解析力学とは、力学を数学的に整理したものである。ラグランジュ形式と正準形式(ハミルトン形式)がある。
概要
ニュートン力学において、種々の問題は運動方程式という微分方程式をたてて積分することで解ける。運動方程式を積分するのは難しいが、座標を上手くとると簡単になることがある。ニュートンの運動方程式は直交座標で書かれているから、これを問題ごとにいちいち座標変換していくのは面倒。そこで力学の法則をあらかじめ座標の取り方によらない形で書いたのがジョゼフ・ルイ・ラグランジュで、その方法をラグランジュ形式の解析力学という。その後、ウィリアム・ローワン・ハミルトンは座標変換よりもさらに広い範囲の力学変数の変換に対応した正準形式の解析力学を作った。
解析力学のご利益としては、問題を解く上での便利さの他に、力学のより深い理解を齎したことがある。例えば、対称性と保存則が関係していることなどが分かる。解析力学はニュートン力学に限らず、電磁気学や一般相対性理論も扱うことができる。また、統計力学や量子力学といった分野を理解する上でも解析力学の知識が必要となる。
ラグランジュ形式
ラグランジュ形式の運動方程式、オイラー=ラグランジュ方程式は座標変換によって形を変えない。そのため、問題ごとに好きな座標系をとることができ、うまい座標系を選べば運動方程式の積分が簡単なものになる。
オイラー=ラグランジュ方程式
ラグランジュ形式では力学系の情報はラグランジアンというスカラー関数に全て集約されている。ラグランジアンLは、座標qiと座標の時間微分dqi/dtおよび時間tを変数とする関数である。ここでiは自由度に対応する添字で3次元空間中のN質点の運動なら1から3Nまでをとる。ニュートン力学のラグランジアンは運動エネルギーTとポテンシャルエネルギーVの差を値にとる関数になる。
系の時間発展はオイラー=ラグランジュ方程式によって与えられる。
d | ∂L | − | ∂L | =0 | ||
dt | ∂(dqi/dt) | ∂qi |
上の式が直交座標をとったときに、ニュートンの運動方程式に一致することは容易に分かる。重要なのは直交座標に限らずどんな座標系をとろうが上の式で運動方程式が与えられるという点にある。
例として中心力ポテンシャルV(r)中の一質点の運動を二次元極座標(r,θ)で考えると、オイラー=ラグランジュ方程式は次のようになる。
m | d2r | − mr(dθ/dt)2+ | dV | =0 |
dt2 | dr |
d | [mr2(dθ/dt)]=0 | |
dt |
二番目の式は直ちに積分できてmr2(dθ/dt)=const. となり、角運動量が保存することが分かる。積分が簡単になったのはラグランジアンがθを含まなかったためである。このような座標を循環座標という。循環座標が多い座標系を選べば積分が楽になる。
qiを一般座標、dqi/dtを一般速度という。また、次式で定義されるpiを一般運動量という。
pi= | ∂L |
∂(dqi/dt) |
直交座標での一般運動量は質量×速度で与えられるお馴染みの運動量で、特に区別する場合には線運動量(linear momentum)という。曲線座標では一般運動量は線運動量とは異なる。例えば二次元極座標で角度座標に対応する一般運動量は角運動量になる。先の例から分かるように循環座標があればそれに対応する一般運動量が保存する。
ハミルトンの原理
オイラー=ラグランジュ方程式はハミルトンの原理(最小作用の原理)から導くことができる。作用Sとはラグランジアンを時間で積分したものである。
S[qi(t)]=∫t0t1 L(qi, dqi/dt, t)dt
ラグランジアンがある時刻における一般座標と一般速度の値に対して一つの値を返す、通常の関数であるのに対し、作用は一般座標が時間の関数として与えられたときに一つの値を返す、つまり関数を変数に持つ関数(汎関数)である。
ハミルトンの原理(最小作用の原理)
時刻t0とt1で座標の値を固定したとき、現実に起こる運動q(t)は、作用が最小値(厳密には停留値)をとるようなものである。
