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蛸と海女とは、葛飾北斎による木版画の一つ。
いわゆる春画であり、海女がタコに襲われるという描写はあまりにも有名である。
概要
実物はこちらから。お絵カキコで描かれたとしても大百科の削除基準にひっかかってしまうのは悲しいところである。
出典は、1820年頃に書かれた艶本「喜能会之故真通(きのえのこまつ)」。
海女が二匹のタコに8本の足で捕まえられ、それぞれに口と性器を嬲られるという、絵がなくても状況説明文だけで十分ヤバイ感じが伝わってくるハイレベルな一枚である。
こんな絵が約200年も前に、葛飾北斎というビッグネームによって生み出されているため、この春画を引き合いに出して「触手プレイは日本の伝統」「触手は200年前からある由緒正しき属性」などと言われることがある。
なお当時から触手という概念そのものがあったとは思いにくく、アニミズム(自然の総てには霊が宿るという考え方)的な所から人間以外の生き物が女性を襲うという結論にいたり描かれたと思われる。それでも異質な作品なのは間違いない。
この作品に強い印象を受けた芸術家は後世に数知れず、日本に限らず海外の芸術家も当作品を模倣している。
ちなみの後ろの文字は北斎が自ら考えたタコと海女のセリフであるが、これがまたすさまじくエロい。
セリフ
大蛸:いつぞハいつぞハとねらいすましてゐたかいがあつて、けふといふけふ、とうとうとらまへたア。てもむつくりとしたいいぼぼだ。いもよりハなをこうぶつだ。サアサア、すつてすつてすいつくして、たんのふさせてから、いつそりうぐうへつれていつてかこつておこうか。
女:アレにくいたこだのう。エエ、いつそ、アレアレ、おくのこつぼのくちをすハれるので、いきがはずんで、アエエモイツク、いぼで、エエウウ、いぼで、アウアウ、そらわれをいろいろと、アレアレ、こりやどうするのだ。ヨウヨウアレアレ、いい、いい。いままでわたしをば人が、アアフフウアアフウ、たこだたこだといったがの、もうもうどふして、どふして、エエ、この、ずずず
大蛸:ぐちやぐちやズウズウ、なんと八ほんのあしのからミあんばいハどうだどうだ。あれあれ、なかがふくれあがつて、ゆのやうないんすいぬらぬらどくどく
女:アアモウくすぐつたくなつて、ぞろぞろとこしにおぼへがなくなつて、きりもさかひもなく、のそのそといきつづけだな。アア、アア
小蛸:おやかたがしまふと、またおれがこのいぼでさねがしらからけもとのあなまでこすつてこすつてきをやらせたうへですいだしてやる
……
詳しい現代訳ではここでは避けるが、まぁ、古文の知識がなくてもだいたい分かるだろう。何も言うまい。
はっきり言って、現代の触手系エロマンガと何ら変わらない。
春画について
北斎ほど有名な人が春画を?と思うかもしれないが、江戸時代後期の絵師は大体の人が春画を描いているため、特段北斎が春画を書く事は珍しくない。むしろ画力が高くなければ質の高い春画を書く事は出来ないので、有名な作家の方が春画を多く描いているのである。
また当時の浮世絵は色彩や装飾などに一定の制限がかかっており、好色本(いうなればエロ本)にいたっては禁止令が出ていた。しかし需要があるため非合法下でやり取りされていた春画は、この色彩などの制限を気にする必要性がないために当時の技術の最高技術が詰め込まれているとも言われる。エロパワーすげぇ。
余談だが、北斎は春画を書くときには「鉄棒ぬらぬら」「紫色雁高」などといった名義を使っていた。鉄棒ぬらぬらに関しては現代にも通じそうな驚愕のセンスである。
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関連項目
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