舜天単語

シュンテン
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舜天しゅん てん1166~1237)とは、琉球の史実とされる初代王。

概要

 琉球王府の正史中山世鑑』では、源為朝子どもと伝えられている。正史に残されているところでは、源為朝保元の乱伊豆に流されたあと、に遭い、沖縄本島の運港(今帰仁村)に流れ着いた。その後為は南に下り、大里天皇の宮に相当する琉球称号・位階の一つ)の世話になる。そこでと一緒になり、生まれたのが尊(そんとん、後の舜天王)であったとされる。
 成長した尊は、賢くも強かったので、15歳に推される。当時孫氏という25世続いた王が衰えて、臣下の利勇により滅ぼされた。その後利勇が専横を極め中が乱れていたため、「徳を以て善政を行ない人望を集めていた」尊が周囲から推されて連合軍を率い、利勇を倒す事に成功する。こうした経緯を経て、琉球の王に推戴された舜天王は善政を敷いたと言われる。その後、舜天王統が三代73年続いたとされる。

かたかしら

 欹髻(かたかしら)と呼ばれる、いわゆるまげを結わえた最初の人物とされる。舜天の頭の右上には大きなコブがあり、それを隠すためにを結っていた。舜天が王になるとそれを真似る人が跡を絶たなかった。それがかたかしらの始まりとされる。

「おもろさうし」と源平伝説

 琉球王府によって勅撰された歌謡集「おもろさうし」には、為伝説と関連付けられる歌がある。

勢理客(せりかく)ののろの

あけしののろの

(あま)くれ 降ろちへ

(よるい) 濡らちへ

(うむてん) 着けて

小港 着けて

嶽(かつおうたけ) 下がる

くれ 降ろちへ

 濡らちへ

大和やまと)の軍(いくさ)

(やしろ)のいくさ

勢理客=今帰仁村勢理客。 のろ=琉球女性役。方言ではヌルと発音する。 あけしの=女名。勢理客の女。 くれ=雨。夕立。 降ろちへ=降らして。 濡らちへ=濡らして。を降らせを濡らすことによって戦闘意欲を喪失させることができると信じられていたらしい。 =地名。今帰仁村運。 小港=運港の別名。 =名。本部半島。 大和の軍・山の軍=大和から押し寄せてきた軍勢。

為朝伝説はどこまで真実を伝えているか

 為伝説のきっかけは1609年島津氏による琉球侵攻と言われている。これにより幕体制に組み込まれた琉球は、島津氏に従属する理由を自らのうちに体系化しなければならなかった。そこでいわゆる日同祖論に利用されたのが為伝説であったとされる。島津氏や徳川家康政権も自らを源氏の末裔と称していたため、為伝説は都合が良かったのである。尊源為朝息子とする伝説は、1605年に袋中が著した『琉球神道記』に記されており、近世以前より民間には流布していた。また舜天を琉球の最初の国王とする史料も、16世紀には見られた。滝沢馬琴が『椿』の中で、為琉球落ちを著すと全的に広く知られることになる。

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