作用が停留値をとるという条件、δS[q]=S[q+δq]−S[q]=0からオイラー=ラグランジュ方程式を導くことができる。スカラー関数の積分が停留値をとるという条件は座標系によらないので、オイラー=ラグランジュ方程式はどんな座標系でも同じ形になる。
ネーターの定理
数学者のエミー・ネーターは作用の対称性と保存則に関係があることを示した。
ネーターの定理
作用を不変に保つような連続変換があるとき、保存量が存在する。
具体例:
他の例としては、場の理論の範疇になってしまうが、複素数の場の位相(phase)を変える対称性に対応して電荷の保存則がある。
正準形式
ラグランジュ形式で既にかなり便利なのだが、これにさらに工夫を加えたのがウィリアム・ローワン・ハミルトンの考えた正準形式(またはハミルトン形式)である。
オイラー=ラグランジュ方程式はニュートンの運動方程式と同じく時間について二階の微分方程式である。解の性質を調べるには一階の微分方程式のほうが扱いやすい。一階の微分方程式に書き換えるには変数と方程式の数を2倍にすればよい。例えば、位置座標に加えて速度を独立な変数にとる、というのが最も安直な選択であろう。ハミルトンはここで、速度ではなく運動量をとると方程式がきれいにまとまることに気がついた。
正準形式では位置と運動量が対称的な形であらわれる。ハミルトンの運動方程式は、座標変換のみならず、運動量も含むような、より広い範囲の変換に対して形を変えない。
ハミルトンの正準運動方程式
正準形式では、一般座標に加えて一般運動量を独立な力学変数にとる。つまり物理的状態は({qi}, {pi})で表され、3次元空間のN個の質点系であれば6N次元の空間の一点である。この空間を位相空間という。これに対してラグランジュ形式の{qi}で表される空間は配位空間という。
ラグランジュ形式ではラグランジアンが力学系を表したが、正準形式においてはハミルトニアンとよばれる、qiとpiの関数がその代わりとなる。ハミルトニアンHはラグランジアンをルジャンドル変換して得られる。
ニュートン力学の場合にはH=T+Vとなる。つまりは全エネルギーをqiとpiの関数として表したものがハミルトニアンである。
dqi | = | ∂H | |
dt | ∂pi |
dpi | = − | ∂H | |
dt | ∂qi |
このようにqとpが対称的な形で方程式に現れるため、ハミルトン形式において位置と運動量とは対等である。
ポアソン括弧
qとpの関数fとgが与えられたとき、fとgのポアソン括弧{f,g}は次の式で定義される。
{f,g} =∑i [ | ∂f | ∂g | − | ∂g | ∂f | ] | ||
∂qi | ∂pi | ∂qi | ∂pi |
このポアソン括弧を使えば正準運動方程式はdqi/dt={qi, H}およびdpi/dt={pi, H}と書ける。さらにqとpおよび時刻tの関数で表される任意の物理量fの時間発展は次の形になる。
df | = | ∂f | + {f,H} | |
dt | ∂t |
この式から物理量fが、時刻tに陽に依存しない、qとpだけの関数で、かつハミルトニアンとのポアソン括弧が0ならば、fは保存量となることが分かる。{H,H}=0なのでハミルトニアンが時間に陽に依存しないならば全エネルギーは保存する。
正準変換
ラグランジュ形式では座標は自由にとることができた。これは古い座標qとして新しい座標Qとすると、Q=Q(q,t)の形の変換に対して運動方程式は不変であるということ。この変換を点変換という。正準形式ではqに加えてpという力学変数が増えたおかげで、より広い種類の変換に対して運動方程式が形を変えない。そのような変換を正準変換という。
位置qと運動量pでは全く違う物理量のように思えるが、正準形式ではこれらは対等に扱える。実際に、新しい力学変数QとPをQ=p, P=−qとしても正準運動方程式は不変、つまりこれは正準変換の一種である。一般には、元の力学変数で計算したポアソン括弧で{Qi,Pj}=δij が成り立てば正準変換である。
