よく聞け、いいかぁ。ここを概要とする!
高校卒業後、北海道大学法学部に進学(大泉「おまえホントに大学出たのか?」)、大学時代にHTBでバイトをした事でテレビ業界に興味を持つ。その後1990年にHTBに入社、入社後5年間は番組制作では無く、東京で営業の仕事をしていた。
1995年に本社の制作部に移動し、水曜どうでしょうの前身ともいえる番組「モザイクな夜」の制作に携わった。この時から既に出たがりな一面は片鱗を覗かせており、番組が深夜の帯番組ということもありほぼ毎日何かしらの映像を作らなければならないという環境の中、しょっちゅう自分が出てくる映像を北海道のお茶の間に届けていたと言う。
ちなみにこの時に既に芸能事務所社長として番組制作に携わっていた鈴井貴之、HTB傘下の制作会社から異動してきた嬉野雅道と出会い、そして当時素人の大学生だった大泉洋を発掘する。
現在はエグゼグティブ・プロデューサーという役職についており、嬉野雅道と共にコンテンツ事業部に所属している。
同局が誇る怪物ローカル移動番組『水曜どうでしょう』のディレクターを務める、いわゆる「どうでしょう班」の一員として有名。
通称「藤村君」「藤村さん」「ふじやん」「ヒゲ」「デブ」「く斎」「カブトムシ」「ゲンゴロウ」「魔神」「大魔神」「赤ヘル(原付西日本・原付き日本列島制覇の2企画のみ)」。
鈴井貴之と共に、同番組の中枢を担っており、演出・企画を担当している。その主な仕事は
といった感じ。
『水曜どうでしょう』では、ディレクターでありながら、画面外から指示を出す声を惜しげもなく本編に使用している。初期は世間一般のディレクターらしくひっそりしていたが、やがて画面内のタレント陣(主に、もといほぼ大泉)の醜態を笑い、あげく彼らと罵り合う様をどんどん使うようになると、これが妙な人気を得て、ついにはこの番組の一大要素にまでなった(大泉は、藤村の笑い声こそが番組の人気の秘訣ではないかと考えている)。
最近では大泉と相撲を取り合う様子まで平気で放送しており、もはや普通に出演している。
北海道一メンの割れてるディレクター、出たがりディレクターといっても過言ではない。
その活動はテレビ制作にとどまらず、現在では役者として舞台やドラマに出演したり(自ら劇団も立ち上げちゃった)、ローカル番組を異例の大成功へと導いた業績などから、嬉野と共にトークショーや講演会に招かれたりもしている。
2021年には、テレビアニメ「ゆるキャン△ season2」で嬉野と一緒に声優として出演(同作品は北海道ではHTBで放映、嬉野Dは山中湖キャンプ場管理人役等たった1話だけだったが、藤村は飯田さんというキャラのCVも努め数話出演した)。地方テレビ局のサラリーマンなはずの2人だが、遂にアニメにまで進出、その躍進はとどまるところを知らない。
大泉が彼を罵る時に用いる「ヒゲ」「デブ」の言葉の通り、外見は髭を蓄えたふとっちょのおじさん。(近年はだいぶ痩せてきているが)
その声は独特で、特に笑い声は、妙に笑いを誘う響きを持っている、かもしれない。大泉はよく彼の声を真似している。
まぁなんらかの……現実ですからね?
- 3日で甘い物5食は当たり前、3日で8食も
- 魔神にとってのホテルはブンブンの泊まりぞこない
- ワントラブルも余裕で放送
- 出演者の大泉洋の野次に流暢な罵詈雑言で反論しながらきりたんぽを丸飲み
- 朝っぱらから羊羹一本丸飲みが特技
- カットを使わず雑な合成で乗りきったことも
- しかもその雑なヤラセ合成の過程も隠さず放送する。
- 笑い声でハリケーンが起きたり、車の窓が曇ることは有名
- グッとガッツポーズをしただけで5回ぐらいカメラに映り込んだ
- ミスター生き地獄が始まったきっかけは魔神のむちゃぶり
- 自分の実家の喫茶店で「かあちゃんおいしかったよ」と言うファンサービス
- どうでしょう最新作をオンデマンド配信するサイトの鯖を落とした
- アフリカ企画では最新の撮影機材はテレビマンユニオンという外部会社の人に丸投げした。
- タレントと相撲勝負したりする。
- どうでしょうキャラバンに自らの子供達を応援スタッフとして手伝わせた年がある。(当該キャラバンイベント終盤で言及されていた)
ニャンという関連動画でした
お前の関連項目菊練りにしてやろうか
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