蜘蛛の糸単語

クモノイト

蜘蛛の糸とは、

  1. そのまんまの意味。蜘蛛が吐き出す糸。
  2. 芥川龍之介の短編小説2011年原正俊監督のもとで映画にもなった。
  3. 筋肉少女帯による楽曲。

本稿では2.について記述する。

あらすじ

釈迦がある時、何となく地獄の様子を見てたら、苦しむ罪人たちの中にカンダタ(犍多)という男を見つけた。生前のカンダタ極悪人だったが、一度だけ小さな蜘蛛を踏み殺すのを思いとどまり見逃してやったという善行を働いたことがあった(それは善行と呼ぶのだろうか…)。

そこで釈迦カンダタを何となく極楽に導いてやろうと、一本の蜘蛛の糸地獄に下ろした。一散に蜘蛛の糸を登り始めるカンダタだが、ふと下を見ると数の罪人たちが自分の下から続いてくる。このままじゃヤバイと思ったカンダタが「てめぇら下りろ!」と言うと、その間糸はプツンと切れて、罪人たちは再び地獄に落ちてしまった。

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蜘蛛の糸

67 ななしのよっしん
2017/08/26(土) 23:32:24 ID: Ndg7trKvBk
ただの気まぐれに意味はないし端から救う気なかった説
生殺与奪握ってるし懸命に登り終えてもどうせ落とすんだろうなって幼心に思ったもんだ
当時は悟りの意味知らんしもいい趣味持ってんなとしか
68 ななしのよっしん
2017/10/04(水) 14:49:34 ID: kagGtEg7+y
基本は「人類はみな悪人である」『から』
カンダタは特別ではない」、でも同じ

「『救いの量』を疑った」から落ちたが
実は『カンダタには皆を救うがあった』

カンダタが信じなかったのはカンダタ自身
状況に流され機会で変わり得る普通人間

普通人間普通の運命たる無常故に
仏教で学び自らが仏陀になれると『先ず』
信じ、他の人に仏教を広める事で『実現』
すると望めないと「仏教徒ではない」、まぁ仏教の要所だな
69 ななしのよっしん
2017/10/04(水) 14:57:10 ID: kagGtEg7+y
・・・まぁ実は、資本主義のたとえと「誤解されている」

キリスト教の開祖自身が説いた数少ないキリスト教の精髄

「大きな富を持つものは増やして、褒美に更に与えられ」
「小さな富しかないものは隠して、罰に取り上げられる」、

その「」とは「に積む」=福音=キリスト教開祖の
メッセージだから、布教しようと動機づけられない時点で
既に「」を「自身のものとして」持っていない『上に』
それを広めないなら、そのわずかな「」をも失うだろう
」を広めたくなる程に福音(=喜ばしい知らせ!)を
己の物にした上で広めるなら更に得る、まあ教育は皆そうだな
70 ななしのよっしん
2017/10/04(水) 15:05:30 ID: kagGtEg7+y
どちらも「対話の人」であり、「一対一の対話」という
「か細い蜘蛛の糸」「遠回りの」こそが「正解」で、
いま持っている「」を増やす=教えを深める為に
「最も効率の良い手段」である、というたとえだ。
「集団化」=「数量」=代替可物という認識
『アグニ』(または他の集団としての価値)、
そのものが「地獄の業火そのもの」なんだ。
芥川さん以外は別名でも呼んでいるけど、
それが芥川文学の『火の魔神』なのは
文学史上の史実だし、そのインド
「現状・事実」を救いの対たる
地獄」扱いするのが仏教だな。
※これがインド以外だと、別の名前になる訳ですよ
71 ななしのよっしん
2017/10/04(水) 15:23:26 ID: kagGtEg7+y
「一対一の全身全霊の対話」に
人数や程度などの数量の要素は「ない」ので、
数量を数量たらしめる『量化』、いは同様に
(実は芥川さんの個性の基盤)
蜘蛛ですが教えてD先生1』の『構築』
(如是タイプ6)による機「不安」等に悩む
(最優位の機系統だからね)芥川さんには
「(量化前提の)相殺も並列も起きてない環境
(=不安の舞台、自体がない)は実現されるべき、
この環境を破壊する数量世界ルールの持ち込み
ダメ。ゼッタイ。』 という裏事情もあったり。

数量化という危険物には手を出しちゃダメよー。
72 ななしのよっしん
2017/12/18(月) 23:16:01 ID: 77N519dpOr
まあ寓話ですから
仮にカンダタが自分だけ助かろうとしなければ、お釈迦様はちゃんと登ってきた罪人全員を受け入れてくれたと思うよ
カンダタを「地獄にもいいがいる」「地獄の在り方は間違っている」っていう前例にして、地獄極楽界をなあなあにしたかったんだと思う
けれど結局、駄はどこまでいっても駄っていう答えにしかならなくて、地獄の正当性が明されちゃった
次の革のチャンスはいつになるのかわからない
73 ななしのよっしん
2018/04/29(日) 11:42:11 ID: E/KXOqJf/Q
最近、気づいたけど「蜘蛛の糸」的価値観に支配されているから日本は、

労働環境や個人の人権が守られないんだと思う。

自分より他人を大事にするなんて美徳でもなんでもない。

自分の幸福・自分の権利・自分の救済が一番大事なんて当たり前。

自分より他人、自分より会社、自分よりなんて考えてる人が多いから、どんどんごと沈んでいくんだ。
74 ななしのよっしん
2018/04/29(日) 12:16:43 ID: 3creF1KiN1
>>73
自分より他人を大事にするなら会社やも個人を大事にするべきであってその部分が弱いのが問題なんだろう
あと情けは人の為ならずと言うようにいずれ自分に返ってくるという意味で他者を大事にするのは必要
75 ななしのよっしん
2019/04/12(金) 10:45:45 ID: 77N519dpOr
>>73
おはカンダタ
76 ななしのよっしん
2019/05/01(水) 12:43:19 ID: KRi+R/lGhy
釈迦性の徴じゃないかな。
蜘蛛を踏まなかったという生前(前世)の因で、地獄に堕ちても蜘蛛の糸極楽へ登れる(成仏)可性という縁ができた。
しかしに成るためには、他の亡者(衆生)も共に登らせる(済度)ぐらいの思いがないとダメだった。
でもたった一人の一生に一度の善行にも、全ての苦しむ衆生を救うがあるとも言えるんだよね。

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