正準変換はそれに対応する母関数というものから作ることができる。たとえばW(q,P,t)という関数から、次のように新しい力学変数Q,Pと新しいハミルトニアンH'を定義すると、正準変換になる。
pi= | ∂W | , Qi= | ∂W | , H'(Q,P,t)=H(q,p,t)+ | ∂W |
∂qi | ∂Pi | ∂t |
第一式の右辺はq,P,tの関数になっているのでPについて解くと、Pをq,p,tの関数で表すことができる。
対称性と保存量
ネーターの定理と同様に正準形式でも対称性と保存量が関係していることが分かる。
系に連続的な対称性があると、それに対応してハミルトニアンを不変に保つような正準変換が存在する。恒等変換の母関数はW=qPなので、恒等変換に近い正準変換の母関数はεを微小なパラメータとしてW=qP+εG(q,P)の形に書ける。ややこしいが連続変換の場合には、Gのことを母関数と呼ぶことがある。物理量fはこの正準変換によってf'=f+ε{f,G}と変換される。従ってハミルトニアンが不変であるという条件は{H,G}=0となり、Gは保存量となる。以上をまとめると、次のことがいえる。
例として時間並進対称性を考えると、連続変換の母関数はハミルトニアンそのもので、ハミルトニアンが時間に陽に依存しない場合には確かに保存量となっている。
位相空間でのハミルトンの原理
オイラー=ラグランジュ方程式をハミルトンの原理から導いたように、正準運動方程式を位相空間での最小原理から導くことが出来る。位相空間における作用汎関数は次の式で与えられる。
S[qi(t),pi(t)]=∫t0t1[∑i(dqi/dt)pi−H(qi,pi,t)]dt
ラグランジュ形式の時と同じく、積分の両端での力学変数の値を固定したときに、この汎関数が停留値をとるような運動が実際の運動である。
ハミルトン=ヤコビ方程式
ラグランジュ形式では循環座標が多くなるような座標変換をすると積分が簡単になった。正準形式でもそれは同じなのだが、いっそのこと積分がもっとも簡単になるように正準変換をしてしまおう、というのがハミルトンとヤコビの方法である。正準変換の結果、新たなハミルトニアンがH'=0となれば、新たな力学変数の時間微分は全て0となる。そのような正準変換の母関数Wが満たす偏微分方程式がハミルトン=ヤコビ方程式である。
∂W | +H(qi, ∂W/∂qi,t)=0 | |
∂t |
このWをハミルトンの主関数という。運動方程式が簡単になると言っても、この偏微分方程式を解かなくてはいけないので、結局のところ難しさは変わっていない。
量子力学との関係
正準量子化
量子力学では物理量は演算子になる。演算子同士の交換関係を、古典力学のポアソン括弧にiħをかけたものとするのが正準量子化である。特に座標と運動量の交換関係はiħとなり、これを正準交換関係という。また、正準形式で物理量の時間発展はハミルトニアンとのポアソン括弧で与えられたが、量子力学ではハミルトニアンとの交換関係が時間発展を与える。その式をハイゼンベルクの運動方程式という。
シュレーディンガー方程式
エルヴィン・シュレーディンガーは1926年の一連の論文で、物質波が従う波動方程式を提案した。こんにちシュレーディンガー方程式と呼ばれているものである。論文ではハミルトン=ヤコビ方程式から出発してシュレーディンガー方程式を導出している。
経路積分
経路積分は量子力学の定式化のひとつで、リチャード・ファインマンが発見した。ファインマンはラグランジュ形式で定式化したが、位相空間(正準形式)で定式化するのがより自然である。
経路積分とは、ある状態からある状態へと遷移する確率振幅を求めたければ、二つの状態を結ぶ位相空間のあらゆる経路についてexp(iS[qi(t),pi(t)]/ħ)を足し合わせよ、というもの。S[qi(t),pi(t)]は位相空間における作用汎関数である。換算プランク定数ħを小さくした極限では、作用が停留値をとる経路(つまり古典的経路)以外は位相が激しく変化するため、互いに打ち消し合って寄与しない。
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