの、第二次世界大戦では機械化部隊(車両)が本格的に導入されたことにより、地上戦は従来の陣地戦から、電撃戦や機動防御など運動戦(機動戦)の様相を呈し始めた。こうなると、歩兵や騎兵(に代わる機甲部隊)を支援すべき砲兵も機械化歩兵や戦車部隊に随伴して機動する必要が生じてくる。
そうなると、従来の牽引式の砲では(牽引が馬匹からトラックに変わったとしても)陣地に進入し、牽引を解除し、射撃状態にして、発射し、また戦場が移動すると車両に牽引して、と言う手間が戦場機動の障害となる。同時にその手間は敵砲兵による対砲射撃によってわが砲兵が危険にさらされるリスクが増大することを意味した(現代ではさらに対砲迫レーダーの発展により、射撃された砲弾から敵砲兵陣地を特定、速やかに反撃を加えられるようになったため、より迅速な陣地転換が求められるようになっている)。加えてトラックや馬は装軌車両(キャタピラ)で機動する機械化歩兵や戦車に対して、どうしても不整地での走破性に劣る。
そうした問題点を解決するため、装軌車両に大砲を搭載し、車両上から直接砲撃を行うための車両が開発された。これが自走砲である。こうした自走砲は無限軌道によって機械化部隊に随伴し、迅速に陣地に侵入して射撃を行うことを可能にした。
対戦車自走砲[2]
湾曲弾道の榴弾砲を搭載する本来の自走砲とは別に、対戦車砲を装甲装軌車に搭載するが、戦車とは呼べない対戦車自走砲が第二次世界大戦中に出現した。
装甲が薄い軽量車にできるだけ強力な対戦車砲を搭載したもので、戦車駆逐車と呼ばれた。アメリカのM18タンクデストロイヤーは75ミリ砲を搭載したが装甲厚は16ミリで、砲塔の上方は開放されていた。
突撃砲/駆逐戦車[3]
両方ともドイツ軍だけが使用した呼称である。
歩兵砲(敵の機関銃座を直接狙って破壊する歩兵用の小型の大砲)も次第に大型化して人力で動かせなくなり、戦車のような車体に載せるようになった。これは自走歩兵砲とは呼ばれず単に自走砲と呼ばれたが、第二次大戦のドイツ軍はこれを突撃砲と呼んだ。本来なら弾速は遅くても爆発力の大きい弾を撃てる、太く短い大砲を載せるが、戦車とでくわしたことを考えて砲身の長い(貫通力の強い)大砲を載せるようになり、「砲塔が回転式ではない戦車」としかいえないようなものが歩兵部隊に所属せず、突撃砲部隊をつくって敵戦車と戦った。回転砲塔式よりも車体の割に大型の砲を載せることができ、構造も簡単なので戦車より安く作れた。
突撃砲は砲兵隊が使っていたが、これが代用戦車として活躍しているのを見て戦車隊も同じようなものを作り出した。これが駆逐戦車(パンツァー・イェーガー)で、戦車隊が用いて敵戦車を狩ることに特化していた、という点が突撃砲と異なる。また、戦車駆逐車(タンクデストロイヤー)とも微妙に意味合いが異なっている。
その他
- 砲戦車:日本陸軍独自の用語。乱暴に言えば「歩兵支援戦車ならぬ戦車支援戦車」といった所であろうか。その成り立ちがややこしいため、便宜上は自走砲に分類される。上記の対戦車自走砲や駆逐戦車に近い役割を持っていた時期もあってか、それらとの混同も見られる。一応は自走砲とは別の兵器ということになっており、「車体は中戦車がベースorなるべく中戦車と同じ部品を使う」・「ベースとなった中戦車よりも大きな火砲を装備する(大きすぎるのはダメ)」・「中戦車と行動を取るため(理想は)砲塔式を採用or不可能なら最低でも戦闘室は密閉式にする」などの設計には細かい制限があった。さらに、所属部署や時期によって「砲戦車」を指す物が変わってしまうため、ややこしさに拍車をかけているので注意。
現行の自走砲
現在では、単に自走砲と言うと砲兵が運用し、間接射撃を行うための自走榴弾砲をさす。120mmクラスの大口径迫撃砲が自走化され師団レベルでの直接火力支援に用いられることもあるが、迫撃砲の運用は通例歩兵科の担当である。砲兵の運用兵器としてはロケット発射機もあるが、こちらは厳密に言えば砲ではない。
日本においては陸上自衛隊で自走榴弾砲として75式自走155mmりゅう弾砲、99式自走155mmりゅう弾砲が運用されており、その他96式自走120mm迫撃砲やMLRSなどが運用されている。
しかし、装軌車両に大型の砲と精密な統制装置を搭載した自走砲は牽引砲に比べコストや重量がかさむ。各国陸軍でも、砲兵を完全に自走化する例は少なく、機甲師団に随伴する砲兵が自走砲を装備し、軽歩兵や自動車化歩兵部隊では牽引砲によって支援を行う、というハイローミックスが行われることが多い。
装輪自走砲
また、近年では展開能力を重視して軽量の牽引砲も開発されている中、装輪式の自走砲が開発、導入されている。
しかしトラック、あるいは装輪装甲車ベースの車体に重量や反動が大きい榴弾砲を装輪車両に搭載するには困難が伴う。つまるところ、タイヤ+サスペンションでは発射時の反動を抑えるために車体制動に難があるため牽引砲のように固定させる必要になる。当然装甲も貧弱になるし、装填方法にも制約があるため(弾薬搭載量・発射速度など制約が多い)、装輪自走砲はあまり広く採用されてはいない。有名どころではフランスが開発、導入を進めているカエサル155mm自走榴弾砲、スウェーデンが開発しているアーチャー自走榴弾砲がある。
日本ではFH70の更新用として、ドイツ製8輪トラックに国産の155ミリ榴弾砲を組み合わせた19式装輪自走155mmりゅう弾砲が開発された。99式自走砲は砲弾と装薬の両方を自動で装填していたが、19式では砲弾のみ自動で装薬は人力で装填する。このため乗員は99式の4名に対して5名となっている。[4]
実際自走(榴弾)砲と戦車(MBT)ってどう違うのよ?
すごく大雑把に言うと自走砲は火力支援のための、戦車は突破(機動打撃)のための兵器である。
つまりこんな感じ。
- 自走砲は間接照準で射撃を行い、戦車は直接射撃を行う。当然自走砲の方が交戦可能距離が長い。
- 自走砲は装甲をそれほど重視しないか時にはまったくない。戦車は戦車砲に耐える装甲を求められる。
- 戦車砲は直撃、榴弾砲は破裂による広範囲な加害を指向する。
- 戦車は動く目標や自分が動きながらの射撃をするため、回転砲塔が必須。自走砲では砲塔はない場合もある。
あくまで傾向なので例外もあるのであまり厳密さを求めないほうが吉かもしれない。あくまで目安程度に考えておくのがいいだろう。
大百科にある自走砲の記事一覧
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関連動画
自衛隊名物、各種榴弾砲(自走砲含む)の統制射撃により空中に富士山を描くという、無闇やたらとスキルが求められる芸当の一つ。これは各砲の角度、弾速、すべての兵器の能力を熟知したうえで、かつ天候などすべて加味した上で射撃しないとああはならないという職人芸である。
関連コミュニティ
関連項目
脚注
- *「世界の最新兵器」関野秀夫・明地 力・筑土龍男・原田 稔 朝日ソノラマ 1975 pp.90-91
- *「世界の最新兵器」p.94
- *「重火器の科学 戦場を制する火砲の秘密に迫る」かのよしのり SBクリエイティブ 2016 p.32
- *総火演に「19式装輪自走155mmりゅう弾砲」初登場 陸自の内情チラ見えなその特徴とは? 2019.8.24
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